コサックテキーラ
夕陽が紺色の塗装を照らし、雪牙の運転する車がゆっくりとキョウト支部の方向に向けて走る。雪牙は無言のまま車のハンドルを切り、後部座席でポテチを食う冥地は言う。
「案外落ち着いているな。僕を拘束しなくてもいいのか?」
「お前を拘束しても地恒庵を召喚されたらアウトだ。お前は俺に何か話があるから来たんだろ? 支部に戻るまでに話を終わらせろよ。時間がおしいから寄り道は出来ないからな」
「このペースでの走行ならば終わるだろう。これを見ろ会桑」
スッと差し出された一枚の紙切れを見る。そこにはキョウト支部の海底地図が描かれている。そこにはその場所の名前が記されていた。
「海底基地コサックテキーラ? これがインペラトルの基地なのか……」
そこにはインペラトルの海底基地であるコサックテキーラの現在地が描かれている。
キョウトとトウキョウの中央の真下に海底基地があるなどと思いもしなかった。
冥地が海底に逃がしたバイオプラントはインペラトルに強奪されコサックテキーラに収容されていた。
「……こんな近くに基地があるとはやってくれるな。確かに見つかりにくい場所だがユナイトにも潜水艦はある。海底の偵察隊によく熱源探知されなかったものだ」
「いつも同じコースを巡回し、熱源しか見てないから見落とすのだ。奴等はミストで海底基地の表面をコーティングしている」
「ミストでコーティング。手の込んだ事をする連中だ。しかしそれを知った以上、外異特務隊隊長である俺はコサックテキーラ及び、インペラトルを潰さねばならない」
「そう、潰さねばなるまい。インペラトルも僕を必死に狙っているようだし、ここで無駄な体力を使いたくないのだ」
「そうか。俺に一人で会いに来た理由は俺に護衛をさせる為か。情報のリークを対価として」
「バカを言うな。お前などに護衛を頼まんでも問題無い。言いたい事は一つ。心臓にリングを宿し、それを消費している以上不死身にも限りがあり長くは生きられない。後悔しないように生きろよ」
その冥地の言葉は重く雪牙の心にのしかかる。残るのり塩ポテチを袋に口をあて流し込んだ。
「ん~んまい。もうとっくに心臓は停止しているのに食欲はあるが身体が持つのも限度がある。僕は海底に移動したバイオプラントを封印し活動を停止させる。後は若き者が判断しこの世界の行く先を考えろ」
そこで、冥地と別れた。過去から未来に向けて何を受け継ぎ、何をすればいいのかを考えながら車をキョウト支部の格納庫に戻す。
そして、雪牙が自室に戻り郵便受けを見るとマッハピザのチラシが入れられていた。それを取ると同時に一枚のマッハピザからの手紙が落ちる。何だ? と思いながら手紙を開けると、それはピーコからのインペラトル海底基地コサックテキーラ招待状の案内だった。衝撃が走る雪牙はその手紙の主、ピーコを思い言う。
「……この招待、受けてやる。俺はここで自分の答えを導き出してやる」
※
キョウトとトウキョウの中央の湖。
そこはインペラトルの海底基地、コサックテキーラになっていた。
ブクブク……と細かな泡を立て真っ黒な潜水艦が雪牙を乗せて出撃し、十分が経つ。軍に報告しないという取引でピーコにインペラトルの基地コサックテキーラに連れて行かせている雪牙は潜水艦の微かな震動を感じながらシートにもたれかかっている。機体はオートパイロットで深海を進んで行き、ミストジャマーでステルス機能を展開している為、近くの深海魚でさえ間近に迫らないと気が付く事は無い。雪牙の視線は真っ暗な深海の一点を見つめるように動かない。壁に寄りかかるピーコは瞳を深海から雪牙の横顔にスライドさせた。そして雪牙は言う。
「……冥地が生きていた事はまだクリムゾンには伝えていない。奴はまた炎姫を利用しようとするだろうからな。全てのリングの破壊の為だけに」
「冥地は人類の希望の要であるリングを消そうとしている。これは許される事ではないわ。奴には大義などは無く、人間の生活を過去のような苦しみの底に落とそうとしているだけ」
「今更リング無き世界などありえない。俺の存在はリングによって成り立ってるんだからな。次に会えば奴は完全に消し去ってやる」
インペラトルの基地まではもうすぐである。
そこにはインペラトルの工作員百名あまり在中しており、裏で支配するユナイトトウキョウからの援助資金で戦力の増強を日々行っていた。深海トンネルの通路をピーコの後に続いて歩いて行く。
「すでにニホン大陸の東にあるトウキョウはインペラトルの支配を受けていたとはな。ピザ屋のフリをしながらとんでもない事をするもんだ」
「戦うしか才能の無い私に他に生きる道は無いから。潮田海荷である以上、誰しも戦う運命にある……もう着くわよ」
二人は一つの大きなゲートの前に出た。ピーコは左端にある通行口にIDカードを差し込み解錠する。中に入ると、一様に並ぶ赤色のリングナイツの群れに驚いた。格納庫の中には両肩に二門のヒートバズーカを持つアイズが多数鎮座していた。
そして、ピーコに様々な説明を受けた後、ピーコは消え応接室に通されヤヨイを待つ。ここまで当たり前のように自軍の情報を流すピーコに対し雪牙は篭絡されている事に気が付かない。怒涛の津波のような出来事の応酬で考える心を失っていた。静寂が支配する応接室にて冷たく冷やされた濃い目のカルピスを飲みながら雪牙は待つ。
「?」
ノックも無く突然応接室に現れたのは真っ赤なドレスを細い肢体に身に纏う青い瞳の金髪の少女。それは雪牙の理想とする女そのものであった。微笑する少女に圧倒され、雪牙は今までの全てを語られる。
「……」
そして、その返答をし出す。
「……俺にユナイトを裏切り、インペラトルに入れという事か。武杉ケンゲンに変わる新しいロアーシの王として」
「そうよ。貴方の不死身の力があればどんな局面にも対応出来る最強のリングナイツが完成する。世界の王に相応しい力だわ」
その言葉を肯定も拒絶も出来ないまま立ち尽くす。未だかつて無い激しい恋愛感情というものが雪牙の心を揺らしていた。一年あまりロアーシという極寒の地で過ごした少女の言葉には自分の本質を揺らすものがある。そのヤヨイをしっかり見据えて言う。
「……俺は――」
苦しげな表情で雪牙はヤヨイを見た。
同時に、室内のモニターが突如映り地恒庵の姿が映る。ヤヨイは素早く駆け寄りモニターを食い入るように見る。コサックテキーラ最下層にあるバイオプラント内に地恒庵が侵入したのである。そして、バイオプラント自体も何かの力を借りたように異常なエネルギーを発していた。
「地恒庵……冥地がもうプラントに侵入をしたか……? でもこのエネルギー反応はおかしいわ。リングナイツ一機のエネルギーじゃない。まさか――」
パソコンを操作しプラントの映像を拡大すると、金髪のショートカットの少女が映る。雪牙もプラントの内部にいる見覚えのある少女を見て眉を潜める。
「あれは潮田の失敗作ピーコ。まさかこのタイミングで謀反を起こすとは……ずっと企んでいたのね。まがい者でも潮田という事ね」
ニイッと悪魔のような微笑を浮かべヤヨイは瞳孔を開いた。
ピーコは潮田という才能から生まれながら長年の奴隷のような生活に鬱憤を爆発させ、この最大のチャンスに自分がオリジナルの潮田を越えようと考えていた。それはバイオプラントそのものと融合し新たなる生体兵器としてパワーアップする事だった。
瞬間、銃弾が扉に叩き込まれ、銃を構えているクリムゾンが室内に侵入して来るのを見た。
「あーら二人でイチャイチャ密会だった? アタシも混ぜなさいよ」
そして、様々な感情と共に三人はコサックテキーラ地下にあるバイオプラントを目指した。




