男子三日会わざれば括目してみよ
「チッ……」
トレーニング室の片隅で、本多は座り込んだままボロボロとなっている自分の右腕を見つめていた。
本多勝希との戦いまで、残り一週間を切った所である。本来ならいつも通り立花と殺し合いをして意地というものを身を持って得るという訓練をしているはずだったが、この日の本多は朝から戦う意思を見せようとはしていなかった。
「…………」
「どうしたの? 考え事かなぁ?」
神妙な顔つきをしている本多の顔を覗き込むように、立花は自分の身体をかがみこませる。
「……あんだよぉ」
「いや、威勢が良かった本多が最近元気がないから、どうしたのかなぁってぼくちゃん疑問に思ったんだよね」
「テメェには関係……あるかぁ」
本多はその場に立ち上がって、改めて自分の右手を見つめながら疑問を発した。
「……オレは本当に、意地ってものを得ているんだろうかと考えちまってよぉ」
二か月間、本多は必死に立花に喰らいついた。そして立花もそれに応じる様に負けを認めようとせずに戦う意思を見せ続けた。
悔いはない。両方がぶっ倒れるまで殴り合いをしてきた二か月間、本多と立花は互いに切磋琢磨し、実際に最初よりも戦闘技術や体の強度は上がっているのを実感できていた。だがこれで本当に得られたのだろうかと、本多は今更になって不安になっていたのだ。
「オレとテメェ、武骨と剛皮で戦ったおかげで確かに体の頑丈さが上がっているのは分かっている」
「ぼくちゃん達って最初はお昼すぎたら大体どっちかがぶっ倒れる程度だったのに、今となっては日が沈んでも平然と殴り合い出来るもんね」
立花はそう言って、つぎはぎの縫い目がついた自分の身体を、目を輝かせて見つめる。
立花の一族に伝わる秘伝の剛皮は、その名の通り皮膚の強度が常人では考えられないほどに強い。それこそそこらのビルの屋上から叩きつけられても、皮膚という名の肉袋に包まれている中身がノーダメージでいられるほどだ。
「……だけど、それだけじゃああの本多には勝てないって、分かっているってことだよね」
「アァ。兄貴はこれだけボロクソにしても準備運動だったって平気で言うだろうよぉ」
そして戦えば戦うほどに、より自分が兄から受けた打撃の重みを理解し始める。実の兄、本多勝希にとって、今の自分の攻撃などでこピン程度にしか受け取らないだろう。
「はぁー、これじゃ一週間後が怖いよねぇ。本多は生きて帰れるのかな」
「……知るかよそんなことぉ」
立花としては挑発のつもりだったのだが、またも自暴自棄になりかけている本多を見るなりため息をつく。
「……確かに、今の本多には意地が見られないかもねぇ」
「ッ、そうかよぉ……」
あれだけ戦っても、意地というものが見えてこない。
本多はそのことを焦っていた。またも自分を見失っていた。
「ッ、チクショウ……ッ! チクショウ! チクショウ! チクショオォオ!!」
本多は右手で壁を何度も殴りつけ、自分の無力さを嘆く。
そして、更にその拳で自分の顔を殴りつける。
「ゴホッ!! オ、オレは、オレはぁ……がハッ!! ……ふざけんなよぉ……ふざけんじゃねぇぞ優希ィ!!」
このままだと自分は徳川を取り戻せない。自分が最も愛した少女を、兄の手から取り戻すことができない。そんな現実が本多の目の前に迫っている。
また兄に取られる。また兄に大切なものを取られる。
おもちゃを。槍を。信念を。名前を。恋人を。
そして自分が諦めてきた全ての先に、徳川千夜がいる――
「……認めねぇ、認めねぇぞそんなもん……!!」
――ただ黙ったままでいた、大人しい性格のままの優希はもういらない。
オレは誰だ? オレはなんだ?
本多はしばらく黙ったままその場に立ち、上を見上げる。
そして大きく息を吸い込み、怒声と共に本多としての意地を吐き出す。
「オレは…………オレが本多勝希だぁ!!」
兄と戦う日に、優希という人物は死ぬ。だが同時に勝希から取られた全てを奪いとり、新たな本多勝希が生まれる。
「……ぼくちゃんは間違っていたよ」
近くにいた立花はふとそんな気がすると共に、やはり目の前の男も本多の一族であり、自らが慕う存在たり得るのだと感じた。
◆◆◆
――運命の日。
「しっかし石田のヤローもたかが兄弟喧嘩にこんな施設を押さえるとは、盛り上げてくれるじゃねぇか」
山奥の秘境に隠された闘技場――通常なら立ち入り禁止とされる区域にそれは存在した。
天候条件に左右されないようドーム状に造られ、そして外から見つからないよう季節に応じた保護色で外観を隠す。この異様な建築物については、かの平賀源内の末裔が関わっているとの噂もある。
内部はいたってシンプルなものであり、土が敷かれた闘技場の周りに観客席が三百六十度。つまりここで行われる闘争とは、裏の者に見届けられる戦い――この先の裏歴史を決める戦いの場となるに相応しい場所なのである。
「ヒャハハハハハッ!! ここで今からオレが優希を公開処刑でブチのめすってか!?」
「勝、あまり油断は――」
「ハァ? オレに勝てる奴はいねえっての!」
いつも以上に興奮している勝希を見て、島津は一抹の不安を覚えた。勝希はいつも以上に浮かれている――というより、雑魚と分かっているからこそどう調理しようかということにしか頭が回らず、相手がこの三カ月でどう変化したかなどとは露ほども考えていない。
「……さぁて、役者もそろってきやがったじゃねぇか」
勝希側――西軍側には宮本家を筆頭に、竜造寺家、馬場家、松永家、そして竹中と黒田の『両兵衛』に、柴田権八や森一族など裏でくすぶっている面々が勢ぞろいとなっている。
どの一族も石田と同じ、裏をひっくり返すという一つの目的の元つどっている。
そしてそこにはもちろん、宮本祈の姿もあった。
「……来たか」
そして東軍側――徳川、織田、豊臣の戦国御三家、沖田家、足利家、斎藤家、そして現真田家当主の真田幸乃が座っている。更に西の最強とされる立花に、何故か坂本竜海がいる。
そして東軍筆頭。現ブックマンである伊能之敬と、その護衛として上杉と寧々がそばについていた。
「……弟を血祭りにしたら、次はテメェ等が相手してくれんだろぉ?」
「餓鬼が、息がるなよ」
本多勝希の軽い言葉に対し、織田国長は上から押しつぶすかのように威圧する。両者一歩も引かぬまま、この場で先に闘争が行われようとしている。
「……全てを見届ける時が来たか」
そして丁度西軍と東軍の間に、杉田蘭や前田利佳子のような中立的存在が全てを見届けるべく座っている。
「……ン?」
しばらくのにらみ合いの後、勝希は国長から目を逸らして別の方を向いた。それは国長を恐れて視線を外したという訳ではなく、もっと強いものがいると感じたからだ。
「…………誰だテメェ?」
本多勝希はその者を知らない。まるでいくつもの死線を潜り抜け、一つの答えを見つけた者のことなど知らなかった。
「……テメェ、優希か?」
「…………」
男子三日会わざれば括目してみよ、という言葉がある。ならば三か月会わなければどうなるのか。
闘技場にボロキレに近い服装で表れた一人の青年を前に、勝希は半笑いになりながら不用心に近づく。青年の顔はボロボロとなったフードを前に見えなくなっていたが、勝希はそこである事を察した。
「おいおい優希、戦う前から死に体じゃねぇか――」
勝希はそう言いかけたところでとっさにその場を引いた。否、引いてしまった。
「……テメェ、少しはヤル気になったんじゃねぇか」
狩る愚痴を叩いて相手を褒めたが、勝希は内心いら立っていた。
避ける必要が無かった攻撃を前に、自分が引いてしまったことに。
「…………」
「オイオイ、兄貴がこう言っているんだぜ!? いい加減返事くらいしろよ優希ィ!!」
「…………」
青年は顔を上げ、そこで初めて実の兄と目を合わせる。
「……オレは優希じゃねぇ」
「じゃあ誰だってんだ!? アァ!? まさかオレが勝希ですなんて負け犬がほざくのかよ!?」
「オレは、勝希でもねぇ」
青年はボロボロのフードを外し、改めて名乗りを挙げる。
「オレは……テメェをぶっ倒して初めて名乗れるんだよぉ!!」
「…………言うようになったじゃねぇか……クソ弟がぁ!!」
この戦いにゴングなど要らない。ただ殺し合いが始まったと、その場の誰もが理解しただけだろう――




