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ブックマン  作者: ふくあき
跡継ぎ編
8/101

ひと時の安寧

 ドアを乱暴に叩く音がする。あの女医が何か忘れ物でもしたのであろうか。しかしそれだとドアを叩かずに普通に入ってくるはずだ。宮本は目元をごしごしと拭くと伊能の方へとより身を寄せる。


「……誰でしょうか」


「沖田さんか徳川さんかも」


「もしくは、追っ手が来たのか」


 宮本はドアの方へと向き返り、腰元に手を添える。その右手は刀の柄をしっかりと握っていた。


 そしてその表情が厳しくなり、全神経がドアの向こうの存在へと向けられる。


「宮本さん、何を――」


「この距離なら、私の踏込ふみこみで仕留めることができます。伊能さんは部屋に入るように指示してもらえませんか?」


「そ、そんな危ない事――」


「これも、伊能さんを守るためです。きちんと見極めますから安心してください」


 構えたままの笑みに少々恐ろしさを感じながらも伊能は言われた通りにする。


「……入ってどうぞ」


 ドアがゆっくりと開く。まだ人影は見えない。


 ドアが半分ほど開く。その影が宮本の視界に入った瞬間――


「伊能殿! 大丈夫で――」


「シッ!」


 人影の首が飛ぶ――はずだったところを、その相手はギリギリのところでそれを受け止める。


「……宮本! 貴様何のつもりだ!」


 ビジネススーツを着た女性は瞬時に刀を抜き、宮本の一撃をギリギリのところで受け止めていた。


「沖田さん!? …………チッ」


「おい! 今舌打ちしたな!?」


「さあ? なんのことですかぁ?」


 二人の口論するなか、伊能は少々ひきつった表情で宮本に突っ込む。


「そ、それより今……明らかに見極めて無かったよね?」


「いえ、そんなはずでは――」


「もう少しでとんでもないことになってたじゃないか!」


 正論にぐうの音も出ずに宮本はしゅんとした表情で刀をしまう。


 沖田はその様子をしり目に容態を伺う。


「大丈夫でありましたか?」


「三日で治るって杉田先生が言ってたよ」


「あの人が言うことなら間違いなさそうですね」


 沖田はホッと胸をなでおろすと、持ってきていた見舞いの品を伊能に渡す。


「つまらないものだが、受け取ってもらえるとうれしい」


 そう言って渡したのは入院したときによくある果物の詰め合わせであった。


「沖田さん、ありがとう」


「少しでも食べて元気を出してもらえるとありがたい」


 そう言ってリンゴを一つとると、ナイフで器用に皮をむいていく。


「……よし……これを」


 伊能はもらったリンゴを口元へと運ぶ。普通の市販のものとは違う、より深みのある甘さが伊能の口に広がる。


「……あ、おいしい!」


「フフ……」


「どれどれ、私も一つ……すごく甘い!」


 いつの間にか復活していた宮本が、沖田の手元からリンゴを一つ取る。


「おい、貴様何を勝手に――」


「いいじゃないですか、減るものですけど」


「この――」


「はぁ、もう喧嘩はやめてくださいよ」


 どうしてこう争いが絶えないのか。伊能が大きくため息をついていると、新たな来客がドアの方から入ってくる。


「ジャマすんぜぇ」


「伊能くん、大丈夫?」


 心配そうな顔の徳川が、不機嫌そうな本多をひきつれて入ってくる。本多の手には中身の入ったビニール袋がさげてあり、それを勢いよく伊能の方へと投げ渡す。


「徳川さん――うわぁっと!」


「見舞いの品だぁ……本来徳川様のおやつとなるべきものを、慈悲深い心でお渡しになられたんだぁ……感謝して食わねぇとブッ殺す」


 最期にドスの利いた声で脅しをかけられ、苦笑いをしつつも伊能はその中身を見る。中には色とりどりの様々な和菓子が乱雑に入っている。


「おぉ、和菓子だぁ」


 伊能は物珍しそうな顔で袋の中身をあさる。


「いろいろあって目移りしちゃうけど……これにしよっかな」


 数あるなかで伊能が選んだのはラップに包まれた羊羹ようかんであった。その一つをとり、残りを袋ごと徳川へと渡す。


「? ……気にいらなかった?」


 気に入らないという単語を聞いて本多は伊能に殺気を向けるが、伊能はそれを察知し素早く訂正をする。


「い、いやぁ、もともと徳川さんのおやつになるはずだから、全部はもらえないよ」


「……ケッ、殊勝な心がけじゃねぇかよぉ」


 本多が皮肉をのたまっている間、徳川は迷うことなくビニールのなかに手を突っ込む。


「……あった、ぼたもち」


 徳川は目的のものを見つけると袋から取り出し、幸せそうな表情で口に頬張る。それを見て本多も気分を良くしたのか、宮本や沖田の方にも袋を渡す。


「……一つだけとっていいぞぉ」


「フ、珍しいこともあるのだな」


「変態ですけど、腕は確かですからね」


「文句あんのなら食うなゴラァ!」


 それを無視して宮本は袋から水まんじゅうが入ったパックを取り出し、楊枝ようじでそのうちの一つを突き刺す。沖田の方はというと串に刺さった団子を自らの口へと運んでいる。


「……おいしいね、どこで買ってきたの?」


「本多くんが作ったんだよ」


「へぇー……えっ?」


 伊能の手が止まり、視線は作った本人の方へと向かう。本多は気分を害されたような表情で伊能を見る。


「なんだよぉ、文句あんのかぁ?」


 こんなにも恐ろしい男がこのお菓子を作っているというのか。正直なところ似つかわしくないところである。しかしその味は今まで伊能が食べてきたものとは別格の味だった。この味を超すことができる職人はそういないだろう。


「こんなにおいしいのを作るんだ……というかそもそも和菓子とか作れるんだね……」


「……テメェ、オレをなんだと思ってんだぁ……」


「単なる変態ですね」


「黙ってろつるぺたぁ!」


 本多が再び不機嫌になるなか、ぼた餅を食べ終えた徳川は本多に気づかれない様そーっと袋に再び手を伸ばす。


「そー……」


「……ダァメですぅ、食べすぎはいけませぇん」


 気づいた本多は徳川の目の前から袋を遠ざけるが、いまだ徳川の視線は袋へと向かっている。


「……もう一個だけ」


「ダメですぅ。その一口が肥満のもとですぅ」


「……くすん」


 徳川の涙目になった表情に本多の心が動かされかけるが、心を鬼にして袋を取り上げたままにする。


「別にいいじゃない、一個くらい――」


「テメェバァカがぁ!!」


 伊能が軽い気持ちで言った言葉に対し、本多は大声で怒鳴りつける。


「オレの目が光っている間は、徳川様に不健康な生活をさせる気はねぇ!!」


「それも大事だけど、ちょっとくらい食べても大丈夫じゃ――」


「そのチョットがなぁ、後々の大事となるんだよぉ! 分かってんのかこのボケがぁ!!」


 宮本は本多のその必死な態度にため息をつき、徳川の方へ同情のまなざしを向ける。


「……はぁぁ、徳川さんもこんな頭でっかちの変態にいろいろ管理されているとは、心中察しますよ」


「うん、ときどき本多くんきびしい」


「何でぇ!? 徳川様のためを思って――」


「ストレスも健康に良くないと聞くよ? こういうときくらい食べても大丈夫なんじゃないかな?」


「ぐぅぅ……」


 本多は全員が敵であると認知すると、しぶしぶ上にあげていた袋をおろし、そのなかから一つまたぼた餅を徳川へと渡す。


「……これで終わりですよぉ」


「うん……本多くんだいすき」


「くっ……」


 本多は徳川から唐突にかけられた言葉に対し照れているのか、顔を別の方へ隠す。


「おやおやぁ、変態が喜んでいるようですねぇ?」


「バッ、ちげぇに決まってんだろぉ!!」


 本多が宮本に喰ってかかろうとしたその時――


「ぎゃあぎゃあうるさいぞ! 病院内で静かにしろって言わなかったか!」


 予想以上に騒がしかったらしく、杉田が怒りをあらわにして入り込んでくる。


「誰だ! さっきから騒いでいるのは!」


「「「「この人です」」」」


 全員が指差す方向にいるのは本多である。その当の本人は自分が置かれている状況を呑み込めておらず、挙動不審となっている。


「まったく、静かにできんのか!」


「エ、ちょっ、待っ――」


「次うるさかったら外に放り出すからな! わかったな! ……ったく、人の睡眠を邪魔しおって――」


 その場の全員が静まり返るなか、ドアが乱暴にしまる音が響く。


「…………テメェら、後で覚えておけよぉ……!」


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