禿鷹と満ち潮
キョウト支部の格納庫前の広場にシーハー・ダマコクリンがいる。
シーハーは口元をトマトソースに染め上げピザを食べている。
傍らにある箱にはマッハピザのマークがあり、このキョウトにもマッハピザはあるのかと雪牙は思った。
(……マッハピザの店長は潮田のコピーだったな)
ジパングのマッハピザのピーコはソルトブレイクの大犯罪者・潮田海荷の出来損ないだった事を思い出す。そして、雪牙とレーコの外異特務隊は改めてシーハーダマコクリン少佐に敬礼する。ウインクする金髪坊主頭の大柄のオネエは言う。
「ドンマーイ! アタシはシーハー・ダマコクリン少佐よ。ユナイトの禿げ鷹と恐れられる豪腕軍人よんっ!」
ビシッ! と指をさしセントラルの広場で二人に挨拶した。
雪牙とレーコはキョウトにおいての直属の上司がコイツか……と内心肩を下ろすが、逆に互いのわだかまりがある以上、こういうトンデモない奴が上司で良かったとも思った。
潮田同様、ユナイトの中でも名の通った軍人で、オネエの外見と言動で出世が遅れているが演習にてトサ・セブンソードの潮田に自身専用機のトサ・イッコーブリリアントで四十五戦二十勝を勝ち取る禿げ鷹の異名に相応しい実力者である。
「ドン……マーイ!」
突如、シーハーの鉄拳が二人の頬に直撃する。
これはどういう事だ? と思うレーコとは正反対に雪牙は殴りかかる。
「……! 痛ーなオカマ野郎っ!」
「オカマじゃない。オネエよ」
ぐおんっ! と雪牙は巴投げをされ遠くに投げ飛ばされた。受身も取れず地面に叩き伏せられ痛みでもがく顔面にシーハーの軍用靴がめり込む。
「ソルトブレイクの英雄が無様なものね。潮田に気に入られちょっと能力が高く昇進しかたらっていい気になるんじゃないわよ。アンタ達はジパングのジャスティスタワーの崩壊を防げず、潮田の裏切りにも対応出来なかったA級戦犯。本当なら軍法会議で極刑が望ましいけど、総司令がそうしない以上、アタシが制裁を課してやろうと思っただけよ」
「……我々は外異特務隊として任命されたばかりで日も浅く、全ての事態に対応できるだけのものは無かった。潮田を消した時点でユナイトの勝利だ」
口元を抑える雪牙は抗議するがシーハーは、
「すでに正式な軍人な以上、日が浅い深いも無いわ。軍人である以上、突如起こる紛争に火急に駆けつけ鎮圧するのは至極当然の話。こんな事はこれから幾度と無く起こるわよ。訓練生で優秀でも実戦で使えないならただのチキンボーイよ……?」
ソルトブレイク時にはフラノの監獄・ユナイトプリズンを警護していた為に前線には出られなかったシーハーのかつての仲間への思いがこの二人にぶつけられていた。自分だったら潮田の変化に気付けただろうという考えなのだろうが、そんな簡単に自分の感情をさらすほどの隙がある人間ではなかったと雪牙は反論する。
「殺すぞオカマ野郎。あ、オネエだったか? ま、どっちでも同じだな」
顔を踏みにじられた雪牙は倒れたままナイフでシーハーの右脹脛を刺した。その隙に目の前のレーコは銃口を自分に向けている事に気がつく。
「私達は独立部隊。貴方を殺す権限すらあるのよシーハー・ダマコクリン少佐?」
スッ……と目が異名の禿げ鷹のように鋭くなるシーハーは素早くしゃがみ雪牙の胸ぐらを掴んだ。銃口を向けるレーコは驚く。
「!?」
そのままレーコに雪牙を銃弾から自分を守る盾として使ったまま突っ込み、ブン投げた。激突する二人は地面に転がり、ゆっくりと近寄る金髪の坊主に恐怖感を覚える。
(こいつ……体術でここまでやるとはな。俺も本気を出すか)
首を鳴らし立ち上がる雪牙はレーコに止められる。
そしてシーハーは言った。
「どんな事があろうとも仲間に銃口を向ける事は許されないわ。会桑、四之宮両名はシーハー・ダマコクリンの下で働く事を改めて命じる」
軍人である以上、上官の命令には逆らえない。
暴力的ではあるが、シーハーの言う事はユナイトの大義が通っており潮田とは違った軍人の鑑ともいえる存在だった。同時に、このオネエを自分達の上官として認めた。ぬるい風が流れ、シーハーは言う。
「アンタ達には汚名を挽回する最高の任務が待っている。成功すれば殺すのは止めておこうかしら。生きたければ勝つ事ね」
※
雪牙はキョウト支部の寮の部屋で休んでいた。
セントラルの戦闘指揮官シーハー・ダマコクリンやスタッフなどにも挨拶を全て済ませ雪牙とレーコは自身の部屋に戻る。
シエルリングを使い始めてから再発した心臓の痛みに不快感を感じる雪牙は、シャワーを浴び、全身を洗い流しながら一年前のソルトブレイクでの時の違和感と比べた。
「この痛みが限界を突破して俺は蒼天楼を生み出した。今はハイパーモードを使うには寿命を削られるデメリットがある。この心臓の痛みが蒼天楼を生み出せる兆候ならいいが、もし違うなら……」
体内を流れる青い血に大怪我を負っても数日もあれば再生する身体。
それはジパングに転生する時に飲み込んでしまった家康のリングであるIリングが心臓にあるから発生した能力である。この痛みはただ自分の死へのカウントダウンなのか、それとも新たなる力への覚醒なのかは誰にもわからない。
(……)
混乱が隠せないままシャワールームの壁にもたれかかるが、セントラルには科学主任の猫神はいない。猫神からは何かあれば連絡するよう言われていたが、とても連絡するような気分では無かった。
溜息をつく雪牙はシャワーを止めタオルをかぶり冷蔵庫からカルピスビンを取り出し原液のまま一口飲みソファーに寝転ぶ。シーハーとの食事で好きでもない納豆を死ぬほど食わされた為、胃がもたれ空腹ではなかったがテーブルの上に転がる携帯でマッハピザを一年ぶりに頼んだ。ストレスを解消するにはピザとカルピス、それにテトリスというのがお決まりの雪牙は片手で左手で携帯をいじりながら、右手で髪を乾かす。そうこうしていると、寮のインターホンが鳴った。すぐに受話器を取り、相手のピザ屋であろう店員の声を聞く。
「久しぶりだな会桑。ピザを届けてやったぞ」
「どうも……! ――お前は!」
明らかに聞き覚えがある低い声に焦りを感じドアを開く。
目の前のその人物に雪牙は驚愕した。
視線の先には潮田海荷がいる。
何故生きている? という疑惑は後にし、武器を持たない雪牙は素手で襲い掛かろうとする。
「待て。私はただのピザ屋だ」
「! お前は――」
瞬きをして確認すると、そこにはジパングで雪牙のお気に入りだったピザ屋の女が配達に来ていた。何故この女がキョウトにいるのか?
「そんな顔しなさんな。アタシは日本全国どこでも配送する最強のピザ屋。マッハデリバリーピザの店長ピーコ。まぁ、一人の店だから店長も当たり前だけど」
「……潮田のコピーの出来損ないが何故生きている? 一体何を企んでいるつもりだ?」
「それはそのうちわかるだろうさ。冥地功周の件が終わればね」
「冥地功周が怪しい動きをしているのを知っているのか。お前は……」
動こうとする雪牙にピーコはピザの箱を突き出す。
「ピザは心のオアシスさ。古いつきあいだ。アンタも軍人としてきばりな。いつでもどこでも、ピザの配達にかこつけて助けに行くぜぃ。アタシは強欲なのさ」
「頼もしい限りだ。この一連の事件ついでにお前も――」
カードで決済し、瞬きをする一瞬でマッハピザのピーコは消えた。
「……出来損ないの癖に逃げ足だけは速いな」
ピザの箱を持ち室内に戻りソファーに座り、懐かしい奴に会ったなと微笑しながら良い気分でカルピスフローズンピザのフタを開ける。一切れピザを口に入れると同時にその微笑が消えた。内側の裏箱に目を奪われる。
空いた口が塞がらないまま刻が止まる。
ピザの内箱の裏にはこう書かれている。
〈潮田海荷は生存している――〉
ピザを持つ手からピザが落ち、震える全身を抑えるように自分を抱きしめた。
雪牙はロアーシでの事件からここまでの流れは潮田が仕組んだ罠か? と思いながらその日は眠りについた。




