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奴隷と所有者

ついうっかり、物語の前半部分を入れるのを忘れていました!

真に申し訳ありません。



僕は知らなかったが、この家にもお風呂があったらしい。怪我の痛みを堪えながら体をゴシゴシと垢すりで擦って汚れを落とし、痒かった頭を石鹸で洗った後大きな丸い湯船に飛び込むようにして入る。先に入っていたノノールファさんが飛び散る水しぶきにうっとうしそうに目を閉じたが特に何も言わなかった。


勿論僕の体のあちこちに怪我があるのもノータッチ



ノノールファさんは研究の疲れと風呂の気持ちよさからその点を注意し、話しかけるのを躊躇ったわけではない


最近少しずつだが僕もノノールファさんの無表情から掴めるものが増えてきた。ただ僕をどう扱っていいものか、どう接していいものか分かってないのだ


おそらく神から貰ったスキルはかなりのものだろうけど、対人スキルにおいてノノールファさんは僕より劣っていると言わざるを得ない。かなりの人見知りをする僕が言っても説得力はないかもしれないけど



僕の心情を読んだかのようにタイミングよくノノールファさんは風呂から上がると後片付けを済ませておくようにとだけ言って脱衣所へ入った。



距離を測りかねているのは僕の方かもしれない



今日だって奴隷に風呂に入らすなんてもったいないから冷たい水でもぶっ掛けられるのかとビクビクしていたがそんなことは無かったし、有り得ないことに奴隷の僕と一緒に風呂に入るなんてどうかしてる。



世間では主人と奴隷の関係は人間と家畜以下だと言われているけどこの人なら信頼できるかもしれないと考える僕と、今は甘い蜜を吸わされて後々酷い目に遭わされるのかもと不安に思う僕がいる





考えても仕方無いと風呂から上り、溜まったお湯を流してモップでゴシゴシと擦った後に水で垢を洗い流す


居間、普段僕が寝ているソファーのある部屋には既に髪を乾かし、スナック菓子のようなものをポリポリと食べるノノールファさんの姿があった。


そのまま体に悪いものを食べて整った顔を醜く肥え太らせて欲しいという願望と、そんな人と一緒に住みたくないからやっぱり止めて! というなんとも複雑な思いが脳内で交錯する


「――そういえば魔導についてはまだ聞いてなかったな」


後ろの僕の気配を感じたのかスナック菓子を食べながらそんなことを聞いてきた


「基本の知識は覚えましたけど、実習がどうも上手くいかなくて」


「神力を感じ取れないんだろう?」


「なんで分かったんですか!?」


ノノールファさんは振り返ると


「俺もそうだったからだ」


男に生まれてきたことを間違えているような笑顔を見せた。




とりあえず神力の取り込み方について一度ノノールファさんが教授してくれることになった


「改めて神力の取り入れ方を説明するのは難しいな。これは感覚的なものだから


……ここは基本になぞってお前に分かりやすいようにやってみよう。まずは大きく深呼吸をしろ」


胸が膨らむほど空気を吸って口からゆっくり吐いていく


「そして深呼吸を続ける内に胸に徐々に何かが溜まっていく」


言われてみれば一呼吸する度に胸に何かが残っているような気がする。息は吐ききっているので残った空気ではない


「ゆっくり呼吸を浅く、小さくしていき最後に息を止める」


さっきまでは深呼吸に必死であまり感じ取れなかったけど呼吸を止めることで胸に溜まったものの存在感が増したように感じる

魔導基礎の本でもあったように充足感を感じるのでこれが神力で間違いないだろう



「それが神力だ。やってみると簡単だろう? もっとも私みたいに大気に存在する神力を余り感じ取れない人間にしか効果は無いようだけどな」



確かにやってみると魔導基礎の説明で充分なほど簡単だった。むしろ昨日の僕は何でこんなことに苦労していたのか不思議なぐらいだ



「ここからが最も重要な魔の抽出だ。後はその神力の中で魔だと思う物を掴み取れ」


「はい!!」


「まぁ気楽にな。私はそれを掴むのに一ヶ月かかったから」



胸の中に溜まった神力が零れ落ちていくのがはっきりと分かった






あれから二ヶ月。古代語の勉強を教わったこともあり、少しノノールファさんとの距離が近づいた気がしている。分かりやすくいうと『そろそろ仲が深まりそうだ』状態


まぁ僕はどこぞのキタローではないのでどうでもいい



話を戻そう。とにかくこの二ヶ月間はほとんど古代語の理解に費やした

ノノールファさんという厳しい教師の下でサボる訳にもいかず、日夜古代語の複雑な文字や発音の勉強をしたおかげか古代文字は大陸文字よりも上手く書けるようになった。



古代語に関しては文字も言語もある程度ノノールファさんから合格を受けた時には魔の神アネモネと英知の神ベイリーブから1000ptずつの祝福を賜っていたけれど、中々忙しくて神殿に行く機会もないのでほったらかしのままだ。



前の時のように直ぐスキルが必要なわけでもないし、それにポイントは溜めれるだけ溜めて後々大きな買い物をするほうが僕の性格的にも合っている



そして今の今まであえて話題から避けていたが、



魔については……殆ど進歩がない




考えてみてもくれ! あの天才のノノールファさんだって魔を掴むのに一ヶ月かかったと言うのに、たいして取柄のない僕が一ヶ月を超える早さで掴めるわけがないだろう?


まぁノノールファさんから聞いた話によると普通の魔導師の弟子でも十日かからずに魔を掴めるらしいけど、他所は他所、家は家だ



「やっぱり、才能ないのかな僕?」


とは強がってみたもののやはり落ち込む。

自分が何でも出来る天才だとはさすがに思っていなかったけど、それでも一般人レベルの能力はあると思っていたんだけどな。



「いいからさっさとカエルの目玉とヨモギをすり潰せ。原型が無くなるまでな」


ノノールファさんの言葉で現実に帰ってきた僕は慌てて乳棒で乳鉢一杯に詰まっているその材料をすり潰すことに専念する。どうやらこれも何かの触媒らしいが、果たしてこんなグロテスクな材料が本当に必要なのだろうか?



小麦粉とか果物とかで代用出来ると思う。そして実験が終わった後それをスタッフが美味しく頂いたら、それだけでラブ&ピースじゃないか



「研究熱心だな」



気づけばすり潰したそれを乳鉢の外に散らしていた。僕は急いでノノールファさんに謝り、ため息を溢しながら後片付けを始める。


今日の僕はおかしいな。どうしても思考が逸れがちになってしまう


「…………私も昔は随分な落ちこぼれ者だった」



どうやら僕に負けず今日はノノールファさんがおかしいらしい。彼が自らの過去を話すなんてこれが初めてのことだし、性格上進んでそんなことはしないと思っていた


「想像できませんね」


「だが事実だ。一時期は本当に落ち込んだよ

何故魔導師になろうとしたのかさえも見失いかけた。だがそんな時出会ったんだ」


「誰にですか?」


「我が恩師、ケインミストだ。師はそんな俺に最初何て言ったと思う?」


しばらく考えて僕は前世の有名な人の言葉を思い出す


「諦めんなよ! 諦めんなよ、お前!!

どうしてそこでやめるんだ、そこで!! もう少し頑張ってみろよ!

ダメダメ諦めたら! 周りのこと思えよ、応援している人のこと思ってみろって!

あともうちょっとのところなんだから! ――ですか?」


「――いや全然違う。答えは『ウジウジすんなガキ! 殺すぞ!』だ」



……まだ見ぬノノールファさんの師よ。あなたはいったいどんな人格破綻者なんですか?

ああ、なるほど。だからノノールファさんも…


「それが本当に悔しくてな。仕返しをする為に仇の近くで虎視眈々と機会を窺っている内にいつの間にか魔導師になっていたという感じだ」


「………………え? 流れ的に僕への慰めの言葉に繋がると思っていたんですけど、どうやら違ったみたいですね」


「誰がお前を慰めるだなんて言った?」



ノノールファさんは惚けて見せるが僕には分かっている。本当かジョークかは分からないけどつまらないことを言って、落ち込む僕の沈みがちな思いを解消してくれたのだ


僕が女だったら本当に惚れてるぞ


「さぁ、実験の続きを始めるぞ」


「はい!」


チリン、チロリン


呼び鈴の音がなった。



ノノールファさんに目配せされ、ドアを開けると目の前に巨大な黒い壁、いや大男の姿が


二メートルを超える大男は黒い軍服で身を堅め、短めに切り揃えた髪を四方に遊ばせている。


目が合うと後ろで手を組み、儀礼的な一礼をする様子には武道をまったく嗜んでいない僕でさえ体のブレが一切ないことが分かった


どこぞの国かは分からないが軍属であることは分かったのでこれは丁重にもてなす必要があるな


「ここの主、ノノールファ様はご在宅かな?」


「あ、はい。ただいまお呼びします」



客人の前では丁寧に歩いて失礼のないようにしたが、姿が見えなくなると階段を二、三段飛ばしで駆け上った。


扉を勢いよく開けるとノノールファさんに軽く怒られたが事情を説明すると顔を真面目なものに変える。今までに見たことのないピリピリとした緊張感を浮かべるノノールファさんの顔が別人のように思えて少し怖かった


だけど直ぐにもとの無表情に戻り、


「お前はここで待っていろ」


奴隷としての命令で僕の手の甲が青く光り、体は意志に反して頷く。相変わらずこの瞬間が嫌で仕方無い


ノノールファさんはドアを勢いよく閉めると、客人を待たせている一階へと降りていった


それにしても最近奴隷としての命令を滅多にしなくなったノノールファさんがわざわざ命令してまで僕をここに待機させるとは……よっぽど聞かせたくない話なんだろうか?



暇になった僕はそのへんにあった魔導書をパラパラと捲る。うん、何度見てもサッパリだ


一応古代語は読めるけど話の内容が難しすぎて理解できないから結局読めないのと一緒なんだよな~



しばらく手持ち無沙汰になった僕がノノールファさんお気に入りのフワフワした椅子に座っていると、階下からノノールファさんの怒鳴り声が聞こえてきた。僕は焦って椅子から跳ね起きるが下からノノールファさんが上がってくる足音はしないし、未だ下の階から怒鳴り声は続いている



「うん? 何だ僕を怒っているんじゃないのか」


床に耳を当てて状況を確認してみるに、寧ろ怒りの対象は客人で、黙っていることをいいことにどうやらノノールファさんは一方的に怒鳴りつけているようだ。それにしてもここまでノノールファさんが感情を顕にして怒るのも珍しい


よっぽど客人が空気を読めない発言をしたのだろう



だけど客人がノノールファさんの言葉を遮るように何かを言うと、ピタッと声がおさまった。内容が気になる所だがいかんせん声が小さくて聞き取りにくい


それでも『王国』、『魔導師』、『危機』と断片的な言葉は聞き取ることが出来た


前二つは別にどうということもないが最後の一つは聞き捨てならないな。そして最後の一つが前半の二つと組み合わさることで話は一気に最悪なものになる。『王国が魔導師によって危機に晒される』と解釈することも可能だ…………まさかな?


きっと王国の魔導師が離婚の危機とかそんなことだろう

現実では物語のように突拍子のない事件が起こることなんて滅多にない……はずだ



いつの間にか話も終わったようでコツンコツンという足音が近づいてくる。

急いでそれらしく見えるように魔導書を捲ると、眉間に皺を作って機嫌が悪そうなノノールファさんが荒々しくドアを開けて現れた。勢いが強かった所為で近くに積んであった魔導書の山が二山ほど崩れ落ちる


「それを片付けたらさっさと出て行け」


何だか理不尽だが僕は奴隷、ノノールファさんはその所有者なのだ。大人しく指示に従って魔導書を片付けて部屋から出ようとした



「あれ?」


「どうした? さっさと出て行けと言っただろう」


「あの、そうしたいのはやまやまなんですけど……体が動かない」


ドアを開けて足を踏み出そうとしたところで僕の足はまるで見えないフンがそこにあるかのように踏み出すのを躊躇っていた。踏み出す足を変えてみたけど結果は同じ


この感覚何処かで覚えがあるなと右腕を見てみると、やはり奴隷の証が青く光ってその存在を主張している。最初『ここで待っていろ』という命令が今も続いているのだ


「ああ、そうだったな。『出て行け』」


すると僕の足がいきなり重力を取り戻し、前のめりに倒れこむ。


何故ノノールファさんが改めて命令した時、言っている内容は同じだったのに最初の言葉は適応されなかったのだろう? どうやら奴隷としての命令と意識しなければ僕の体に作用しないらしい。


そもそも言う事全てが命令として適応されれば、僕は勉強をサボらず真面目に取り組んでいるはずだ。思ったよりも奴隷の証には隙が多いのかもしれない







翌朝起きて直ぐにノノールファさんに呼び出された。昨日の昨日でいったい何の用だろうと思うがどうも心当たりはない



「今日から街の剣術道場へ通え」


「えっ!? それはまたどういう理由で?」


「いずれ分かる。それと魔導の訓練も今日から本格的にやってもらう。本気でやらなければ命令をすることも辞さないつもりだ」


ノノールファさんの表情には昨日のような怒りはないがそれとは別に鬼気迫るものがあり、奴隷の僕は無言で頷いた




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