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その始まり

 どこまでも続くような草原の中を、幼い子どもが走っていた。三、四歳くらいだろうか。小さな足で必死に駆け回り、時折立ち止まっては泣きそうな顔をして辺りを見回している。

「やっぱりいない」

 乱雑に切られた黒い髪や汚れた服は、風に吹かれて揺れていた。強く吹き荒ぶ度に飛ばされそうになりながらも、それでも子どもは辺りへと視線を彷徨わせている。しかし草花の悲鳴で満たされた世界には、他に人影は見あたらなかった。

「やっぱりいないよ、おじさん」

 震える声で子どもは呟いた。まるでそこに誰かがいるかのように伸ばされた手の、その先も震えている。小さな指は何かを掴むがごとく曲げられた。だがその間にあるのは春の訪れを感じる空気だけで、確かな布の感触もない。

「おかしいよっ。だって昨日はあんなに近くに、傍にいたのに。ちゃんと感じていたのに。なのにいないよ。ねえどうして? オレのこと嫌いになっちゃったの?」

 どうして、と子どもは繰り返した。どうして突然姿を消したのか。どうして突然何も言わずにいなくなったのか。どうして自分を置いていったのか。

「約束したのに……また遊んでくれるって」

 徐々に声は泣き声へと変わった。力無くその場に座り込むと、子どもの姿は容易に草の間に隠れてしまう。ざわめくような葉の擦れ合う音だけが、小さな鼓膜を揺らしていた。虫の音も鳥のさえずりもしない。

「オレが、いけないのかなあ? それとも……父さん? 父さん、昨日もまた、すごく、怒ってたし」

 涙を汚れた袖でこすりながら、子どもは必死に理由を探ろうとした。大好きな人がどうしていなくなったのかを、一所懸命考えようとした。可能性はいくらでもあって、それを見つける度に幼い顔は歪んでいく。目尻に浮かんだ涙が一粒、また頬を伝って落ちた。

「オレいい子になるから、父さんにも怒らないようにって言うから。ねえ、だから戻ってきてよ」



 しかし祈るような声は届くことなく。『彼』は二度と戻らなかった。そして『彼』と『彼女』の出会いは、後に一つの悲劇の引き金となる。

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