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猫を纏う女

 ジパングのチトセ地区にあるユナイトファングのエントランスより東にある地下駐車場から小型の軍用車に乗って出てきた雪牙せつが黒主くろすの二人は、繁華街へとハンドルを切る。

 雪牙は正式にユナイトファング支部長の任命を受け、リングナイツ黒主部隊配属となった。

 ユナイトのエージェントという諜報活動をする工作員から正式に軍に入隊したのである。

 ユナイトファング・セントラル支部長の山崎は黒主部隊をえぬリングを有するダオイクの特殊部隊からユナイトを守る防人として外異特務隊とした。

 新たなるリングの出現にユナイトの各支部も動揺を見せた。

 ハコダテ、オビヒロ、ネムロ、クシロ、オタルとある各支部はリングナイツを常に支部の周囲を警戒させ、本部に新しいNリングの情報と更なるリングナイツの補充を希望した。

 ユナイトファングとは、徳川家康が天下を平定し死の間際に作った軍事組織であり徳川は群雄割拠する兵団を呑み込み、総意としてユナイトファングになった。

 西暦から宝暦に変わり、徳川の時代であるユナイトファングを中心にした時代が流れていった。

 ブウウンッ……雪牙と黒主の乗る車は軍の施設を抜け、一般道に出た。

 ハンドルを切る黒主は言う。

「潮田教官はお前のエージント時代からの上司らしいが、リングナイツを希望したのも潮田の考えか?」

「いや、それは俺の希望だ。俺はリングナイツとしてこの世界を正しく平定したいんだ」

「平定……ねぇ。その割には戦いを楽しんでたけどな」

「戦いで興奮すれば楽しくもなるさ。エージェントもリングナイツも根本的には自分の限界を試す極限の快感との戦いだからな」

 左手の人指し指にあるあいリングを見つめる。

「俺はあの人のおかげでここまで来た。潮田しおた教官の正義であるユナイトのリングナイツとして戦い抜くだけだ」

「その覚悟はいい。だーが、あんまし他人に依存してると乳離れしないガキんちょのまま成長しなくなるぜ」

 軽口ばかり叩く男の言葉が雪牙の心を抉る。

 自分でもそういう面が多々あると思っていた為に、この新しい上官の男から言われるのが嫌でしょうがなかった。今までは周りのメンバーはみんな女で男と接する機会などほどんどなく、ましてや上官が男などは有り得なかった為に雪牙はまだ慣れずにいる。

 その金髪の男は話し続ける。

「もうすぐ昨日の戦闘で戦ったアサヒカワの広大な地域も新たにユナイトの敷地になる。軍属は人殺しだと反対していた住民もユナイトの力は認めざるを得ない。大きな戦争は起こっていないが、今はダイオクとの完全な戦時中だからな」

「……ダイオクの女連中はユナイトの造反者。戦争の発端は彼女達なんだから、彼女達には戦犯として消えてもらうのみ」

「確かにダイオクはこのユナイトのジパング全体を支配する統治活動やリングナイツの適正試験で人体実験を行ってるとかで造反した奴等だ。でも戦争である以上、戦いが終われば裁判で決着をつけねーとならん。全てを消すだけじゃ、いつか自分達自身も消されるはめになるからな」

「誰もが、見知らぬ他人じゃいられないという事か?」

「そう、もう誰もがこの世界では見知らぬ他人ではいられねーからな。どの職業に就こうがどこかでユナイトに繋がっていて軍の仕事の末端をさせられている。で、潮田教官はどこに行ってるんだっけ?」

「潮田教官はアサヒカワ区域の工事概要を反対派の住民との最終的な折り合いをチトセ公民館でつけている。あそこが手に入ればアサヒカワを前線の拠点として最北端のワッカナイにいるダイオクに総攻撃をかけられる」

「そうか。じゃー帰りは夜だな。夜までに外異特務隊は潮田教官の嫌いな必要悪取り除いておくか」

「そうだな。俺達は正義の牙。ユナイトは混沌とする世界を融合させる為の正義」

 車は繁華街の路地裏にある駐車場につき、二人は車を降りる。

 駐車場には他の軍用車も止まっており、ユナイトの軍人が遊びに来ている事が知れる。

 戦争で高ぶる血は女の身体で鎮める以外には無く、ユナイトの支部がある地域には大きな欲望を発散させる繁華街が存在する。そして二人は男女とも楽しめるキャバクラの勧誘をすり抜け、繁華街の中の一軒の風俗店に入る。この世界は同性愛も普通に認められている為、女が女を買うというのも成り立っていた。順番が呼ばれ二人は各々の部屋へ案内される。

 細身の美女に手を引かれ個室に案内されると、雪牙は女の胸に手を入れ、感触を探るように手を動かす。女はせっかちな少年の軍人だと思いながら唇を重ねようと薄いルージュの引かれた唇を近づける。雪牙の手は女の下半身にも回る。

「……下半身には無しか。ここで薬物を堂々と売っているのは調べてある。動くな」

「あんた……!」

 重ねようとしていた唇から驚きの声が上がる。

「支部長がワイロを握らされここで密売を承認しても、俺達特務隊はそれを許さない」

「私達を捕まえたら、あんた達もただじゃ済まないわよ! 支部長も通ってる店なんだから!」

「あれは傀儡。本当の頭は副長の潮田教官さ――?」

 瞬間、腕に絡み付いて来る女は自分の巨乳をこすり付けてくる。一瞬下半身が反応するが右腕の微かな痛みで我に返る。腕には注射針が刺さり、体内に何かの液体が注がれる。

「……俺に薬物は効かない。俺はそういう経験を幾度も経てここに至ったからな」

「何を言って……」

「ここは残し、人間のみを潰す。それが潮田教官の正義であり俺の正義」

 この店は残し人間を入れ替え悪しき習慣を無くしただ性欲の捌け口の場所を生み出す。店ごと潰してしまえば欲の行き場も無くなり、まだジパング全体を支配していないユナイトへの反逆心が大きく芽生えるからである。

 そうすれば一年以上に渡って交渉してきたアサヒカワ区域のユナイトの領土化が目の前にある為に上手く立ち回らなければならない。

「私はこのジパングのどこかで産まれてすぐ両親に棄てられ孤児として育ち、このアサヒカワまで流れ着いた……そんな私からユナイトはどこまで奪えば気が済むの? 男が少ないけど、欲の捌け口として働いている私から全部を奪うつもりなの?」

 その女の言葉を無視し、胸ポケットから一枚の紙切れを取り出した雪牙は冷酷な青い瞳を向けて言う。

「源自名、本庄あいこ。本名、鈴木瑞樹。アサヒカワに来てから幼児虐待や恐喝容疑の前科があるな。最近、その幼児も自宅にて謎の変死を遂げている。幼少期を乗り越えられないのは、君の弱さ。逆境は乗り越える為にある。どうにもならない悲しい出来事にいつまでもすがりつくように生き、他人の同情を買おうとするのが駄目な要因だ」

「あんた……何を言いたいの?」

「君は悪だとういう事さ。そして俺は正義の牙、ユナイトファング」

 青い雪牙の瞳がゆらりと蒼い炎を灯すように煌き、女は倒れた。

 そして、違法ドラッグに関与していた従業員全て摘発され、フラノの山脈にある監獄・ユナイトプリズンに連行された。

 その光景を飲み物が売っている自販機の前で二人は見つめていた。

 雪牙は宅配ピーコピザを取り寄せ、モグモグと食べている。

 ピザ屋の金髪のショートカットの少女はバイクで去る。何でピザなんか食ってやがんだと思う黒主は、

「……後は猫神ねこがみが人格調整をするだろう。あの女の刷り込みはリングの力を使ってるんじゃないかってほど凄いからな」

「どうせあの女も薬中かなんかだろう? 錯乱して暴れたとでっち上げて始末した方が潮田教官も喜ぶはずだと思うが」

「俺達は人の死に慣れすぎている。それは一般的には有り得ない事だ」

「軍人の言う台詞じゃないなリーダー。俺達はどれだけの屍を築こうとも正義を貫かなくてはならない」

(コイツ……いずれこの世界から孤立するぞ。だがコイツの狂気はスゲーぜ)

 羨望と憎悪が交わる黒い瞳が青い瞳を見据えていると、風俗店の摘発隊が消え白衣で長い白髪をなびかせ猫を肩に乗せる少女が何かを突き出し叫んだ。黒主は視界に入れず自販機のボタンに手をかける。

「ナハハッ! この印籠が目に入らぬかぁ!」

 ドドーン! とパチスロの景品が入った袋を抱える猫神は印籠を突きだし言った。

 唖然とする黒主は猫神を見つめる雪牙を見る。

「流石にそれを目に入れるのは無理だな」

(答えるなよ……。相変わらず何なんだこの猫女は? この土地に来てからろくでもない事しか起きんな。パチスロなんかやってんじゃねーよ)

 イラつく黒主は間違ってボタンを押した好きでも無いコーヒーを飲みながら猫神の雑音に耐える。雪牙は今までの経緯を説明し、ポッキーを両耳に刺しつつむさぼり食う猫神は納得した。

「ナハハッ! 悦いぞ、悦いぞ! アタシに何でも質問するがいい助さん、角さん。今日は黄門じゃまで十万勝ったからのぅ。聞きたい事に答えてやろーう?」

 コーヒーを飲み干した黒主は言う。

「じゃー聞いてやる。お前が山崎支部長、潮田副支部長に次ぐ三番手とは信じられんな。身体でもゴマすり山崎に使ったか?」

「アタシは幼少期から軍の科学者として働いている。山崎についても先は無いわよ。明日は模擬戦を行うから今は休んでおきなさいな」

「俺のデータをとっても進化する俺の才能に追いつけないぜ……? おっ、あの金髪の女は俺好みだ。んじゃーな」

 スタタッと道を歩いて行く金髪の女の後を黒主は追いかける。肩の猫に耳を舐められ感じている猫神は雪牙は説明する。

「あうっ……初恋の女が金髪の女らしいのよ。繁華街は派手な女が多いから黒主も楽しいんでしょう。リングナイツのリーダーがいつまでもそれじゃ困るけどね」

「ふーん。金髪……ねぇ」

 腕を組んだまま猫神は金髪女をナンパする黒主を見続けた。冷たい風が繁華街を流れ方の猫ををくいっと上げ雪牙の持つピザを一切れつまむ。

「助さんも角さんも体の隅々までDNAの末端、ミトコンドリアの全容まで解明してやるわよ」

「ピザソースがたれたぞ」

 言いつつ、雪牙はハンカチで猫神の胸元に触れる。そしていつも通り横乳に左の人指し指でタッチすると脳髄が覚醒し猫神のパイデータが解析される。

(あの紅水泉こうすいいずみもかなりの良乳だったからな。あの女のサーチが出来ないのはこの猫神で晴らしてやる。……張りのある硬い82のCカップ。死角無きCカップだな)

「ナハハッ! 綺麗になったわ。サンキュー、サンキュー」

「それにしても、よくこんな場所まで来たな。パチ屋に行くのは口実で、さっきの捕り物を見にきたんだろ?」

「科学者は、利益じゃ動かないのよ。科学者は不思議な場所を彷徨う狩人だからね」

 すると猫神は大量の猫缶が入ったパチ屋の景品袋を渡し、白衣のポケットに手を突っ込み繁華街の人込みに消えて行った。

(新たなNリングの出現は恐ろしい……だが欲を全面に出していればやがて欲望に呑まれて自滅するだけさ。最終的には俺が最強のリングナイツになる事は明白なんだから)

 グッと自分の左胸を握り締め思った。

 灰色のジパングの空は、暗雲が立ち込めている。

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