第863堀:海の技術者と面会
海の技術者と面会
Side:カグラ
私たちは今、ウィードに戻って、シーサイフォに関する一連の報告書を作っていたのだったが……。
「……結局私たちがシーサイフォの軍人さん達に魔術を教えた意義って何だったのかしら?」
思わず私はそうつぶやきながら、机に突っ伏した。
いい加減、体は限界だし、今言った精神的徒労感もある。
「それは言わないでよカグラ。まさか、あの襲撃だけで魔物が全滅とか普通思いも寄らないから」
「でも、アレで終わって良かったですよ。結局一人も死人が出なくて済んだんですから」
ま、確かにソロの言う通りだ。
未確認の魔物が出没する海域を調査するなんて、普通なら多大な犠牲を払うところ。
それを死人無し、オマケに、その周辺の海域の主みたいなとんでもない魔物を味方に引き入れることに成功した。
これは大いに喜ぶべきことだ。
だけど、その魔物退治のためにと訓練や指導してきたことが、全部無意味とまでは言わないけど、成果を発揮することなく終わってしまったともなれば、やる気も削がれる。
「ま、そこはシーサイフォに大いに恩を売れたって思いなさい。別に魔術指導そのものが評価されなかったわけじゃないんでしょう?」
「そうですね。今回の指導により、ハイデンの魔術技術の高さを改めてシーサイフォに認識させることが出来ましたし、カグラ殿たちの実力も見せ、特に多大な労力を割く事無く事件を解決できたことは、祖国にとっても良いことです」
そう言って慰めてくれるエノラとスタシア殿下。
2人も、私たちと同じように今回の顛末について報告書にまとめているのだが、見るからに私たちとは仕事の量が違う。
なんと圧倒的に少ないのだ。
別に彼女たちがさぼっているとかそういうわけではない、私たちハイデンはシーサイフォへの魔術指導の報告書もあるからだ。
しかも、これが今回だけで終わりではない。
シーサイフォ側から魔術指導をしなくていいといわれるまで今後もずっと継続することになる。
とはいえ、ここは各々の国の方針の違いというか仕事が違うだけの話なので、文句を言っても仕方がない。
「……ま、2人の言うとおりね。国の為になったのだから喜ぶべき」
結局机に突っ伏していても仕事は終わらないので、顔を上げて仕事を再開するのだが……。
「ねえ、カグラ。魔術指導の報告書はいいとして、今回のマジック・ギア関与の件ってどう報告をまとめたらいいの? 背景は全くわかってないけど?」
「とりあえず、今回の騒動、原因としては今のところマジック・ギアが一番可能性が高いってことでいいんじゃないかしら。まあ、詳しくは姫様たちに直接会って説明することにして。シーちゃんの事もあるし」
ミコスの言うように今回の件、完璧に解決というわけではないから、どう報告をまとめていいのか迷うのも、仕事が面倒になっている原因の1つなんだけどね。
それに、マジック・ギアも絡んでいるから所詮詳しい話を聞かれることになる。
もう、下手に報告書にあれこれまとめるより、概要だけ書いて、後は言葉で伝えるしかないわね。
まったく、あのアクエノキは、いなくなった後も私たちの足を引っ張るわね。
「あ、先輩。そういえば、シーちゃんのことはどうまとめるつもりなんですか?」
「まとめるって言っても、マジック・ギアが落ちた場所に元々住んでいたって説明するしかないわね。まあ、ウィードに協力しているってことを説明すれば大丈夫でしょう。あ、戦闘訓練のことはちゃんと書いておいてね」
「え? 書くんですか?」
「当然よ。今後のためにも大型の水中生物、あるいは魔物への対処法を書いておくのは大事だわ。……尤も、そんな大型の魔物とかの戦闘なんか無い方が一番いいに決まっているんだけどね」
私がそう言うと、全員頷く。
ユキの提案で私たちもアスリンちゃんたちが闘った後に、模擬戦をしたのだが、本当に死ぬかと思った。
運良く勝利を飾れたのは、アスリンちゃんたちが先行して戦ってくれていたのと、ユキが決着をつけろと言ってくれたことによる。
おかげで、踏ん切りがついたし、アスリンちゃんの時のようにならないために警戒していたシーちゃんがこちらに突っ込んでくれたので、私たちのフィールドで戦えたのが勝利の要因ね。
海の方で戦っていたら、アスリンちゃんたちみたいにはできないし、多分そのまま溺死が良い所だったわ。
とまあ、こんな感じで、私たち大使館のメンバーがいつもよりも多めの仕事をせっせとこなしていると、ユキからの呼び出しが来たので、私たちは報告書作成は一旦取り止めて出向くことにした。
「忙しい所すまないな」
「別にいいわ。で、どうしたの?」
というか、ウィードの王配からの呼び出しであれば、その時やってた仕事は放り出して最優先で向かう必要がある。
あと、ユキが私を呼んでくれるなら、どこにでも飛んでいくから。
それに今回、海上ロマンは結局魚臭くなって終わりだったし、久々のビーチもシーちゃんとの戦闘で色っぽいことなんか何もなかった。
なんとか、きっかけを作って少しでもいいところを見せないと。
と、私が決意を新たにしていると、ユキが説明を始める。
「今日来てもらったのは、銃もどきの開発者との面会のことだ」
そういえば、そんなこともあったわね。
海に行ったりしてて、すっかり忘れてはいたけど、シーサイフォで強力な武器を開発している人との面会を今回シーサイフォの問題を解決することの報酬としていたんだっけ?
しかも、その開発者は地球とかかわりがある可能性が高い。
下手をすれば、戦乱の要因になりかねないから、ユキたちが国そのものよりも警戒している人物だ。
そうなると、ユキに同行出来るのを喜んでいるわけにはいかないわね。
顔を引き締めて……。
「面会日が決まったの?」
「ああ、というか、シーサイフォ側から突然連絡が来てな。本日面会したいってことだ」
「はぁ? 今日? なんでそんな急な話に? おかしくないかしら?」
普通要人同士が会うのは、それ相応の準備とセッティングが必要だ。
それを無視していきなり面会をするというのは基本的に失礼にあたる。
「さあ? ま、もうすぐ本人がダンジョンの監視範囲にはいるから詳細はわかるだろう」
「はい? わかるだろうって、まだ到着すらもしていないの?」
「そうだな。それだけ急ぐ、なにかがあったんだろう。というか、向こうが地球の関係者なら、俺たちの話を聞けばすっ飛んでくるのはまぁ当たり前だからな」
「まあ、そう言われるとそうよね」
「で、一緒に来てくれ。一応、俺たちは名すらもしられてない小国の所属だからな」
「「「……」」」
ユキがそう言った瞬間私たちは揃って思わず沈黙してしまう。
今まで何度も思ったことだけど、小国って言葉が何を意味するのか最近分からなくなってきたわ。
「あー、やっぱり、昨日の戦闘の疲れがあるか? なら無理は……」
と、そこはいいのよ。
今はせっかくユキがエスコートしてくれるって言ってるんだから、頑張らないと!
私がここで頑張らないとお嫁さんへの道は遠いわ!
「大丈夫。ユキ、任せて。これも大事な仕事だもの」
「うーん」
私がそう言うと、なぜかユキはまじまじとこっちを見つめてきたと思ったら、急にぐんぐん顔を近づけてくる。
あれ? まさか私の魅力にやっと気が付いたの?
「って、何、顔を近づけているんですか、ユキ先生!?」
「あ? ああ、悪い悪い」
ちょっ!? このミコス!! 私とユキの愛を邪魔するわけ!?
「いや、ほら、前に無理して倒れたことあっただろう? それでまた無理してないかってな」
「あー、ありましたね」
「そうね。カグラならやりかねないわね」
「先輩、大丈夫ですか?」
「カグラ殿。無理をしても逆に周りに迷惑をかけますから、素直に言った方がいいですよ?」
「あ、うん。大丈夫。全く大丈夫だから」
ちっ、ほかのみんなまでが気にし始めたからミコスを怒るに怒れない。
「……うん、ま、とりあえず今回は大丈夫そうだな。今回は別に死体を見に行くわけでもないからな」
「あはは……」
ほんとに死体を見に行くのなら、同行は確かに拒否したいわね。
あの教会のことはいまだに夢に見るし、シーラちゃんの同類解体現場でもいきなりはダメだった。
「じゃ、さっそく移動するか。わざわざ向こうが家に来てくれるからな。それなりの出迎えはしないとまずい。そこら辺のアドバイスもくれ」
「わかったわ。さっそく向かいましょう。みんなもいい?」
私がそう聞くと全員が揃って頷く。
エノラやスタシア殿下も一緒にだ。
まあ、この2人もユキたちが警戒する兵器を作った人物を見極めたいと思うのは当然よね。
ということで、シーサイフォの方に戻ってきたんだけど……。
「主様、どうやら対象が町に入ったようです」
「そうか。思ったよりも急いでる様だな」
「うえっ!? 思ったよりも早いわね。使用人もいないし、出迎えとかは……」
「そこはご心配には及びません、カグラ様。私の部下に対応させますので」
そう霧華さんが言う間に、すっと給仕服や執事服を着た霧華さんの部下が現れて深々と礼を取る。
なるほど、そういえばこの屋敷は霧華さんが切り盛りしているから、そういう人達がいてもおかしくないわね。
「ですが、問題は、こちらに向かっている例の開発者ですね」
「え? あ、そうか、もう監視範囲に入ったんですね。ユキ、開発者の素性は?」
私の言葉に全員の視線がユキに集まるが……。
「霧華。いつでも動けるな?」
「はい。それはいつものように」
「そうか。あとは向こうがどう動くかだな。しかし、厄介だな。転生者に会うのは初めてだ」
「「「転生者?」」」
「転生者!?」
ユキの言葉に私たちは揃って首を傾げるだけだけど、タイキのみ驚きの声を上げていた。
「ど、どこ出身ですか?」
「そこまでは記載されていないな。同じ日本人かすらも怪しい。何せ転生だからな。地球とも限らないし、面倒な話だ。だが銃もどきに関しては理解はできる。やはり自らで生み出したんじゃなくて、元の世界の武器を再現しようとしたんだろうな」
「それは、……そうでしょうね」
「年齢は今年で34歳だから、ルナの召喚制限のずっと前だしな。召喚者だってこんなにいるんだ。転生している人がいても別段不思議じゃない」
「あー、そう言えばそうですね。転生者かー。それは面倒な」
と、そんな風に私たちを全く無視して話を進めるユキとタイキだけど、私たちはさっぱり話についていけない。
「あの、ユキ。その転生者ってものについて教えてくれない?」
「あー、輪廻転生っていうのは仏教の考えでしたっけ?」
「いや、メジャーなのが東洋のってだけで、宗教的には地球では結構一般的な考えだぞ。まあ、転生者って言ってもわからないか。確かにこっちは異世界だしわからなくても仕方がない。よし、じゃ、簡単に転生者ってものを説明しよう」
こうして、なぜか私たちはシーサイフォの銃もどき開発者と会う前に先ず、ユキから講義を受けることになったのだった。
当初の私が頼られて好感度アップとはいかないけど、これはこれでいいわよね。
シーサイフォが抱える技術者あるいは開発者の素性が明らかに!
その正体は転生者。
はてさて、その転生者は仲間なのか、それとも敵なのか?
すぐに面会を求める理由というのは?
シーサイフォ王国での最大の戦いが始まるかもしれない!




