想い
「――あぁー!! いいところだったのに!」
「もう一時間たちましたぁ、終了ですぅ」
ボロボロになりつつも前に進む一人の兵士。流血で視界が淀みながらも前に進み、ようやく敵の大型ロボットが現れさあ倒そうとしたところでテレビが真っ黒になる。
そこに反射しているのは、頬を膨らませ抗議する松尾と、少々意地悪な目をした本多のにやけ顔だ。
「もう少しだったのに……あー! セーブし忘れてたぁ!」
「バァカが。ちゃんと時計を見てしねぇからだよぉ」
松尾の至福のひと時が終わったところで、本多は話をきりだす。
「でぇ、例の調べはついたんだろぉ?」
「えーと……それが……」
先ほどの生き生きとした表情とは打って変わって、本多から視線をそらし自信の無いような表情を浮かべる。得意なことにはとことん目を輝かせ、苦手なところから目を背けるその様子はやはり年相応の子供といったところであろうか。
しかしそれを見た本多が文字通り、鬼の形相へと変化していく。
「……アァ!? オマエ、オレに使いっ走りさせといてぇなんの調べもつきませんでしたぁー、なぁんて言うんじゃあねぇだろぉなぁ!?」
本多の足元からミシミシと音がする。踏みつけているのは本来松尾の報酬となるはずだったゲームのパッケージだ。
「あぁー! ごめんなさいごめんなさい! それだけは勘弁をー!」
本多の足元にすがりつくも、当の本人は全く納得がいっておらずより体重をかけていく。
「違うんです違うんです! 予想外のことが起きて! 真田の家に忍がいたんです!」
「――アァ? そりゃどういうこったぁ?」
ようやく本多の足が離れ、パッケージが救出される。松尾は急いで中身を確認するが既に手遅れとなっており、ディスクが真っ二つに割れてしまっている。
「ディスクがぁ……」
「それより、真田が忍雇ってるたぁどういうこったぁ?」
「……」
松尾は真っ二つとなったディスクを見せつけ、無言のまま目で訴えてくる。本多は仕方ない位と言わんばかりに大きくため息をつくと、しぶしぶ交換条件を差し出す。
「チッ、ったくよぉ、後で同じのもう一本買って来てやっから教えろよぉ」
「……わかりましたぁ」
松尾は少し涙目になりながらも納得する。たかがゲームごときにここまで本気になるのが本多には理解できなかったが、これ以上無意味なことで機嫌を損ねさせるのは面倒なので口を閉じておくことに。
「……まず沖田家から報告します。護衛はいつも通りの配置で内部の様子も特に異変はなかったです。織田家の方は風魔党頭領がどうやらお留守の様で、侵入はいつもより簡単でした。こっちも内部配置等異変は無かったです。問題は真田家ですが――」
松尾は戸棚から紙とペンを取り出し、簡単な真田家の屋敷の見取り図を描く。
「まず玄関前ですが監視カメラが四台、遠距離用も含めて追加されていました。内部を探索していたら天井裏にトラップがびっしりと。そして見回りの護衛の人に忍が何人か混ざっていました」
ペンで次々と書き加えられていく情報。本多が予想していたよりも紙面が黒くなっていく。
「――更に客室の一つに増築の跡が見受けられました。どうやら地下室みたいですね。内部に侵入しようにもその上に見知らぬ男の人が寝てたので――」
「オィ、ソイツってよぉ高校生ぐらいのヤツかぁ?」
本多が口を開く。松尾はそれを聞いてポカンとした表情で本多を見返す。
「どうしてわかるんですか?」
「ソイツが次期ブックマンだぁ……生きていればなぁ」
ブックマンと聞いて、松尾の顔から滝の様に汗が噴き出し始める。
「……えーと、確か今回の問題って――」
「ブックマン、つまり伊能の一族が滅亡の危機にあるからぁ、最後の一人である次期ブックマンを狙っているヤツの特定及び始末だぁ」
「……てことは、見殺しにしちゃった可能性もあるってことですかぁ!?」
松尾は急に慌ただしくなり、部屋をうろちょろと動き回り頭を抱える。本多は重要人物を放置した松尾に対し怒ることもなく淡々としゃべり続ける。
「あぁー!! どうしようどうしようどうしよう!?」
「安心しろぉ。ダレも責めようがねぇよぉ」
「ですが千夜さんにこの事を知られたら――」
「だからよぉ――」
本多は悪だくみをする悪役のごとく口元を歪ませ、松尾の目の前で人差し指を立てる。
「この事を知ってんのはオマエとオレだけだぁ。安心しろぉ、ダレにも言わなければバレやしねぇよぉ」
二人の間に長い沈黙が過ぎる。
それはとても長い時間だったのか、短い時間だったのかはわからない。そんな時間が過ぎた後、松尾が本多を見つめたままゆっくりと口を開ける。
「………………やっぱり諦めきれませんか」
「……」
本多は松尾のその言葉にピクリと反応する。本多の顔から徐々に笑みが消え、言葉とは裏腹の松尾に対する警告の表情が浮かび始める。
「そんなことねぇよぉ」
「嘘です。ほんとはブックマンに死んでもらった方がいいんですよね?」
本多の顔がひきつり、さらに恐ろしいものへと変わっていく。
「……既に決まったことだぁ、もとよりこの身分でとやかく言えるわけねぇ」
「本当にいいんですか!? 千夜さんを見ず知らずの男に取られて――」
そこまで言葉を発したところで突如松尾の首に強烈な圧迫感が生まれる。本多の右手が、目の前の少女を黙らせるためにその首を締め上げている。
「…………それ以上言えば……殺す」
それが脅しではなく本気とわかっているのか、松尾はそれ以上口を開かない。
「ガキの分際でぇ? オレの何が分かったってぇんだぁ、アァ!? テメェが簡単に口出しすんのならその舌引っこ抜いてやんよぉ!!」
最大限の威嚇と威圧を松尾に浴びせた後、本多は急に弱々しくなりその表情に諦めを含めて小さく口を開く。
「……もう何度も言ってるはずだぁ……オレの望みは……徳川家の繁栄……ただ一つなんだぁ…………そこに“心の迷い”なんざあっちゃいけねぇんだよぉ……」
まるで自分に言い聞かせるように、少女に向かって小さく呟いた。
――伊能が目を覚ますと、目の前には真っ白な天井が広がる。
「……そうか……僕は宮本さんをかばった結果、斬られたんだったっけ……」
背中の感覚が無い。大量の麻酔でも使ったのであろうか? それとも背中を丸ごと切り取ったのであろうか。体を起こそうにも体幹に力が入らないため起きあがれない。
仕方がないので頭だけを動かして周りを見渡す。自分の知っている限りの知識で推理するならば、ここは病院で間違いないだろう。そして時計は六時をまわっていることから、今の時間帯が夕方であろうことは理解できた。
真っ白なベッドに縛り付けられるように動けず、かろうじて動かせるのは指先三寸ぐらいであろうか。その指先を動かすと、誰かが自分の手を握っているのがわかる。
「……あれ? もしかして……」
首を無理やり曲げて下の方を見ると、そこには伊能の右手を両手でしっかりと握ったまま眠っている宮本の姿があった。眠っている姿はやはり人形のように美しい。伊能は右手さえ動くのならば、その頭を優しく撫でていたであろう。
「……宮本さん……もしかしてずっと――」
入口のドアを乱暴に開ける音とともに、一人の女性が入ってくる。
「入るぞ」
伊能は視線を音の聞こえる方へと向け、声を発した主を見る。女性はお決まりの白衣を着ており服装だけは医者らしいが、厚めの化粧とマニキュアのせいでいまいち医者だという決定打に欠けていた。
「……あなたは、誰ですか?」
「貴様の命を助けた礼より身分証明が先とはな」
皮肉交じりに微笑む彼女に向かって、伊能はあわてて礼を告げる。
「あ! あの、ありがとうございます……」
「まあいい、それよりも、気分はどうだ? 異常はないな?」
「はい、今のところは起き上がれないくらいで――」
「全身麻酔を打ったからな。貴様の背中に綺麗に刃物で突いた傷が開いていたから縫合して閉じて置いた」
どうりで動けないわけだ。それにしても自分の体に穴が開いていたとは。自分のことながらも生きていることが不思議であった。
伊能は改めて命の恩人の名前を問う。
「あのー、名前は――」
「まずは自分から名乗るのが筋じゃないかね?」
「は、はい! 僕は伊能之敬といいます」
「私の名は杉田蘭。杉田玄白の末裔といったところだ」
そう言って杉田は右手を差し出すが、伊能の右手はしっかりと宮本に握られているため動かすことができない。
「ククク、すまないすまない。そういえば君の右手は先客がいたようだね」
「あはは、すいません……」
「まぁ私に感謝が必要なように、その子にも感謝すべきだな。なにせさっきまでずっと君の様子を看ていてくれていたからね」
すやすやと眠る少女が今までずっと伊能を看ていてくれていた。その少女の方をゆっくりと向き、伊能は感謝の言葉を述べる。
「……ありがとう……」
「さて、君の麻酔ももう少し時間がたてばきれるだろうが、今日一日は安静にしてもらうぞ」
「……と言うより、動ける傷じゃないと思うんですけどね」
伊能の冷静なツッコミに対し、杉田は顔をしかめる。
「……君、私を舐めているな?」
「はぁ……」
伊能の間の抜けた返事を聞いて杉田はすぐ近くまで詰め寄り異論を唱える。
「私を誰だと思っている? あの杉田玄白の末裔だぞ? そんな傷、三日もあれば治せるに決まっている」
その言葉を聞いて伊能は驚きを隠せなかった。本来なら月単位で入院を覚悟していたものが、三日で治るなんて理不尽そのものだ。
「……すごいですね」
「裏の医療技術を舐めるなよ?」
怪しげな笑みを浮かべ、杉田はその場を去っていく。
「麻酔がきれた後も痛みがでてきたらコールしてくれ。それ以外で私を呼び出すな。以上だ」
最後に事務的なことづてを残した後、彼女は急ぎの用事があるのか早歩きでその場を去っていった。
「……」
再び静かになった病室にて伊能は天井をぼーっと見る。特に何も考えが浮かぶことは無い。
「うーん……」
天井を見ていると右手の方から声が聞こえる。その方に目を向けると、宮本が目をこすりつつ頭をあげる。
「あ、起きたんだね……」
「……ふぁ……伊能さん……気が付いたんですね!」
当たり前のことであるが、眠っているときはとても静かだったのが、起きた途端このように騒がしくなる。しかしその方が、今の伊能にとっては嬉しかった。
「うん、宮本さんのおかげだよ」
本当に、感謝だけでは済むものでは無かった。あのままだと自分は確実に死んでいたはずであるが、宮本のおかげで助かったようなものだ。
「本当に、感謝してもしきれないくらいだよ」
「そそ、そんなことないですよ! むしろ私が――」
そこまで言って、宮本は改めて椅子に座り直し、伊能の方を見る。その潤んだ目には包帯まみれの伊能の姿が映っている。
「――私の方が助けられました。あのままだと私はあの忍者に斬られていました。それを伊能さんが、体を張って……ごめんなさい! 私が――」
「謝ることないよ」
伊能は麻酔が取れつつある右手で宮本の手を握り、優しく微笑む。
「こうやって僕は助けられたから、気にすることは無いよ」
自分でもよく分からなかった。本来ならこんな傷を負った時点で不満の一つでも漏れてもおかしくないと思う。
しかし伊能は宮本を責めることは無かった。
「……杉田先生が三日で治るってさ」
「本当に、よかったです……」
宮本がまた泣き出す前に、伊能はその頬を優しく撫でた。