潮田海荷の断首
けたたましいサイレンの音や人の怒号が飛び交っている。
そこにはユナイトファングの軍用車、怪我人を搬送する救急車、野次馬を規制する警察がいる。倒壊したジャスティスタワーでは粉塵にまみれながら生存者や怪我人、ダイオクの残党の逮捕など様々な組織の人間が自分の役目を必死に全うしていた。
その姿に内部対立が実際問題としてある多い各支部だが、こういう出来事があってから皆が一様にジパング民だという事を改めて雪牙は知った。
潮田戦前に別れたレーコが重傷で運ばれて行き、リングナイツとしては再起不能だという話を知る。
潮田の自爆で幕を閉じたかのように思われたジャスティスタワー倒壊事件は最後の戦いにおいて何故か誰も死ぬ事も無く生存していた。
爆発は確実にあったが、爆発のエネルギー自体が消滅してしまったかのように消えた為、その場の全員が生存できた。それに疑問が残るが、何はともあれ反逆者・潮田海荷を連行させた雪牙はセントラル支部の連中に全てを任せ、黒主に呼ばれた場所に向かう。
潮田海荷のクーデターは失敗し、全ては平穏になった。
しかし、一度破られた均衡とは思わぬ波紋を喚ぶものである。
タワーから少し離れた物影でカルピスを飲みながら待っていた黒主は雪牙が到着すると共に声を出す。
「おい、その青い血は何だ? 支部の連中がいた時は上手く誤魔化してたみてーだが、今度ばかりは見逃せないぞ」
「……」
その右手にはいつの間にか銃が構えられ、銃口は容赦無く心臓に向けられている。こめかみから流れる血と口元の血をゆっくりと拭い、
「お前はこの血の事を知っていて何故黙っていた? まさか友人のつもりだったんじゃないだろーな?」
「ハハッ! 俺とお前が友人? そんな事は地獄の閻魔が現世に現界でもしない限りあり得んな。後、五分もかからず救助隊が来るだろ。答えなければ黒主部隊のリーダーとして、お前を処分する」
「処分……だと?」
その言葉を聞いた瞬間、雪牙の青き瞳に阿修羅のような陰惨とした炎が宿る。同時に、ホルスターから銃を抜こうとする――が、タアンッ! という銃声と共にその銃は青い血と共に地面に落ちる。そして指のリングを奪う。
「リング法第一条。全てのリングはユナイトファングが管理し、個人の使用などは認められない。罰則は常に死だ」
「Nリングに選ばれたからっていい気になってんじゃねーぞ黒主京星!」
撃たれた左手の痛みなど無視するかの如く、狂気に顔を歪め獣そのものとも言える雪牙は迫る。
「お前は潮田の息子ってのは本当のようだ」
鬼気迫る雪牙の顔と戦闘中の潮田の顔を重ね合わせ思いながら、銃口を迷い無く心臓に向ける。
二人の視線は殺意のみに染まり、今までの相手に対する思いが全て暴発し、互いを殺す事のみに特化した感情が夢の玉手箱を開けるように破裂した――。
そして、ジャスティスタワー倒壊事件から三日後。
潮田を尋問した雪牙はその口から拉致された支部長山崎と補佐官の水野は作戦の失敗と共に殺害した事を知る。それにジャスティスタワーに君臨していたジパング王の血筋の王も殺害していた。
現在セントラル支部はトップ二人を失い混乱するが雪牙がリーダーシップを取り、大罪人・潮田海荷を処分する手続きを済ませた。潮田はどんな拷問にかけようがこれ以上口を割らないのは周知の事実であるからである。
一日が立ち、会議の結果潮田海荷の断首が一週間後に決まった。
その間、黒主は猫神のフィジカルチェックや新機体である夜天光のデータ取りに協力し、支部の仕事はロクにしなかった。
二人の確執は潮田の処遇によって更に悪化していた。
そして、断罪の日が来た。
※
永久の時を刻むような白い砂利が美しく鎮座する粛々とした白州場。
暖かい太陽の光が降り注ぐユナイトファング・セントラル支部の裏手に位置する別館の館に潮田と雪牙がいた。障子が開け放たれた目の前の屋敷の中からは潮田を信仰していた部下連中が悠然と白州の中央にいる二人を見ている。その中には包帯人間ともいえる姿の藤原もいる。
緩やかな風が白州の白銀の砂を揺らし、介錯人である雪牙は手に持つ抜き身の太刀を柄杓で汲んだ清水をかける。水滴が流れ白州の一部を重くし、その反射で映る潮田の口元が動く。
「……ずいぶん手酷い傷を負ったはずだが、もう完治か。流石は家康の血を引く不死身の会桑」
ピク……と刺すような言葉に反応するが、雪牙は苦虫を噛むような思いで無視し少し離れた所に同じ姿で待機する黒主を意識した。潮田の言った通り、あれだけの重症だった傷も3日でほぼ完治し、戦闘が無かったかのように平然としている。流石に猫神も不味いと感じ、周囲にまだ傷が完治していないという事をアピールする為に頭と身体に包帯だけを巻かせておいた。潮田にしか聞こえないように小声で雪牙は言う。
「潮田海荷……貴女は一体何がしたかった? この戦いは……」
「この戦いはユナイトが勝利しダイオクが敗北した。ただそれだけの事だ。故に私は首を落とされるのだろう? それがユナイトの大義」
「だが、まだワッカナイにはお前の部下はいる。お前は血筋を否定する為にこの戦端を開いたのか?」
「山崎はもう必要無い。血族で最高位に君臨するものなどはもう必要無いのだ。ジパングの国王も同様さ」
潮田はすでに血族で君臨してきたジパング国王とユナイト支部長山崎も始末している。
自分の大義無き者の存在を許さない潮田らしい人間選別方法であった。
二人の会話を制するように副介錯人の黒主が白州の砂の音を立てながら歩いて来る。
「……これは、試され、勝たされた戦いだ。本当ならタワーに部隊が潰され、セントラル支部に潮田がいた時点で俺達の敗北だった。わかってんだろーな?」
「……勝てば官軍だ。断罪の時間が来たようだな」
言われたくない事を言う黒主の言葉を止めるように言う。
二人は歴史の分岐点となるような渦の中心にいる事を自覚している。
自覚していても、人間一人の許容量などはたかが知れていて行き場の無い思いはどこかで吐き出すしか無いのである。ダイオクを名乗る組織から目をつけられた二人に戦いを辞めるという選択肢は死を意味する。生きるには最前線で最強になり泥水をすすり、血で血を洗いながら這いずってでも前を見据え生き抜くしかない。
大きく息を吐き、雨上がりの空を見上げた。
鉛色の空は今日は珍しく晴れわたり、七色の虹がかかっていた。
そして、蒼白い刀が一閃すると潮田海荷の首が落ち、反逆者の粛清は終わった。
「ユナイトファング・セントラル支部副支部長潮田海荷に敬礼っ!」
『――!?』
周囲の人間は突然叫び敬礼をする藤原に一瞬驚くが、一同は藤原に続くように敬礼をする。
反逆者に敬礼など有り得ないが、今までの潮田に対する部下達の思いは一つで、ゆるぎない尊敬の念を感じた。だが、雪牙は介錯人としてこの光景を許すわけにはいかない。
(……何だ? まるで俺が反逆者で潮田が断罪者じゃないか……こんな光景はユナイトには必要無い……)
ふと雪牙は転がる潮田の首を見つめると生首になりながらも見開かれた目と目が合う。内に滲み出して行く黒い染みのような感情を押さえつけるように叫ぶ。
「……外異特務隊隊長会桑雪牙である! 大罪人である潮田海荷に敬礼した者はユナイトの軍規違反とみなし除隊処分とする!」
その叫びも虚しく、仲間達は敬礼を止めない。
これではセントラル支部はダイオクに支配されるであろう。
まさか潮田はここまで読んで行動したのか? という疑念がよぎり左手のリングをギュッと強く握り締め――。
「ただし! 軍規を違反した者は再志願を認め、一兵卒からやり直す事を認める! これはユナイトセントラル総司令・冥地琴乃から一時的にセントラル支部を一任されている外異特務隊会桑雪牙の命令であり、従わない事は許されない!」
『ハッ! 我々は一兵卒からユナイトファングに再志願します!』
「諸君等の新たなる決意に感謝する!」
内心はヒヤヒヤ物だったが、セントラル支部の人間達が一兵卒からやり直してくれる事に安堵する。
黒主は溜息をつき空を見上げる。
新たなる出発に互いに敬礼し合うが、二人は潮田に対しては敬礼しない。
そして、雪牙と黒主の二人は自分の大義を貫く為に決別する事になる。




