アウトリングゾーン
そこは大きな大海のような水槽の中――。
その中には無数の少女が全裸のまま死んだようにたゆたっている。どの少女も同じ顔をしていて髪の色が黄色い。いつの頃からかそれを傍観者のように自身もたゆたいながら見つめる雪牙は違和感を覚える。水槽の中の少女達はどれもこれもどこかで見覚えがある顔なのである。
(あの顔はヤヨイ? ……そうだ、ヤヨイだ――)
息を呑み瞳孔が開く。それは全てがヤヨイ――。
ヤヨイのコピーされた群れだった。
言いようの無い恐怖のあまり水槽の中から逃げ出そうとするが、一斉に雪牙に気がついたコピーヤヨイの群れは雪牙の身体に取り付いた。水の中なのに肌と肌の感触が生ぬるく、相手の嫌な体温を感じた。無数のヤヨイは心臓に手を入れ、何かを探すように内部をかきむしる。すると、その一人が手に何かを持った。それはIリング――。
(ううっ! それは俺の親父である家康のリングだ!)
周囲のヤヨイの群れを跳ね除け、一気に泳いでそこから逃げ出す。しかし、泳いでも泳いでも一向に距離は開かずにいる。嗤いながら執拗に追跡してくるヤヨイの群れに雪牙は絶叫した。
「――あああああああっ! !?」
薄暗い闇の中で雪牙は目覚める。
隣には夢でうなされていた雪牙を心配しているレーコを見た。
二人の周囲は鋼鉄の柵で覆われており脱出は不可能であった。
携帯は電波状況が悪く機能せず、通信は使えない。
地面には多少の水がたまっていて空気がやけに冷たかった。
落とし穴に落下しつつ外壁に爪を立て落下スピードを落とした為にコンクリートの地面に落ちても骨折する事が無かった。しかし、レーコは何かに動揺するように鉄柵を数度叩く。
「……あのジジイ、交渉なんかするつもりはなから無かったようだね。シーハーもこれを狙ってたのかもしれない……地下百メートルぐらいまで落ちたかな?」
落ちた時にぶつけたのか心臓に痛みを感じる雪牙は鉄柵に寄りかかりながら呟く。
「どうやら双方からハメられたようなもんだ。冥地家もユナイトも俺達交渉人を戦争を起こすきっかけとして考えていたようにしか思えん。琴乃は違うが、シーハーは開戦を望んでいたフシがあるからな」
「あのオネエやってくれるわね。この鉄柵といいね!」
ガツン! と硝子の破片のようなものが混じる黒い鉄柵を叩き宙を見上げる。
ふと、雪牙は床においた手に違和感を覚える。床に多少あった水が増してきている。
「奴等は俺達を水攻めにするようだ。リングチェンジで突破するぞ」
だんだんと水かさが増して行き、足首まで浸りだした。
指のリングを握りしめたまま座ったままのレーコに雪牙は苛立ちを覚えながら言う。
「どうした? 早くリングチェンジするぞ」
「出ないのよ……オーラが。ここに落下する最中も何度もリングチェンジしたけど全く駄目だったわ……」
「なん……だと……?」
二人が驚き立ち止まる間にも水かさが増して行く。
足下から清らかな絶望が二人の身体を侵食していく。
リングチェンジ出来ないという絶体絶命の二人は柵を叩き、無様に叫んだ。
その二人を笑うようにその奥から、一人のか細い少女の声が聞こえた。
「ここはリングチェンジが出来ない結界が張られた空間。アウトリングゾーンよ」
『――!』
二人が奥の闇に振り返ると、金髪の囚人服を着た美少女がいた。
それはインペラトルのリングナイツ・ヤヨイだった。
いきなり現れたというより、元からここに投獄されている少女の今までの話を聞いた。
「……脱走してまた捕まった理由は一つよ。冥地が戦争を起こせば時間が稼げるから。私がここにいれば東地区のトウキョウへ戦力は送れなくなり、トウキョウのインペラトルは開戦に向けて準備が出来るわ」
その自分を人形のように扱うヤヨイに雪牙はキレる。
「まるで人形のように自分を扱ってるな。もっと自分を大事にしろとロアーシ時代にも言ったはずだ」
「私は貴方の相棒ではなく、インペラトルのヤヨイよ。もう貴方の思う私じゃないのよ」
「そんなたわ言――」
突如、地下のアウトリングゾーンの監獄に爆風が巻き起こる。
『!?』
すでに戦争が開始されたのかと思う雪牙とレーコは焦った。
パチャパチャッ……と床を満たす水を踏みしめ一機のトサのシルエットが現れた。
そこには鳴沢無読事、ナルのトサ・グリードが颯爽と出現した。
「ムフフッ。とうとう戦争が始まるわよ。私は空気を読まずに貴女からシエルリングを奪ってこの戦争のただ一人の勝者になる」
全身をパープルで染める白兵専用のその攻撃的なスピアーを持つ少女は笑う。
友軍でありながら自分勝手な事を言うこのナルに雪牙は叫ぶ。
「それでも軍人か貴様っ!」
「私は私の欲望の為に動いているのよ。空気読んでたら戦争なんて楽しめないでしょーがよ!」
「まるで狂った紅水泉のような女ね」
冷静にレーコはそのナルを軽蔑するように呟く。
どうでもいいと思うヤヨイはナルに柵の一部をリングを渡す為に破壊させた。
「安心して、完全に外に出なければリングチェンジできないわ」
「知ってるわよ。ほーら、その好奇なリングを寄越しなさい」
バコッ! とスピアーで柵の一部を破壊し、ヤヨイは壊れた柵から手を出した。すると地面の水がナルを猛襲しトサ・グリードは転んでしまう。
「ナルッ!?」
「自然属性を秘めるシエルリングでは雪牙は風だけど、私は水を使えるの。自然の力は人間のままでも使えるのよおバカさん。いやおナルさんかしら?」
転んだ拍子にスピアーは柵を破壊してしまう。そのまま外に出たヤヨイはリングチェンジし、ナルと戦い一撃で勝った。スピアーを突き出したまま信じられないというより、嬉しいと感じたまま倒れるナルは水の中に沈んだ。そしてヤヨイは振り返り、雪牙を見据えた。
「貴方に与えたシエルリングは生身でも自然力が使えるはずよ。知らなかった?」
「生身ではシエルリングでも火は使えない。あの火はハイパーモードによる力だからな。俺は風の属性があってエアブレードいらずなだけだ」
「風が火を打ち消してるのかしら?」
冷たく微笑むヤヨイは金髪の長い髪を揺らし言った。
「また会いましょう雪牙」
ヤヨイはここの空間に水を満たす配管を破壊し、そのまま地上に脱出して逃げた。
『――!?』
一気に配管から暴走する水が流れ込み二人の指にあるリングが水流にのまれ外れてしまう。身体を拘束するような水かさが口を遮り鼻を塞ぐ。次第に顔全体が水に沈みもう死を待つだけである。雪牙はこうまでもして自分の目的を遂げようとするヤヨイの事を思い、意識が遠退いて行く――刹那。水を送り続ける配管部で爆発が起こり、流され続ける水が空いた穴に逃げて行く。
「アナタが死んだら私が完全体になれないのよ。しっかりしなさい」
びしょ濡れになりながらそこにたたずんでいるのはマッハピザの店長であり、潮田海荷のコピーの失敗作であるピーコだった。このピーコは潮田海荷が生きているというメッセージを直接してきた事を雪牙は思い出す。
「……俺達を助けてどうするつもりだ? 生きている潮田の部下になれとでも言うのか?」
「潮田海荷はピーコであるワタシ自身よ」
『――!?』
驚く二人をよそに短い金髪を揺らしピーコは駆ける。
床に転がるリングを回収し、その遠い背中を追いかけた。
二人はアウトリングゾーンから脱出し地上へ出た。
冥地功周を倒し、冥地家地下にあるバイオプラントの生体兵器を抹殺する為に――。




