青い血
「会桑? しっかりしろ会桑!」
ぐらぐらっと身体を揺らされ雪牙は起こされる。
周囲には戦闘の後の残骸が地面に散っていて、援護に現れた三機の傷ついたトサが止まっていた。
装備を解除した一人のリングナイツが雪牙を起こし、他の二人は周囲の状況の確認と少し離れた場所の壁にあるボックスを開き直接回線で支部に連絡をしていた。
全身に痛みを感じつつ、雪牙は目を覚ます。
「流石は不死身の会桑。生きていて何よりよ」
「……あの金色祭は?」
「撤退した。他の連中も全員無事だ。お前はあの金色や炎姫などにやけに縁があるな。敵のオイルだか知らんが拭いておけ。肌に悪いわよ」
そうだな……と思いながら少女のハンカチを受け取り先の戦闘を思い出した。
そして、ハンカチに付着する液体を見た。
それを見て停止する雪牙に疑問を感じる仲間のリングナイツはその青いオイルが何であるのかが想像できた。ズッ……と後ずさり、まるで化け物を見るような声で言う。
「会桑……お前の不死身の理由は――」
瞬間、一発の銃声が地下道に響く。
その銃声を聞いたパイロット二人は銃を出し駆け寄って来る。
地下道の左右に銃を構えつつ、死んだパイロットの顔を見た。
「まだ敵がいたとはな。会桑、エアブレードは壊れてないはずだ。ここは撤退する……会桑?」
「小嶋、こいつの血……青いわ。この硝煙の匂いからして渡辺を殺したのは……」
その瞬間、銃声が響き小嶋が倒れる。深淵の闇を体現するような闇色の瞳がギラリと動いた。そして、もう一発の銃声が響く。ボトリ……と銃を捨て三人の死体の傍で青い血を拭き取り叫ぶ。
「……俺じゃ無い! 殺したのはこの青い血のせいだ……!」
自分の身体に流れる青い血を見られた焦りのあまり仲間を殺してしまった罪に苛まれるように混乱は続く。すると、全ての味方がロストした事により、別の通路を探索してた黒主のトサが駆けつける。多少の戦闘をしていたらしく機体にダメージがあった。雪牙を発見した黒主はリングナイツを解除し駆け寄る。
「大丈夫か雪牙?」
血のついたハンカチをポケットに押し込み、
「すまん……逃げられた」
「そうか。犠牲者は三人……か」
周囲を見渡す黒主は、敵のリングナイツの攻撃ではなく拳銃によって殺害された三人のパイロットを見た。息を飲み、近くに転がる銃を拾う。それは雪牙の銃である。
(まさか……な。だが、この状況はおかしいと言わざるを得ない。あの額に残る青い液体は血だろう。機体が大破していて怪我をしないはずが無い。不死身の会桑……その正体は化け物の可能性があるな。猫神が何か知っているはずだ……)
銃を渡し、その青い両目を見据えた。
青き眼はここに生存者はいなかったと言わんばかりに黒主に訴えた。
死の香りしかしない雪牙を、黒主はいつか殺さなければならないと感じながら腰の銃を抜くのを今は止めた。
※
「……この天井はユナイトの医務室。猫神か?」
ふと、目を覚ました雪牙は包帯だらけの身体ゆっくりと動かし、起き上がる。
腕には点滴がされており、近くに人の気配がある。
黒主の詳細なフィジカルデータが映るパソコンの画面を見つめている女は白衣を着ていた。
一匹の猫が背中に乗る猫神は振り返り、雪牙を見る。
「ナハハッ! まだ起き上がらない方がいいわ。背中の火傷は普通なら死んでるわよ。貴方だから生きていただけ。不死身の会桑だからね」
「そうか……」
再び雪牙は頭を枕に埋め白い天井を見つめる。
そして嫌な夢を見ていていたらしく精神安定剤を飲まされた。
すると、全身の痛みが地下通行道にての激闘を思い出させた。
(俺はハイパー化のたびにおかしな蒼い炎が出ていた……あの炎がこの青い血に関係してるのか……)
自分の左手を見つめる雪牙に猫神は言う。
「貴方が戦った金色祭ちゃんはまた現れたけど、黒主が獅子奮迅の働きをして退けたわ。ダイオク首領・冥地は泉によって奪還された以上、決戦は近いでしょうね……あの男も若くないし」
猫神の話によると、冥地のフィジカルデータを見ると寿命は限界に達していてもう何年も生きられる状態ではないらしい。支援者からの差し入れののり塩ポテチに毒を混ぜていた故にすぐにはリングナイツを扱えない体力にしてある。つまり、近日中に相手を見つけ出し処分しなければ冥地功周率いるダイオクとの全面戦争になる可能性がある。
今までユナイトに売りつけたリングナイツの量産機・トサなどの戦略技術などでユナイトが冥地家に対して支払っていない技術の代価などの問題がとうとう沸騰し、三ヶ月前に冥地を筆頭とするダイオクが暴発したが鎮圧され冥地は投獄された。
冥地も自分の家にはすでに居場所は無く、高齢の為にいつまでもダイオクでの首領も勤められない故に最後に大きな足掻きをするのではないか? という不安がセントラルにはある。先に現れた謎の金色祭も冥地家の新型という噂もあり、本部支部は史上最大の危機を迎えていた。大きく息を吐き、雪牙はまた天井を見上げる。
「……炎姫に金色祭……それに冥地の地恒庵が同時に攻撃に出られたらセントラルだけの戦力じゃ沈むかもしれない。あの泉のパワーは凄い……このジパングを出るとか戯言を言ってるが、奴の底力はあの異常な自由への気持ちなのか……」
「おそらく奴は爆発を自身のエネルギーに変えたのよ。明らかにプリズンで暴れた時はパワーが上がってたからね」
「そうか……昨日の事件におけるプリズンの被害状況は把握できたのか?」
「黒主が炎姫と地恒庵が撤退しながら攻撃する被害を食い止めなければ、プリズンは崩壊していた危険性もあったわ。こっちも確実にリングナイツが減ってるからどっかに負担が出始めてる」
「奴等が決起する前にに奴等を始末する……やってやるさ」
まだ力の入りが弱い右手で強くシーツを握りしめる。
黒主の戦功に焦りを感じる雪牙は黒主の姿は自分が目指すべき存在そのものだという事に気がついた。
(……あれは俺の理想。いや、俺はあんな……あんな男なんかに……)
リーダーである黒主に自分自身を重ねる雪牙は意識の渦に呑み込まれる。
ふと、意識の中で肩を叩かれ雪牙は振り返る。
(!)
闇の中からぬうっと現れたそこには雪牙と瓜二つの顔があった。
逃げるように後方に飛び下がると、その人物は語りかけてくる。
声は聞こえないがその人物は、黒主部隊のリーダー黒主京星だった。
よく見ると、身長や体格だけで無く顔の造形も似ていた事に雪牙は愕然とした。
何故か自分の顔に変化する黒主に恐怖を覚えた。
相変わらず黒主の声は聞こえない。
しかし、深淵の闇のような瞳を爛々と輝かせゆっくりと確実に近づいて来る。
それはリングに見入られた自分そのものであり、我欲に溺れた怪物だった。
怪物が迫る闇の中をひたすら逃げてもまるで距離は縮まらず、逆に距離は近づく。
まるで生気の無い指先が伸び、雪牙の顔に絡み付く。
やがて背後に回る怪物は両手で雪牙の顔を撫で始め――。
「どうしたの?」
「!? ……いや、問題無い」
ハッ! とした顔で意識の闇から目覚めた雪牙は目の前の猫神を見た。
微かに香る猫神の甘い匂いが雪牙の意識を目覚めさせ、体内の精神安定剤も効果が出て来ている。
「ナハハッ! ピザを食べて早く全快にしなさい。アンタ達は両方揃ってなんぼよ」
すると部屋のインターホンが鳴り、マッハピザのピーコがピザの配達に来た。
金髪ショートカットの髪をが揺らめき、フリーダムピザを差し出し去った。
生地の上に乗るのはエビ、アボガド、味噌煮込みうどん、カツ、芋羊羹といったごちゃまぜピザであった。迷い無く手を出しうどんをすするように食べる。
その雪牙を白髪をかきあげ見据える猫神は思う。
(いい感じに潮田の弟子である二人はお互いを意識し出した。迷いや矛盾はいい意味でも悪い意味でも大きな力を生む。これからが正念場ね)
無言のまま口を動かす雪牙は痛む心臓に吐き気がする。
口の中で解体されるピザの耳にアップルパイが仕込まれており、雪牙の迷いを拡げるように甘味と酸味が口内で拡散した。




