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準備する奴隷


毎回ご愛読ありがとうございます





魔導の発動には魔光が使われることが多い。


そもそも魔光という技術は簡単に言えば魔を集めることだ。魔導は魔を陣や古代語で操るので当然のように発動の際にこの発光現象が起こる


魔導と魔光はハンバーガーとピクルスのように切っても切り離せない仲なのだ


異論は認める



「今日の魔導講義はこれで終わりだ」


「ありがとうございました!」


最近では午前道場、午後魔導講義というハードな生活にも慣れてきた。どちらも決して優秀な生徒ではないけど、道場ではニック等の知り合いも出来たし日々充実している毎日です


ノノールファさんは僕が魔光を使えるようになってから魔導の知識をこれでもかと詰め込み、実習の機会が数える程度しかないのが唯一の悩みだ。形から入りたい僕としては何かカッコイイ魔導が早く使えないものかな~と思っていたりするのだけど、魔導の勉強も公式だらけの物理に比べたら随分マシだしそこまでの不満はない



奴隷の身分でここまでの生活が出来るのだからこれ以上望むとガチで罰が当たりそうだ



「そういえばここ最近は神殿に行ってなかったな。お前も一緒に来るか?」


「お供させて頂きます」




そうしていつぞやの神殿へと辿りつくと、今回は身なりの良さそうなノノールファさんが一緒にいるおかげで対応も速く、ほとんど待たずに『祝福の書』を受付に渡すことが出来た



祝福を受けた音は何度かあったけど、忙しくて祝福の書も開けてなかったのでいったいどのくらいポイントが溜まっているか楽しみだ




所有者:アラン

年齢:10  職業:奴隷

種族:人間  魔法:魔光 New

スキル:

スピード++

言語理解+ 


祝福

英知の神:ベイリーブ→1001pt 

戦の神:クレマティス→500pt New

魔の神:アネモネ→2356pt New

・・・・・・・・・・・・



お、新しくクレマティスの祝福を賜っている。道場に通って毎日剣の稽古をしていた時のポイントだろうな

ベイリーブとアネモネの1000ptは古代語を覚えた時で、アネモネのもう1356ptは日々の学習のお陰だろう。新しい発見や、古代語を覚えるみたいにハッキリ達成が分かる場合は脳内で電子音と共に教えてくれるのだが、それまでの地道な努力や、それ単体ではあまり意味を為さない知恵なんかはポイントを賜っているけど脳内で知らせてくれないので知らずに溜まっている場合も多い。



確かに一々『料理を作った』『裁縫のやり方を覚えた』とかを脳内アナウンスされていたらノイローゼになってしまうだろうからその方がいいんだけど



とりあえず英知の神 ベイリーブからは1000ptの『言語理解++』。前回の言語理解+の一つ上のスキルだ。古代語を覚えたとは言え文法や速読に関してはまだまだだし、魔導を扱う上で古代語の理解を深めておいて損はない



クレマティスに関しては、まだ500ポイントと少ないこともあり放置

『剣術+』のスキルなんかも魅力的だが実際の名剣も手に入れることが出来るのが大きい。これからのポイントに期待するとしよう



アネモネは1000ptずつの『詠唱+』『魔操作+』のスキルを選んだ。『詠唱+』はその名の通り古代語の詠唱を速くして魔導の発動を早める効果がある。『魔操作+』は魔導について一番重要な、それぞれの魔導において必要分だけ魔を陣や詠唱と共に送り込む量やスピードなんかを補佐してくれるスキルだ



これで内心強くなったと思っていた僕だけど偶然隣のノノールファさんの祝福の書の中身が見える位置にいたので、悪いとは思ったがこっそり見させてもらうと直ぐに愕然とした



魔法欄、スキル欄がビッシリ埋まっていて祝福の方もベイリーブとアネモネがそれぞれ50000ptも溜まっている。いったいどれほど研究したらここまで溜まるものなんだろう?


「ん? 何をジロジロ見ている? そんなに自分のを見せてもらいたいのか?」


「いや、全然ちがっ――って!? 勝手に見ないで下さいよ!!」


「ふふ~ん。中々良いスキルを選んだじゃないか。その位の歳だともっと剣とか杖とかを欲しがるものだと思っていたが想像以上に堅実だな。まったく……つまらん奴だ」


「そんなの自分の勝手でしょう!」


「若い内から逃げてどうする? 考え方がオッサンなんだよ、お前は」


「酷い! 横暴だ!」


「ほう。人の祝福の書を見るのは横暴じゃないのか?」



ば、ばれているだと!? 自分がした手前何も言い返せないじゃないか!

僕が何も言えずに黙っているとノノールファさんはクックックと邪悪そうな声を上げてご満悦の様子。受付嬢は何故かそんなノノールファさんを見て頬をポッと赤らめている



これが生まれ持った容姿の違いってやつか。悔しいという気持ちすら起きないほどの圧倒的な敗北。もう好きにやっててください



「そうむくれるな」


そんな気も知らず嫌がる僕の頭をガシガシっと荒っぽく撫で付ける。受付嬢が『薄い本が出ないものかしら』と何やら腐ったこと言っているから本当にやめて欲しい

そういえば前世で聞いた話だけど、女子がBLを好む理由は男子が百合を性的なものとして喜ぶのとは違い、あくまで萌えとして好むらしい。だから何だって話だけど……



「全然むくれてなんかいないんだからね!」


「……今日のメシを抜きにされたいのか?」


「真に申し訳ありませんでした!」


「よろしい」



やはりノノールファさんは優しい。だからこそ怖いんだ

今現在僕が奴隷だと知っているのはノノールファさんとあの時の騎士、パン屋のおばさん、そしてストリートチルドレン時代の仲間、いやもう仲間じゃないんだったっけ。とにかくそれぐらいだ



それ以外の人。セレスさんや師匠、ニックや道場の人たちは僕が奴隷だと分かったらきっと態度を変えてしまうだろう


奴隷だと分かって優しく接してくれるノノールファさんの存在に僕は、精神的にも生活的にも依存している状態なのは言うまでもない。だからこそノノールファさんがいつかいなくなってしまうんじゃないか、いつか本当に奴隷としての扱いをされるんじゃないか、そんな不安が寝る前や、ふとした時に浮かんできてすごく怖い



その時ばかりは見た目そのままの子供らしく泣いてしまうこともある。

結局僕は弱いのだ。情けない位あらゆる面において



もう少し僕は強くなろう、精神的にも肉体的にも。誰にも何にも負けないくらいまで強くあろうとは思わないし、思えないけどそれでもなんとか理不尽な出来事に抵抗できるぐらいまでは強く……









その知らせはあまりにも唐突だった

剣術道場にも一ヶ月精を出して通い、モンスターから身を守るための魔導を身に付け始めたころノノールファさんが夕食終わりに父親が「最近学校ではどうなんだ?」とでも話しだすかのように、「明後日この街を出発する。準備をしておけ」と軽いノリで言い出した


いきなりのことでまともな反応が出来なかった僕は


「え……? 明後日? 僕が? 俺がお前で、お前が俺で!?」


と仰々しいほどにうろたえる。そんな僕を他所に椅子に深く腰を下ろしたノノールファさんはあれやこれやと思考を廻らしているようだ


「明日は馬車や外套、ランタン等の旅具、日持ちの効く食糧を調達しなければいけないな。後でリストに起こすから分担して買い付けに行くとしよう」


「ちょっ、いきなり過ぎませんか? 今までそんな話一度も…」


「一度も言ってなかったからな」



あっ、これは駄目だ。何が原因かは分からないが、今のノノールファさんは以前軍人の客が来た時以来のやたら冷たく機械的な時のノノールファさんになってしまっている。今僕が何を言ってもきっとまともに取りあってくれないだろう


こういう時は余計なことを言わず、ただノノールファさんの機嫌が早く直ることを祈るしかない


それがノノールファさんとの短い付き合いで僕が得た処世術だ

夕食の片付けが済むとソファの上に体を投げ出す。そういえば行き先も聞いてないし、滞在期間も聞いてないや。さすがにこの家には貴重な魔導書がたくさんあるから帰ってくるとは思うけど、あのノノールファさんの様子じゃあこの街から出て行って戻らないということも充分に考えられる


何にしても明日が来てからだけど





その朝はあっという間にやってきて早速買い物リストをノノールファさんに渡された。

リストを見るに僕の担当はどうやら食糧らしい



塩、干した野菜、干し肉、日持ちがいいようにカッチカチに焼かれたパン。とてもじゃないがこのままでは歯がたちそうもない、そんなことを僕の表情から読み取ったのか店員のお姉さんは親切にもこのパンはスープか何かに浸して柔らかくして食べるということを教えてくれた



後リストには載ってなかったが店員さんのお勧めで干し飯に良く似た物を紹介されたのでそれも買っておいた。ちなみに干し飯とは炊いた米を水で軽くさらした後に天日干ししたもので、これもパンと同じく水に浸したり、水と共に炒めたりして食べることが出来る。

元日本人の僕としてはこういう味に飢えていたので、ノノールファさんに怒られることを覚悟して買ってしまった。



買った後に昨夜のノノールファさんの顔を思い出して後悔してしまったがもう遅い

(この世界にはクーリングオフ制度がないので当然)返品出来ませんと言われたときには、先ほどの優しそうな店員の顔が悪魔に見えた



買った量が量だったので、店の人に買ったものは家の前に届けておいてくれと頼んだ僕はトボトボと帰宅する。しばらく大通りを歩いていると目の前から暑苦しい長髪の持ち主の見覚えのある顔がやって来た



「やぁ、ニコラス」


「……僕の名誉の為に言わせてもらうが、僕の名前はニックだ!」


「ハハッ。相変わらず元気が良いなぁニコラスは、何かいいことでもあったのかい?」


「君がまた僕の名前を間違えていることと、どこぞの金髪アロハシャツのおっさんか! のどっちの突っ込みを君は僕に期待しているのかな?」


「しいて言うなら一人称が『僕』で被っていることを鑑みて、君だけの新たな一人称を考えて欲しいな。一人称が被っていると書き分けがすごく難しいんだ。特徴的な語尾でもいいよ」


「あれ、人の話聞いてた?」



そんないつも通りのやりとり。ニックには前世のネタも話したので対応も慣れたものだ



「突然だけど、ニック。明日からしばらく旅に出ることになったんだ」


「!? 本当に突然だな。何時ごろ帰ってくるんだ?」


「たぶん一ヶ月ぐらいは……」



僕が先ほど調達した食糧だけでも十日間分はあった。ノノールファさんが何処へ向かうかは知らないけど行き先は少なくとも衣食住が揃っているところだろう。目的地に着いたとしても直ぐには帰らないだろうから、帰る時間も合わせると一ヶ月ぐらいはかかる。勿論旅の途中で食糧の補給をしながら進んだり、あまり滞在しない場合も考えられるからそれい以上かもしれないし、それ以下かもしれない


『僕も昨日に聞いたばかりで詳しい話はよく分からないんだ』と説明するとニックは納得がいかないながらも頷いた


「何にせよ、早く帰って来いよ。また鍛えてやる」


「じゃあニックが老いぼれて剣も持てなくなった頃に帰ってくるよ♪」


「フフッ、……またな」


憎らしい笑顔をするニック


「ああ、また」



そのまま別れたけど出発前にニックと話せて少し元気が出た気がする。すっかり機嫌を良くした僕がノノールファさんに貰ったリストをピラピラさせながら歩いていると、


「あれ? このリスト裏側にも何か書いているぞ。何々……護身用の剣?」


そう、リストの裏に護身用の剣と達筆で書かれていたのだ。

ノノールファさんもわざわざこんな所に書かなくていいじゃないか!



「まぁ、それがノノールファさんだからな~。仕方無い、ちょうどクレマティスのポイントが2000ポイントあった筈だからそれで適当な剣でも交換してもらおうかな」



そのまま神殿で1700ptの剣と交換してもらった。1000ptの剣もあったけど量産の鋳造で質もあまり良くないものだったので、少し値は張るが1700ptの鍛造の剣と交換してもらった。


使用者の腕が良くないので、せめて剣だけではという考えだ





家に帰るといつも以上に無表情のノノールファさんが、僕が買った食糧品が積まれている荷車の前で僕を待っていた。そういえばニックに会ってすっかり忘れていたけど、さっきの店でリストに書かれていない干し飯まで注文してしまっていた


こちらをただジッと見つめるノノールファさんの元へ恐る恐る近づいて、一定の距離にまでなると僕は土で汚れるのも躊躇わず地面に平伏して土下座をした。

これが日本が世界に誇る文化、ジャパニーズ・ドゲザだ! この最上級に土下寝という奴があるらしいが、それはえてして全く逆の意味を持つことになるのでここでは土下座こそが正解




いきなりの土下座に頭上でノノールファさんが驚く気配を感じほくそ笑む僕。

外人はいきなり土下座されると、DNAから感じ取るそのあまりにも深い謝意に困惑してしまうらしい。最もそれは日本人でも一緒だけど



「なっ!? いいから起き上がれ! なんだが酷くすまない気持ちになるだろう!」


「いえ。私めはこうして地面に頭をつけて生きていくのが相応でございます」


ノノールファさんの屋敷は街の外れにあるとは言え、人通りは少なくない。通り過ぎる人たちは足を止め僕に哀れみの視線を、ノノールファさんに抗議の視線を送る。


完全にアウェーな空気に耐え切れなくなったノノールファさんが


「分かった! 勝手な買い物をしたことを許そう! だから顔を上げてくれ」


苦し紛れに言ったその一言で僕はガバッと顔を上げる。言質はとったのでもう恐れる必要はない


『クッ、騙したな』『何のことですか?』


視線でそんなやり取りをした後、さすがに僕もギャラリーの視線に耐え切れなくなって二人で家の中に逃げ込む



急いで逃げたせいでハァハァと荒い息をする僕達。何だかそれがとてもおかしくて僕が噴出すと、それに続いてノノールファさんも笑い出した。



息がしんどくなるぐらいまで笑い転げた僕達は互いに向き合った。ノノールファさんは灰色の髪を乱し、笑いすぎて涙の痕がまだ顔に残っている。おそらくそれ以上に笑っていた僕の顔は今とんでもないことになっているだろう


「……すまなかったな」


おそらくここ数日までの態度のことだろう。さすがにノノールファさん相手に茶化す気にもなれなくて僕はただ頷いた。彼もそれだけで満足だったようだ


彼が何にイライラしていたか、それはまだ分からないし、これから先も分からないかもしれない


僕はそれでも彼を信じたいと思う




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