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闇夜の襲来



路地裏のちょっとした隙間、曲がり角、藁山、屋根の上。

幼少時代、そんなところに潜んで隠れるのが好きだった。そうして幼馴染や大人が近くを通る度、ワッと声を上げながら飛び出した時の驚く顔といったら、もうそれだけで他の遊びの必要性も感じないほど嵌っていたものだ


そしてそんな俺がよりスリリングを求めて帝国の騎士を脅かした事から捕まるのにそう時間は掛からなかった。本当にあの頃の俺は頭のネジが一本どころか五、六本抜けていたんだと思う


だが、その隠密の才能を師匠に見出されてアサシンになれたのだから人生というのは分からないものだ。



今回の任務は宮殿に住むさるお方を暗殺すること

珍しくない任務だ。暗殺する人物の人相を聞くと、もうそれ以上の情報はシャットダウンする。あまり暗殺相手の詳しい話を聞きすぎると死期を早めることになるぞという師匠の教え通り、暗殺業を始めた日から必要以上の情報は聞いたことはない


例え今回の暗殺相手が王族縁の印である輝くような銀髪の持ち主であろうとも……俺は任務を遂行するだけ






深夜、事前に雇い主から衛兵の巡回ルートを教えられていた俺は拍子抜けするほどあっさりと宮殿内に潜入した。ここまで正確な情報を持っているのはおそらく内部の人間のみ、そこまで考えて頭を振り払った


余計なことを考える必要はない。今の俺に必要なのは任務を遂行するための冷静な判断のみ


潜入中のため深呼吸するわけにはいかないので、浅く長く息を吸って平静を取り戻す。

……良しっ、大丈夫だ。問題ない


宮殿と王の奥方が住むハレムを繋ぐ渡り廊下の柱の影に身を潜めていた俺は、取り戻した平静のおかげで微かな物音に気づいた。ジャッ、ジャッと大きくなるこの音は間違いなく誰かの足音


師匠に山ほど夜襲をかかれて命を落としかねない経験をした俺には分かる


急いでほとんど取っ掛かりのない柱の上にスルスルと登り、屋根の上に避難するのとほぼ同時に寝巻き姿の女性が月明かりの下に見えた。どうやらハレムの一員らしく、胸元が大胆に開いた寝巻きから見える艶っぽさはそこらの娼婦にはない自然なものだ


どうやら用が足したいようで、さっさと小走りで行くのを見送ると俺は再び屋根から降りて目標の人物の寝室へと向かう



さすがに王の住まう宮殿だけあってそこら中に魔導で侵入者を検地する罠があったが、寝室までの道のりにある罠は全て生きていない。これも全て依頼人の手によるものだ


いよいよ寝室前まで来たところで不足の事態が発生した

予定では就かなかったはずの護衛兵士が三人。寝室の前を固めているではないか

一瞬この依頼は罠かと考えたが、もしそうであれば既に自分は捕らえられているはず。依頼者側にもこの警備は予想できなかったのだろう



まぁ、こっちも謝礼の量からして簡単に済むような仕事とは最初から思ってない。こういう不足の事態にも慣れっこだ



トントントン


角を曲がった先にいる衛兵たちに聞こえるように壁を叩く。すると直ぐに様子見のため三人の内の一人がやってくる

直ぐに首にナイフを突きつけ、


「動くな、動いたら殺す。喋っても殺す。分かったら黙って頷け」


目の前の兵士は情けない位に震えながら、それでもコクリと頷いた



「残っている二人の兵士の内一人をこちらへ呼び出せ。怪しげな言動をとれば直ぐに殺すぞ」



「は、はい。……お~い! ちょっとそこで足を挫いちまった。起きるの手伝ってくれないか、コマド」



曲がり角の先でブツブツ文句を言いながらコマドという名前の男がやって来るのを確認すると、呼んだ男をナイフの柄頭で殴って気絶させる。似たような手で残り二人を片付け一息ついた


任務は順調。多少の予定は狂ったがそれさえも予定の範囲内だ

後は目標を暗殺するのみ。自殺に見せかけることや特赦な毒を盛って自然死に見せかけることもできるが、今回の依頼はなるべく残酷な遺体をつくるというものなので対処が楽だ



目標の眠る寝室のドアは軋みもほとんど無く開いた。部屋は広く煌びやかで、だからこそ白木で作られた天蓋付きのベッドが良く映えている

この部屋の家具を調えた人物の才能は、その手に疎い自分でさえよく分かるのだから相当なものだろう



そんなことを思いつつ、ゆっくりと目標の人物が眠る天蓋を覆う薄い布を手でさっとどける。







イシュが起きたのは深夜三時を回ろうとするところだった。ふと用が足したくなったわけでも、星降りが終わり唯一夜空を照らし出す月明かりが眩しくて起きたわけではない


今日から父上の命令で部屋の扉の前に立つことになった見張りの気配が消えたことに気づいたからである


おかしい。交代の時間でもないのに三人の見張りが一気に消えるのは無用心だし、そんなような事を仕出かすような見張りが王族のイシュの衛兵になれるはずがないからだ

そして微かに未だ動く人の気配も感じる



(これは侵入者が現れたに違いない。それもおそらく自分を狙って…)


その程度には自分の重要さをイシュは理解している。そして重要な人物はそれを慕っている人と同じくらいの敵を作り出すことも

目的は誘拐か、暗殺か? どちらにしても好ましくない


不味いことになったとイシュは咄嗟の判断でベッド下に隠れることにした。様子見に出て侵入者と出くわすのは剣を所持していない今最悪なパターンだ


しばらくすると音もなくドアが開き何者かが入ってきた。ベッドの下からなので足しか見えないが、衛兵の履くレザーブーツや従者の履く柔らかな靴でもなく、見えたのは生足だった


多少武術に心得のあるイシュにはその足取りが常人のそれとは違うことに気づいた。大理石の床に生足をくっ付けておきながらペタッペタッという特徴的な音がしないばかりか、本当に全く足音が聞こえないのだ


何者かは知らないが、よほどの腕の持ち主だろう


ここまで凄腕の人物がベッドの下の自分に気づかないはずがない。ベッドに自分がいないと知れば直ぐにでも見つけるだろう。しかし助けを呼ぼうにも近くの衛兵は皆やられている恐れがある。となるとイシュに残された手は不意打ちで怯んだ隙に逃げるしかなかった。


まだ子供だが体術の腕は人並み以上にあると自負している。魔光を集めた拳を急所に叩き込めば死ぬことはないにせよ、相手の機動力を下げるには十分だ。後は宮殿の中にある騎士の休憩所まで逃げればひとまずは安心




謎の侵入者がついさっきまで自分が寝ていた天蓋付きのベッドの天幕をめくる物音がしだすと、いよいよイシュは覚悟を決め、手に魔光を集める準備をする


侵入者はベッドに自分がいないことに気づくと辺りを慎重に探り始めた。緊張で額から汗がツーと頬へと流れていくのを感じながら、恐怖ですくむ己を心の中で激励し、いざ飛び出そうとする瞬間だった。


イシュの部屋の扉が大きな音をたてて勢いよく開かれたのは



自分は勿論だが、一番驚いたのは侵入者だろう。何せ侵入者にとってこの宮殿の中は敵のど真ん中だ。


逆光のせいでその人物の顔は見えない。背は高いがガタイはあまり良くないようで、衛兵の援軍を期待していたイシュはそれに少し落胆した

おおよそ扉の前で倒れている衛兵の姿を見て、正義感に狩られてやってきた文官の類だろう


とはいえ自分を助けに来てくれた人物に一人でやってくるので無く、大勢連れてやってきてくれとは現状からも到底言えず、ただ一秒でも長く侵入者の意識を惹き付けてくれと願うばかりだ



「……ここで何をしている?」



冷たい月明かりが差し込む静寂な部屋に男の低い声がやけに響く。侵入者はそれに答えることもなく無言でナイフを取り出すと、真っ直ぐ男のもとへと走り出した



男と侵入者が重なると同時にグシュッという音がして何かが倒れた

それがあまり月明かりの届かない室内の端で起きた一連の出来事


イシュの胸には罪悪感が膨れ上がっていた。自らの命を守るために一人の命が犠牲になる

そんな生々しい感覚を彼は体験して温室育ちの精神は崩れ落ちることもなく、逆に開き直っていた


犠牲になった彼のことを思えばこそ、ここで情けなく死んではダメだと。

たとえ死ぬにしても死後の世界で自分は一泡吹かせてやったぞと彼に告げる責任がある


そう考えると胸に巣くっていた恐怖は消え去り、流れる汗は覚悟へ変わった



イシュはベッドの下から素早く飛びだすと、瞬時にその人影へと詰め寄り真っ赤に光る魔光を宿した拳をぶつける



「グッ!」



鳩尾を狙った一撃だったが、相手もさるもの。闇に紛れて近寄ってくるイシュの気配に気づくと瞬時に手でガードされてしまった

しかし相手の肘から先がプランプランと意志なく揺れて骨折しているところを見ると、それほど無駄でもない一撃だったのだろう


再び魔光を込めた拳で殴ろうとしたが、イシュのそんな考えを読んでいた男は腕を間接と逆側に捻り上げる。あまりの痛さに声を上げるイシュに思わぬ声がかかった




「落ち着きなさい、イシュ。私は敵ではありません」



その声に既知感を感じたイシュは恐る恐る後ろを振り向いた


「……バトラーじゃないか。脅かすな」


「フゥ。勝手に勘違いしたのはあなたですよ」



バトラーの声で落ち着き始めたイシュは曇りガラスが晴れるかのように視界も開け始め、薄暗い室内に倒れているのが先ほどの侵入者だということに気づく。


部屋の灯りを灯し、おもむろにその侵入者に近づいたバトラーは人相や持ち物を一通り検査するとイシュの方へと振り返った。未だ痛々しい左手の様子を見て思わずイシュは目を背けた

そのイシュの様子を見てバトラーはお気になさらずにとだけ言って語りだす



「やはり個人を特定できるような物品はありませんね。本当は生け捕りにできればよかったのですが、あなたが隠れているのに気づかれて人質にとられるよりはマシでしょう」


「あ、ああ」


イシュはバトラーの言葉の半分も耳に入らなかった。あの小言が五月蝿く、変なところに気がつく皮肉屋のバトラーが腕利きの侵入者を殺し、あまついかにもそれらしく死体の懐を探っている様子を見て本当にこれは自分の知っているバトラーかと疑わしくさえ思う


だが当の本人は拍子抜けするほどいつものバトラーそのものでイシュはより困惑を深くするばかりだ




「どうやらハト派の貴族が次世代の戦力になりそうなあなたを暗殺しようと人を差し向けたのでしょう」



到底、雇い主の息子に直接言うような言葉ではない。だがバトラーがあえて包み隠さず教えたのは自分を大人として認めていると受け止めて、ただ頷く



「俺はこれからどうしたらいい?」



そう言うと、急にクスッと笑うバトラー



「な、何故笑う?」



「いや、イシュ様も大きくなられたと思いまして」



「意味の分からないことを言うなバトラー。それよりも暗殺者を送った貴族について何か心当たりはあるのか?」



「心当たりがありすぎて困りますね。手段はどうであれ皆国を真に憂う賢人ばかり、何時かは愛国心が暴走してこのような手段をとるのは予想の範囲内といえでもさすがにここまで手が速いとは……」



「ハト派の最大権力である父の抑止力ももう限界に近づいてきているわけか」



「ご明察どおりかと」




ウェスバニア帝国首都ルクブラティオにかつてのドラゴン襲来を思わす黒い暗雲が渦巻き始めた




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