I対N
灰色の空に赤い煙が散り、その眼下では激しい激突音がする。
濃霧に火線が走り、紅いリングナイツと蒼いリングナイツが躍動する。
雪牙のトサが地面の雪を散らしながら刀を突きだしながら迫る。エアブレードがキュイイイイン! と限界を超えるように旋回し、トサの驚異的なスピードを生み出し続ける。距離を取ると、ミストの中で見失い一気に逃げられる可能性がある為に全神経を炎姫のみに集中させる。
「消えろ泉っ! Nリングに正義は無い!」
「黙んなさいよ! 炎射刃!」
左手の外側の厚い鉄甲の先端から炎の剣が発生した。トサの機体熱をソードに逃してヒートソードにして雪牙は何度か切り結んだ。目の瞳孔が開く雪牙の額には冷たい汗が浮かび、流れる。
(ヒートソードでもダメージを与えられるだろうが、機体の反応が違い過ぎる――チィ!)
蹴りをくらうトサは吹き飛び、雪牙は衝撃に耐えながら潮田の言葉を思い出す。
『目先の真実に囚われず、常に大局を見据える大義ある目を持て』
潮田の教えは常に大局に目を向け大義を持てというものだったが、今の雪牙には余裕が無い。自然力と圧倒的攻撃力を持つ炎姫との一対一の実戦は予想以上に辛く、雪牙のトサとは根本的に強さが違う。実戦において力の差は実戦経験の差ではなく、覚悟の差という事が多い。
心臓の高まる鼓動が全身の血流の速度を上げ、ヒートソードを幾度と無く振り抜く。
ズバババッ! と互いの武器が弾け、二人はのけぞる。
「危なっ! おっ……とっ……と!」
そして泉に右腕をつかまれ、炎射波状烈波をくらってしまう。折れた右腕を抑える雪牙は左手でダラリと下がる腕をささえる。
その折れた右腕をまるでくっつけるような動きをする雪牙に泉は言う。
「何やってんの? そんな事して骨折が直るわけ……」
骨折ぐらいの傷なら無理矢理骨をはめ込んで治療していた。
これはエージェント時代からの技だった。
「俺はエージェント時代から不死身の会桑と恐れられているからな」
「は? 不死身? ゲームのやりすぎじゃないの?」
そして笑う二人は第二ラウンドを始めた。
雪牙の心にはこの女への力への欲望がある。
嫉妬、欲望、憤怒――と言った激情が炎姫より放たれる赤い炎と共に弾けた。
「ハイパーモード!」
シュプアッ! とハイパー化した雪牙は炎の悪鬼の更に上を行こうと斬馬刀のように肥大化したヒートソードで泉の胸元を切り裂いた。
「コーケコッコー!? コイツ、スピードが上がった? あー、ドーピングだろ! 反則! 反則~っ!」
「何時何分何秒、地球が何周回った時にドーピングをしたーーーっ!?」
「開き直るな!」
右腕の鉄甲から剣が伸び、左の炎の剣は解除され炎の弾が射出されズババババッ! とナコタの森の地面が弾け、舞い散る雪がミストと雑ざり視界は更に悪くなる。機体に蒼い炎が揺らめき、トサのスピードは更に上がる。
(殺す……世界は俺のものだ……俺が世界を焼き尽くす!)
雪牙は内に秘める野生に呑み込まれつつあった。
「機体に蒼い炎を纏ってる……殺るしかないわね」
目の色が変わった泉は赤色の長いストレートヘアを煌めかせ、特攻をかける。互角ともいえる両者の攻防の最中、トサは更に機体全体の蒼い炎を燃やし炎姫に迫る。
圧倒的な迫力を誇るトサは炎姫の右肩を傷つけ、とどめの一撃を繰り出そうとする――刹那。
「おおおおおっ!」
本能のままに雪牙は突如現れた背後の殺気に刀を振り抜いた。その蒼い炎を纏うソードは二本の刀によって防がれた。
(……!)
パリィン……! というソードが砕ける音と共に、ハイパー化の炎も収まり雪牙は正気に戻る。目の前には二刀流で背中に左右二本の腕を持ち、その全てにソードを構えている。額に鋼鉄の蛇腹のような先端に剣の飾りがある純白の聖騎士のようなトサが居た。
「――白いトサ? その七本の刀は潮田教官専用機!」
そのトサ・セブンソードという専用機に乗る潮田は言う。
「Nリングの炎姫相手に良く生き残ったものだ。流石は不死身の会桑」
「自分は……必死で……」
「緊急事態の赤い信号弾が上がったから何かと思いきやまたダイオクのエースか。Nリングを使えるからといってIリングに勝てると思うなよ」
ザッと雪牙のトサの前に出て、潮田は六本腕を構える。
すぐに雪牙も臨戦態勢をとろうとするが、身体をいくら動かしても機体が反応しない。
「機体が動かない?」
「おそらくオーバーヒートだな。ハイパー化で全身のオーラを炎にして機体を動かす奴なんてお前が初めてだ。そこで休んでろ、すぐに後続の部隊が来る」
言うなり、一気に潮田のトサ・セブンソードはエアブレードで駆けた。
「――潮を吹け! ザリガニが!」
「誰がザリガニじゃー!」
そして、かろうじて生き残る音声通信も途切れる。
全ての機器が死んでいる為、トサのカブトを外し逃走する炎姫を追いかけながら戦う白いトサ・セブンソードを肉眼で見つめた。まるで仕組まれた思考が発動したように全ての潮田の操縦技術を神経の中枢に叩き込む。そして二機が見えなくなるとハッ! と我に返り、
「あの蒼い炎は一体何だったんだ……俺のハイパー化は怒りで覚醒したのか?」
あまりの疲労で雪牙が座り込むと遠くからユナイトの軍用車の音が聞こえた。
雪牙が信号弾を上げたので本部からの救護班が来たのである。
潮田の後続で来た救護班に怪我を手当てされた。
少しすると、トサ・セブンソードの潮田が戻って来た。
「奴には逃げられたよ。無駄口が多い癖にやけに戦闘センスのある女だ」
「そうですか……次こそ仕留めて見せますよ」
「そうだな。それより怪我の具合はどうだ?」
ぬっ……と潮田は包帯が巻かれる雪牙の胸元を覗き込む。
いい香りがする長い黒髪に興奮する雪牙は怪我の具合を見られる時にパイサーチをしようとするが、潮田の頭髪の分け目に目がとらわれる。
(分け目が……金?)
その潮田の頭髪の分け目は金髪だった。
朦朧とする意識のせいだと思い込み、軍用車に乗せられ本部に帰還した。
※
ユナイトプリズン。
それはジパング全土において唯一の監獄である。
フラノの山脈中央に位置するプリズンは24時間体制で常に三十機のリングナイツが監視している絶対不可侵の監獄であるが、謎の金色のリングナイツや炎姫などを相手にするには厳しい為に、トサの警備を昼夜問わず更に倍に増やし、監視カメラや電磁有糸鉄線の異常が無いかを再確認して緊急事態に備えていた。
戦力的にはセントラル本部の総部隊の三分の一を有し、各々のリングナイツには実戦経験がある。しかし、最近立て続けにダイオクとの事件が起こり、各支部のリングナイツやスタッフは嫌気が差していた。本部の人間達は間違いなく原因はある男にあると断定していた。
プリズンの地下十階の特殊な結界を張る最深部に投獄される冥地功周という白髪の髷がボサボサになる住処を持たぬ無頼のような出で立ちの老人。
エド時代から続く財閥・冥地家の首領でありリング兵器トサを生み出したハコダテの文化をジパング全土に発信する企業の最高責任者。そして、信長のリングであるNリングから召還される地恒庵を操るリングナイツ――。
「のり塩は旨いの。たまらん」
その男の周囲には多数のポテトチップスの袋が散乱する。
毎日のように冥地家から差し入れの食事と好物ののり塩味のポテトチップスを食べ散らかしていて、三ヶ月前にユナイトセントラルに攻撃を仕掛け投獄されているという自覚をまるで感じ無い。見回りの警備兵はその牢の汚れ具合に辟易する。
「冥地殿。いい加減牢の内部を綺麗にしていただけませんか?」
「お主がワシのNリングを返してくれたらのぅ」
「……Nリングはこの階層の特殊結界に封印されてますよ。普通のリングナイツでは入れない祭壇に猫神メカドクターが封印しています」
「んなもの知っとるわい」
「散々黙秘をしてきたようですが、三ヶ月以上の黙秘権はユナイト法には無い。すぐに貴方への断罪は下るでしょう」
「フン、自分の大義も見出せぬ小僧が」
ポイッ! と冥地は食べ散らかしたゴミを鉄の格子に向かって投げるがパチッ! という音を立てて燃え尽きた。鉄格子は電磁格子であった。すると突如立ち上がり、怒鳴るような大声でラジオ体操を始める。
投獄されてから毎日繰り広げられる無駄な大声と地響きにうんざりする警備兵は差し入れのポテトチップスを格子の左の窓枠から投げ入れ、戻って行く。しばらくラジオ体操を続け、投げ入れられたポテトチップスの袋を破き食べる。
「……このプリズンもルーチンワークになっておるな。ジパングは一度再生させる必要があるかのぅ……ん~旨い」
口元に塩と青のりをつける来託は両手の指をしゃぶった。
その手を床におき、ニヤリと笑う。
「ニャクイな」