祭が楽しめないとは残念です……
一応二年前の夏祭り編という事で、これまで出てきた登場人物と、これから出てくる? 登場人物の二年前が見られるという事ですね。伊能の父親も生きているので比較的平和になるかと(一部を除いて)。あとブックマン及び裏歴史についてより分かりやすく解説していると思いますのでこちらをプロローグとして見てみるのもいいと思います。後二回の投降でこの編が終わり、次の編へと移行すると思います。
「――はぁ、退屈ですね……」
提灯によって街はぼんやりと照らされ、道路の両端は屋台が立ち並び歩行者天国と化す。
そして道行く人々の腰に刀のレプリカをぶら下がっていること以外は、至って普通の祭りの風景だった。
「警備なんて必要あるんですかね……」
帯刀祭――この街は昔、たくさんの武士が休憩する町として栄えていたらしく、このように皆腰に刀を挿げて町を練り歩いていたらしい。
今日はその時代の再現として、そしてその風習を絶やさないようにするためにも、祭が開催されているのである。
「全く、せっかくの祭りですのに何も楽しめません……」
宮本祈、十二歳。その小さな体に似合わぬ太刀を腰に挿げ、そしてその瞳が表現するのは退屈という感情。
彼女は去年までこの日は客としてこの場所に来ていた。しかし今回たまたま一族の代表としてこの祭の一日警備員に駆り出され、こうして道を歩き回らされていた。
だが宮本の服装は浴衣姿である。これはあくまで裏の仕事での警備であるため、堂々とするわけにもいかないとの事からだ。その腰にも周りとは違って唯一真剣が収められているなどということは、誰も知る由が無い。
「全然平和じゃないですか……どうせなら神社の方の警備に回りたかったですよ……」
この祭は街にある大きな神社が運営をしており、盆踊りなど祭ではお決まりのイベントもそこで行われているのである。
「……楽しくないです」
通行人の笑顔に反比例して宮本の表情は暗かった。一人ぼっちでの警備員ごっこにもしんどさを感じていたからである。
「はぁ……」
「――嬢ちゃん悲しそうな顔するなよ、これ食うか?」
うつむく宮本の目の前に差し出されたのはイチゴのシロップがかかったかき氷。宮本が顔を上げると、やれやれといった様子の男が目の前に現れていた。
男はリュックを右肩にかけており、半袖のTシャツにジーパンといった組み合わせの服を着て、あごにはまばらに無精ひげを生やしていた。
しかし何故か不衛生という感覚を持たせることは無かった。ただおおざっぱそうな性格には見えるが。
「ったく、小さい子も大変だな。これでも食って、元気出せよ」
「えっ? あっ、その――」
「いいから貰っとけ! 俺のおごりだ、口も一切付けてねぇから安心だろ」
そう言って中年の男は一切の警戒の念を抱かせることなく宮本にかき氷を押し付ける。
宮本は成すがままに受け取ったかき氷を恐るおそる口に運ぶと、一刻の涼やかな感覚に気分が払しょくされた。
「……美味しいです。ありがとうございます」
「いいって事よ。嬢ちゃんも仕事大変かもしれないが頑張れよ」
「……はい、ありがとうございますっ!」
宮本にかき氷を押し付けたまま、男が適当に手を振って去っていくのを見送り終えると、宮本はそこでやっとある違和感に気づく。
「……そう言えば、なぜあの人は私が裏の側の人間だと分かったのでしょうか……?」
裏の警備に充てられとしても、特に目印らしいものなど身に着けない。表では目立ってはならないのが裏の掟だ。
だからこそ宮本も周りに溶け込める和服姿になっていた。
しかしあの男は一瞬で裏の者と見ぬき、ねぎらいの言葉をかけてきた。
「……かき氷美味しかったです」
空っぽになった容器に、呟くようにお礼を言っては近くのごみ箱に捨てる。
すると宮本のすぐ後ろから、鋭く突きつけられるような声がかかる。
「サボりとは感心しないな、宮本」
この時は宮本にとっては先輩にあたる女性が、宮本の仕事中のかき氷を咎めていた。
「……すみません沖田さん、実はこれ、貰ったものでして――」
「だったらなおさらの事だ。もしそのかき氷の中に毒でも入っていたりしたらどうするつもりだ」
「申し訳ないです……」
沖田春香、十七歳。この時はまだ高校二年生であるものの、そのモデルの様にすらっとした体形と、着ている服装から大人びたイメージを周りに持たせている。
「……その服どこで買ったのですか」
「ああ、このスーツか。見た目からでもその仕事への気合の入り方が変わるからな」
……服のセンスも相まってより大人びて見える。
「それよりだ。差し入れをした者の見た目は?」
「中年? くらいの男の人ですね。半袖半ズボン、右肩に大きなリュックをかけ顎に髭を生やしていました。私と会った時はかったるそうにしていましが、特に違和感や不信感を覚えることが無かったので……」
「ふむ……」
沖田はその男がある人物ではないかと思い始めた。
「……通常護衛の人間にそこまで声を掛ける者などいない。そしてそんな風にしたお人よしがいるとしたら、ブックマンである伊能敬地殿くらいか……」
宮本はその言葉を聞いて驚きを隠せなかった。噂に聞くあのブックマンから差し入れをもらったのだ。
表には決して公表されないもう一つの歴史――裏歴史。そこでは血なまぐさい争いの歴史と、それに伴った表の数十年先を行く技術が秘められている。
決して知られてはならない歴史。その歴史を記録する一族がいた。
――ブックマン。それがその一族を指す俗称だ。そしてその一族は、元をたどれば伊能忠敬にまでさかのぼることになる。
伊能忠敬と言えば初めて正確な日本地図を描いた人物として有名だった。しかしその技術は裏から流出したものを知らずして利用したものであった。
表の歴史では、伊能忠敬は地図の発表三年前に死んだことになっている。だがそれはあくまで表においての話であり、裏の歴史ではその時点から伊能の一族が登場したのだった。
当時先代ブックマンの一族が根絶やしにされたこともあって、丁度そこに伊能の一族が入ったばかりだったことからブックマンという役割を担われることになった。
しかし当時反対する一族ももちろん存在した。記録するという大役を、そんな入ったばかりの一族に任せるという点に反対だというのだった。
それでも伊能の一族は黙々と役目を遂行し信頼を得て、裏でも一定の地位を手にすることができた。
だがそれでもまだ一部の者はそれを認めようとしなかった。しかしその一方で、それだけの地位を築いてきたブックマンにすり寄る一族も出てきた。
そんななかで『お嫁さん選び』などという皮肉めいた風習もまた生まれたのである。
「――あぁーっ! てことはあの方の息子が――」
「次期ブックマンだ。残念だな」
「あの時もっと話しておけば良かった……」
宮本の一族はブックマンに友好的であり、その娘として生まれた宮本は伊能の一族とはできるだけお近づきになれるよう耳にタコができるほど言われていた。
「残念です……」
「まあ噂によれば息子には既に彼女がいるとのことだ。まぁ……私がいずれ妻の位置に身を置く事になるがな」
「はぁ、そうですか……」
沖田の無駄に自信満々な様子に宮本は適当な返事しか返せなかったが、沖田はそれに気づくことなく次の見回り箇所を宮本に伝える。
「私がこの辺を見まわる。宮本、お前には次の場所に向かってもらおう」
「次って何処です?」
「神社方面の見回りだ」
「神社ですか!?」
どうやら宮本の退屈はここで終わるようだ。宮本はその言葉を聞いて足早に神社の方へと向かおうとするが――
「まあ待て。他にも連絡事項がある」
宮本ははやる気持ちを抑えて何とか沖田の方を向く。沖田の方は宮本のうずうずとしている様子を見て不安に感じるが、上の方から言われたことに従わなければならないため、仕方なくその内容を伝えて神社の方へと向かわせようとする。
「どうやら神社の方に武臣が出没しているとの報告が出ている。抗争が起こる恐れがあるから気を付けるように、だそうだ」
「武臣……?」
そんなことも知らないのかと言いたかったがそこをぐっと我慢し、沖田は武臣について話を始める。
「戦国御三家の事は知っているな?」
「はい、表における戦国時代の者が、裏で組んだ同盟の事ですよね?」
「そうだ。織田、豊臣、徳川。この三つが手を結んだ同盟の事を指している。そしてその中にある一族、徳川家の事は?」
「はい、徳川将軍家を中心に尾張、紀州、水戸の三つの徳川家が支えている巨大な一族の事ですよね」
宮本が自信満々に答えるが、沖田はそれを素直に正解とはしなかった。
「そうだ。人材も豊富にいるが、徳川にとってそれは余剰なものに過ぎない。本当ならば一つの一族だけで十分だ」
宮本は疑問に思った。噂では御三家でも完全に手を結んだという訳でもなくある程度の勢力の比較があって、織田と徳川の勢力が拮抗し、三つほど落ちて豊臣がいるといった勢力図であると聞いていた。そして徳川のその強大な実力を支えるのは、豊富な家臣だと聞いていたからだ。
それがたった一つの一族で十分となると、宮本の中で織田と徳川の勢力図ががらりと変わってしまう事になる。
「一体、どの一族ですか?」
「――本多家のみで、徳川家を充分に支えることができる」
徳川に過ぎたるものがあるとは現代でも言われている。一つは徳川の名がつく三つの家。いざという時は代わりの当主がその三つの家から出されるため、トップを討ち取ってもすぐに首が挿げ替えられるという盤石な体制が敷かれている。
そしてもう一つが徳川家に橙仕える本多家のことだった。
武臣の称号を与えられ、裏においても最強の武闘派集団として知られる本多の一族。その武功もすさまじいものであった。
「前田家との抗争を一夜にして終わらせたという伝説。主に向かい来る千本の矢を、その身一つで全て斬り伏せたという逸話。そして極めつけに五年前に起きた大虐殺――恐らくお前が行くところには、その大虐殺を引き起こした現当主の息子が潜んでいる……遊びに行くのなら死を覚悟しろ」
宮本は列挙された武勇伝にただただ圧倒され、つばを飲み込んだ。そして今から自分が行こうとした所にその一族の者がいるという重大さを噛み締め、気持ちを緩やかなものからしっかりと引き締め直す事にした。
「……ですが私も宮本家の人間。本多家に後れを取るつもりはありません」
「……そうか。気を付けて行って来い」
沖田の忠告を心に秘め、宮本は神社の方へ足早に向かって行った。
「――デェ? テメェこのお方に何しようとしてたんだぁ?」
神社のすぐ近くの裏路地に声が響く。揉め事を起こしているのは三人組の不良と、少女を守るかのように三人組の目の前に立ちふさがる不良――いや、不良という言葉がちゃちであると思えるほどの、凶悪な風貌をした青年が対立していた。
「おい! 俺達はその後ろの女のコに用が――」
「アァ? テメェみてぇな社会のクズがぁ? 徳川様にナァンの用ですかぁ?」
本多勝希、十六歳。高校へ進学するがすぐに中退(本人曰く単純に合わないから)。
してその青年は、目の前の下衆共から怯える少女を文字通り護衛していた。
「失せろぉ。今なら徳川様の海より深い慈悲により見逃してやっからよぉ」
そう言って本多は警告をするが、不良はそれを虚勢と受け取りわざわざ本多の前に出て煽り返す。
「おいおい、徳川様だ・と・よ。馬鹿じゃねぇのこいつ。女に様付けなんざしやがっ――」
そう言った時には既に、不良一人の頭は壁のシミと化していた。
「……テメェ今何つったぁ?」
気が付けば本多の靴には返り血がこびり付いており、肉塊が壁からずり落ちている。
明らかな異常事態。それを引き起こした当の本人は、靴の裏にこびり付いた脳髄のカスを手で取って捨てながら、淡々と怒りをあらわにする。
「っ!? おい!? おま、お前なんで――」
その光景を目の当たりにして、不良もようやく自分らの方が危険に晒されている事に気が付く。
「何でお前頭が無いんだよぉ――」
叫ぼうとする口に、本多の両手が入り込む。
「徳川様を侮辱するヤツはぁ、表の人間だろうと容赦しねぇ」
上顎と下顎を掴み、開く方へと力をこめる。顎の関節はとうに外れ、苦痛の悲鳴を上げようにも本多の手が邪魔をする。
「あ、あごが、あガガァ――!?」
本多はそのまま、不良の身体をチーズのごとく真っ二つに引き裂いた。
「――クズがぁ」
「ひ、ひぃぃぃ!」
最後の一人は逃げようとするが、その左肩に待ったがかかる。
「まさかテメェは許してもらえるとは思ってねぇよなぁ?」
「お、俺は最初っからやめとこうって――」
――左腕が引きちられる。不良は激痛に悲鳴を上げるが、本多はそれを無視して更に左足をねじ切り、右腕をもぎ取る。
「お、俺の、俺の――」
――右足を引っこ抜き、最後に脊髄ごと首をぶち抜いた。
辺りは凄惨な殺人現場となっており、その中心に立つ青年は、まんざらでもないという表情をしている。
「キヒ、キヒャヒャ……ヒャハハ」
しかし少女の方はというと、今度はその惨劇を繰り広げた本多に対してひどく怯えていた。
「……こわいよぉ」
「……申し訳御座いません。徳川様を侮辱されたとなると、どうしても抑えが利かないのでございます」
「本多くん……危ないよ……?」
「そんなことはございません。むしろ徳川様を安全に守れるほどの力を私は得たのですから、ご安心ください」
「……そういう意味じゃないの……」
徳川は惨たらしい死体から目をそらし、そっぽを向いて一人呟く。それは携帯でどこかに連絡を取っている本多の耳に届くことは無かった。
「――アァ、サッサと死体処理班よこせぇ。それとオレの着替えだぁ、こんなクッセェ血ィつけたまま徳川様の近くを歩けるかよぉ……アァ? 一般人だから足利にたのんどきゃもみ消してくれんだろぉ? 早くしねぇと要領の悪いアタマをカチ割るぜぇ?」
そう言って電話を切り、本多は徳川の方を振り向き笑顔でこう言った。
「さぁ、こんなクズ共に絡まれたことなどサッサと忘れて、気持ちを切り替えて祭りを楽しみましょう!」
しばらくして近くに大型車が止まったのを見て、本多はその方へと足を進めていく。そして助手席にてかったるそうにしている、寝癖でぼさぼさ髪の女性に対してこう告げた。
「――死体処理はテメェに任せる。人体実験でも何でも好きにしろぉ」
女性は助手席から降りて死体現場を確認すると、大きくため息をついて本多の方を向き直す。
「……あんなに原型が留まっていない死体など何の役にも立たないだろうが。少しは壊し方を考えろ」
壁のシミに手をやって、女性は不満げな声で観察対象に対する感想を淡々と述べる。
「そう言うなよ楠本ぉ。テメェの為に四肢を分断したヤツとキレイに真っ二つにしたヤツ用意してっからよぉ」
確かに言った通りの事をしてあるが、綺麗という言葉には程遠い雑さ故、いずれも使い物にならないと楠本は千切れた右腕を突き出して文句をたらす。
「これの何処がだ? 貴様の持つ蜻蛉切りを使えばもっと綺麗にできただろうに」
「ゴミクズの為に武器使うバカがいるかよぉ」
「チッ、これでは被験体の補充ができんではないか」
楠本は舌打ちしながら本多に着替えを渡し、後ろに乗っている部下に死体回収の指示を出す。
「……次はもっと上手く殺れよ」
「ウルセェ、オレに口出しすんな」
本多が着替え終えた後の服を受け取ると、フッ、とまだ何か言いたげな息を漏らし、楠本は再び助手席に戻り車を出すよう指示する。
「…………チッ、昔っからだが気持ちワリィ女だぁ」
本多は着替えを終えた新品の服を確認した後、徳川の元へと戻っていった。




