ユナイトファングの女鬼教官
夕陽が落ち、ユナイト本部の灰色の建物を淡い満月がゆらりと照らす。
外異特務部隊である黒主部隊はアサヒカワ市民との定期会合に出ていたユナイト副長支部長兼リングナイツ養成教官である潮田海荷に呼び出され、副支部長室に居た。潮田はアサヒカワ住民との一年近くに渡る会合からアサヒカワの土地をユナイトの領土とし、そこをダイオク壊滅作戦への前線基地としてアサヒカワ市民をユナイトの警備や事務などの戦いを主としない軍人として雇用する方針での合意を取り付けた。
副支部長室の椅子に座らず、ガムを噛み背筋をピンと張りながら正面の二人に話す潮田は三十歳ながら黒髪のポニーテールがやけに似合う少女のような出で立ちであるが、ユナイトファング屈指の女軍人である。
「……という事でアサヒカワ市民とはようやく合意した。半月後からはアサヒカワ地域をユナイトの施設とする工事計画が始動する。これからジパングは大きく生まれ変わる。その主役はお前達だ」
『了解』
「先のミストジャマーが濃いアサヒカワの街に現れた紅水泉の仲間の残骸を調べたが、おそらくダイオクの人間で間違い無いな。機体のデータ内にユナイトプリズンの見取り図があったそうだ。連中は自らの正義にものを言わせてユナイトに背く野獣。プリズンに投獄されるダイオク首領・冥地功周奪還を侵攻させているダイオクへの対策はこれからの課題でもある。プリズンに捕らえている冥地を奪還させるわけにはいかん」
マルカワガムのオレンジを箱から一粒取り出し、口の中にほおりこむ潮田は続ける。
「それと、三年前までは健在だったワッカナイ支部でのリング性能実験で支部がまるごと消えたリングバーストは知っているな?」
黒主部隊の三人は頷く。そして黒主が淡々と語る。
「IリングとIリングを重ね合わせ更なるパワーを生み出す実験ですね。かつてのワッカナイ支部は一番遅れて出来たのと最北端という立地から焦りがあり、自分の街にもリングが欲しいワッカナイ支部が率先して進めていた。その話を持ちかけたのはユナイト本部。そのせいで本部は反感を買った。本部は一切の援助や保証をせず、失敗したつけを共同で研究をしていたハコダテ支部になすりつけていた」
「そう、ユナイトファングはジパングを守る連合軍だが、所詮は他の街の利益よりも自分街の利益の独立採算生であり、Iリングを保有するユナイト本部はその優位を生かし他の地域に対して強硬な姿勢を取り続けている。リングを保有しているという優位な立場だからこそ飴と鞭は上手く使いわけなければならん。故に更地になったハコダテを拠点にしていた冥地家の反逆という行為が堂々と行われる事になる」
「ハコダテからジパング全土へ向けてハコダテの工芸や文化、食などを発信する大財閥。独自にリングを保有してリングナイツを持つというジパング企業の光と闇」
「その冥地家の首領は三ヶ月前の反乱で逮捕され、ユナイトプリズンに投獄されている……」
その会話の内容に口を出せない雪牙はただひたすらに耳を傾ける。
次第に脳裏に京乃家とその首領の情報が蓄積されて行く――。
ユナイトプリズンに投獄されるNリングの発見者である冥地功周は、その身を度々奪還しようとするダイオクの支援者が現れ、ユナイトはそれを秘密裏に始末していた。
冥地はダイオクがユナイトを倒す勢力にする為にIリングを更に進化させようとしていた最中、とある戦闘後の地面から古ぼけた箱を発見し織田信長の残したNリングを手に入れる。Nリングを独自に得て研究を重ねた後に数個の量産に成功した。
そして、三ヶ月前にダイオク首領の冥地を中心とした一部が暴発し、ユナイト本部に攻撃を仕掛けたが首領の冥地は捕らえられユナイトプリズンに収容された。
(……メイチコウシュウ。明るくも感じるがやけに暗い名前だな)
冥地功周というダイオクの首領の名前を聞いた雪牙は思う。
「……元は本部の決定とはいえ、汚い仕事は全て本部かよ。他支部のカス野郎共め」
溜め息をつく黒主は胸くそが悪くなり、顔がひきつる。その表情から発する感情を代弁するように潮田は、
「そうだ黒主! 我々は常に他支部の負の部分ばかり任され、本部でありながら犬の如く扱われて来た! ダイオクの勢力が増し外圧が増す中、常に最前線で戦い続けて来た我々にとって他支部は怠惰な悪でしかない!」
憤怒の怒りを現す潮田に二人は動揺する。ユナイトの中でも模範的な軍人であり、女ながら数々の武功を上げ大佐にまで出世してきた潮田がここまで堂々とユナイトを否定する発言をするのが初めてだったからである。
(……いつもは軍の批判には鉄拳制裁をくらわす潮田教官がこんな発言を……どうやら流石の教官も山崎局長からアサヒカワ市民を納得させる仕事を押し付けられストレスがたまってるようだ。あのNリングの紅水泉の件もあるし、俺達も教官の力になれるよう努力せねば……)
思う雪牙は気を引き締めた。
細かい事は気にしないレーコは目を開けたまま立ちながらチョコパフェを食べる夢を見て寝ていた。
ハハハハッ! と笑う黒主は、
「面白い事を言いますね教官。なら俺の漆黒の虎と呼ばれるトサと一緒に、他支部とダイオクを潰してジパングの中枢を乗っ取りますか?」
「そうだな……と言いたい所だが、私は軍人だ。ユナイトは裏切れんさ」
噛んでいたガムを膨らませ、パチンと弾けた。
おどけた教官に瞳を閉じるレーコ以外の二人は笑みがこぼれた。
久しぶりの再会だが、潮田教官は自分達が子供の頃から変わっていないという事を再確認した。
雪牙と黒主の二人はこの潮田を母親のようにも思っている。
「ここの所、民間人の犠牲者も多いが、数々の失敗も武功を立てれば過去のもの。失敗を恐れるな黒主。お前はリングナイツの男リーダーとしてここまでやってきた。しかし、女の他部隊もお前を超えようと日々精進している。自分を特別だと思い油断するなよ」
「ハッ!」
「四之宮……四之宮起きんかぁ!」
「はっ! ハヒ! ちゃんと任務します!」
大きく鼻息を吐く潮田にレーコは目をパチパチさせ寝てませんアピールをする。
そして、潮田の瞳は青い髪の少年に向けられる。
「会桑。お前には本部支部の指揮官にいずれなるよう期待しているぞ。人間の本質をエージェント時代に見てきたお前なら出来る。幼少期より数多の戦場で不死身とされた異名をこの地でも見せてやれ」
「ハッ!」
三日後のアサヒカワ施設工事計画の概要を聞き、敬礼して二人はリングナイツ寮へと戻った。
ゆっくりと室内を旋回するように歩きながらオレンジのマルカワガムの小箱を口にほおり込みガツガツ噛む潮田は呟く。
「あの三人はどう膨らんで、どういう風に弾けるか……」
プウーっとガムを膨らませ、パチンと弾け左頬に張り付いた。