第844堀:解体現場
第844堀:解体現場
Side:ユキ
「うむ。妾はもう限界じゃ。そろそろここから去るぞ」
「おう。無理するな」
俺がそう答えると、少し青ざめたデリーユはさっさと解体室から出ていく。
「意外とデリーユってデリケートなんですね」
「まあ、そういうなミリー。大型動物の解体って慣れていない人には来るものがあるし、海の香りもあってキツかったんだろうな」
「ああ、なるほど。ガレオン船の時のことも引きずっているんですね」
「それとコンボで、大量の魔物の解体だからな」
そう、回収したシーラカンスが魔物化したやつを解体して、まずは体組織を調べているのだ。
まあ、その数200体近くで、先日ひどい船酔いを経験したデリーユは酔う前に出て行ったというわけだ。
二度も戦闘不能になるほど気持ち悪くなるつもりはないという迅速な判断だ。
「あー、そういえば、デリーユ様は船酔いしていましたね。と、キルエ先輩の方は大丈夫なんですか? 先輩も船酔いしてましたよね?」
「この程度のこと何ともありません。旦那様も心配ご無用です」
「そうか。無理していないならいい。だけど、デリーユ、キルエに限らず、具合が悪くなれば即座に言えよ。無理する必要はないからな」
「「「はい」」」
と、話をしつつも俺たちは次々と魚を捌いていく。
で、横からどんどん内臓を取り除いた魚が回ってくるが……。
「タイキ君。無理していないか?」
「ええ。大丈夫ですよ。意外とこういうのは平気みたいです。ルースはダメだったみたいですけど」
そう言われて辺りを見回してみると、確かにルースの姿がない
「ここまで内臓をぶちまけた現場にずっといるのはキツイらしくて、外の空気吸ってくるって言ってました」
「そうか。まあ、慣れるまで大変だよな」
俺はそう言ってタイキ君の後ろを見ると、内臓が積み重なり、山をなしていた。
だが、実はそれだけではなく。
「うーん。これは特に問題なし」
「こっちも問題ないね」
そう嬉々としながら、内臓を掴んでは後ろに放り投げている2人の少女と女性。
もちろん、こういう解体をするのだからちゃんとそれなりの服装をしていたはずなのだが、返り血とかはどんなに注意しても着き、量が量なので、もう2人は全身血まみれで真っ赤に染まっている。
「夜中にこんな姿を見たら、ちびりますよね」
「どう見ても猟奇殺人犯の絵面だよな……」
と、そんなことをタイキ君と話していると、不意にドアが開く音がする。
ルースでも戻ってきたのかと思って振り向いてみると。
「うわっ……。血なまぐさいわね」
「お魚さん解体してるからだよ」
「200体近くもいるから仕方ないのです」
「もう全部解体したわけじゃないでしょうけど、それなりに解体は進んでいるからね」
「ちょっと、血なまぐさいですね」
なぜか、ドレッサを連れてアスリンたちがやってきていた。
なんでだろうと思っていると、タイキ君が何かを察したらしく、おもむろに口を開く。
「ああ、おかわりなら、向こうの冷蔵庫にあるよ。でも、ほかのみんなにも配るから、あとは一個ずつぐらいにしておいてな。余ったらまたあげるから」
ああ、意外と美味しいからなシーラカンスもどき。
それでドレッサにも食べてもらえって、俺がアスリンたちに頼んだ。
気に入ってくれたのか。それならよかった。
「ええ。ありがとう。って違うわよ! 人が食いしん坊みたいな言い草、やめてくれる」
「あ、ごめん。違ったのか?」
「あれっ、不味かったか?」
「いえ。ちゃんと美味しかったからその心配はいらないわ。私がこっちに来たのは、ちょっと海の魔物について気になったことがあったのよ」
「ん? 気になることってなんだ?」
「アスリンたちから話を聞いたんだけど、シーラちゃんが言うにはこの魔物たちはお腹を空かしていたっていうじゃない? だけどそれって海の状況から考えておかしくないかしら?」
「ああ、そのことか。確かに、この巨体で、食料がとれないわけないからな。疑問に思っていた」
とはいえ、その意見はシーラちゃんが言っていただけで、体つきから見る限り別に飢えてるような感じではないんだよな。
「つまり、この魔物は食料とは別のモノを求めていたってことじゃないかしら?」
「別のモノというと?」
「そこまでは分からないわ。でも、何かが不足し、枯渇していたからこそ、周りの魚に見向きもせずにシーラちゃんや軍船に襲い掛かったってことでしょう」
ふむ。これまで先ず魔物の解体をして体の構造を理解することを優先してきたが、ドレッサが新たな意見をだしてきたんだ。
解体は一旦やめて、会議室で一度話し合いの場を設けて……。
「あっ、そうだよ。それだよ!!」
「あー、前提条件が間違っていたのか! いや、ドレッサお手柄だ!」
「え?」
そんな声と共に、臓物まみれ、血まみれのエージルとコメットがドレッサに猛ダッシュで向かっていき……。
「いやぁぁぁ!? あっ」
「あ、ドレッサちゃん? どうしたの? 倒れると危ないよ?」
「ちょっと待つのです、アスリン。……もう気絶しているのです」
「……そこの2人。もうちょっと、自分の格好に気を使いなさい」
「……私たちもつい身構えてしまいましたから」
うん。どこからどう見ても新手のクリーチャーだよな。バイオ系の。
「ん? ああ、これは失礼をしたね。今は作業中だったからね」
「いやー、こうして生き物を解体して調べることなんて稀だからね。ちょっと集中しすぎちゃったね」
そう、お気軽に笑いながらいう2人だが。
やっぱり、血まみれで臓物を持ちながらにこやかに笑う姿は、美女などといえようはずもなく、どうみても猟奇殺人犯にしかみえん。
「で、2人とも何かわかったのか?」
とりあえず、この2人の格好を今すぐどうこうはできないので、何が分かったのかを聞いておく。
「ああ、ほら。これさ」
そう言いながら、エージルがこちらに何かを放り投げてきた。
べちょっ……。
そんな嫌な音と共に、俺は血みどろの何かをキャッチする。
血に濡れて真っ赤に染まっているそれは、何を掴んだかすらさっぱりわからん。
ついでに血が跳ねて顔にかかった。
「ユキならそれで原因の察しがつくんじゃないかい?」
平然とコメットがそういうのだが……。
俺は無言で、キルエの用意してくれた水入りのバケツに手にある何かを突っ込んで、洗いながら……。
「こんな血まみれのモノを渡されてもわかるか!」
と、この研究バカ共に吼えていた。
「あー、ごめんごめん。気が付かなかったよ」
「おー、そういえば血まみれだったね。2人とも同じだったからね」
だめだこりゃ。
そう思いつつ、洗ったものをバケツから取り出すと……。
「……魔石か?」
そう、その血にまみれていたモノは、魔石だった。
「その通り。魔物の核となる。魔物が魔物たる所以の魔石さ」
「いや、そりゃ魔物なんだから、出てきて当然だろう?」
「おーっと、気が付かないのかい? 私たちがただの魔石を渡すわけないだろう?」
「……」
そう言われて、洗った魔石をよくよく見てみる。
別に取り立てて変わったところがあるようには見えない。
まあ、強いておかしいところをあげるなら、この魔石の大きさにしてはやけに保有魔力が少ないってところだが……。
あ。これか?
「保有魔力が少ないってことか?」
「その通り。いや、流石よくわかったね」
「そりゃこれがヒントだといわれればな」
「うんうん。ユキは話が早くて助かるよ。まあ、でも、とりあえず一個だけじゃ確信が持てないし、もっと数を調べる必要があるけどね」
確かに、この一個だけが偶然保有魔力が少ないって可能性もある。
「えーと、ユキさん。何がどうなっているのか教えてほしいんですけど」
「あ、ミリー、すまん。簡単に言うとだな。この魔石に含まれる魔力が少ないことが、魔物たちがシーラちゃんたちに真っ先に襲い掛かっていき、魚たちには見向きもしなかった原因だと、エージルとコメットは考えているわけだ」
「魔力ですか? しかし、旦那様。魔力というのはそもそも生き物全てが持つものではないでしょうか?」
「ああ、キルエの言う通りだ。普通なら魔力は生き物すべてが持つものだ。だけど、この大陸では違う。わかるか?」
俺がそう言うと、キルエの隣にいたサーサリが気が付いたようで口を開く。
「あー、この大陸では、ハイレン様のおかげで魔石を必要とする魔物が存在しないんでしたね」
「そうだ。まあ、影響がこの海域まで及んでいるかはまだ確認していなかったが、エージルとコメットが言いたかったのはそこだ。そして、シーラちゃんが栄養失調と言っていた意味もわかる。この海域の生き物を食べても、魔力はさほど回復しない」
俺がそこまで言うと、皆も分かったようで……。
「あー、そっか。だからこのお魚さんたちは、シーラちゃんを狙ったんだね」
「シーラちゃんなら、軍船の人を襲うよりも、圧倒的な魔力も持っているのです」
「魔力を補給したいのであれば、これ以上ない餌ってことね」
「食べられるかどうかまでは考えていなかったみたいですけど」
そうちびっこたちも理解した横で、今度は一緒に解体作業を手伝っていたレイク将軍が尋ねる。
「ふむ。しかし、ユキ様。そうなると1つ疑問が残ります。確かに、シーラ殿の保有魔力は多いでしょう。ですが、この船に乗っているユキ様たちの方がもっと莫大な魔力を保有しているはずです。なのになぜ、この魔物たちはシーラ殿に殺到したのでしょう?」
レイク将軍の疑問は尤もだ。
だが、それにはちゃんとした理由がある。
それを俺が答えるよりも先に……。
「レイク将軍。その疑問の答えは簡単だよ。この空母や随伴艦には魔力障壁を展開する装置が積まれているだろう?」
「ええ。わざわざ第5艦隊にも用意してくださって感謝しております」
「いえいえ。で、その装置なんだけど、魔力障壁とは別に、もう一つ機能があってね。魔力の遮断をする機能を付けているんだ」
エージルとコメットが答える。
そう、この海洋調査船団には、安全のための魔力障壁と、さらに俺たちという魔力の塊を何かが察知して動きださないように、魔力の遮断という措置を取っているわけだ。
「……そういえば、魔力を持つ者に反応する魔物などもいましたな」
「そうだよ。さすがレイク将軍よく勉強しているね。その手の魔物がこの海域にいた場合、私たちは気の休まるひまもなく襲われ続けるって可能性があったんだ」
「というわけで、私たちは魔力遮断をして身を隠していたわけさ。まあ、この魔物たちは、以前襲った軍船のことを覚えていたから、船を見て襲ってきたんだと思う」
「なるほど。そういうことですか」
「とはいえ、さっきユキが言ったように、まだまだ例が1個だけだ。確証を得るためにも他の魔石も調べてみないといけない」
「じゃ、みんな。頑張って魔石を探そう!!」
とコメットが指さす先には内臓の山がそびえていた。
「おい。分けてないのか」
「「そんな器用なことができると思うかい!」」
この2人片付けられない女子か!!
片付けのできない女。
喪女とかいうやつだっけ?なんか妖怪みたいな名前だよね。
まあ、女性に限らず、片付けられない人っているよね。
そういう感じ。




