サイハテノマチ
現在地:【エーデ国】城下町〈サイハテ〉
パーティー:セリ、シアン、マコ、アスカ、ライト
「ほぇ~……」
マコが感嘆したような声を漏らす。無理もない、と僕は思った。城下町はアルノの村とは比べるのもおこがましいほど違って賑やかな正に都会だったからである。特に初めて来たというマコには感動が大きいに違いない。
「見て見て!こんなに大きい建物がたくさん……」
「……コイツが城の前なんかに行ったら倒れるんじゃないかしら」
無感情の中に心配を少し含ませたような顔でアスカは言う。
「そんなにスゴいか?俺にはよくわかんねぇ」
「ライトは自分の生まれたところだからそんなことが言えるんだよ!」
「まあ、確かにアルノとサイハテを比べれば違いは歴然だからな……」
「思ってたんだけど……何でサイハテって言うの?世界の果ては反対側でしょ?」
「ここ……エーデ国は世界の果ての反対側にあると言われている。それは知ってるな?」
「うん」
「ある意味ここも世界の果てだということだ。そこの城下町だからサイハテ」
「う~ん……よくわかんないけど、結局はエーデも世界の果てだからってことでいいのかな?」
「そういうことだ」
町は賑やかで、あちこちからざわめき声が聞こえてくる。こちらをチラリと見やって来る者も。僕たちはもうとっくに噂の集団として定着しているのだろう。
「さて、これからの行動予定だが……。とりあえず城に行って王に挨拶と門〈ゲート〉の許可をいただこうと思う」
「門〈ゲート〉?」
「国境と国境を繋ぐ門のこと。国によっては許可が必要だけど、エーデとトゥルー間なら必要なしなんじゃ?」
「アスカの言う通りなんだが一応、な。そのあとは1日自由行動にしようと思っているんだがどうだろう?セリは武器を直してもらわないといけないだろうし、マコは色々観光したいだろう?」
「うん!」
マコは目を輝かせて、首をぶんぶんと縦に振る。
「な~んか……お前よりシアンの方がよっぽどリーダーじゃね?」
「なっ?!」
「まあ、シアンの方が元来しっかりしてそうだし」
「アスカまで……」
「2人共!アスカだって頑張ってるんだからそんなこと言っちゃダメでしょ!」
「マコ……!」
もはや僕を庇ってくれるマコが聖母にさえ見えてくる。シアンはそんな僕らを見て呆れてため息を吐く。
「でも、いくら自由行動って言っても何人かでまとまっといた方がいいかもね?」
「確かに……」
「とりあえずみんな何がしたいの?」
「私は観光!」
「特になし」
「俺も。実家に帰る気なんてさらさらねーし」
「私は城に少し残ろうと思っている」
「で、僕は武器の修理か……。どう分けよう?」
「私とライトとセリ、シアンとアスカでどうかな?」
提案してきたのはこういう場ではめったに発言しないマコだった。みんな意外そうにマコを見る。アスカだけはめんどくさそうな顔をしていたが。マコには原因がわからないらしく、どうしたの?と言いたげにキョロキョロみんなの顔を見やる。
「何で私が城なの?」
「だって、アスカ特になしって言ったし……この方がいい気がするの!」
もしセリとライトが喧嘩しても私がなんとかするから任せて!そう言ってマコが笑えば、反論する者はもう居なかった。
何はともあれ、まず先に行くべきは城だ。城門で兵に止められないか心配だったが、シアンのお陰で何事もなく入ることができた。中に入って華やかな景色にマコがひたすら感嘆の声をあげている。女の子ってこういうのが憧れらしいし嬉しいんじゃないだろうか。長い階段を上っていけば、つい最近会ったばかりの王が玉座に座っていた。僕たちは前に跪く。
「そんな堅苦しいことをするな。ものを頼んでいるのはこちらだからな」
僕らはあっさり跪くのを止めて、普通に立って王と対面した。
「トゥルーに向かう途中こちらを通りましたので訪問させていただきました」
「話は噂で聞いてるぞ。こやつ等が新しい仲間か?」
「ま、マコです!」
「アスカです」
「ライト……です」
「ふむ……」
王は顎に手をやると3人の顔をまじまじと見つめ、やがて僕に向かってニヤリと笑い、
「『闇猫』……お前面白い奴等を仲間にしたな」
「そう言っていただけて光栄です」
「『闇猫』に『神騎士』、『無音の魔女』に『暴君』、そして……『強運者』と言ったところか」
『闇猫』と『暴君』は聞いたことがあるけど、他のものは聞いたことがないものだった。まあ、大体わかるけど。
「で、今回は私にどんな用だ?」
「シアンに一応と言われまして。王にエーデとトゥルー間のゲートを渡る許可をいただきたいのです」
「なんだ、そんなことか。わかった、あそこは自由に通れるしシアンもいるから大丈夫だと思うが、念のため兵士に伝えておこう」
「ありがとうございます」
「これからお前たちはどうするんだ?すぐに旅立つのか?」
「いえ。今日一杯はここに留まるつもりです」
「なら、ここに泊まっていくといい。部屋ならあるし気兼ねすることはない」
どうしたらいいか迷って僕はシアンを見る。シアンは微笑してこくんとうなずいたので、
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
と、答えた。
現在。私たちは2つのグループに分かれ、私はアスカに付き合ってもらっていた。
「悪いな、わざわざ付き合ってもらって」
「別に……どうせ暇だし」
アスカは視線を逸らしてそう言うが、マコいわく視線を逸らしている時は照れているか恥ずかしがっている時らしいので、なんだか微笑ましくなった。
「それにしても『無音の魔女』か……。『略無詠唱のスペシャリスト』よりよほど言いやすいな」
「まあ、詐欺だけどね。何でもかんでも無詠唱でいけるワケないのにあんなあだ名を……」
アスカはそう言うが、あれだけ魔法を無詠唱で繰り出せていたらすでに無音と呼ぶに相応しい実力は持ち合わせているだろう。
「で、これはどこに向かってるの?」
相変わらず水晶の上に乗ってふわふわ浮きながら移動しているアスカが訪ねてくる。
「将軍の部屋だ。王に聞くと今日は書類整理をしているからそこにいると言われてな」
「将軍?仲間にするつもり?」
「いや、そんな気はない。ただ……せっかく帰ってきたんだし会おうと思って」
私を育ててくれた人だからな。
そう言うとアスカは目を丸くした。
シアンが剣が上手いのは例え素人の私であっても短い旅の中で話を聞いたり剣を振るっている姿を見ればわかることだった。才能があったんだな、と思っていたが、なるほど。将軍が義父で剣を教えられていたならさらに納得できる。
目の前の重厚そうな木の扉をシアンがコン、コンとノックする。しばらくするとどうぞ、という男性の声が聞こえた。
「私も入っていいの?」
念のために聞けばシアンは笑って、
「いいに決まってるだろう。仲間なのに」
と、言われなぜか背中まで押されてしまう。ちょ、水晶から落ちたらどうしてくれるの?中に入ると鎧は着ていないが、がたいがでかいと一目でわかるシアンとは違って暗い茶の髪をしたまだ30代いってるかいってないかくらいの人が椅子に座っていた。
「お久しぶりです、将軍、いや……父上」
「おう、誰かと思ったらシアンか!隣は?」
「はじめまして、アスカです」
「そうか。もう聞いてるかもしれないが、俺はシアンの義父のセインだ。よろしくな」
手を出されて、戸惑いながらもおずおずと握手をする。
「まあ、立ち話もなんだからそこのソファーに座ってくれ」
私たちはソファーに座る。シアンが今までの旅を大まかに話すと、将軍……セインさんは感心したような視線をこちらに寄越した。なんだか照れくさくなって、無礼とは知りながらも視線を逸らす。
「そうか。アスカは魔法が……」
「はい。私もまだ会って日が浅いですが、彼女の魔法の才能は本物だと断言できます」
「ちょ、断言しないで。私は光の魔法は使えないんだから」
そうなのだ。結構色々な魔法を使える私だが、光魔法だけはまったく使えない。まあ、闇魔法と光魔法は完璧血統によるものだと魔学者が言っていたから別段おかしなことではないのだが。と、セインさんが考える素振りを見せた。
「ふぅん……」
「どうかしましたか、父上?」
「アスカ、出身は『廃都』か?」
廃都とは――正式名称を『古代都市スティール』と言い、ここからさらに東に行って仁国を越えたところにある昔栄えた都市だ。てか、私が生まれた時にはすでに滅んでいる。そんなところで生まれたかなんて愚問にもほどがある。礼儀をわきまえてないワケじゃないからそんなこと言わないけど。
「私が生まれた時にはすでに滅んでたんで……」
「違うと?」
「はい」
セインさんはまた何か考え始める。さっきと言い今と言い、この人は一体何を考えているのだろう。魔法を使えばわかる話なのだが、あんまりプライバシー侵害になるようなことはしないと自分自身で決めている。
「そうか……」
「父上、アスカとスティールに何の関係が?」
「いや、俺が考えすぎてたみたいだ。悪かったな、アスカ」
「いえ。でも、どうして私がスティール出身かと思ったんですか?」
「……それだけ魔法を使えるからな。もしかしたら、と思ったんだよ。まあ、気にすんな」
気にすんなとか言われると余計気になるんですけど……。まあ、しょうがない。話題を変えてやろう。ただし、さっきのやり返しを含めてやるけど。
「ところで、シアンってどういう経緯でセインさんと会ったの?」
シアンはギクッとしたが、セインさんはいたって涼しい顔だった。むしろ、よくぞ聞いてくれた!みたいな顔。セインさんを慌てさせるつもりだったのに見事失敗した私は少し落胆する。
「シアン、やっぱり言ってなかったのか?」
「い、言う必要はないと思ったので」
「話してもいいか?」
「……まあ、必死に隠すようなことではありませんから」
「そうか。……まあ、単純にシアンは俺が拾ったんだ。スティールに遠征に行った時に」
「スティール……?」
不思議だった。だってスティールと言えばすでに滅んだハズではなかったのか。
「スティールは滅んじゃいない。都市が機能しなくなっただけで、少数部族の中にはまだあそこに住んでいるヤツらもいる。俺がまだ騎士団長の頃、部族同士の衝突が激しすぎてこのままでは危ないとスティールの隣国から応援要請がきてな。俺たちはそこに向かった。だが行った時はもう遅くてな。たくさんの亡骸の中にまだ6歳くらいのシアンだけが防具は何もつけずに剣を持って俺に斬りかかって来たんだ」
「シアンって意外と攻撃的なのか……」
「む、昔の話だから気にしないでくれ」
シアンは顔を赤くして弁解する。おそらくシアンにとってこの思い出は黒歴史なのだろう。
「子どもにしてもスゴかった。中々使えるものがいない光魔法を使い、剣を巧みに操る。その時からコイツは部族の血を引き継いで、天武の才があった。……しかし、しょせん元々傷ついた子ども。俺が手加減して相手している内に力尽きて倒れちまった。普通、そういう子どもは近くの教会や孤児院に託すんだが……。俺は才能溢れた卵を手放すのが惜しくなってな。そのまま連れ帰って育てることにしたんだ」
「部族の血、って……。シアンは特別な部族なんですか?」
「俺も詳しいことは知らないけどな。特別も特別だ。――もしかしたら知らないだけで……」
「知らないだけで?」
「……今のことは聞かなかったことにしてくれ。わりぃな、確証のないことを話す趣味はないんだ。シアンの部族はな、――天使の血を引いていると言われてるんだ」
「天使?」
「そうだ。遥か昔、天使と人が結ばれて生まれた天使のハーフ、ソイツが祖先なんだと」
あくまで伝説だけどな、と言ったが納得できることだった。白い鎧が良く似合い、光魔法を使って人々を癒し、守るために剣を振る。天使と言われていても不満はない。
「父上、お喋りが過ぎます」
「ははは、これから嫌でも共に旅をする仲間だ。いずれバレるだろう?それにお前も止めなかったってことは納得してたんだろう?」
シアンは痛いところをつかれたような顔をする。……ここにもしマコがいたら気を遣えって言うわよね。
「シアン、積もる話でもあるでしょう?私、色々探索してくる」
図書館くらいなら行っても問題ないですよね?と聞くと、
「ああ。普段ほとんど誰も利用しないし本も喜ぶだろう」
と、言って快く承諾してくれ、ついでに図書館までのルートを教えてくれた。私は再び水晶に乗る。
「じゃあ、いってきまーす」
「気を付けてな。困った時は私か父上の名前を出せばいい」
それ、セリたちに言った方がよかったんじゃないの?と思いつつ、私は図書館に向かった。その時にはもうセインさんが変な質問をしてきたことなんて忘れていた。
「……父上」
「何だ?」
「何で、アスカに嘘を吐いたのですか?」
そう言うと、父上は肩をすくめて苦笑した。
「お前は全部本当のことを言ってほしかったのか?」
「だってあそこまで言って……。本当は内部戦争なんかで滅んでいない、いや、滅びやしない。あれは……」
「シアン」
いつもとは違う鋭い声に、私は思わず背筋をピンとさせる。
「残念ながら、俺はお前の義父だがそんなに甘くねぇ。……そんだけ言いたいなら自分で言うってこった」
「……わかりました」
「それにしても……。シアン、お前以外に光魔法を使えるヤツはいるのか?」
「いえ。アスカもさっき言ってた通り使えませんし、セリも『闇猫』と呼ばれるだけあって闇系統。マコとライトは元々才能がないみたいです」
「そうか……」
父上は苦い顔をする。……一体この人は何を危惧しているのだろう?
「父上、メンバーに何か……」
「さっきのアスカ……だったか?本人は何でか知らねぇみたいだが、絶対生まれはスティールだ」
「何で、そんなこと……」
「見てりゃあわかる。――傭兵にはスティール出身のヤツやその血を引いてるヤツがわんさかいる。お前もその内わかってくるさ」
「アスカの何がダメだと言うのですか?彼女は心強い仲間です」
「ダメとは言ってねぇよ。面白いと思っただけさ」
――『天使』とその反対のものが一緒にいるなんてな。
その時、私は父上の言葉がよくわからなかった。
僕たちは城を後にして、華やかな城下町に戻って来た。
「さて、まずは鍛冶屋に行かないとね~?」
わざとらしく、皮肉っぽく言うが相変わらずライトは反省する気がないのかスルーだ。ったく、人の武器壊しといて……。
「か、鍛冶屋ってどこにあるんだろう?」
今歩いているのはマーケットみたいなところで、売っているのは食品ばかりであり、少なくともここら辺に鍛冶屋はなさそうだ。
「もしかしたら少し路地裏に入ったところなのかも……」
「ライトはどこにあるのかわかる?」
相変わらず裏表のない笑顔でマコが問いかける。ライトもさすがにマコは邪険に扱うことができないらしい。ため息を1つ吐くと、
「……うろ覚えだから1発でたどり着けるかはわかんねーぞ」
「それでもいいよ!ねぇ、セリ?」
「まあ、とりあえずこれが直せたら……」
と、3人で会話していると、
「あれー、ライトじゃん!」
「うげっ……」
その人物を見てライトが一気に顔をしかめる。どうやら女性らしく、こちらに駆けてきた。濃い色の肌と白い髪のショートヘアは誰かさんにそっくりだ。
「イルミスに修行しに行った癖に尻尾巻いて帰ってきたんだ?」
「あの、あなたは……?」
「ああ、ごめんなさい。私はリィ。ライトの姉で~す」
それはある意味僕らの予想通りの答えで、僕もマコも大して驚かなかった。ライトはばつの悪そうに視線を逸らしていたが。
「はじめまして、セリです。今ライトと旅をしています」
「ま、マコです。同じく旅をしています」
「ライト、アンタ女の子を2人も……」
「だからちげーって!」
ふと、妙案を思い付いた。ライトの頼りない記憶で行くより、リィさんに聞いて鍛冶屋に行った方が確実ではないのか。
「すいません、リィさん。いきなりなんですが、ここら辺で武器修理とかやってる鍛冶屋知ってます?」
「知ってるも何も……ライト、アンタ話してないの?」
「別に鍛冶屋なんてどこでも一緒だろ」
「またコイツは……ごめんね~、この弟のせいで長い道のり歩かせてたかもしれないけど、ちゃんと私が案内するから」
「どういうことですか?」
「1番近い鍛冶屋に案内してあげるってこと」
『もっとも、私たちの実家だけどね』
聞かされた事実に僕とマコは目を丸くした。
リィさんに案内されて私とセリ、そしてライトはレンガ造りの、エーデ国ではいたって普通の民家にたどり着いた。家の前にある看板がここが鍛冶屋であることを示している。ライトの両親は実は鍛冶屋で、ことの事情を話すと、すぐに直すために作業を始めてくれた。私はリィさんの淹れてくれたお茶を飲む。葉が違うのか、風味が違って不思議な味がする。
「それにしても何で家が鍛冶屋だって行ってくれなかったのさ?こっちの方が明らか近かったじゃん」
「女連れて実家に帰ったりなんかしたら変な誤解されるかもしれないだろ」
「嘘ばっかり!セリちゃんコイツね、『世界一最強になる!』つって出ていったの。だからまさか女に負けたなんて……ねぇ?」
「うっせぇなぁ!」
「あぁ?!ライト、アンタお姉様に向かってどういう口の聞き方よ!?」
一触即発……と言うよりはすでに始まってしまっているケンカに私は慌てるしかない。私も弟はいるけど年が離れていてケンカなんてしたことがないから、これを止める術など知らない。セリはと言えば面白そうに見てるし。もう、そんな呑気にしてていいの!?慌てに慌てきった私はとりあえず、
「あ、あのっ!リィさんもライトもケンカは良くないと思います!」
そう言えば、みんながキョトンとして顔を見合わせた後、笑った。何よ、私が変なことしたって言うの?むくれる私にリィさんが苦笑して頭を撫でてくる。ライトの頭もこうして撫でていたのだろうか。
「ごめんごめん。ただの冗談みたいなケンカのつもりだったんだけど……マコちゃんには誤解させちゃったかな?」
「え、いや、変に勘違いしちゃった私も悪いですから……」
「マコは弟と年離れててケンカなんてしないもんね~」
「お前は兄弟いるのかよ?」
「いや、僕はいないけどケンカ慣れしてるから……」
そう言ってセリは苦笑する。でも、セリのケンカはいつも自分のためじゃなく誰かのためだ。いじめっ子が誰かをいじめているのを見つけて止めようとし、向こうが先に手を出すからケンカに発展する。そんなケンカしかしたことがないことを少なくとも私は理解しているつもりだった。だが、ライトはまだ会ってから日が浅い。そんなことを知るはずもなく、
「どうせお前のことだから毎日ケンカばっかしてたんだろ?」
「それはアンタじゃないの」
「はぁ?!」
「毎日刃物持ったゴロツキを自分は怪我1つ負わずに片っ端から倒していって、仕舞いには『暴君』なんてあだ名がついたのはどこの誰なんでしょうね~?」
「うぐっ……」
ライトが口をつぐむ。図星だったのか。『暴君』ってイルミスでついたものだと思ってたけど違うんだな、と思った。それにしても刃物を持っている相手に、ライトのことだから素手で、怪我無しに倒しちゃうなんて……セリには負けちゃって、それ以来ライトの戦うところは見てないけど、ライトも相当スゴいのかもしれない。みんな強いと知ると、こんなパーティーに戦えない私がいていいのかと少し不安になってしまう。と、
「そう言えばマコちゃん、その腰に差してる飴は何なの?」
「これですか?」
私は腰に差していた、普通のよりも何倍も大きい棒つきキャンディーを取った。……もちろん本物ではない。
「昔、誕生日プレゼントで両親からもらったんです。ただのサンプルですよ」
「ただのサンプルならいいけどね……その飴超かったいから。絶対何かの超合金でできてるから」
頭についてる猫耳までげんなりさせながらセリは言う。キャンディーで人を叩くのはその人が悪いことをした時だけだけど、そう言えばセリは昔店のお菓子をつまみ食いしようとしたから1回成敗したことがあるような気もする。
「ちょっと見せてもらってもいいかな?」
「構いませんよ」
私はリィさんにキャンディーを渡す。別に特にスゴいものとかじゃないと思うんだけど。家だって貧乏ではないとは言え、裕福でもないんだし。
「ふぅ~ん……。これ、面白いね」
「何がですか?」
「私はこのバカ弟と違って家業は継ぐつもりで今は修業してるんだけど……こんな金属見たことないよ。多分遠い異国のものだと思う。大切にしてやりな?」
「は、はい!」
私にはこれの価値なんて両親からもらった誕生日プレゼント以外にはなかったけど、これからも大事にしておけば良いということは理解した。
「へ~、それってそんなスゴいものだったんだ。確かに金属にしてはかなり軽いし変わってるかもね」
「てか、まずキャンディーのサンプルが普通金属で作られたりしないだろ」
もっともなライトのツッコミに私もセリもそう言えば……なんて思ってしまう。
「でも、羨ましいな~」
「何言ってんの。アンタの鉄球も大概よ。女なのによくあんなの振り回せるわね」
「まあ、魔物退治が仕事なんで人1倍力はあると思いますよ!」
胸を張るセリを見て、私は笑みをこぼす。いつもセリは魔物を倒して人を守れる自分の力が誇りだと言っていた。その仕事が中断された今でも変わらないのだろう。
「女の子で魔物退治?ライトも大概だけどさぁ、アンタも相当変わってるね?」
「こ、コイツと僕を一緒にしないでください!」
「俺こそ一緒にされたかねーよ!」
あーあ、またケンカだ……なんて思っていたら。
「ライト、お前は……前々から諦めてるがもうちょっと大人しくできないのか?」
「お待たせしちゃってごめんなさいね、修理が終わったわ」
来たのはライトのお父さんとお母さんだった。ライトにお姉さんがいるし、2人共結構な年だと思うのだが、そんなこと微塵も感じさせない若さだ。と、ライトのお母さんは鉄球を革袋のようなものに入れてセリに手渡した。紐がついてて肩にかけられる仕様になっており、取手だけがぴょこんと飛び出している。セリは首を傾けて、
「これは?」
「見たところずっと手に持って旅をして来たんでしょう?今はよくてもこれからの長旅じゃあ疲れて来ちゃうわよ。それ、使いなさい。取手を引っ張ったらすぐ出てくるようになっている優れものよ」
「あ、ありがとうございます!」
思いがけないプレゼントにセリは頬を緩ませる。
「それと、ライト」
「な、なんだよ……」
ライトは両親から視線を逸らす。家を飛び出してきて帰ってきたも同然だから後ろめたい思いがあっても当然だろう。
「まったくお前は……」
「まあまあ、あなた。ライトを叱るために名前を呼んだんじゃないでしょう?」
「そうだが……まあ、いい。これだ」
そう言ってライトのお父さんは何かを放った。ライトがそれをキャッチし、手を開けてみると――――そこにはライトの手にぴったりそうな光沢を放つ手甲があった。
「母さん、父さん……?」
「お前が最強になると言って旅に出ることを止めやしない。どれだけ強いかなんて普段の日常から実証されているようなものだしな」
「もう、そんな回りくどい言い方はダメよ。ライト、私たちはあなたが普通の人とケンカしたくらいで怪我をするほど柔じゃないって知ってる。口には出さないけどお姉ちゃんもね。でも、世界には色んな人がいる。どうしても素手で敵わないものが出てきたら……それを使いなさい。きっと力になってくれるわ」
ライトは視線を下に向ける。しばらくするとカチッと何かがはまる音がし、見てみれば手甲をはめたライトの姿がそこにあった。
「ありがとう。……まあ、こんなの無くったって俺は最強だけどな!」
「そんなこと言って女子に負けたのは……」
「うっせーな!これ使えば……」
「ライト、母さんが言っただろ。いざという時にだけだって。素手だからまだマシだったけど、それをつけてしまえばお前は城なんか簡単にぶっ飛ばすんだから」
そう言って、ライトのお父さんはライトの頭を撫でた。ライトは子ども扱いすんなって怒ってたけど、なんだか幸せそうな顔をしていた。それにしてもあれをはめただけで城を壊せるかもしれないなんて……ライトの力が凄まじいのか、はたまた手甲が強力なのか。おそらくどちらもだという答えはあながち間違いではないと思う。
「セリさん、マコさん。こんな息子ですがこれからもよろしくしてやってください」
「もちろんです!」
「はい!」
私とセリは笑って元気良くうなずいた。
「……そうか、そっちはそんなことがあったのか」
夕食。城の普通は兵士が使う食堂に集まった僕らは、それぞれあったことを報告した。
「この……肉うめぇ、なっ!」
「食べながら喋るの止めて。行儀悪い……」
「それにしてもライトがリィさんの弟だったとはな。会ったことがないから知らなかった」
「?シアンは鍛冶屋のこと知ってたの?」
「ああ。あそこは城の騎士御用達で中々有名なんだ」
「へ~。そんなところで武器修理してもらえてよかったね!」
「たしっ、かにっ!」
「アンタらがっつきすぎ……」
アスカはため息を吐く。いいじゃん、こんな美味しいご飯食べられる機会なんて滅多にないんだしさ。シアンは苦笑いをし、
「まあ、明日から異国だ。確かな食糧が確保できる保証もない。今日くらいはたくさん食べてもいいだろう」
「ようやく私の出番が来るかな!?」
マコがわくわくしたように言う。そう言えば自分が役に立てないことずっと気にしてそうだったな。まだ1週間も経ってないし、僕が無理矢理引き込んだようなものだから気にすることなんてないのに。
「トゥルー連邦は連邦とあるだけに色々な国が同盟を結んで1つの国になっているようなものだ。所詮バラバラの国だから少し地域が変わったところで雰囲気がガラリと変わるところもあるぞ」
「そういうのって、どこが権力が強いとかあるの?」
「噂だが……イデア公国という国が今のところトゥルーで1番発言権を持つという」
「イデア……聞いたことあるよ。お客さんが言ってた。元は潰れかけの小国だったんだけど、イデア財閥が道楽ついでに買って、そしたら財閥の経済効果で豊かな国になったんだ~、って。名前もその時くらいからイデアに変わったんだって」
「なら……そこは通っといて損はないわね」
「よしっ、明日からも頑張るぞー!」
「「「「「おぉーっ!!」」」」」
みんな元気良く手を挙げた。よし、明日からは初めての異国だ!旅行に行く時の高揚感のようなものが僕の中に渦巻いていた。
あれ?おかしいな。さっきまでお城のふかふかなベッドで寝ていたハズなのに。いつの間にか見たことのないモノクロの世界に僕はいた。
「夢か……」
夢にしても随分奇妙だけど。僕は歩いて散策してみる。草原とところどころ気があるけど、やっぱりモノクロだった。晴れ渡っていそうな空でさえ、灰色のせいで曇天のようだ。
しばらくすると、向こうに人が見えた。こちらもまた、モノクロ。せっかくだから話しかけてみるか。
「すみませー……」
声は、続かなかった。意識が遠退いていく。振り返った人が僕を見て――。
『お前が世界の果てに来れるワケがない』
そう言った気がした。
「……リ!セリ!」
「…………ん?」
「まったく……早く起きろ。午前中に出発するって言ったのはお前だろ」
シアンが呆れ顔で言う。シアンがいるということは――夢から覚めてしまったみたいだ。それにしても変な夢だったな。
「どうしたんだ?」
「……ううん、何でもない!行こう?」
僕はシアンに笑いかけた。
「セリです。ゲートを開けてもらいたいんですが」
「王様から話は聞いています。どうぞお通りください、お気をつけて」
元々通行自由なエーデとトゥルーの間の門が重苦しいものであるハズもなく。僕たちはあっさりと異国への地を踏み出した。
「意外とあっさり行けたわね」
「まあな。これがすべての国に通じるなら問題無いんだが……」
「めんどくさ……」
「アスカはそればっかり!もっと楽しまないと!」
「異国のヤツ……もちろん強いんだろうな?!」
「そ、そんなの僕に聞かれても……」
やっぱり若干名テンションの上がっている人がいるようだ。もちろん、僕もだけど。
こうして僕らは舞台を新たな地へ進めていくのであった。
道程:【エーデ国】城下町〈サイハテ〉→エーデ城
(シアン・アスカ)→将軍職務室
(セリ・マコ・ライト)→城下町〈サイハテ〉→鍛冶屋【輝石】
→門〈ゲート〉→【トゥルー連邦】
パーティー:セリ、シアン、マコ、アスカ、ライト