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稽古する奴隷


前話の訂正後バージョンを見ておられない方は先にそっちをお読みになった方がよろしいかと…




「セアッ!!」


気迫の篭った掛け声と共に振り下ろされた木剣が僕の木剣を彼方へと弾き飛ばした

これで通算34回目だ




奇妙な客人が来て、ノノールファさんが怒りを顕にした日から一週間



街の剣術道場に通う毎日。勿論余計な争いを増やさない為に奴隷の証を包帯で隠して通っているが、争いの種は尽きない


元々この剣術道場の師範はここザルナ王国の元騎士団長だとかなんかで、定年退職したとはいえ隣国では無双剣のサイフォーと恐れられている有名な人だ。その人が開いている剣術道場だから当然そこに通うには厳しい審査があり、選ばれた者は正にエリート中のエルィートゥオ!


そしてどうやらサイフォーさんとノノールファさんは知り合いらしくそのコネで今僕はここにいるという訳だ。


コネで入ったことから僕への風当たりは強く、こうして稽古終わりに道場仲間から特訓という名の苛めを受けている


「おいおい剣を放すなんて剣士にあるまじき行いだぞ。さっさと拾って来い!」



そんな罵声を僕に浴びせるのは、そっちこそ剣士にあるまじき長髪じゃないか? と思わずツッコんでしまいたくなる将来有望のニックだ。どこぞの貴族の子らしく、戦闘の邪魔になりそうな肩甲骨まで伸びた髪を風になびかせているが実力があるのとそれが似合っていることもあり、誰も注意しない。


そして僕をからかう集団の主犯でもある



仕方なしに石床に転がった木剣を拾い上げて、剣道の真似事で左足を後ろに右足を前にして摺り足をしてみる。僕のそのおかしな構えで周りの連中が笑い声を上げ、ニックもバカにしたように笑った。


「何だその構えは? ただでさえ素人なのに、更に素人っぽく見えるぞ」


「これはな~。僕の家に伝わる一子相伝の剣術、守和泉かみいずみ流の構えだぞ」



勿論嘘だが、それっぽい発言に動揺する連中

なんだか見たことある構えだぞ!? と言う野次馬もいる


「ふ、ふん。ではその実力とやらを見せてもらおうじゃないか」


「見せてやろう。僕の真の実力を!」



剣道の真価はその踏み込みにある。その一歩はまさに一瞬であり、鍛えられた剣道家の踏み込みはその入りが全く見えないとも言われている


僕は左足で床を蹴り、踏み込みと共に渾身の袈裟斬りをした。



数秒後、ガンッという木剣が床に落ちる鈍い音がする。

木剣を最後まで握り締めていたのは…………ニックだ!



道場に冷たい空気が流れた。あれほどの事を言っていた人物がこうもあっさりやられるとは僕以外はまったく想像しなかったことだろう

少なくとも一分以上は攻撃を凌ぐと考えたに違いない



「僕に奥の手を使わせるまでに成長するとは……千点やろう」



ちなみにこのセリフはここの師範であるサイフォーさんの口癖『貴様に~点やろう』からとられている。稽古終わりでサイフォーさんがいない今だからこそ出来る僕の会心のボケだ



そしてそのボケで更に連中が混乱している隙に家へと帰った。僕には君達と遊んでいる時間は無いんだ



家に帰ると直ぐにノノールファさんの授業が始まる


神力を取り込んで魔を掴み取る作業だが、最近は選択肢が数個までに絞られてきた。このどれかが魔なんだろうけどハッキリそれが魔と分かるまでは掴み取ってはいけないらしい。


間違った物を選んでしまった場合、魔導は使えなくなるからだそうだ


「今日中に魔を掴めなかったら、明日その中から選んでもらうぞ」



キツイ一言を残してノノールファさんは自室へ戻って行く。魔が掴めないと魔導の基礎にさえ入れないので、基礎すら出来てない僕は直接ノノールファさんから教わることもなくなりつつある。今ではほとんど自分一人で魔導書を読んで知識をつけるか、神力の中から魔を探し当てることにしか時間を割いていないので、実は最近通い始めた剣術道場の方が楽しくなりつつある。


とは言え、サボることは許されない。


もう二度と自分の体が動かされるあの感覚を味わいたくないからだ



バカみたいに魔導の基礎本を捲って要領を知ろうとしたし、その日は何度も体に神力を取り入れて魔を掴もうと努力した。


しまいには神力の取り込み過ぎで気絶してしまった。


なにしろその名の通り、神の力なのだ。当然人間が好きなだけ扱えるほど御しやすい力ではない。


この神力の許容量がその人の魔導を扱う量とそのまま比例していて、魔を使うほどにこの許容量は少しずつ増えて行く。だがその許容量をオーバーしてしまうと僕のように気絶したり、酷ければ一生病人のような状態になってしまうのだ


本当に気絶するだけで良かった






「全く考えられん! 魔さえ掴み切れないのに神力を取り込み過ぎるとは、そんなに死に急ぎたいのか?」


二階から降りてきたノノールファさんにもしっかり怒られてしまったが僕は終始ニヤニヤしっぱなしだ。最近他人行儀というか、実際他人なんだけど、何か僕に対して壁を作っていたノノールファさんが久しく僕の体の心配をして、怒ってくれているのだ。


嬉しくないわけがない


「何をニヤニヤしているんだ?」


「全然してませんよ♪」


「……まぁ、いいだろう。明日に備えてゆっくり休め。それと明日は道場に行かなくてもいいからな」


「はい!」






翌朝、いつものように朝食をとった後、いよいよ魔を掴みとる作業に入る。


念の為にノノールファさんが横で見てくれているがやはり緊張する。


「集中だ。集中力を欠いては成功するものも成功しないからな」



早鐘を打ちそうになる心臓を落ち着かせ、ゆっくりと深呼吸をしながら神力を取り込んでいく。もう深呼吸をしなくても神力を取り込むことは可能だが、今日は失敗が出来ないので慎重に、確実に、順序通りにやる



胸が充足感に満ちてきた。これからが本番だ



胸の中にあるいくつもの要素。聖、気、魔、その他諸々の中からより『魔』らしいものを探して行く。



毎回それらしいのが三つある。おそらくこれが聖、気、魔なのだろう


聖は神の護衛である天使が使うとされ、気は主に肉体強化の為の要素で、この世界アマタノホシに住むケット・シーやワーキャットなどの亜人や戦士タイプの人間が使う要素だ。


そしてこの力は互いに反発し合い、一度気を選んだ者が魔導師になろうと思っても無理だし、その逆もまた然りだ。



ちなみにもし僕がこの中から聖を選んだとしてもまったく何の効果も発しないし、それどころか体に悪影響を受ける可能性すらある。これだけは選びたくないものだ



「む~ん。なかなかわからんですよ」



三つの要素の一つはモヤモヤした霧のようなもので、一つはコロコロと色を変える丸い玉、最後が清純な光りを放つダイヤ


個人的にはダイヤが好き(金額的な意味で)だから最後を選びたいところだが、いざそうしようと思うと他の二つが怪しくなってくる。霧の神秘的なところが魔っぽいし、コロコロ色を変えるというのも怪しい。ダイヤなんかの宝石もアニメとかで魔術の媒介とされているし、一度考え出すとどれもが怪しく思えてくるのだから性質が悪い




三時間後、横から急かすようなノノールファさんの視線に耐え切れず僕はダイヤを選ぶことにした。

こういうのは直感が大事だ

英語の選択問題なんかで最初に選んだ物から変えると大抵当たってなかったりするものだ


頭の中でダイヤを掴もうしたところ、急にダイヤが何処かに行ってしまい、その穴を埋めるようにコロコロと色を変える玉がその場所に移動してしまった。


(おいおい! 何でこっちへ来るんですか!?)


慌てて手を止めようとしたけどもう間に合わない。手が玉に触れた瞬間、玉は姿を消してそれと同時に僕の意識も現実へ戻って行く


目を開けて直ぐにノノールファさんに謝ろうと恐る恐る目を合わせると、まだ僕のしでかしたことに気づいてないのか、不思議そうな顔で見てくる


「あのぅ、すみません。失敗しちゃったみたいなんですけど」


さすがにショックを隠しきれず額に手をあててため息をつくノノールファさんに申し訳なくて僕は床を見下ろすことしか出来なかった。


あの時急にダイヤが動かなければ、玉がこちらへ来なければ、今更悔やんでみてもしょうがないことは分かっているけどそれでもこの行き場のない思いを解消する方法はないわけで、結局僕は悔やまざるを得ない。



「気に病むな」とだけ言い残して二階へと上がる彼の背中にはどんな思いが込められているのだろう? 


『役立たず』『才能無し』『所詮、奴隷』


勝手に自分でそんなことをノノールファさんの心情に当て嵌めている自分の矮小さ、そして少なからず彼にもそんな思いがあるのだろうと想像できて嫌になった。



彼は僕を信頼してくれた。けどその信頼を僕が裏切ったのは確かなのだから



気づけば辺りも暗くなり始めていた。しばらくボーッとしていて時間の経過に気づかなかったらしい


灯りを灯そうとマッチを擦ってランタンに灯そうとした時、灯りが既に二つあることに気づいた。まだランタンに火を点けてないから灯りは一つだけのはずだ


何だろうと、そのもう一つの光っている先へ目をやると、なんと光っているのは自分の指先だった。海のように深く青い色だ


あれ……これって……………!?



急いで階段を駆け上る。ドアを開けた瞬間ノノールファさんにうるさいと叱られても関係無しだ


「見てください。これ! これ!」


ノノールファさんは煩わしそうに僕の指先を見ると表情を変えて立ち上がる。よっぽど興奮したせいか椅子を後ろに倒してしまった


「!? それは魔光じゃないか! しかし、失敗したと言ってなかったか?」


「実は自分が選ぼうとした要素が直前で消えて、別の要素を間違えて選んでしまったんです。だから失敗したと思っていたんですけど…」


「その別の要素が魔だったというわけか」



僕が魔光を使えた理由はおそらく、暗い中マッチに火を点けようと手元に集中したせいだろう。偶然に重なる、偶然がこのような結果を起こしたのだ



とりあえず今日はお祝いだと久しく食べてなかった鶏肉のグリルをノノールファさんは夕食に出してくれた。それでようやく魔を掴めた実感が湧いてきた僕は年甲斐もなくはしゃいでノノールファさんにこれからの課題をしっかり出されてしまった。けれども、そのぐらいじゃ今日が僕にとっていい日だっていうのは変えられない


「ったくはしゃぎ過ぎだぞ」


彼は満更でもない顔で酒を呷る。さすがに僕に飲ませてはくれなかったけど、そんなもの使わなくても気分は最高にHIGHってやつだ!


「…………よくやったな」


「ありがとうございます」


言った後で彼は誤魔化すようにボトルのお酒を飲み干した。きっとアルコールの影響でそんなセリフが自分の口から漏れたことが気恥ずかしかったのだろう



奴隷とか主人とか関係なくこの人のことが好きになってきた





†  †  †  †  



気分が高揚していた僕は翌朝早く起きて料理をつくると道場へと向かった。五十畳ほどの広さの石床の上に衝撃を弱めるマットのようなものが敷かれている以外は革製の防具と木剣を除いて使用しないのがサイフォー流だ。何処の道場でも大抵置かれている木剣を打ち込む為の人形もこの道場には全く置かれていない



何でも師が言うには『人形をいくら叩いたところで何もこちらに返って来んわ。対人戦にのみ上達の秘訣が存在する』らしい



やはり朝早いこともあり、道場に人の気配は存在しない。少し早く来過ぎてしまったようだ


「良しっ、魔導については兆しが見えてきたから、後は剣術の方もしっかりしないとな」


1、2、3、と素振りをして行く。サイフォーさんは剣の握りや、足運びなんかもほとんど教えてくれない


そんなのは人と戦って行く内に分かってくるものだと、実戦と個性を重視してその人独特の剣術を伸ばしていくのがサイフォー流だ。だから厳密にはサイフォー流の型は存在しないのだけど、それでもこの道場を卒業した者は皆優秀で総じて強いらしい


サイフォーさん恐るべしだ


「精が出るな」


背後からいきなりそんな声が聞こえて驚いた。まったく気配を感じなかった……だと?


「セレスさんじゃないですか!? どうしてこんなところに?」


声の正体は以前依頼の品を届けに来てくれたセレスさんだった。今日もまた麻のTシャツに革ズボンと男らしい服で登場してきたが、胸の部分の膨らみやお尻の丸みで女らしさもしっかり主張していていったいどれだけ主張すれば気が済むんだ! と思わず叫びたくなる体だ。


セレスさんはその朝露で色っぽさを増しているカラスの濡羽色の髪を頭の後ろで結んで背中に垂らしていて、匂うような色気を発散している



こんなのを見せられていやらしい気持ちにならない男はいるだろうか、いやいない



「どうしたジロジロとこちらを見て? 何か付いているのか?」


「べ、別に何でもないですよ!! いや、本当に!!」


「相変わらず可笑しな奴だな、君は。それといい加減その敬語を止めてくれないか? 君に敬語を使われると何だか不自然に感じてしまうんだ」


「努力はするけど無理っぽい。セレスさん美人だから」


言っている事とまったく逆な言葉遣いに思わず笑いあう僕たち


「それで結局セレスさんはどうしてここに?」


「む、まだ敬語が抜けきってないみたいだな。

……まぁ、いい。一々注意してたら話が進まなさそうだからこれからに期待するとしよう

実はこの道場は私が二年前に卒業した道場でな。久しぶりに師に挨拶をしようと来たところ、君に偶然出くわしたんだ」


セレスさんがここの出身とは驚きだ。ということはセレスさんは僕の兄弟子、いや姉弟子になるのか


「君がここにいるってことは君もこの道場に入ったのか。あ、別に姉弟子とかは気にしなくていいぞ。私は師や兄弟子に敬語を使っていたが、私自身はあまり敬語を使われるのを好まない」


「わか「――む、セレスじゃねぇか」


相槌を打つ前に言葉を遮り、僕の後ろから気配も無く近寄って来た犯人はサイフォーさん。四方にボサボサに伸びている髪や無精ひげからは元騎士団長とは思えないがその実力は本物である。


「お久しぶりです師匠」


「相変わらず固いなお前は。その体のようにもっと柔らかくなれ」


一歩間違えなくてもセクハラ発言だが、セレスさんが笑っているのでセーフだろう。悔しいが現在の法律では被害者側が訴えない限り、犯人から慰謝料をとることは出来ないのだ。


「相変わらず師匠は冗談がお上手だ♪」


「ったく悪意が通じない相手ほど厄介なものはねぇな」


憎まれ口を叩いているが珍しくサイフォーさんが嬉しそうなのが分かる。


「でセレスはこのボンクラと知り合いなのか?」


たった今僕は師からボンクラ認定を受けました!

せめてセレスさんのいないところで言って欲しかったなぁ


「はい。斬滅教会の依頼で知り合いました。それで、結局のところアランの点数はどうだったんですか?」


「5点だ。儂の今までの教え子の中で最低点」


最初5点と言われたとき某戦闘民族に一番初めに出会ったオッサンを思い浮かべた。あの計算で言うと僕は銃を持った人間並みに強いということになる

俺TUEEEEEEEEEE!!


「は!? そんなバカな、この道場に入れるだけで20点は堅いはずですよ?」


「まぁちょっとした事情があってのう。それでも見とる分には面白いから飽きんでいいよ」



セレスさんの前でカラカラと笑われるコッチの身にもなってほしいものだ。


「師匠。そろそろ稽古の時間では?」


「あん? そろそろそんな時間か。セレスまた会おう」


「はい、師匠もお元気で。アラン、気にすることはないからな。誰でも最初は強くない、強くあろうとすることが大事なんだ」



そんな優しい言葉に思わず涙ぐみそうになるのを堪えて、去って行くセレスさんに大きく手を振ってお別れした。少しこっちを見て笑っていたみたいだから、言葉が震えてしまうのを恐れてあえて手を振ったことにも彼女は気づいていたのかもしれない




「いい女だろう?」


「本当にそうですね」


「一ついいことを教えてやろうか?」


「何ですか?」


「――セレスは強い男が好きだぞ」


「……師匠、別に師匠の言葉に影響を受けた訳じゃありませんけど、早く稽古しません?」







その日の僕は燃えた。ニックや兄弟子達に自分から勝負を挑んで何度もボロボロにされたけどそれでもたち向かって行った。


僕のあまりの気迫に『弱い、確かに弱いんだが何だあの気迫は!?』『まるで温室暮らしの獣と闘っているようだった』『師並のプレッシャーを感じるのに何故こんなにも弱いんだ!?』と驚嘆の意を表す門下生たち


師匠がそれを見てずっと笑っているが、僕は兄弟子たちから戦闘のコツを教わったりと忙しくて構ってられなかった


そして驚いたのはあのニックが僕にアドバイスをくれたことだ。どういう心境の変化があったのか知らないけど『ふっ、負けたよ。お前さんには』という表情で木剣の握りを直してくれたので僕としてはとてもありがたい


本人曰く、


「お前を苛めるのもバカらしくなってきた」


らしい


「なるほど、理にかなっている」


「一応言っておくが、今のは皮肉だぞ」



そんな会話を続けているとあっという間に今日の訓練が終わった。木剣で叩きのめされて体中が痛い。これはアザになるだろうな




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