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ブックマン  作者: ふくあき
跡継ぎ編
12/101

これにて終幕

 ――伊能は一人、霧に包まれた草原に立っていた。


 ゆっくりと足を前に進める。足元で草を踏みしめる音が、伊能の耳に届いていた。


「……これが、あの有名な三途の川ってやつかな?」


 伊能が足を止めると、目の前に広がるはゆったりとした流れの川。対岸は霧に包まれ、その先の様子は全く見えなかった。


「渡し賃は、六文だっけ?」


 なんて皮肉も、もうすぐ言えなくなるのかもしれないのであろうが。


 しばらくすると、船がこちらへと向かってくる。


 しかし船頭一人だけではなく、もう一人先客がいるのが見える。


「……父さん?」


 そこには顔はハッキリしないものの、確かに自分の父親だといえる者が乗っている。


「父さん!」


 伊能は走って自らの父親のもとへと走り寄っていく。しかし父親の手は伊能が静止するかのようにはっきりと手を前にしている。


 岸のぎりぎりのところで伊能はその足を止め、消え入りそうな声で父親に問う。


「どうして……」

「……之敬、お前は良く頑張った」

 頭に響くかのように、あたかも目の前の父親からは聞こえないような声が響く。


「父さん! 僕は父さんの――」


「敵を討ってくれた、か……しかしお前には、まだ残っている使命がある」


 残っている使命。


 それは――


「俺の親父、善敬じいさんの思いを――俺の願いをお前はまだ叶えていない」


「でも、僕はもう死んじゃったし、生き返るなんて――」


 ――大丈夫だ。


 お前には多くの友達、仲間がいるだろう? 俺や俺の親父は一人でやってたんだぜ? それに――


「――お前は一人じゃない」


 伊能はその言葉を聞いて、ゆっくりとうなずき、父親の相変わらずの軽口に苦笑しつつも、しっかりとその意味を噛み締める。


「……わかったよ、父さん。父さんの願い、じいちゃんの思いを、僕が実現させる」


「……ああ、それまで――」


 ――こっちで応援しているからな。




「はっ!?」


「――い、伊能さんが目を覚ましましたぁ!」


 伊能が最初に見た光景は、宮本が飛びついてくる姿だった。


「ちょっと!? いきなり――」


「よかったぁ、伊能さん生きてるぅ!」


 宮本が体をすりすりと摺り寄せるが、腹部のケガに響いてそれどころではない。


「あだだだ!?」


「オゥ、生きてたかよぉ」


 本多が悪びれる様子もなく伊能に話しかけるが、宮本はそれに対しケチをつけてくる。


「この変態が、本当に伊能さんが死んだらどう責任を取るつもりだったんですか!?」


「うるっせぇ! 死んだらコイツが根性なしだった――」


「本多くん?」


「申し訳ゴザイマセン」


 徳川が本多を叱りつけることという、その光景が目に入る。


 ここは杉田医院の病室の一つ。窓の外では日が照り、暖かな光で病室を照らす。


 ――そして病室では、みんなが自分を待っていた。


「伊能殿! よかったです!」


 沖田が手をしっかりと握ってくる。伊能はその手の感触で、自分が生きていると改めて感じる。


 ――自分は、帰ってきたのだと。


 そして伊能は天井を見て、小さくつぶやく。


「……そっか」


「? どうかされましたか?」


「いいや、何でもないよ」


 伊能之敬は、生きていた。そして今それを実感している。


「……之敬さん……」


 奥の方から、小さい声で、自分を呼ぶ者がいる。


「……幸乃さん」


 真田幸乃はゆっくりと伊能のもとへと歩みより、うつむいた表情で伊能に謝罪の言葉をかける。


「どう申せばいいのでしょうか……」


「……いいんだ。幸乃さんは悪くないよ」


「……あの後、真田百々は蜻蛉切りにその身を貫かれ、絶命しました。之敬さんもわき腹に傷を負ったのですが――」


「私が治してやった。正直、我ながら生きているのが奇跡と言うべきかな」


 杉田の声が聞こえるが、その姿は伊能の方からは見えなかった。


「そうか……全部、終わったんだね……」

 戦いの後も、その全てを見届けた宮本が、こくりと頷く。


「ええ……」


 ある一つの大きな出来事が終わった今、その場が静まり返る。そして伊能はある一つの決心をする。


「…………僕、決めたよ」


 その場の全員が、伊能の言葉に耳を傾ける。


 それは伊能が父と交わした、たった一つの約束。


「僕は、父さんの遺志を継ぐ。ブックマンとして、裏が平和になるよう頑張らないと」


「……私も、手伝いましょう」


 宮本がその手を握り、伊能につき従う事を決心する。伊能はそれを見て、優しく微笑み礼を言う。


「ありがとう…………ところでさ」


 伊能はこのタイミングで、宮本にある訊きたいことを訊いてみることにした。


「はい?」


 宮本がきょとんとした顔になっているところで、伊能は前から気になっていたことを訊く。


「本当にって……どういうこと?」


「本当に……ですか?」


 病室で聞いた、嘘ではなく真を指す言葉。


 宮本はそこで意地悪そうに怪しく微笑み、一つの答えを返す。


「それは……まだ内緒です」


完結です。ここまで駄文長文ではございましたがお付き合いいただきありがとうございました。

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