第866堀:海の技術者の行く先
海の技術者の行く先
Side:タイキ
「……なるほどねぇ。タイキ君でいいかしら? 貴方もずいぶん苦労したのね」
「あはは。まあ、それなりに。あ、好きに呼んでいただいて結構ですよ」
メノウさんの言葉に俺はそう返す。
正直、苦労していないなんて言えないからな。
というか、とんでもないくらい物凄く苦労した。
ユキさんと合流するまでは、メノウさんと同じぐらい苦労した。
「じゃ、タイキ君で。というか、召喚ね。体が元のまま変わってないからそっちの方がとか思ったこともあったけど、だめね。どこからどう見ても某国の誘拐と変わりないわね。しかも兵隊として呼び出すとか、ホント正気を疑うわね」
メノウさんがそう言うと、ユキさんの奥さんたちがうんうんと頷く中、カグラだけが気まずそうに顔をそむけている。
まあ、カグラも同じことをしたからな。
「私は運よく、こっちにも肉親と言える家族がいて、ちゃんと時を重ねてきたからよかったけど、タイキ君やユキ君の場合は突然でしょう? 郷愁の念、故郷に帰りたいとか思わなかったの? って聞くまでもないか」
「そりゃ、ありますよ」
「あるな」
当然、こっちの世界に来てから、何度思ったことか。
むりやり見知らぬ場所に呼び出されたかと思えば、ビッツを筆頭に腐敗したランクスの体制。
何が悲しくて、異世界に呼び出されてまで他国の立て直しなんかに協力する必要があるのかってな。
ま、実際手伝った理由は、殺されそうだったからなんだけど。
「って、ちょっと待ってください。ユキさんにも望郷の念なんてあったんですか?」
「おいおい。人を異世界に来たくて来たような言い方するなよ」
「あ、いや。ユキさんって意外とタフだから」
いつも泰然自若で動じないし。
ああ、幽霊騒ぎとか、とんでもない時は流石に慌てているけど。
「向こうに戻れば、厄介な書類仕事とか交渉事なんかないからな。ついでに、俺にだって両親とかはいるからな。いい加減、嫁さんたちを紹介しないとなーとは思っている。子供もできたし」
「ああー」
そういえば、俺もアイリやソエルと結婚したことを両親には伝えられていない。
まあ、タイゾウさんがいるから一応親戚には祝福してもらっている分、ユキさんよりはいいんだろうけど。
「意外と余裕があるわね。地球と行き来することを前提に考えていないかしら?」
「そりゃな。嫁さんや子供を置いて地球に戻るつもりないからな」
「ですね。ちゃんと結婚相手を連れて行くつもりですよ」
「……バカといえばいいのかしら。それとも途方もなく前向きといえばいいのかしら?」
「バカと切り捨ててあきらめるよりましだな」
「ですよね。というかそんなこと言ったら、メノウさんだってこっちの家族のために色々やったんでしょう? バカって言われたことも何度もあったんじゃないんですか?」
「ああ、それと同じってことね。そうか、不可能に挑戦してこそ、ってわけか」
メノウさんはそれで納得したのか、少しの間天井を見つめてたかと思ったら、再びこちらに向いて話を続ける。
「とりあえず、召喚されてタイキ君は勇者として、ユキ君はそのダンジョンマスターってわけか」
「ええ。タイキ君と違った形ですけど。まぁ、こっちはこっちで大変ですけどね」
「そうよね。目標が敵を倒して終わりなんていう単純なものじゃないし。そもそも環境問題の解決なんて、こっちの世界じゃ絶対無理としか思わないわよ」
確かに、俺もユキさんの目的を知った時はどう考えても無理なことを押し付けられていると思ってた。
だけど、こうして着々と行動を起こし、進めているのを見ると、不可能じゃないって思うんだよな。
為せば成る為さねば成らぬ。ってやつ。
「そして、そっちのカミシロのお嬢様にこっちに呼び出されたわけね」
「あ、あの、その……」
話の流れで視線が集まったカグラは、今にも泣きそうになりながら、それでも何かを言おうとしたようだが……。
「ああ、別に責めているわけじゃないわ。ユキ君もタイキ君も、もうカグラ嬢の事は気にしてないんでしょう?」
「もう和解しましたから」
「そうそう。カグラは頑張っていますし、もう終わったことですから」
「なら、私からとやかく言うつもりはないわ。カグラ嬢だって、生き延びるためにやったのでしょう? 私も同じようなものだし。自分が生き延びるために他人の何かを踏みにじる。仕方のないこと。そうして私たちは生きている。それだけの事。あ、でもいつまでもその許しに甘えているのはよろしくないからね。そこだけはしっかり覚えておきなさい」
「はい」
メノウさんは最後にそう釘を刺したのに対し、カグラも元気にはっきりとそう返事をした。
ま、カグラが甘えないように頑張っているのは、昨日のシーちゃん戦を見ればわかっているから、別段心配はいらない。
あとは、ユキさんをどうやって落とすかなんだが、そこはのんびりと見物させてもらう。
ザーギス、タイゾウさん、エオイドとかと賭けしているからな。
人の恋路は見ていて楽しいよね。
いやー、アイリやソエルにバレるとお説教だけど。
と、そんなことを考えているうちにも話は進んでいく。
「ま、2人の状況もよくわかったわ。しかし、残念ながら私が技術面や何かで力になれることはなさそうね。所詮、一般人の知識レベルだし、戦力的にも勇者でもなければ、地球の物資を呼び出せる力もないわ。私にできるのは、せいぜいこのシーサイフォとの間を取り持つぐらいね。というかむしろ、地球の物資をこちらが分けてほしいぐらいね」
「別にそのぐらいはかまいませんよ。俺たちに必要なのは友好と、移動の自由ってところですから。しかし、メノウさんが話が分かる人で助かった。下手をすれば、シーサイフォを潰さなくちゃならないとも考えていましたからね」
「やっぱり、銃の開発で警戒されたかしら?」
「はい。何の目的で作っているのかわかりませんでしたからね。最初にシーサイフォの軍勢を見た時は、ハイデンを制圧しに来たと思ったぐらいですから」
そうそう、銃を引っ提げて、ハイデンの復興支援に来ましたとか。
驚きだったね。
「なるほどね。ま、そう見えても仕方ないか。実際、軍事的威圧も含めていたしね。そういう意味では何も間違いでもないわ。このままだと海が使えなくなって、内陸の方に土地を求めてってことになるからね。って、それで思い出したわ。ユキ君やタイキ君はハイデンからやってきた魔術指導の人なんでしょう? そっちの経過はどうなの? あの空母もあるから、武力で魔物を排除することもできそうだけど?」
どうやらメノウさんは、海の魔物問題が解決したのをまだ知らないようだ。
そういえば、まっすぐにこっちに来たとか言っていたしな。
「その件ですが、おそらくエメラルド女王、レイク将軍、アクアマリン宰相から正式にお話があると思いますが、端的に言えばすでに解決しています」
「へ? え? 冗談?」
「冗談じゃないですよ。当該海域の調査をして魔物の巣を見つけ、片付けましたから。今のところあの海域での魔物の襲撃はありません」
「え、いや、いくら何でも早すぎない? 距離もあるし……」
「そこは、ダンジョンのゲートを……」
そこからはユキさんが改めて、ゲート運用の話をしたらメノウさんが目を回し、元に戻るまで小一時間ほどかかった。
「……ファンタジーの中世かと思ったら、とんだSFね」
「いや、魔法にも縮地や瞬間移動とかあるでしょう」
「まあ、ね。でも、私たちの国はそこまで魔術は発展していないわ。もしかして、ハイデンは召喚もできるんだから、ワープとか瞬間移動の魔術を?」
そう言って、メノウさんは恐る恐るカグラたちを見るが。
「いえ、そこまでの魔術は開発出来ておりません。ちなみに、ゲート技術に関しましては、ウィードとその同盟国だけが使用できる技術となっています」
「なるほどね。そこまでぶっ飛んだ技術はないか。よかったわー。あの時、そんな技術格差があるハイデンに銃を持って乗り込んだのかと思ったわよ。しかし、空母にゲートをつないで直通とか、便利すぎるわね。物流の革命がおこりそうだわ。あぁ、だから陛下やアクアマリンも大陸間交流同盟に即時参加するとか言ってたのね」
うんうんと納得してくれるメノウさん。
とりあえず、俺としてはメノウさんがなんか危ない思想とかに染まっていなくてよかった。
これで、戦争になるようなことはなさそうだ。
と、そんなことを考えていると……。
「じゃ、私がウィードへの外交官になるわ。これ以上ないぐらい適任だし。優先してほしい物もあるし」
「いや、そういうのって、そんな簡単に決められるものなんですか?」
こういうのは女王とか宰相とかが色々吟味して、決めることだと思うんだけど……。
「意外と決められるのよ。これでもエメラルド女王には色々貸しもあるしね。どうせ技術を学んで来いってことになるでしょうから、ただの予定前倒しよ」
なるほど。確かに、このシーサイフォの技術者代表としてメノウさんが選ばれる可能性は高いか。
それで立候補をすればなおさらってことか。
「では、こちらからもメノウさんを大使または技術者候補筆頭ってことで、女王に話しておきましょう」
「ええ。お願いするわ。いやー、一時はあの空母に攻め滅ぼされるかと思ってたけど、ほっとしたわ。話が分かる相手で」
「それはこちらもですよ。銃器を作って配備してるから、世界征服でも考えてやしないかと疑ってましたからね」
ユキさんのいうように銃器を開発、量産してたからには、そんなことを言い出さないかひやひやしていたよな。
あのまま国境沿いでの銃撃戦も覚悟していたし。
「あははは、世界征服ねー。確かに、エメラルド女王と対立していたとある将軍に一度そんなこと言われたわね。でも、断ったわ。あんなガラクタ銃なんて簡単に模倣されるだろうし、私はあくまでも自らの平和のために作ったものだしね。戦火を拡大するためなんかに作ったものじゃないのよ。それに、あれ以上、開発する予算も通らなかったしね。まぁ、自分はやっぱり凡人なんだと、つくづく思い知ったし、それでよかったと思うわ。天才が色々悩むことになるっていうのも多少なりとも理解したし。ああいう人たちは、なんでもできると思い込むのよね。私はただの凡人だっての」
あー、それわかる。
勇者だから何でもできるんだろうって思っている連中は多いし、望みが叶わなかったり、ちょっと不満があればすぐに勇者のくせにだ。
全く人って勝手だよな。
で、メノウさんもそういう苦労をしてきたんだろう。
「ま、そういう感じで、私にある野心ってものと言えば、何とか無事に平和に過ごすことと、地球の物資をちょっとおすそ分けしてほしいぐらいで、他にはないわ。だから、安心してくれていいわ。これからよろしく」
「ええ。宜しくお願いします」
そう言って、メノウさんとユキさんが握手をする。
「で、早速で悪いんだけど、白いご飯と卵焼きとみそ汁ってあるかしら?」
「はい。ありますよ。霧華」
「はっ」
こうして、一番の懸念事項だった、銃開発者とは無事和解が済んだのだった。
「ううっ。美味しい。美味しいよ……」
そして、メノウさんは懐かしの日本食を食べて涙を流していた。
俺もあの時同じだったなー。
今日の晩御飯は白ご飯とみそ汁と卵焼きだな。
メノウは能力のない一般人って感じ。
必至に生き抜いてこの世界に適応した。
そして、空母が出てきて、真っ先にやってきたって感じ。
自分の力量は理解しているし、話し合いでどうにかなるかとは思っていなかったけど、それでも何とかなった。
そういう意味ではメノウは正しく自分にできることをしている。
OLとして、年上として、少年たちを導こうとするけど、力差にすぐあきらめるというか、仲間入り。
ということで、シーサイフォの問題は粗方片付いた。
あとは大陸間交流同盟の参加。




