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ブックマン  作者: ふくあき
跡継ぎ編
10/101

惨劇の幕開け

「――アァ!? 伊能がいねぇだとぉ!?」


 フライパン片手に本多が電話越しに怒鳴りつける。電話の相手は泣き声でおろおろするだけでそれ以上の情報は伝わってこない。


「あの……お昼、ですね……伊能さん…ぉ………所ぃ……お見舞いに……ぃったら……いなくなってて――」


「オイオイ杉田がいた筈だろぉ!? アイツは何やってたんだ!? 宮本ぉ! 一旦落ちつけぇ!!」


 電話の相手である宮本の声は今にも消え入りそうになっており、本多は宮本に気をしっかりするように声を荒げる。


「とにかくだぁ! 一旦コッチに来い! 作戦を練るぞ!」


「作戦って……相手もわからないのに一体どうするんですか……」


「大体の目星は付いてるぅ! 後は突入だけだぁ!」


 そこまで言ってようやく宮本は落ち着きを取り戻し、呼吸を整え小さい声で頷く。


「はぃ……」


 なんとか落ち着かせた後、本多は現状の広がり具合の把握を始める。


「……後誰に伝えてねぇ?」


「沖田さんには伝えました、徳川さんは――」


「徳川様はまだ伝えなくていい。学校にいらっしゃるから下手に心配させたくねぇ」


「わかりました……」


 本多はそこで電話を切り、思案する。後ろでは松尾が心配そうな表情で本多を見ていた。


「……千夜さんにはお伝えしないのですね」


「今余計な心配をさせるわけにはいかねぇ。オレ達だけでブックマンを奪還する」


「…………嫉妬、ですか……」


 本多はそれを聞いて松尾を嘲るように笑う。それは徳川の前では決して聞かせない、下卑た笑い声。


「……クヒヒィ、今回は違ぇよぉ」


 本多はそう言うといつも以上に口元を歪め、歪な笑いをする。


「ヒャヒャヒャ、ギャーハハハハハハァ!! ……久々に暴力を振るえることがよぉ、嬉しくて嬉しくてたまらねぇんだぁっつーのぉ!!」




 ――またあの夢だ。


 自分の父親が、今度は血を流してすでに倒れている。


「もう……やめてよ……」


 そんな自分をあざ笑うかのように、父親が目の前でとどめを刺される。


「もう……お願いだ……」


 止まらない。自分以外の家族が、皆突然血を吹きだして倒れだす。


 それだけではなかった。


「え!? ……み、宮本さん!? 徳川さんに、沖田さんも!?」


 自分がここ最近で見知った者までも、その凶刃に倒れていく。


「やめて、やめてよ……うう、ああぁぁぁぁぁあぁっぁぁあぁぁぁぁぁっぁああああ!!」




「――ああぁっぁぁぁぁあああ!!」


 伊能が目を覚ますと、またもや見慣れぬ光景が広がる。あたりは暗闇に包まれ、何も見えない。


「! 動けない……!」


 おそらく壁と思われるものに両手両足を縛られて、動くことができない。いくら動かそうにももともと負傷している身であるため、力もはいらない。


「ここは、どこ……?」


「ここは貴方が見る最後の場所です――」




 本多は沖田と宮本を引き連れ、とある屋敷の前に立っていた。本多の服装は晴れた天気だというのに、真っ白なレインコートを着ている。


「……本当に、ここで合っているのか?」


 沖田の問いに対し、本多はニヤニヤとしながら答える。


「アァ、ここで合っているぜぇ」


 屋敷の表札には、真田の文字。


 本多は呼び鈴のボタンを躊躇せずに押す。


「ちょっと! 大胆過ぎでは――」


「ウルセェなぁ、文句あんなら帰れやぁ」


 しばらくして、返事がドアホンについているカメラ越しに聞こえる。


「……どちら様でしょうか?」


「スンマセェン、このバカがそちらの家に忘れ物したみたいで――」


「誰が馬鹿ですか!?」


 怒りをあらわにする宮本を無視して、本多はインターホンのむっこう側の人物との接触を図る。


「忘れ物とるだけなんで入れてくれませんかねぇ?」


「はぁ……今日はこれから用事がございますので、そちらから申し上げて貰えれば門の前までお渡しに参りますが」


「そうですかぁ? じゃあお願いしますよぉ……」


 本多はそこで呼吸を一拍おいて、門の向こう側に宣戦布告をする。




「――ブックマンを、コチラに引き渡してくれませんかねぇ?」




「……」




 インターホンからは返事が来ない。


 本多は言葉を続ける。


「テメェ等んトコにあるのは知ってんだぁ。サッサとださねぇとブチ殺すぞぉ?」


「……」


 なおも返事は来ない。


 しばらくしてガチャリ、と連絡を切断する音だけが返される。


 本多はそれを聞いてその場で自らの髪を掴んで肩を震わせる。


 その顔はフードを被っているため良く見えないが、その表情はおそらく――


「キヒヒッ、大当たりみたいでこれはこれはぁ……そういうことでぇ、今から取りに参りまぁーす」




 ――狂喜。


 門が横に一閃、真っ二つとなる。


 本多の手にあるのは、一体どこから出したのか、大槍が握られている。


 華美な装飾はされていないが、その形は敵を殺傷するのに最も適した形となっている。


「さぁて……!」


 すでに門の向こうには大勢の護衛が集結していた。


「……オイオイ、お客サマのお出迎えにしちゃ豪華すぎんじゃねぇのかぁ!?」


「ここから先は一歩も通さん!」


 護衛のうちの一人が、刀を構えて本多に向かい突撃を仕掛ける。


「――バカが」


 一刀両断。


 護衛の足が止まったかと思えば、その体は真っ二つに裂け、その場に崩れ落ちる。


「……一人づつ来るたぁ、本多も舐められたもんだなぁ!!」


 咆哮をあげ、怪物が進む。 護衛を蹴散らし、敵陣を裂いていく。その乱舞の前に宮本と沖田の出る幕など一切なかった。


「ヒャーヒャッヒャ!! ゴミ! ゴミィ! ゴミ共がぁ!!」


 それは戦闘でも、襲撃でもない、一方的な蹂躙。


 もはや人という者を殺すのではなく、人という物を壊すというに相応しかった。


 赤子の様に乱雑に引き裂き、潰し、貫き、砕き、刎ねる。


 そこにはもう、暴力以外のものはないとしか言うことがないほどの、純粋な破壊劇が繰り広げられているだけであった。


「…………キヒヒ、ヒャヒャヒャ、ギャハハハハハハハハァ!! ハァーァ…………ヤベェ、勃起がとまんねぇぜぇ……久々のゴミ掃除に興奮しすぎたかぁ?」


 自らの赤く染まったレインコートを満足げに広げ見る。


 敵の血が雫のように滴り落ちる。真っ赤な血の池が、あたり一面をその色で染め上げる。


 そのなか一人、狂喜に満ちて恍惚の笑みを浮かべる。


「――これは……一体どういうことだ!?」


 そこに駆け付けたのは以前本多が戦ったことがある者。


「……ヨォ、遅かったじゃねぇか、暇つぶしにコイツ等と遊んでたんだがよぉ、如何せん脆すぎちまってなぁ」


 ――同胞の全滅。


 昨日まで一緒に過ごしてきた、仲間の死。


 忍はその惨状を前に、その場に崩れ落ちた。


「……嘘だ」


「ザァンネンながらぁ、これが現実でぇす」


 追い打ちをかけるかのように、本多の言葉が突き刺さる。


 宮本たちは、どうすることもできなかった。


「…武臣、本多勝希――」


 宮本はそう呟き、目の前の男に恐怖した。


 いつも自分が接する本多とは違う、明らかに異質な者。


「化け物め……!」


 震える右手で、忍は腰元の忍者刀を抜き取る。


「覚悟ぉ!!」


 忍はその目から涙を流し、本多へ向かってくる。


 それは一族の復讐か、絶望ゆえの乱心か。


「キヒヒィ、バカが」


 本多は大きく槍を振り上げ、忍へと振り下ろす。


 しかしそれを間一髪で回避し、本多の喉元へと刀を突き立てる。


「チッ!」


 本多は槍から手を離し、回避行動をとる。


「……先に行けぇ! オレもこいつを始末してから行く!」


 呆けていた宮本たちは、その一言で引き戻される。それを見ていた本多は怒声交じりに、この世界のルールを改めて告げる。


「テメェもわかっているはずだぁ! ブックマンを殺すってことはぁ、自らの一族が滅ぶ覚悟があるってことだとよぉ!!」


「……分かっています……!」


 宮本はそこで気をしっかりと持ち直し、本多を置いて先に進んでいく。


 忍は憎しみ故か、拳を強く握るあまり、血がぽたぽたとしたたり落ちる。


「殺してやる……殺してやる!!」


「キヒヒィ……もっと憎め、もっと殺意をこめろぉ、さもねぇとオレにぶっ殺されるぞぉ!!」




 ――武臣と忍。今までの歴史において、幾度刀を交えてきたであろうか。


 敵対する相手を見下し、それを後押しするかのように汗一つ書いていない武臣。


 既に満身創痍であるものの、右手の刀を構えて敵対姿勢を崩さない忍。


 戦いの場にはすでに斬撃の跡がいくつも刻まれ、死闘が繰り広げられていたことを示し、そして二人が構えを解かないことからしてこれからも死闘が続くことを意味していた。




 対峙するその場に一切の言葉はいらなかった。


 武臣はただその槍を持って眼前の敵を破壊するため。


 忍はその暗器を持って眼前の敵に復讐するため。


 両者は立ち合い、その間合いをはかる。視界その様相は対照的でもあった。


「……」


 忍の方は既に満身創痍でありながらも、肩で息をしては構えを崩さない。


「ハァ……オイオイ、さっきからまともな攻めを見せてねぇじゃねぇかよぉ」


 一方余裕ある表情で槍を肩にかけ、本多は期待外れと言わんばかりにため息をつく。

「……」


「もっと見せてくれよぉ。忍の極意ってヤツをよぉ」


 ただ汗を垂らすだけで忍は答えない。その注文には答えられない。


 なぜなら相手はまるでこちらの出方をすべて読んでいるかのように技の起点、動きを潰してくるからだ。


「……なぜ、分かっていてその質問をする……!」


「ハァ?」


「こちらの出す技を……すべて潰してくるではないか……!」


 その悲痛の声に対し、本多はこらえるかのように下を向いて笑う。


「クキキッ……クキキキキッ……ダメだ、こらえろぉ、キヒヒッ」


 ただ相手に絶望を与えるためか。


 自己の意図を見通した者への喜びか。


 ――単なる嘲笑か。


「キャハハハハ、ギャハハハハハハハハハァ!! よく分かってんじゃねぇかよぉ、真田十勇士の一人、猿飛さるとびぃ!!」


「! ……どういうことだっ!?」


 忍の名は猿飛雫さるとびしずく。猿飛という名は実際には存在せず、真田十勇士ではモデルとなった武将が別に存在するとされている。


 しかし彼はハッキリと、猿飛という架空の武将の名を挙げた。


「まさかテメェの名前を当てられるたぁ思っちゃいなかっただろうよぉ!? アァ!?」


 動揺は広がり、刀の先がかすかに震える。


「馬鹿な……!」


「テメェら最近になって活発に動き始めたみてぇだなぁ。ウチの者もなかなか手を焼かされたみたいだぜぇ」


 猿飛は再び刀を構えるが、本多は逆に槍を地面に突き刺し両手をひらひらと空にする。


「もうテメェとの力の差もわかったことだしよぉ、ハンデくらいやらねぇとなぁ」


 武将に武器を手放されるという屈辱を、猿飛は知らない訳ではなかった。


「……舐めるな!」


 逆手に刀を持ち直し、猿飛はそれを怒りにまかせて縦横無尽に振るう。


 その切っ先は消えては現れ、消えては現れを繰り返し、相手の集中をかき乱す。


「……忍の技、お望みならば見せてやろう!」


 一撃必殺の斬撃。


 その斬撃が四方八方から繰り出され、本多の逃げ場は無――


「――このバァカが!!」


 側転するかのような蹴り。ラウンドハウスキック。


 大鎌を振るうかのように相手の首を刈り取り、そのまま地面へと叩き伏せる。


「がっは……!」


 頭部を地面に叩きつけられ、思考が強制停止する。忍は自分がなぜ地面に伏せているのか、その頭で理解ができない。


「刀がフェイクの技なんざぁ、既に見切ってんだよぉ!」


 そう言って、倒れる猿飛の左手を蹴り飛ばす。そこには合口あいくちという、小型の短刀が仕込まれていた。


「ケッ、こんなしけたモンでトドめ刺せるかよボケが!」


 合口を踏み折ると、猿飛の顔が見えるようにしゃがみ込む。


「……ヨォ、随分と辛そうにしてるが、大丈夫かぁ?」


 揺れる視界で、本多の邪な顔がさらに歪む。そこで忍自らの拙い思考回路が導き出すのは――




――死。




「――立てよぉ。第二ラウンド開始といこうじゃねぇかぁ」


 立てないのがわかっているのに、戦闘続行を強行する。


「……や……めて……く……れ……」


「アァ? 聞こえねぇなぁ? まだ戦えるだってぇ?」


 武臣の悪い癖が出る。気に入った相手が戦えなくなっても、その戦闘行為をやめようとしない。


 相手が完全に壊れるまで遊び倒す。それが今まで本多が相手に強いてきた、たった一つのルールである。


「……まだオレは満足してねぇんだよぉ……知ってんだぜぇ? テメェの持ってる技がまだあるってことをよぉ」


「……ごふっ……ゴホッ……」


 血の塊が吐き出る。もはや戦闘行為などできないという事を意味しているのであろうか。


「…………ケッ、もうブッ壊れちまったかよぉ」


 武臣はそれを見てもはや使えないおもちゃと知り、その目から興味を無くして立ち上がって静かに足を上げる。


「テメェもそんなもんかよ」


 足は猿飛の頭の上に影を作り、失望とともにそれが最期だと忍に告げる。


「じゃあな」


 その足が頭上へと落とされる刹那――




「――! ハァ!? 一体ダレだ……ぁ!?」


「今すぐ離れてください!」


 本多の足元、そして猿飛の目の前に手裏剣が刺さる。そして放った者は、武臣の主とともに立っている。


「……服部テメェ……何のつもりだぁ……!」


「その人を殺すのは止めてくださいと言っているんです」


「ナァニ寝ぼけたこと言ってやがるぅ……!!」


 本多のなかで、再び殺意が芽生える。その矛先は手裏剣を投げた張本人、服部の方へと向く。


「テメェ……オレの楽しみをジャマするたぁいい度胸してんじゃねぇかよぉアァ!?」


 言葉に乗って、その殺意が突き刺さるように飛んでくる。自らの欲望が満たされないとなれば、それを味方にすら向けるのが彼の流儀なのだろうか。松尾はその状況に押しつぶされそうになり足を震わせるが、しっかりとその命を下した主の名を伝える。


「と……徳川将軍家の娘、そして本多勝希の主である徳川千夜様直々の命令です!」


 その言葉を聞いて、本多の心から闘争心が一瞬で鎮火される。


「ハッ!? …………も、申し訳御座いません!!」


 本多はその場に跪き、地面に顔をこすりつけるかのように頭を下げる。


 まさかの将軍家直々の命令。それに一瞬でも逆らった自分に対し、吐きかけるような強烈な嫌悪感を抱く。


 徳川千夜はそれを見て慌てた様子で本多へと近づく。


「わわ、そんなにしなくても――」


「いえ! 徳川様に逆らうことなど私にとって言ッ語道断!! しかるべき罰を――」


「大丈夫だから、ね?」


 そこでようやく本多はゆっくりと地面から額を話し、自らの主の方を向く。


「……申し訳御座いません!」


 しかし本多は再び地面に頭を叩きつけ、その額から血が流れようとも動じない。


「もういいよ、本多くん」


「いえ、これはワタシへの戒めであり、細やかな罰でしかありません! 本来ならこの程度、お話になるワケが御座いません! この度は、ワタシの右腕を以て――」


「もう! 大丈夫だから! そういうことするとほんとに怒るよ?」


 そこで本多は完全に頭を上げ、徳川の方を向きなおし立ち上がる。そして先ほどとは百八十度変わってしゅんとした表情のままである。


「……大丈夫だから、ね? 元気出して?」


「……本当に、申し訳御座いませんでしたぁ……」


 本多が小さくなっているなか、松尾は本多が打倒した忍の方へと向かう。


「……えーっと、猿飛さるとびしずくさんですね?」


 松尾がそう問うと、猿飛は静かに声がする方へと向き、その顔を見る。


「あなたのことを調べさせていただきました」


 松尾の言葉に目覚めるかのように反応し、そのボロボロな体を起こすと松尾の方を見開いた眼で見る。


「……そうか……そういう事か……」


「彼にあなたの一族のことを、技を教えたのは私です」


「……流石は、服部か……」


「今は松尾と呼んでください」


 二人の間に、忍同士だからこそ通じ合う何かがあるのか。


 それ以上の言葉は交わさなかった。


「……これからどうなされるのですか?」


「うん、とりあえず伊能くんを助けないと」


「仰せのままに」


 松尾は本多の言葉を聞いて、その場を動かずにいることを伝える。おそらく負傷した猿飛を見張るためだろう。


「……待ってくれ」


 屋敷内へと足を向ける本多の背中に向かって、猿飛が声をかける。本多は振り向かずにただその場に立ち止まる。


「……なんだぁ」


「……幸乃様、真田幸乃様だけは、見逃してもらえないだろうか」


「……それは出来ねぇ」


「お願いだ! 私はどうなっても構わない! 幸乃様だけは、助けてはもらえぬか!?」


 本多は願いを聞き終えると、自らの答えを返さずに足を進める。


「……それはブックマン次第だぁ」



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