第846堀:あなたは魚が捌けますか?
あなたは魚が捌けますか?
Side:エージル
「ほい。これが最後っと」
そう言って、コメットが最後の魔石を魔力測定器に放りこむ。
3秒ほど待つと計測が終わり音が鳴る。
ピピッ。
繋げたPCには、自動的に計測データが送られてくる。
いやー、本当にウィードの道具っていうのは便利だよねー。
魔力の数値化、そしてその情報の処理をするためのPCという処理機械。
普通なら感覚で判断して、記録した大量の紙で埋もれるんだけど、ウィードの技術ではそんな曖昧なのはない。
特に魔力の数値化システムを実現したザーギスは素晴らしい天才だね。着想を地球の技術から得たとはいえ、実用化するのは相当に大変だったと思う。
と、そこはいいとして……、データ化して各魔石の保有魔力量をざっとみて、平均化する。
「あとは、ユキ。このサイズの平均的な魔力保有量をウィードにいる連中に計測してもらってくれ」
「わかった」
そう言って、私はデータをユキに渡す。
このシーラちゃんもどきたちの魔石の保有魔力量はわかった。
だけど、これが正常なのか異常なのかを判断するには比較対象が必要だ。
それはウィードで調べてもらう。
幸い冒険者ギルドがあり、魔石は常に魔物の退治の成果として運び込まれているからね。同じサイズの魔石のデータを取るのにさほど苦労しないだろう。
あとは結果を待つばかりって感じだ。
「さて、みんな疲れただろうし、今からきゅう……」
そうコメットが言いかけたんだけど……。
「さあ、皆様、ちゃんと後片づけをいたしましょう」
「「「はーい」」」
「「……」」
キルエの言葉に私たちはただ沈黙するしかなかった。
なぜ、アスリンたちは素直にあんな綺麗な返事ができるんだろう?
自分たちがやったとはいえ、周りは臓物まみれ、血まみれで酷いありさまだ。
ここを片付けるのはなかなか骨が折れる作業になるのは目に見えている。
「なに固まってるのよ。きびきび片づけなさい」
「りょうかい」
「わかったよー……」
ミリーに言われて、私とコメットも渋々動き出す。
私たちは基本的にはものぐさだからねー。
こういう片づけは得意じゃないんだよ。
せいぜいまとめてゴミ袋に入れてポイだ。
というか、さっきまで嬉々として触っていたものなのに、いざ片付けるとなるとどうも触るのがためらわれるね。
そんな感じで、内臓の処理をしていたら、不意にサーサリから声を掛けられた。
「そういえば、エージルさん、コメットさん。これは全部処分していいんですか?」
「ん? ああ、構わないよ。特に目新しいモノはなかったしね」
「だね。まあ、必要な所とかは写真に収めているから、全て捨てて問題はないよ」
そう言って、片づけを再開したところに、突然カグラたちが入ってきた。
「ユキはいる? って、うぷっ!?」
「ど、どうしたのカグラ? って、うげ!?」
「うっ……!!」
3人は入ってきたかと思うと、速攻で流し台の所に飛んで行って……。
「「「オロロ……」」」
と、そろって吐いていた。
一体どうしたのだろう?
って、ああそうか、教会の地下でのことを思い出したね。
確かに、あの状況に近いものがあるね。
不意打ちだったので耐えられなかったか。
「あー、よしよし。落ち着け、まずはちゃんと吐いてしまえ」
「ご、ごめん、なさ、い」
「ユキ、せん、せー」
「……ううっ」
「はいはーい。お水ですよー」
なんか、ユキに背中をさすられている姿に、なんとなく羨ましく感じてしまう。
とまあ、そんなことがありつつも、私たちは内臓を集めて海に捨てて、身の方は艦隊に配るための処理が終わったころにカグラたちが復活した。
「で、3人ともどうしたんだ? シーサイフォの人たちの指導をしていたんじゃなかったのか?」
ああ、そういえば、僕たちもその訓練に参加する予定だったんだよね。
でも、急な襲撃でサンプルが手に入ったんで、こっちに来たんだ。
「そう、そのことで話があるのよ。シーサイフォの指導生が話してくれたんだけど……」
どうやら、カグラがこっちに来たのはシーサイフォの軍人から何やら情報を得たからのようだ。
その話を簡潔に纏めると、魔物は優先的に魔術師を狙ったということ。
それで、魔物に対抗できる強さを持つ魔術師達が壊滅したことで指導できるものが不足して、ハイデンに魔術指導をお願いしたとのことだ。
で、この場には、レイク将軍もいるので、自然と彼に話を聞くことになる。
「私たちは、その辺りのことについて、まだはっきりしたことは言えませんでした。優先的に魔術師を狙ったのではなく、単に魔物を倒せる者たちに脅威を感じ優先的に魔物が狙ったという意見もありましたからな。不確実な情報で、カグラ殿たちを怯えさせる理由はありませんでした」
「ま、確かにそうですね。不確実すぎる」
確かにね。優先的に魔術師を狙ったというのは、あくまで結果的にそう見えただけで、レイク将軍が言ったようにただ厄介な敵だから優先的に攻撃したという解釈もできる。
「しかし、今となっては単なる言い訳ですな。こちらが情報を出し渋ったせいで、不信感を与えてしまいました。どうかご容赦ください」
と、素直に頭を下げるレイク将軍。
この将軍は本当にウィードとの力の差を理解している。
だからこそこうした対応が取れる。
「いえ、其方の考えも分かりますので、気になさらないでください。同じ立場であれば私の方も伝えるのは躊躇ったでしょう」
「ご理解いただきありがとうございます」
「ですが、これで本当に、魔力不足による襲撃という線が濃くなってきましたね」
うん。ユキの言うように、状況証拠がどんどん揃ってきた。
人、特に魔術師を優先的に襲ったのは、魔力を補給するためだ。
野生の生き物も魔力は持っているが、たかが知れている。
意識的に魔術を使いこなす人の方が保有魔力量が多いのだ。
「エージル、コメットはどう思う?」
「どうって言われてもね。状況的には可能性は高いとは思うよ」
「だね。ただしあくまでも、可能性が高いだけだ。これだと決めつけてしまうのはよろしくない。ユキがさっき送ったデータをもとに、ザーギスが同じサイズのウィードで取れる魔石の保有魔力量を計測している所だ。その答えが出てから詳しくってことになる」
うん。コメットの言う通り、あくまでも可能性が高いだけで、決めつけは良くない。
あとは数字という絶対的な物が出てからの話だ。
「とはいえ、その話については詳しく聞きたいね。どういった状況でそんなことになったのかを」
「うん。そこは私も興味があるよ。魔物が1点集中で襲ってきたって話は色々気になるところがあるからね」
「ま、そうだな。カグラ、その指導生から話を聞くことはできるか?」
「あ、うん。レイク将軍の許可がいただけるのなら、ですけど」
確かに、レイク将軍が駄目と言うなら無理に聞き出すことはできない。
とはいえ、ここで聞き取りを拒否すれば、やましいこと、隠し事があると言っているようなものなんだけど……。
「ええ。かまいませんよ。今の状況では彼らの話を聞くことは必要でしょう」
レイク将軍はあっさりと聞き取りを承諾した。
ま、当然だね。
ということで、ついでにシーラちゃんの同族の刺身をふるまうついでに話を聞くことになり、魚を捌き始めたのだが……。
「しかし、あの襲撃の原因が魔力に反応したという可能性があるとは……。うむ。しかし、物凄い切れ味ですな。この包丁は」
「レイク将軍。まだ決まったわけではないですよ。と、まあ、刺身専用の包丁ですからね」
「うーむ。刺身を作るためだけに用意された包丁ですか。素晴らしいですな。私にも一本欲しい所です」
「それなら、ウィードの方で一本選ばれてはどうですか? というか、先ほどから思っていましたが、レイク将軍は素晴らしい包丁さばきですね」
「ははっ、これでも海の男ですからね。魚を獲って、自分で捌くなど茶飯事ですよ。それに、そういうユキ様もタイキ殿も立派な包丁さばきではないですか」
「まあ、生きるのは大変ですからねー。と、ユキさん、レイク将軍お皿ですよ」
「はいはい」
「お、これはありがとうございます」
なんか、男たちは楽しそうに魚を捌いている。
え? なにをどうやったら、あんな綺麗に身が切れるんだい?
僕には理解できないね。
僕だって、同じように包丁を使って切っているのに……。
ぐちゃ……。
という表現が相応しい、ぶつ切りの魚の切り身が私のまな板には散らばっている。
「うん。料理っていうのはどうも私の分野じゃないね!!」
隣でそう言っているコメットの目の前にもやはり、ただのぶつ切りの魚の身が転がっている。
最初は多少チャレンジしたのだろう。少し薄い切り身もあるが、いずれにしろ不揃いで、不格好だ。
ま、コメットのこの結果は予想できたけどね。
彼女が料理が達者だとか言ったら、世界が破滅するからね。
で、残りのメンバーで意外なのが……。
「……」
「ど、どんまい。……カグラ」
「えーと、先輩?」
いや、そういえば意外ではないか。カグラの前にも私たちと同じように魚のぶつ切りが並んでいる。
カグラは、まあ公爵令嬢だからね。自分で料理するようなことはないから仕方ないだろう。
意外なのは、ミコスがきっちりと捌いている所だ。
まあ、男爵領は自然豊かな所だったから、自分で色々やることも多かったんだろうね。
と、思っていると……。
「ミコスぅぅぅ!! なんであんた、綺麗にさばけるのよ!! あんたも貴族の娘でしょう!! 裏切ったわね!!」
「ちょっ!? 人聞きの悪いこといわないでよね!? ミコスちゃんは元々田舎……じゃなくてユキ先生の為に頑張ったんだよ!!」
「言い換えたわね。この田舎者がー!」
「おお!? それ言ったら、戦争だよね!? この世間知らずの猫かぶり!!」
「それはあんたも一緒でしょう!!」
「ちょ、まってください、先輩たち!?」
なんか、醜い女の争いが勃発していた。
これは被害が出る前に、と思ったけど……。
「はいはい。魚を捌くのは慣れの問題だからな。カグラのはあら汁行き。ミコスのは刺身行きな。お前等の気持ちはわかったら、そんなことで喧嘩するな。ほい、レイク将軍、タイキ君」
「はは、お嬢さんがた。こういうので大事なのは気持ちですぞ。指導生たちもさぞ喜ぶことでしょう。無論私たちやユキ様も。と、カグラ殿の切り身はこちらの鍋に入れますぞ」
「はいはい。ミコスとソロの刺身は皿ねー」
「「あ、はい」」
「ほっ」
2人の骨肉の争いをどこ吹く風と、切り身と刺身を回収するユキたち。
出来た男たちというべきか、場慣れしているというべきか……。
そんなことを考えていたら、ユキたちがこちらにも回収しに来る。
「……いや、申し訳ない」
「あはははー! 私は食べる専門だからね!」
私は素直に謝るが、コメットは開き直っているね。
「いや、別に向き不向きがあるからな。覚えたいってことなら言ってくれれば簡単なモノは教えるぞ」
「というか、コメットさんは、いい加減ヒフィーさんに怒られませんか?」
「あははは! タイキ君そこは心配ご無用。いつも怒られてるから!」
「……だめじゃないですか」
「ヒフィーに報告しておくわ」
「ちょ、まった!! それはダメ!!」
とまあ、にぎやかに料理の準備をしていくのであった。
あれ? そういえば魔力量の測定をしていたんじゃなかったっけ?
ま、いっか。
こうしてユキと料理ができるんだからね。
ほら、夫婦の作業みたいじゃないか?
解体作業も見る人が見れば、美味しそうな所、気持ち悪いところ、そして夫婦の営み。
みなさんはこのシーンは何に見えましたか?
正直に言いなさない。いいね?




