梅雨の日のこと
雨の日の教室が僕のお気に入りだった。
6月の梅雨の時期になると、雨の日が何日も続く。毎年その季節になると、放課後に誰もいない教室で一人きりで本を読む。
雨の音を聴きながら、ページを捲っていると、まるで自分1人の世界にいるようだった。
織部 茉奈と出会ったのは高校一年生の梅雨だった。
確か、7月の上旬でまだ梅雨前線が日本に居座っていた雨の日のことだったと思う。
僕は例年通り放課後の教室で本を読んでいた。ドアの方で物音がしたので、振り返ると赤い体操服の女子がいた。
彼女は振り返ると思わなかったのか、驚いた顔をして、僕を見た後、ニコリと微笑んだ。
「いつもいるよね?本好きなの?」
「は、はい」
知らない人だ、赤い体操服を着ているから2年生だろう。
運動部の人かな?いつも何人か廊下を走っているから、そのうちの一人だろう。でも、なんで教室に入ってきたんだ?
「ええと、特に何かあるわけじゃないんだけど、邪魔しちゃった?ごめんね。どんな本をよんでるのかなって思ったんだ〜」
そう言って彼女は本の表紙を覗き込んだ、
「睡眠欲?なんでこんな本を読んでるの?」
「今日は夜更かししてしまったので、眠いからです。」
「・・・どんな内容なの?」
「夜更かしして、眠いまま学校へ来て、授業中寝るという話です。」
「面白いの?それ」
「それが、全くおもしろくないんです。選択ミスでしたね。先輩は部活動の最中ですか?」
「・・・君は変わってるね。違うよー、私は君と同じ帰宅部だよー
「なぜ、走ってるんですか?」
「青春といえばランニングだと思わない?」
変わり者の僕が言うのもなんだけど、この人は大丈夫なのだろうか?
思わない・・・と言うのはなんだか、失礼な気がする。
僕が黙っていると、先輩は突然ニッコリとして
「君も一緒に走ろうよ。」
と言った。
どうしたら、そんな考えに行き着くのだろうか?
「すみません、朝から体調が良くないので今回はお断りします。」
先輩には悪いけれども、この季節の読書時間を邪魔されたくない。
しかし、先輩には通じなかった。
「本当に体調が悪いの?」
「はい。お腹が痛いです。」
「本当にお腹が痛いなら、普通は本を読んでないで家に帰るんじゃないの?」
矛盾を指摘された時の言い訳ほど見苦しいものはない。
あれやこれやと言い訳をしているうちに、先輩は怒りだした。
「君は私と走りたくないのっ⁉」
なぜ、僕は怒られているのだろう?
その通りです。と、言うわけにもいかない。どうしてこの人はこんなに僕に絡んでくるんだ?
「えー、いやー、そんなことはなくてですね。・・・あっ!もう、バスの時間です。すみませんが失礼します。」
そうだ、バスで帰るんだった。
残りたった1時間でバスが来てしまう。バス停までは徒歩5分くらいだけど、万が一にでも、事故が起こると大変だ。
荷物を片付けて帰ろうとすると、先輩は僕の肩を掴み、
「もう怒った!今日は諦めるけど、明日は君と走るからねっ!」
もしかして、明日も来るのか?
・・・なんて人に目を付けられてしまったのだろう。