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少女と僕



星降りの日から数日。

いつもどおり天気は快晴、雲がゆっくりと上空を通り過ぎ大きな影を残していく。そして再び宿の窓から日差しが差し込みはじめると、僕は読みかけの魔導書に栞を挟んでゆっくり椅子から立ち上がる。



ただでさえ古代語を読むのは文字の判別が疲れる上に、文法も慣れないとサッパリだ。…え、僕はどうなのかって? 勿論ケインミストさんに借りたグー○ル先生改め、古代語辞典をバンバン活用してやってますよ! 


何でもこの古代語辞典はケインミストさんが自ら編集したものらしく、売ればそこらの豪邸を五つ買えるほどの値段になるそうだから丁寧に皺にならないよう辞典を棚に戻す



う~んと背筋を伸ばすと体中からポキポキと音がした



「もう、完全にオッサンだな~僕も」



あの星降りの日に奇跡の再開を果たした師匠ケインミストさん弟子ノノールファさんはさんざん互いに罵った後、その矛先が何故か僕に向けられた




『おい確かアランとか言ったな。このままこいつの下で魔導を教われば確実にヤブ魔導師になるぞ! 今の内に止めておけ!』



とケインミストさんが声高々に言うと、



『師と弟子の関係に口出ししないでもらえますかな、ケインミスト殿』



と皮肉たっぷりな様子でノノールファさんが答える。おおよそそんな感じで話が進み結局僕がケインミストさんに魔導を習ったことは不問にされた。むしろ罵詈雑言の浴びせあいで二人がそのことを忘れたのが真実だろう



とにもかくも僕は二人の師事を仰ぐことになった

そして改めて魔導の難しさに泣きたくなる今日この頃である



古代語の歌うような発音、それと共に魔光を杖に宿し正確な手順で複雑な陣を描く



中には陣を使わない魔導もあるが、大体の魔導はこんな感じだ

そしてこういう技術職につきものなのはやはり「慣れ」、つまり経験。楽する道なんてよっぽどの天才でもない限りありえないってことです、はい…


凡才も凡才な僕がそうやすやすとエターナルフォースブリザードなんて出来ることは出来ないってことだ

そういう訳で今は地道に古代語の発音や魔の制御、陣の形状の暗記なんかを受験生ばりに努力しています。オルベスクにいた頃は剣術道場に行くのが少し憂鬱だったけど、こうも宿の中で勉強ばっかりしているとたまには体も動かしたくなる。


ちょうど散歩がてらに剣を振り回してみようかなんて考えたその時だった



トントントン



何かを叩くような音が聞こえてきた。最初は風で窓でも揺れているんだろうと思ったが連続してそんな音がするのでなんだろうと窓の方向を向くと、そこには掌に納まるような大きさの青い小鳥がいるではないか。どうやらこいつが嘴を使って窓を叩いていたらしい


豆のようなつぶらな瞳で見据えられると動物好きの僕としてはズキューンと胸をやられる



「…大丈夫、怖くない」



ナウシカばりの優しい瞳を向けながらその鳥を撫でようと手を伸ばせば、やはりというか案の定指を噛まれた。



「こんのクソ鳥がーー!!」



ダメだ、こいつ調子乗ってやがる。僕が世の中のつらさを教えてやらないと…



『私だ、ノノールファだ』



僕が拳を固めてプロボクサーさながらの勢いで殴ろうと振りかぶったところ、急に鳥が口を開けてそんなことを言い出した。驚いて拳を止めたが、声を出す鳥風情で怯むような僕じゃない



「ほほぅ、こっちにもオウムみたいな生き物いるんだ。それにしても声が気持ち悪いくらいノノールファさんにそっくりで気持ち悪いな」



『…移し身の魔導を使ってこの鳥に喋らせているだけだ。二回も気持ち悪いといったことは後回しにしてやるから直ぐにここを出る準備をしろ』



「はっ!? 随分急ですね」



ムカツク鳥改めノノールファさんはそれだけ言うとピュッと鳴き声を残して去って行った。


それにしても急だ。でも今思い返してみるとここに来ると告げられた時も急だったよな……

まぁ奴隷の僕には主のノノールファさんに逆らう権限なんてのはないわけであって、渋々荷物を背嚢につっこんで宿屋のおばさんに今日出る旨を告げる。宿屋のおばさんは何か粗相でもしたのかと不安げな様子だったが、主人の都合だと言うと訝しげな表情を浮かべたまま一応は納得したようだ



最後にケインミストさんに借りていた古代語辞書を返すために、家へ向かう。

ケインミストさんは書斎の椅子で葉巻を吸いながら僕をいつもの毒舌で迎えられると思いきや、その表情は岩のように堅く重かった。しばらくは僕が来たのにも気づかないほど何か深く考え込んでいるようで、ようやく気づいた時には既に葉巻の火が銀色の髭に付きそうなほどだった



「あ、何の用だ小僧?」



「何だか師匠が今日ここを出るようなので、お借りしていた古代語辞典を返しにきました」



納得のいったように鼻から煙を出すケインミストさん

ポワポワ浮かぶ煙の筋は天井にたどり着くまでに霧散してしまった



「あの……」


「まだ何か用か?」



ギロっと蛇を思わせるような目を向けられ僕は心底怯えながら聞いた



「最後にクィンにお別れの挨拶をしておきたいんですけど…今どこいます?」



「クィンは今買い物の最中だ。帰るのは随分遅くになろうよ」



「そ、そうですか……。ではクィンによろしくお伝えください」



せっかく仲良くなったクィンに何の挨拶もせずにここを立つのは酷く無礼で、純粋なクィンの心を傷つけてしまうような行為だがノノールファさんの命令には逆らえない。せめてケインミストさんが大人な気の使わせ方をしてくれるよう祈るのみだ



ケインミストさんのお別れの挨拶も早々に家を飛び出した僕を待ち構えていたのは、馬車の御者台に跨るノノールファさんの姿。良く睡眠をとれてないのか目は充血し、毛先はあっちこっちに跳ねて自己主張している。それでも動きに疲労の様子は見せないのはさすがという他ない



「挨拶は終わったか?」


「ええ」



無言で頷くノノールファさんの隣に移動して馬の手綱を預かる。一日で一番賑やかな真昼の前だけあって道行く人の数はなかなか多く、狭い道を馬車で擦らないよう通る時は冷や汗ものだ。なにせこの馬車という奴はこの世界の主要な移動手段であるため、ある程度の丈夫さや使いやすさというのは確保されているのだがその分値段も結構する。商人たちもモンスターに襲われてもしばらく馬車がバリケートとして持ったりするのだから、少々お値段が張っても命が助かればもらい物だと割り切っているのが現状だ。そして特にノノールファさんが買ったこの馬車は最新式のサスペンションが使われたものであるため値段は更にお高い


奴隷なんかが一生稼いでも足下にさえ届かないほどに……




ノノールファさんの指示で一度宿屋に戻って荷物を馬車に積もうとした時、既に馬車に何か積まれていてなかなか上手く荷物が入らないことに気づいた



……ノノールファさんの大切な物かもしれないから、とりあえず一度荷物を下ろして積み方を考えてみるか



幌の中を覗きこむと綺麗になめされた革の上に数冊の魔導書と背嚢が詰まれていて、なめし革の下には不自然な膨らみがあった。どうやらこれが邪魔物の正体らしい

ノノールファさんの大事な物かもしれないので一応確認を取ったほうがいいのだが、本人はどうやら宿屋の女将さんと何やら話しこんでいる様子。



僕は仕方無しに革を剥がして中を確認する



「…………!!!! …………!?」



……おそらく僕の顔は今すごい顔になっているだろう。昔ながらの幼馴染が女の子ではなく男の娘だと知った主人公のように、死亡確認!! とハッキリ言ったにも関わらず中国の医療技術で謎の蘇生を遂げたキャラの再登場時のように驚愕したのだ!



と散々大げさなリアクションをとったところで現実を変えられるわけではないのだが、少しはそんな現実逃避で目の前の現実から目を背けたい僕の気持ちを察してほしい。



起きたことは単純だ



なめし革をめくったらそこには天から寵愛を受けたとしか思えないような美少女がいた。超能力とか大魔導とかそんなチャチなもんじゃねぇ、もっと恐ろしいものの片鱗を(ry



何だか事情がさっぱり掴めないが、とりあえず今分かるのは美少女がスヤスヤとそれは気持ち良さそうに眠っているということ。そして僕の尊敬していたノノールファさんが恐ろしい犯罪を犯しているかもしれないという底知れない不安。



…………いや、ダメだろこれ。


こういう時良識のある人なら大人しく警察(騎士団)に通報するのが吉なのだろうが、残念ながら僕の立場は奴隷という身なので、ここで通報してノノールファさんの所有物の没収(僕)なんてことになってしまったら奴隷市場で家畜以下の扱いを受ける事になってしまう。それだけは何とかして避けたいのが僕の本心だ



例えこの子がノノールファさんに18禁的なことをされることになろうともやはり一番可愛いのは自分! そのスタンスは崩さない!! 




「それにしても意外だったな。ノノールファさんがロリコンだったとは…」



「ロリコンとは何だ?」



「少女や幼女に倒錯的な愛を抱く人物、またはその性癖のことですよ。要するに唯の変態ですね」



……………ハッ!?


プルプルと振り返って見ると、そこには珍しくそれと見て分かるほどに額に青筋を浮かべて怒りを顕にしている様子のノノールファさんの姿が



これは何か上手い弁明が必要だ! それも性急に! え~と~


そうだっ!!



「近寄るなロリコンっ!!」



これは一見火に油を注いだような愚考と人は考えるかもしれないが、その実本人に直接ロリコンと突きつけることによって、その弁解に力を注がせ本題(僕がロリコンと言ったこと)を忘れさせる素晴らしい作戦だ。



「違うっ! 私は断じてそんなロリコンとかいうやつではない! それにそもそもこの子は…「うるさいなぁ」」



そんな思ったよりも低い声がノノールファさんの声を遮った。その声の主は勿論今話題の少女である



少女はなめし皮をその細腕で横にどけると、よっとの一声と共にネックスプリングで跳ね起きた。短く切った銀色の髪がパラパラと整った顔にかかるのを煩わしそうに手で払うと、その人形のように大きな眼が僕に移り、見るからに怪訝そうな顔をする



「誰だお前?」




ここで物語の主人公なら「人に名前を聞くときはまず自分から名前を明かすのが最低限の礼だろう?」とでも言ってカッコつけるのが筋なのだろうが、当然そんな勇気が僕にあろうはずもない。それにこの子の放つ高圧的な雰囲気に飲み込まれて気分が萎縮していたんで尚更だ。当然ビクビクしながら話すことになる



「ぼ、僕はアラ「こいつは唯の奴隷です。どうかお気になさらずに」



「そうか」



それを聞くと少女は急に僕への興味をなくし、再びなめし皮のベッドの中に戻った。奴隷ってだけでこういう反応をされるのには…………慣れては…いないけどよくあることなのでいいとして、ノノールファさんのこの子への言葉遣いがやけに丁寧すぎやしないか? 



「何をしている? 早くしろ」



ノノールファさんの怒気が孕んだ声に僕は慌てて御車台に上り馬を進ませる。仕方なくパカパカと歩みだした馬に鞭打って煽るのも忘れない。こうでもしないとこいつらのやる気は持続しないからだ。


まるで僕のようだと小さく呟いて透ける様な青空に重いため息をついた





帝都を出て約四時間


出たのが確か午後一時頃だったから今は五時あたり。

あたりの景色もほのかに赤く染まり、顔にぶつかってくる風も冷たくなってきた。



謎の少女はあれ以来見てないのでその間何をしていたかはわからないが、ノノールファさんが時々進む方角が合っているか確認しにくる際に馬車の中を覗きこんだところ、なめし革が最初とほとんど動いてなかったのでずっと寝ているのだろう


ああ、凄く羨ましい……


昼からずっと運転していたから酷く気疲れしているし、馬車のガタガタという揺れがなんとも眠気を誘うので正直そろそろ限界だ。幸い魔導書に夢中なノノールファさんには気づかれなかったようだが、ふと気がつけば道から反れていたことが何度あることか



街道からそれると一気に魔獣のエンカウント率があがるので一番気をつけなくちゃいけないんだけど、仕方ないよね人間だもの

そんな不謹慎なことを考えていたのがバレタのか、いきなり馬車の中から御車台へとノノールファさんが顔を出した



「そろそろ今夜の野営地を探さなければな」



…どうやら怒られるわけではなさそうで僕はノノールファさんに見られないようにホッと一息つく。一息ついたら体が疲れを自覚してしまったのか、今までの疲れがドッと出てきた


直ぐにでも休みたいのでノノールファさんの意見に激しく同意すると、


「確かこの先の街道脇に少し開けた場所があるはずだ。そこでテントを張るぞ」



「了解!」



馬車を走らせること三十分。日はもう暮れかけ、薄闇があたりを包みだした頃ようやく待ちに待った目的地の姿が見えてきた。


目的地を知らない僕が何故視界の悪い中そうだと気づいたかは至極単純。既にその先に団体さんが魔導陣の中大きなテントを構え、炊煙がゆらゆらと空へ立ち上っているのが見えたからだ。


おそらく商人の団体か何かだろう。

幸い僕達がテントを設置したり、馬車を置くスペースは十分にあるようなので早く休みたい僕は馬を飛ばすために鞭を振り上げたところで、いつの間にか隣にいたノノールファさんにその手を止められた。



いきなり訳が分からなかったので問いただそうとした僕の口もノノールファさんが塞ぐ。さすがに何かおかしいと気づいた僕は真剣に野営地の様子を窺いながら魔導の詠唱を始めるノノールファさんの横顔を見て、いよいよ自分の推測が正しいことを確信する。



魔導の完成を表す青い魔光が馬車の中で光ると、ノノールファさんはまるで何かに集中するように眼を閉じた。そのまましばらく待って再び彼の口から出てきた言葉に僕は言葉を失った



「どうやら我々を待ち伏せているらしい」



なん……だと……!?




「俺を狙っているのか?」



後ろから鈴のような声が聞こえて振り返る。

何時間もずっと寝ていたせいか銀髪の毛が所々はねてはいるものの、その美しさは微塵も失われていない。むしろクールな印象だったのがちょっと抜けている面を見せたことで可愛らしさが出てきた。そしてここに来て俺っ娘という設定! そこに痺れる! 憧れる!



少女は一人興奮する僕を他所にノノールファさんに疑問の視線を向ける。


ノノールファさんは少し難しい顔つきで悩んだがコクッと首肯した



「引き返して別の道から抜けれることは出来ないのか?」



「兵士達の会話を遠聴とおききの魔導で聞いたところ増援が現在こちらへ向かってきているようです。引き返しているうちに追いつかれるのがやまでしょう」




正直話に全くついていけない。どうやら少女が狙われているようだが、誰に何故襲われているか説明求める! ハイッハイッとスネ○プ先生の質問に答えようとするハーマ○オニーのごとく挙手するが、例える対象が悪かったのか完全に無視される僕……



(´・ω・`)ショボーン




「少々危険ですが、街道から逸れてここを抜けましょう。何分道のりが悪いので揺れますが構いませんか?」


「俺なら構わない、気にせず飛ばしてくれ。魔獣どもが活発になる夜中までに野営地を見つけておきたいからな」



こうして僕の意志は全くないまま話が進んだ。

少し街道から外れると背筋が急に冷えた。それは少し冷え込んできたせいもあるが薄暗闇の中、草むらの茂みや影を魔獣の姿と幻視してしまう僕の臆病な心のせいであるところが大きいだろう。


とにかくいちいち怯える僕にうんざりしたのか、少女が呆れたようなほとんど侮蔑の眼で僕を見る。七度目の物音に驚いて僕が思わず手綱を放してしまうと



「チッ、奴隷の癖にまともな仕事も出来ないのか。使えないな…」



とわざわざ僕に聞こえる声でおっしゃった。自分でも認めたくはないがまさにその通りなので苦笑いして誤魔化し、再び手綱を握りなおそうとしたとこでその異変に気づいた



先ほどまで足場の悪い膝まで伸びた草むらの中をそれでも怯まず足を進めていた馬二頭が全く動かないのだ。それは鞭打っても同じ事で、ひょっとして草が足に絡まったか怪我でもしたのかもしれない。


様子を見ようと御者台を降りようとしたとこで



「自殺願望でもあるのか、お前は?」



再び少女にキツイ事を言われた。さすがに仏のアランと呼ばれた僕でもそこまで絡まれてはイライラもしてくる。だが根がビビリな僕が人に怒るなんてことが出来るはずがない



とりあえず嫌な相手でも苦笑いしながら出来る限り争いを回避しようとするこの本能は『和』の心をもつ日本人特有のものなのだろうか? 



そんなことを考えていると馬がいきなり怯え始めた。甲高い鳴き声を上げながら後退しようとする馬を慌てて鎮めようとするが狂ったように喚き言う事を聞きそうにない



「ダメだ。興奮して我を忘れている」



思わず風の谷の少女になってしまった。ちなみに馬の目は赤くもなんともない


馬の嘶きに答えるように草むらがザワザワと動き出した。明らかに自然の風で動いているわけではない。周囲から三つの膨らみがこちらへ向かって近づいてくる


目の前で暴れる馬と周囲から近づく新たな危険にテンパってはわわわとどこかの軍師のように慌てる僕にノノールファさんが鋭く声をあげる



「馬車を動かされて狙いを外すことだけは避けたいから、お前は馬を必死で抑えてろ! 私が魔獣の相手をする!」



確かにそのほうが一番効率的だ。僕は危険な目から避けられて、お強いノノールファさんは戦闘。適材適所ってやつだな! 


体全体を二頭の馬の上に投げ出し必死に押さえ込む。

腹の下で馬が暴れるのを感じて僕は思った


『あれ? これ逆効果?』と




ノノールファさんはとりあえず薄暗くなってきた状態では分が悪いと感じたのか、指先に魔光を宿しながら小さな陣と古代語を唱えてバレーボールぐらいの大きさの光り輝く玉を空中に二個作った。どんな原理かさっぱり分からないがそれはフワフワと空中に漂って確かな光源を確保する。


そうすると周囲の草むらに先ほどの膨らみが無数に現れているのが見てとれた。

それも二つやそこらの数ではない。軽く見積もっても二十の数がいるだろう

今は光源を作った魔導を警戒して近寄ってこないが、無害だと分かると襲い掛かってくるに違いない! 



プルプル、ぼく悪いスライムじゃないよ



「俺も戦う」



ロングソードを握った少女がノノールファさんに真剣な表情でつめよった

あ、それ僕のロングソード……



「問題外ですな。……と言いたいところですが正直五十を超える魔獣に周りを囲まれている状況ではそうも言ってられますまい。幸い一体一体はビースト系の二期故にそう強くはないですが、私では移動手段である馬までは守りきれません。貴方には馬に近寄ってくる魔獣の対処をお願いします」



「任せてくれ」



少女は肩まで伸びた銀髪を煩わしそうに振り払って視界を確保すると、ビシッと正眼の構えをした。この世界では武器が剣や刀だけではないので道場でも余りみることはないが、攻撃をするにしても防御するにしても咄嗟に対応できるいい構えだ



かくいう僕も基本的にこの構えをとるけど、少女の構えと比べると僕のへっぴり腰な構えは多少見劣るというか……もはや別物の域といってもいいだろう




『ギャアッ!!』



草むらの中のモンスターが急に騒ぎ出す。首筋がゾッとするような殺気の篭る声に僕は必死で馬の首を押さえつけることで生き物の温かみを感じ取ろうとした。先ほどまであれほど暴れていた馬も僕の気持ちを察してか、あるいは自分も同じ気持ちなのか素直にジッとしてくれたのはありがたい


しばらくしてモンスターは始まる時と動揺に急に鳴き止むと、草むらを切ってこちらに向かってきた




「来るぞ! 集中しろっ!」




奇声を上げながら草むらから飛び出してきたのは背中に岩の装甲を持ったイタチのようなモンスターだった。濁った灰色の目は切れ長で、鋭く尖った爪とギザギザの鮫のような歯は、注意を促したノノールファさんに向けられる。



ノノールファさん、危ないっ!!



そんなことを言う暇もないような一瞬だったが、当のノノールファさんはわずかに眉を吊り上げて



デル 吹く(ウィーン) 目前アッラ


と古代語を呟いた。瞬間ノノールファさんの掌に魔光が集まったかと思うと魔光は圧力を持った風へと変わり、襲いかかろうとしたモンスターを逆方向へと吹き飛ばした。



重い音を響かせながらモンスターが落ちた位置の草むらから全く動く気配を感じないから、おそらく死んだか最低でも戦闘不能に陥ったのだろう


だけど一難さってホッと一息つく間もない。一難さってまた一難、ぶっちゃけありえないとは良く言ったもので、先ほど飛び込んできたモンスターがやられたのを見て集団は怯むどころ激昂して襲い掛かってきた。


モンスターの突撃で軋んだ音をたてて激しく揺れる馬車の上はさぞ狙いがつけにくいだろうけど、それでもノノールファさんは氷の槍を生み出す魔術で一匹ずつ確実に仕留めていく。モンスターが同時に襲いかかってきたときは先ほどの風の魔導で一気に追い払って、額に汗を浮かばせながらも冷静に再び古代語を詠唱しはじめる様子はまるで機械のようだ



古代語の詠唱。魔導陣の正確さ。そしてそれらを行うために必要な揺るがぬ精神



魔導師としての必須事項が全て揃ったまるでお手本のようなノノールファさんに僕はただただ関心するばかり。



ビチャッ



ふと顔になにかが散った。

拭ってみるとそれはどす黒い血で、思わず悲鳴が漏れそうになる口を慌てて塞ぐ。


僕の喉元にその血が染み付いたロングソードが突きつけられたからだ。

恐る恐る見上げると件の少女がロングソードを突きつけている犯人だった。



「お、落ち着いて投降しなさい。あなたは包囲されている」


「ああ、モンスターの群れにな。死にたくなければ不用意に大声で注意を惹きつけないことだ。次少しでも大きな声を出そうとしてみろ、その前にこの剣がお前の喉を掻き切るぞ」



「は…はい」



目の前に突きつけられた剣の殺気にションベンがちびりそうなぐらいビビッていたので、蚊の鳴くような声しか出なかったが、少女は無言で頷いたのでどうやら伝わったらしい



ほっと安堵すると辺りが生臭い血液と獣の酸っぱい匂いに包まれているのに改めて気づく。馬車の周りに放射状に散った臓物。あれが生物の成れの果てだと考えると吐き気を催してしまうほど強く死というものを僕に連想させた。ゴブリンを解体した時に少しは慣れたかと思ったけど、より一層死への恐怖が増した感じさえする。



思えば一度目の死は急性心臓発作だったので、ほとんど苦しむ間もなく死んで今でもあれが本当に起こった出来事なのか疑わしいほど。考えたくないが前世の自分という存在は今の自分の厨二的妄想というパターンも可能性としてはあるのだ。


まぁどちらにしろそれが今の臆病な僕を変えるわけでもないので不毛な妄想なんだろうけど…



閑話休題



今までモンスター達は味方に多くの犠牲を出したノノールファさんを優先的に狙っていたが、これ以上は群れの全滅に繋がるとみたのか御しやすそうなこちらに標的を変えてきた。


唯の獲物としてこちらを見つめるその瞳をどこか他人事として受け止める自分。


本当に命が狙われるということがあまりに現実味が無くて、どう対処すべきか分からずただ呆然としていた。


しかし地面を蹴って目の前に飛び掛って来ていた二頭のモンスターは目の前で血しぶきと共に切り伏せられる。少女の持つロングソードが空に美しい銀と赤の剣線を描き、こちらに襲い掛かってくるモンスターを瞬時に打ち据えたのだ。


その剣筋は僕が見て分かる程度には荒かったが、剣のスピード、威力に関しては僕の通う剣術道場の兄弟子に迫る勢い。


その華奢な体のどこからここまでの剣を振るえる力が湧いてくるのかさっぱり分からない。とりあえず助けてくれたお礼を言うべきかと思ったけど、周りを取り囲むモンスターへ集中力を割いている彼女の邪魔をするわけにもいかなかったので馬の背で小さくなってることにした。



ようやく戦闘が終わった頃には既に日が暮れ、ぴったりな野営地を探すほど時間的な余裕もなく、草原を抜けた先の赤茶色の地面でテントを張ることになった

ノノールファさんもさすがに連戦で疲れたのかぐったりと岩に寄りかかって休憩しているようだったのでモンスター避けの魔導陣は僕が描くことに。行きの野営地では何度も描いていたのでだいぶスピードは上がったが、まだまだ直接魔光を得物の先に宿すことが出来ないので一度掌に魔光を集めてから得物に移すという間接的なやり方だ。


一分一秒を争わなければならない戦闘ではとても使い道にならないと分かってはいても、僕はそうそう直ぐに魔の操作が上達する天才でもないのでじっくりやっていくしかない。


件の少女は疲れを滲ませながらも僕のその様子を鼻で笑ってみていらっしゃった

何だこの感情は! 感じたくないのに感じちゃう、ビクンビクン!



一人悶えていると少女はまるでおぞましい物でも見るような顔を一瞬して直ぐに目を背ける。……あ、そういえばまだ助けてくれたお礼を言ってなかったな

というかお礼以前に僕あの子の名前さえ知らないんだけど…




「ねぇ、君の名前を教えてくれない?」



「臆病者に名乗る名前などない。気安く話しかけるな」



あっさり一刀両断! しかしここで挫けては感謝の意を伝えることも出来ない。それにこの子は命の恩人だ。僕の生殺与奪権はこの子の手にあるといっても過言ではないだろう……いや、それはできないな。なんたって僕の生殺与奪権は既に主人であるノノールファさんのものだからだ(キリッ



……若干テンションが下がったがとりあえずは少女のお礼を済ませておこう



「さっきは本当にありがとう、とても感謝している。これだけ伝えたかったんだ。迷惑みたいだからこれから先はノノールファさんに命令されない限りなるべく君と関わらないようにするよ」



テントへ向かう途中小さく後ろで


「奇妙な奴だ」


と聞こえた。




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