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ブックマン  作者: ふくあき
跡継ぎ編
3/101

六文銭と忍ぶ者

 もっと早く知っていれば、家族に危険を知らせることができたのではなかったのか?


 もっと自分が強かったならば、家族を守れたのではなかったのか?


 それとも――




 最初からそれは無駄なことだったのか。




 伊能は当てもなく、うつろな瞳で街中をふらついていた。家から飛び出してきたため髪も服も乱れたままであった。そのため周りから浮浪者とも思ってそうな奇異の目で見られるが、今の伊能にとってはどうでもよかった。


 ただ理不尽な暴力にでもあった後の子供の様に、ふらふらと歩き回っていた。


 学校の南側、伊能が熱がっていた窓側は森など緑が広がっているが、反対の北側は比較的文明的に栄えていた。伊能の家はちょうどその境目にあり、そこからこの文明的な街に来るまでかなりの距離を歩いてきた。


 誰も自分を追うものはいない


 誰も自分を狙うものなどいない。


 直感的にそう感じていた。事実、宮本などがすぐに追いつくかと思いきや、誰も追っては来なかった。


「……はははは……あの性格だと追ってきそうな気がしたけどな、宮本さん……」


 ひとり公園のベンチに寄りかかり、乾いた笑いがでてくる。


 誰も利用しておらず、静かな空間に一人いるのは、今の彼にとっては最大の癒しであった。これまでの出来事を、頭の整理を行うのにもちょうど良い場所であった。


「はぁ……とりあえず一通り整理しようか……」


 昨日の夜から、彼の人生が変わった。変わってしまった。平凡な学生から一変して命を狙われる身となり、今度は今まで知らなかった歴史の観測者を頼まれ、そして極めつけにそのために家族が死んだこと。表にはださなくても彼の精神はいっぱいいっぱいだった。


 伊能はうつろな目を閉じ一息つくと、その目をしっかりと開き再び起き上がる。


「さて、これからどうしようか……といっても、もう全てがどうでもよくなってきた……」


「何がどうでもいいのですか?」


 横から口を挟んできたのは、伊能のよく知る人物であった。伊能にとっては幼稚園からの幼馴染になり、そして学校では先輩となる人物。


幸乃ゆきのさん……久しぶりですね……」


 伊能がその目を向けた方向には、黒い長髪を風になびかせながら、一人の女性が微笑みたたずんでいる。


「どうしてここにいるんですか?」


「之敬さんこそ、こんなところで一人でなにをしているのです?」


「僕はここでぼーっとしていただけですよ。幸乃さんも、さっさとどっかいかないと。また噂が立つのは嫌ですよ」


 彼女の通う学校の男子に一人ひとり被らない様に褒める点を挙げてもらうことが可能なほど彼女の評判は良く、彼女が生徒会に立候補しなかった時に学校の多数生徒が悔やんでいたのは有名な話だ。


 そんな彼女と伊能は一時期学校で仲良くしていた時期があったが、周りの男子の視線に伊能が耐えきれなかったため、伊能は自然と彼女から離れていった。


 それからというもの彼女と話す回数が極端に減り、このように顔を合わせるのは久しぶりのことであった。


「顔色が悪いようですけど、どうかしました?」


「どうしたも何も、幸乃さんには関係のない事でしょう」


 一人にして欲しいからか、伊能はわざと突き放すように話す。しかし笑みを崩さず幸乃は伊能の横に座る。


「之敬さん、私でよければ力になりますよ?」


「幸乃さんには絶対無理です」


「そうでしょうか?」


 幸乃は立ち上がり、数歩歩くと伊能の方を向く。そして胸に手を当て、また少し微笑む。


「この真田さなだ幸乃ゆきのが、ご両親を殺した犯人捜しに手を貸しますよ、と言っているのです」


 その言葉を聞いて、伊能は先ほどのうつろな目から覚めたかのごとく目を見開き、真田を見た。それを見て真田は少し口角を上げる。相変わらず微笑んだままの表情だが、言っていることは伊能が考えていることを見ぬいているかのごとく、正確についていた。


「どうしてそれを……?」


「私の名字、真田ということは知っていますよね?」


「…………そういう事ですか……」


 伊能は頭を抱えた。既に自分の身の回りは、裏歴史とつながっていたのだ。真田は言葉を続ける。


「私は真田さなだ幸村ゆきむらもとい真田さなだ信繁のぶしげの子孫であり、裏歴史のことも知っています。之敬さんのご両親が何者かに襲われたとお聞きした時、私もひどく心が痛みました。そして今、之敬さんが襲われていると聞いて、こうして駆けつけてきたのです」


 駆けつけてくれるのはうれしいが、今の伊能にとってはもうどうでもよかった。自分にとって、守ってほしい対象がすでにいなくなっていてはどうしようもない。


「……もういいんですよ……僕のせいで父さんも母さんもいなくなったようなものなんですよ。僕に力がないから――」


「そんなことはないですよ」


 右手を手に取り、弱りきった伊能を励ますかのごとくしっかりと握る。


「お父様は、之敬さんを守るために犠牲となったのです。そのご意志を無駄にするつもりですか?」


 真田はそう言ってしっかりと伊能の目を見つめる。真田の真剣な説得を受け、伊能は少し気を持ち直す。


「……そうするつもりはないよ」


「でしたら!」


 そのまま伊能の手を引き、立ち上がらせる。


「家に来て、身の安全の確保と今後のために作戦を立てましょう!」




「――ったく、アイツもあんなにキレるこたぁねぇだろぉ?」


「伊能さんを傷つけたことには変わりないのですから、ちゃんと謝ってくださいよ! この変態」


「アァ!? やんのかテメェ!」


「本多くん」


「申し訳アリマセン」


 徳川が本多を睨むと、本多が申し訳なさそうに小さくなる。そんな街の裏通りで、宮本たちは伊能の消息を追っていたのだが――


「――それにしてもコイツらよぉ、多勢に無勢ってかぁ?」


「足止めですかね?」


「足止めにもなっていないがなぁ」


 路地裏で囲まれていた。


 それも大勢の忍装束の集団に。


「コイツら殺すのにも飽きてきたんですけどぉ?」


「だぁーかーらぁー、殺した結果伊能さんがショックを受けてどこかへ行ったんでしょ!? 今まで一般人だった人の前で人殺しなんて、正気の沙汰じゃないですよ!」


 宮本の言うとおり、本多の足元には大勢の人が血を流して倒れている。しかしそれに恐れる事無く、目の前の集団は立ちふさがる。


「邪魔くせぇ、蜻蛉切り持ってくりゃよかったぜぇ」


「近道しようとかアホなことしなければこんなことにすらならなかったと思うんですけどぉ」


 二人が言い合いをするなかまた一人、足止めするために前に出る。そして腰から忍者刀を取り出し構えを作る。


「ケッ、さっきからソレしか能がねぇのかぁ?」


 本多は今まで踏みつけていた足元の死体から同じく忍者刀を抜き取り、手元でクルクルと回す。相手はそれを見てまた一歩踏み出してくる。


 しばらくの沈黙の後、不意に忍者の方が飛び出すが――


「遅ぇ!」


 その突きを軽くいなし、背中に刃を突き立てる。


「ぐ……!」


 一撃で動きが鈍くなってゆき、醜いうめき声を一瞬あげて、手下の一人はそのまま倒れ込んだ。


「……ハァ、もう飽きたぜこんなのよぉ」


 そう言ってため息をついた瞬間――


「――はぁっ!」


 本多の頭上に突如、影が現れる。そしてその影が大きくなっていくのがわかる。


「クソがっ!」


 間一髪、何かが落ちてくるのを避ける。しかしかわしたところで刃を返し、さらに追撃が本多へと向かう。無数の突きを、寸での所で本多はかわしてゆく。


「コイツっ! 動きが速ぇ!」


「どいてください!」


 宮本が二人の間に割り込み、その場にあった忍者刀で迎え撃つ。宮本といくつか刀を交えることでやっと、その何者かが後ろに下がった。


「テメェ、何モンだぁ!?」


「……」


 その者は何も答えず、ただその場に立ちふさがる。周りと同じく黒い忍装束。他の者との違いを挙げるならば、長い黒髪を後ろで結んであることぐらいであろう。


 そしてその冷たい視線は本多たちを捉え、決して離さない。


 今までの雑魚との格の違いを感じ取る。体術からしても、手になれない忍者刀を持っているとはいえ宮本と対等に戦えるのは珍しい。


「……もう一度聞くぜぇ? テメェは一体、何モンなんだぁ?」


「……」


 その者は答えず、手に持っていた刀をおさめる。そして本多たちに背を向けその場を去ろうとする。


「待てコラァ! ドコ行くつもりだぁ!?」


「……今の戦力の戦闘は不利と判断。各自、散開して帰投せよ」


 彼女、もしくは彼は立ち止まりそういうと、残りの人物は皆その場を高速で離れていく。残るは本多一行と指示を出した一人だけ。


「一つだけ、警告しよう」


「んだとぉ?」


「伊能忠敬に関わるな」


 その言葉だけを残して、二度と振り返ることなく裏路地の闇へと消えていった。



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