スキル好き過ぎる
さすがにもう時間の余裕が無くなった僕は諦めて古代語の本へ打ち込むことにした
古代語は大陸語と違い、一字一字が複雑でその発音も困難を極める。その特徴として接続詞がほとんどなく単語を無理やり繋ぎ合わせたような文の構成をしていて、多様な表現が存在する
例えば、火 宿る(スクレ) 右手
このような古代言語の組み合わせと魔で右手に火球を発生させることが可能となる
何故古代語にそのような力があるのかはまだ詳しく分からないらしいが、一説によると神が扱う言葉を古代の人間が真似て作ったところそのような効果を発揮したらしい
古代語の組み合わせは無限大、魔導にはまだまだ未発掘の分野が残されている
複雑な魔導になると古代語と陣や触媒がセットになってきて、日進月歩その効果や継続時間を延ばそうと各国で争っている現在は魔導の最盛期とも言えるだろう。
当然そうなると僕も必然的に覚える量も増えるわけで、これからのことを思うと嫌になってくる
そんなこと考えて自らのやる気を削いでいる
先のことは先に考えればいい。とにかく古代語を覚えないことにはそこまで到達することは出来ないのだから。
だけど
「なんだか飽きたな~」
外国語しかり、どうしてもこういう系は知識の詰め込み作業に徹してしまう。高校に入って化学がつまらなくなるように、英語が苦手になるように
やっぱり数学のように考え方次第で誰でも解けるような仕組みが必要だと思う。
数式を利用し、苦労して答えが出たときの嬉しさは英語にはないものだ
それに古代語は文字ならともかく発音は誰かを参考にしないと合っているかどうか分からない。一応イントネーションはここで高くとか、本に書いているけど自分でも合っているのかどうか分からないまま勉強を進めて、後々間違いだったとかになるのは御免だ
古代語は後にして魔導の勉強をするとしよう
それが一時の逃げだと分かっているけど何もしないよりはマシだ
魔導基礎をパラパラと捲っていき分かりやすそうなものから理解していく。ほとんどが魔導の理論についてばかりで楽しそうな内容のものはあまりなく、僕の指は次々にページを飛ばしていく。そして不意に指が止まった
『魔導初級 実習編』
そんなタイトルに惹きつけられた
興奮でページの裾を折らないように慎重に捲る
既に夕暮れ時で本も見えにくくなってきたので近くにあったランプに火打石で明かりを灯すと視界を黄色の暖かい光が覆った
今まで暗い部屋にいたせいかしばらく明かりに慣れなかったが、直ぐに目が慣れる
『魔光:魔導の初級において全てに通じる魔導
正式に言えばこれは魔導ではなく、魔を扱う技術の一つである
まず大地に存在する神力を感じ取り、自身に取り入れる。魔をつくるためにはまず術者の体に取り入れることが大前提だ
胸のあたりに充足感を感じてきたら神力が満ちてきた証拠。しかし神力単体を扱うことのできるのは天に御座す神々のみ
我々はまずその神力を分解せねばならない。といっても我々は特に何もする必要はない。
体の中に取り込まれた神力はかってに魔、聖、気等にかってに分解するからだ。
そして分解された神力から聖や気を除いて魔だけを取り出す方法だが、これは個人の感覚によるところとしかいいようがない
胸の充足感の中から最も「これは魔だろう」と思われる物を選んで両手でしっかり握りこんで放さないイメージを持ち、更にそれ以外の聖や気などの余計なものを追い出すイメージ。
魔という存在は個人の感覚によって全く変わってくるので師は無理に弟子にこういうイメージのものだと教授するのを辞めることをお勧めする。下手に自分の感覚を教えることによって魔の存在が掴めなくなってしまう恐れがあるからだ
そして魔を掴んだと感じたなら次の段階に移る
まずは指先がいいだろう。
指先へと魔を集める想像をしばらく続ければ指先が光るはずだ。色は人それぞれだが発光が強ければ強いほど魔に適正があるとされている
これが“魔光”。魔光が宿っている場所は通常よりも性能が強化される。拳に宿して殴れば強い衝撃を相手に与えることも出来るが、魔を直接肉体に宿すとチリチリとした痛みが走るので武器に宿して威力を高めるのがセオリーだ
また空にも魔光は描けるので戦闘時の陣の制作に適している
魔光の面白い所は魔導の一部であるにも関わらず古代語や魔導の知識を必要としないゆえに、好んで使う斬滅者が多くいることにあるといえよう
そしてもしこの方法で出来ないのなら、魔をしっかりと認識出来てないか、掴んだ魔を溢してしまった可能性がある。何度も繰り返し挑戦してみるといい』
なんたる曖昧さ。感覚的にも程がある!
『考えるんじゃない、感じるんだ!』を行くとこまで突き詰めた考えだ。
魔導の基礎でこれなのだから、上級編はガーーッという感じでウワッとやる! という説明かもしれないな
有りそうで怖い
「まず神力ってどう感じ取ればいいんだ? 」
そんな目にも見えない物を取り入れろと言われても……ねぇ?
一応目を瞑って神力を感じ取ろうとしたり、全裸になって表面積を大きくしてみたが結局神力がどのようなものか掴めないままだ。
後者で掴めたらそれはそれで嫌だけど
「……寝よう」
明日起きればこの状況が少しでも変わるだろうと僕は本気で考えていた
その日夢を見た
池、いや湖か。その浅瀬に膝の上まで水を浸からせて僕は立っていた。
空を仰ぐと闇に三日月が浮かんでいて、それを見て初めて夜だと気づく。それほどに月が明るい日だったからだ
夢の中の僕は普段見慣れた姿よりも随分背丈が伸び、精悍な顔をしている
そして僕は歩き出す。
湖の中央へ向かって、ジャブジャブと水を掻き分ける音以外何もしない世界で
水がお腹まで浸かり、肩まで浸かり、終には僕の頭まで完全に浸かりきる。
そうなると泳ぎ始める。冷たい水の中だ
何か執念染みたものでもあるのか意志はとても固い
ようやっと中心へと辿りつくと立ち泳ぎをしたまま口の中から丸い何かを吐き出した
それで気が済んだらしい僕はそのまま水の中へ沈んでいった
何だか酷く気持ち悪い
夢を見たことは覚えているけど内容は良く覚えていない。気分が良くないということはどうやらあまりいい夢じゃなかったみたいだ
朝からいつものように勉強する気にはなれず、街に建てられた神殿に向かうことにした
普通の店なんかだと奴隷だとばれたら追い払われるのがオチだが、神殿はさすがにあらゆる人種が差別なく入れる
大きな一枚岩の上から伸びるたくさんの石の円柱が上部のドーム状の屋根を支えている。そんな何処かで見覚えのあるような神殿だ
神殿内は静謐で、隅から隅まで綺麗にされていた。僕はもちろんそんな中で浮いた
そういえば前お風呂に入ったのはいつ頃だろう?
神殿に設置されたそれぞれの神の祝福を受けるための受付に大理石のテーブルが一つ、そして汚らわしい物を見る目で僕を見つめるおじさんが一人
「ようこそ。神殿へ」
あれ、言っている事は丁寧なのにどうしておじさんの顔は僕を歓迎してないんだろう?
「祝福を受けに来たんですけど」
「では、『祝福の書』を拝借」
あまりプライバシーを公開したくないけど仕方無い。おじさんは僕から預かった『祝福の書』を一度タタキで払うと、奇妙な数値が付いた秤の上に乗せた。
「英知神ベイリーブが1000pt。ではこの書の中からお好きなものをお選び下さい。神の御慈悲をお忘れなきよう」
そう言って広辞苑の二倍ほどの大きさの書をバンッと大理石の机の上に置く
僕はおじさんから御慈悲が欲しいよ
書の中には英知の実 10ptから英知の魔導書 10万ptまであらゆる物がそろっていたけど一番興味を持ったのはスキルの欄だ。やはり前世にないスキルという存在が僕を強く惹きつけた
でも見たところ並列思考、垂直思考、水平思考なんかはポイントが高くて手にいられないし、掃除+なんかは心底どうでもいい!
なんとか1000pt内で手にいれて、それでいて役に立つスキルはないものか?
既に数十分は迷い続けている僕におじさんも苛立ちを隠しきれなくなってきたし、そろそろ今まで見た中で適当なのを見繕うかと諦めかけていたその時……僕は見つけてしまった
『言語理解+ 1000pt』
「あの! これ! これにしてください!!」
「分かりました」
秤の針が指していた数値はゼロのところに戻ると一度祝福の書が鼓動する。
それでスキルの引継ぎが終了したのか、おじさんが返してきた祝福の書を確認すると確かにスピード++の下に言語理解+が載っていた。
良しっ、これで勝つる!
直ぐに家へダッシュで帰ると古代語の本を開く。……ペラペラ読めるって訳じゃないけど大分分かりやすくはなっているな
これなら何とか間に合うか?
翌日もほとんど寝ないでやったが古代語の文字の半分も覚えない内に二階からノノールファさんがやって来てしまった。
ここ一週間寝ずで魔導の研究をしていたのかと疑いたくなるほど目の下は隈だらけ。髪も思わずトリートメントはしているか? と聞きたくなってしまうほど荒れている
そして僕はこの一週間ほとんど真面目にやっていませんでした! 本当に申し訳ありません!
「古代語と魔導の勉強はしたか?」
「いえ、あまり進まなくて」
「そうか……」
怒鳴られることはなかったが、やはり額に皺をつくり少々怒り気味のご様子だ
「『祝福の書』を見せてみろ」
「えっ!?」
「いいからさっさとしろ」
その命令に焼印が反応して大人しくノノールファさんに祝福の書を渡す僕の体
僕のプライバシー情報が詰まっている書をノノールファさんはマジマジと見ると一言
「何だ言語理解+は既に得ているじゃないか。一週間もあれば余裕で古代文字は覚えられたはずだが……」
はっ!? そういえばノノールファさんが古代語や魔導の宿題を出したのは、僕が大陸文字を覚えて1000ptを貰った次の日
僕自らがノノールファさんに得意気に伝えたのだから当然ノノールファさんはそのことを知っていた。
更に一週間という短い中での古代語習得。そんなのよっぽどの天才でもなければ不可能だ
そして勿論僕は天才じゃない
この三つの情報から推測出来るのは、僕が言語理解+のスキルを得ることを思いついて古代語習得が出来るのかをノノールファさんは試したのだ!!
さすがノノールファさん。考えが鬼畜すぎる
「実はスキルに気づいたのが昨日だったんで……」
「じゃあギリギリ合格だな」
何に合格して、もし落ちていたならどうなっていたかを聞くのは怖すぎた。大体ノノールファさんの笑顔で想像できるし、碌なことじゃないのは確かだろう
「それにしてもお前臭いぞ」
「ノノールファさんも臭いますよ」
所有者:アラン
年齢:10 職業:奴隷
種族:人間 魔法:なし
スキル:
スピード++
言語理解+ NEW
祝福
英知の神:ベイリーブ→1pt
戦の神:クレマティス→0pt
魔の神:アネモネ→0pt
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