ジャスティスタワー攻略戦5
新たな機体から生まれる紅い冷気が流れ、黒主京星は言う。
「コイツの名前は夜の天すら光を刻む夜天光とする。これが俺のNリングの信念を具現化したリングナイツ夜天光だ」
ジュワッ……と黒主のNリングから生み出された信念の結晶である夜天京から立ち上る紅い冷気が周囲を凍てつかせる。隣の途方も無い冷気に並々ならぬ殺気を感じ、これ以上の会話は勝機を無くすと考え雪牙は、
「熱くなるなリーダー。向こうのペースにはまる」
「この開戦の前から向こーのペースだろーが。今熱くならねぇでいつ熱くなる。切り札の蒼い炎はどーしたよ? 本気出さねー奴が俺に指図すんな」
「そう、今熱くならねばお前達は才能無しとみなしここで処分する」
ズシン……と白い悪魔である潮田海荷は二人の不安を煽るようにゆっくりとじらすように進んで来る。
すると、ジャスティスタワーの崩壊に巻き込まれた生き残りの人質の男女数人が薄闇の中から両者の戦いを見ていたのを確認した。それを少し遅れて確認した雪牙は、夜天光の氷の弾丸が直撃し屍骸になる人質を見た。
「――くっ!」
歯軋りをし、夜天光の装甲をガツンと叩き怒鳴る。
「今のはジャスティスタワーの人質だろう! 何故撃った!?」
「敵かもしれねーな。疑いのある者は罰するだけだ」
「敵だとしても家族はいるんだ! 安易に殺すな! 何度言ったらわかる!」
「このリングの戦争が完全に終わるまでは殺すしかないだろ! ユナイトに仇為す者は種の芽まで消し尽くす。現場で戦う俺達に完全に戦いが終結したという終わりという境界線は無い! あるのは目の前の死の連鎖の絶望だけだ!」
「それじゃただの人殺しだ! 大義無き人殺しだ!」
「大義だ? 潮田の受け売りの言葉をいつまでも……! ならとっととテメーの母親を超えてみろ!」
「その通りだ」
一気に間合いを詰めてきた潮田は七本の剣を荒々しく舞わせる。
『!』
完全に会話に夢中になっていた二人は頭に上る血が一気に冷めた。両機とも膾斬りにされ雪牙のトサの胸元に白い阿修羅のカブトで嗤う海蛇剣が迫る。無理矢理左腕を犠牲にして防ぐが、簡単に貫かれ腹部の装甲をブチ抜く。
「雪牙そのまま動きを止めておけ!」
海蛇剣に腹部を貫かれて死んでいる可能性がある雪牙の生存を信じ、黒主は黒刀をトサ・セブンソードの背中に突き刺そうとする。鋭利な切っ先が白い装甲を貫き、黒主の表情が固まる。
「二秒待って会桑が右腕と足で私を押さえ込んでいれば背中を串刺しに出来たかもな。相変わらずの連携の無さだ」
背中のバックパックから伸びる隠し腕が黒刀をギリギリで弾き、肩口を多少貫いただけだった。こうまでしても一撃加えられない相手の力量とは何なのか? という疑問もわく前に自身の内側に黒い淀みを感じる。異常な冷たさのそれは、今までに接した人間の感情だった。
(冷たい……今まで味わってきた他人からの冷たい感情の塊……この冷たさを奴にも味あわせてやる……)
真っ黒な目になる黒主は目の前に迫る六本の剣に何の不安も恐怖も感じない。
夜天光は今、次の段階に成長する。
異常な冷気が空間に広まり、周囲の温度が一気に下がり吐く息が白くなる。
背中には闇夜を纏うようなブラックマンテルが出現し、同時に六本の剣の動きが止まる。
いや、正確には凍り付いていた。
潮田海荷のトサ・セブンソードは氷柱になっている。
「凍りついた? いや、周囲の空間すらも? Nリングの進化が始まったか……。そしてお前はジパングから飛び出そうとする翼を得た……」
プクーとオレンジのマルカワガムを膨らませる潮田は狂乱の笑みを浮かべる。トサ・セブンソードの機体自体も完全に氷つき、動きが止まる。白い吐息を吐く黒主は顔を上げ呟く。
「氷麗深紅祭」
紅い氷の祭りともいえる空間を凍て付いた冷気で包み込み、対象の全てを氷柱にする荒技は空間の刻を止めた。夜天光は紅い冷気を全身から放ち暴走状態にある。事の全てを見届けた雪牙は、腹部に刺さる海蛇剣を抜き、先に見える黒い機体を見据える。
「ミストジャマーを両肩のパワーアンプに取り込んでの大技か……これなら勝ったな」
額から流れる血は青く、破壊された装甲で傷つく身体の痛みを感じた。具現化すら保てなくなってきている黒主は夜天光の進化についていけないのか、もがき苦しみただ紅い冷気を舞い上げている。瞬間、右隣の海蛇剣がにゅるり……と宿主に戻る。
「……! あの氷柱の内部でまだ生きているのか。化け物め……化け……物」
両手に染まる血は真っ赤に染まっているはずは無く、青い。
もし自分がある時、血が青くなれば発狂し自殺するのか、それともただ黙って孤独に耐え生きて行くのか、世界に交わり化け物の面に更なる仮面をつけ生きるのか――?
雪牙は未だ答えなど出せずただ呆然とする。
こうなった理由が自分自身も解っているからである。
バリイイインッ……! と氷麗深紅祭を内部から破壊し出て来るトサ・セブンソードは細かいダメージはあるが機体稼動に影響を及ぼすほどではなかった。
「俺は……俺は……」
雪牙はただ白い七本腕のリングナイツを見つめる。意識を失う黒主は暴走する夜天光の闇を制御出来ずに周囲に黒い風を巻き起こさせた。雪牙の視線にある七本の剣は迷い無く動いた。
(欲があのNリングから自分の信念を具現化させる……だけど俺にはそこまでの欲が薄れてしまっている……)
この一月で周囲の味方の信用を得ようとするあまり本来の尖った性格が薄れてしまっている雪牙は瞳を閉じた。ここまでやったなら十分じゃないかという考えが頭を支配し、微笑みながらゆっくり息を吐く。最後の思考が脳裏を走る。
(潮田が母なら……悪くないか)
「諦めるんじゃねーって言ったはずだーーーーっ!」
怒声と共に突如現れた藤原の大破寸前のトサが潮田に仕掛ける。
「!?」
不意をつかれた潮田は機体を回転させるが一瞬遅く、投げられたヒートソードを弾く隙を突かれタックルをくらい両機は壁に激突する。軋む機体の咆哮が、互いの激情を吐き出させる。
「副支部長! これがあんたのしたかった事か!? あんたの大義はユナイトの未来じゃなく本当にダイオクの未来にあるよーだな!」
「藤原……か。そう、これが私の大義だ。私にとっての異世界であるこの世界では、家康ではなく私が最強であらねばならんのだ」
「へへっ……あんたの誠の大義、聞けて良かったぜ……」
「安らかに眠れ藤原。君の名は我が魂に刻む」
「あんがとよ……だが、今の隊長は会桑だ。私は奴に従う」
かつての部下との決別をした潮田は海蛇剣を死角から走らせた。瞬間、藤原のトサが急速に発光する。 ピキピキッと全身の装甲ににヒビが入って行き――。
「? 藤原、お前この為に会話を――」
「ヘヘッ、地獄で会おうぜ大佐」
その藤原の言葉と共にトサは潮田のセブンソードを巻き込んで自爆した。
※
倒壊したジャスティスタワーの粉塵が風に流され、タワーの近くに停まる一台の軍の乗用車に乗る白衣姿の女は、肩に猫を乗せ膝の上にあるタブレットパソコンを見つめている。女は猫がうっとおしくなったように投げ捨て、モニターに額をこすりつけながら凝視する。
「……地下の機体の反応が消えた? まさか雪牙の新しい力が芽生えたか、黒主が真の力に目覚めたか……。こんな所で潮田が死ぬとも思えないわ。これは私自身の目で事の結末を見に行くしかないみたいね……黒主だけは死なせるわけには」
友軍と敵軍のリングレーダーが一切の反応を示す事が無くなり、地下での戦闘の行方がわからなくなった猫神はタブレットパソコンをシャットダウンし、ジャスティスタワーの近くに停めていた軍の乗用車から瓦礫の山と化すタワー方面に向かって駆けた。
猫を肩に乗せるのも忘れ、新しいデータが手に入る欲望を抑え切れないように青い瞳を輝かせる。粉塵を纏う風で痛んだ白髪が舞い上がりおでこが露になる。その白髪の生え際は白色の色素で構成されており、このジパングの人間の本来の髪色である黒髪の要素は見当たらない。
「……」
猫神は地下の闇に向かい駆けた。黒主は死なせない――という思いで駆けた。




