プロローグ
女の子があれこれする学園コメディー作品ですが、物語の導入部とあって華がなければ笑いも絶無なので、そこはご了承ください。
警告タグ「残酷な描写あり」は念のため保険みたいなものなので、そう身構えないでやってください。
背向から差しこむ、窓ガラスを通しての陽光が鬱陶しい。携帯型ゲーム機の画面に反射し、主人公の操作すら満足にできないから鬱陶しい。うんざりして、無自覚に舌を打つ。背筋をぴんと張り、どうにかして自分の身体で光を遮ろうとした。
瞬間、その全身は飛び上がり、両膝を片袖机の抽出しに打ちつけた。
「いってえぇ」
事務デスクのうえに散乱していた、プリント類が舞い上がる。あたふたと電源を落としそれからやっと、紙袋を勢いよく丸めたような咳払いの主へと顔を向けたのだった。
「お、おはようございます」
上擦った声での挨拶に、会釈どころか身動ぎひとつせず「おはよう、宍乃先生」と返す“どくろべい”。宍乃が、それとなくゲーム機を足元のナップサックへ片すのを、彼は黙ってじいっと見詰めていた。――午前八時十分。職員室での風景である。
突き出た細長い顎、文字通り頭でっかちな頭部。そんな、影絵にすれば電球と見間違うであろう骨格を、皺くちゃになった表皮が被っている。禿げあがった、糸くずのような髪。落ち窪んだ双眸、立派な鷲鼻……。“どくろべい”こと首辺鈴士郎の容姿は何度見てもやはり、生徒間でこっそりと囁かれている愛称の通り、骸骨そのものであった。
朝一番に会話する人物がこれでは、条件反射で気が重くなる。畸形な外見を抜きにしても、どこか主任は堅苦しい。若葉に老君では気が合わなくて当たり前だ。ジェネレーションギャップの一種だろうか。宍乃は内心、溜め息をついた。
「それで、なにかご用でしたか」
首辺が我が校「私立北茜中学校」第二学年の教務主任である片や、宍乃は一介の体育教師。年も二回りは離れている。上司と先輩を兼備している間柄、下手に出るのもまた当たり前である。颯爽と立ち上がり、宍乃は穏やかな声色で訊ねた。
「もちろん。先生方に無用で話し掛けて巡るほど、私も暇ではないつもりですからな」
首辺は、ひょろりと長い背丈をもつ。百八十センチはくだらないだろう。
眉尻ひとつ動かさず、首辺はがらがらとした嗄れ声で答えた。姿勢は、両腕を背中に回して組んだ直立不動。高すぎる鼻をスンと鳴らし、宍乃を見下ろす。宍乃は密かに、人体模型にネクタイを巻いて背広を着せ、ポーズをとらせればこうなるんだろうなと他念した。
「あの、云っときますけど、いまプレイしてたゲームは私物じゃないですよ。隠れて遊んでた生徒捕まえて、俺が没収したもんです。ですから、これを取り上げられるのはちょっと……。俺の愛し子が泣きます」
「あ、いえいえ。その件ではないのです。先生の無法ぶりは半ば諦めてますから、いまさら問い質したりしません」
「はあ。――でしたら」
「転校生の件で、ひとつ忠告が」
顎髭を撫でる手を止め、宍乃は首を傾げた。しばし目線を泳がせ、思い出したように「あぁ」と呟いてから首辺に向き直る。
「転校生」――。
四月も下旬に突入しようかという本日をもって、突として学校への編入が決定した、いわゆる季節外れの、ドラマみたいに創作めいた、例の――。宍乃が担任を務める二年三組の、新しい仲間。いまだ詳細すら知らされていない、顔合わせも済ませていない謎だらけの生徒。そうだ、忘れるわけもない。今日は晴れがましい、二年三組三十人目となる新来がやってくる日……。
「転校生って、今日からウチに入学する予定の奴でしたよね。いまどき珍名な、あの」
新規名簿に更新されていたその名前が、いやに衝撃的だったのを宍乃は記憶していた。
「ええ、その通りです。で、そこで先生。……忠告では大袈裟でしたかな。ひとつ、宍乃先生には担当教諭としての心構えをと思いまして」
「は、はあ」
ぎょろりと剥いた目で再び首を傾げた宍乃をねめつけ、首辺は眉間に深い皺を一本寄せる。
「珍しいのは名前だけじゃなく、彼女の生い立ち、素性自体がそもそも特異なものなので。それに準じた、非常にくせのある言動が鼻につくことでしょう。そこで先生には、決して“彼女”を……言葉は悪いですが変わり者扱いせず、他の子となんら差異のない、普通の生徒として平等に接して欲しいと、そういった努力をしていただきたいのです」
「――はい」
「虐め、孤立……厄介ないよう、最善の配慮を常に重んじてください。ま、北茜に、悪さするような生徒は在籍していないでしょうが。くれぐれも、“彼女”を困らせないように」
話の後半から、念押しというよりむしろ叱るような戒めに置き換わっていたのは気のせいじゃないだろう。宍乃は、少し気圧されたように口を噤んだが、やがて合点がいったのか何度も頷いてから首辺に目を戻し、
「了解です。要はどんちゃん賑やかに、楽しくやれってことでしょう。任せてください」
力強く胸を叩き、親指を立てて見せた。
「楽しく……まあ、そうですね」
「これでもね、結構クラスの連中からは信頼されてるんですよ、俺。それに、俺もあいつらを信頼しています。その訳あり転校生も、あっという間に打ち解けさせてやりますとも。ご心配には及びません」
「頼もしい限りですな」
云って、まなじりの黒ずんだ両目を見開き、綺麗に生え揃った純白の前歯をかちかちと打ち鳴らす。その姿、骸骨そのもの。まさかこれで笑っているつもりなのだろうか、と宍乃の目つきは、信じ難い現象を目の当たりにした時のそれに変わる。
「ところで、その子とはもう、首辺先生は接触されたんですか」
予備知識が多いに越したことはない。宍乃は、どうせなら正体の掴めない生徒に関する情報を、最大限まで引き出してやろうとした。
「ええ。私に校長、教頭、関係者は既に。――いちおう」
「正確には、どこにどういったふうな特殊な癖があるのか教えてくれませんか。是非、参考にしたいんですけど」
「それは……」
「お教えください」
「……ええ」
歯をひっこめ、首辺は口籠る。これは珍しい、主任が云い淀むだなんて。少なくとも宍乃にとっては初めて目にする、彼の意外な反応だった。
「それは……そうだなあ、なんと表白したもんか。……ふうむ」
やおら歯軋りするように云って、首辺は伏し目がちになる。痩せ細った長い顎に手を添え、低く呻りつづけた。折も折――。
「先生……宍乃先生」
宍乃と首辺の許に歩み寄った女性職員が、呻る学年主任を避け、困惑顔で佇む体育教師をおずおずと呼んだ。そうして腕を差し出した先は部屋の扉付近で、幾人かの教職員が往来するなか、宍乃の眼は“その生徒”を捉える。
見覚えのない顔だ。それでいて、しかし気を惹かれる――。莫迦騒ぎしてるわけでもなく、“彼女”はただ静かに、おろしたてと思しき制服に身を包んで(……笑っている)、廊下で宍乃を待っているよう。――見覚えは、やはりない。が――。
扉に、彼女に近づくにつけ、宍乃の予感は確信に移ろった。彼女が何者なのか、自分にどんな用件があるのか、なんとなく理解したつもりだった。
「お初にお目にかかります。こんにちより、先生の許でご指導を受けさせていただきます、転入生のものです。多様な面において足を引っ張るとは思いますが、力の限り精進しますので、一年間よろしくお願いします」
予想通りの内容を含んだ台詞が、そして差し向った女子生徒の口からはきはきと述べられた。同時に、首辺が暗然と語っていた言葉の意味も――癖のある、変わり者――彼なりに、その恰好から、振舞いから、察知せざるを得なかったのである。
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