星降る日
† † † † †
呆れるほど広い宮廷の一室。その部屋の一つ一つの調度品が今帝国で有名な家具職人が手がけた物でテーブルにしても水差しにしても平民の十年分の稼ぎを優に超える
その中で気だるそうに肘掛け椅子に体を預けながら茹だっている少年がいた
「この中に閉じ込められてもう一ヶ月近くか。さすがに飽きてきた」
少年は他人が嫉妬するほどの光沢を放つ銀髪が目にかかるのか、うざそうに首を振って視界を確保する。かといって少年は決して体が細く、貧弱な美少年というわけではない。力瘤こそあまり大きくないもののその筋肉は通常の大人以上だし、精悍さと美麗さが合わさって良いとこ取りをした顔立ちの持ち主だ
かつての英雄もかくやという程人々の理想の顔立ちの持ち主は、その見た目とは裏腹のだるそうな態度で備え付けのベルを鳴らした。やがてそのベルの音を聞きつけて老年の執事が現れる
「バトラー、いつになればこの牢獄から出られる?」
この場にそぐわない不躾な質問に対しても執事、バトラーは気にした様子もなくただ淡々と答える
「何度も返すようですが、イシュ。あなた様は王の大事な客人です。その証拠に王の部屋の次に大きく、絢爛豪華なこの部屋を用意させてもらわせております。ここが牢獄とおっしゃるのならばこの愚昧バトラー。あなた様をどうお扱いしていいものか分かりかねますな」
「部屋が豪華だろうが、閉じ込められていることは一緒だ。いくら欲しいものが直ぐに手に入るとはいえもう我慢できないぞ」
今にも暴れだしそうな雰囲気を察したバトラーはこの少年にとって最大のストッパーとなっている言葉を放つ
「……あなたのお父様もあなたのことを大変心配しておりましたよ」
「グッ……」
少年イシュの父親オイデン公はここウェスベニア帝国において王の弟にあたる人物でつまりイシュは王族の一人ということになる。
数年前帝国のさる高名貴族の一人息子が出世欲のため王国との小競り合いに出て遺体で帰ってきてから、その高名貴族が王国と戦争を起こそうと下級貴族を集めてタカ派を組織しているのはもはや帝国内では衆知の事実だが、それを止めようとしているのがハト派の最大権力であるオイデン公だ。当初その計画はオイデン公の権力もあり上手く進んでいくように思われた
だがそのオイデン公の努力も最近は空しくなりつつある。何を隠そう、そのオイデン公の息子であるイシュ自体が父親の計画を狂わした張本人なのだ。とはいえ特別イシュが外交上問題となる事件を起こしたわけではなく、その力が問題だった。
『気』と『魔』の両方が使える。この史上初の存在が発覚した時点では魔導師や騎士が騒ぎ立てたぐらいでそれほど影響力はなかった。問題はイシュの天才としかいいようがない才能だ
気に関しては初めての戦闘で騎士に勝ち、魔に関しては誰にも教わることなく魔光を操っていた。それも9才の少年が
このまま育てば将来いったいどんな人物になるか、そんなことが欲望渦巻く宮廷で知られればその内イシュを祭り上げて王国との戦争に持って行こうとする良からぬ連中も出てくるはずとオイデン公は考え(実際出ている上に最近では王も戦争に乗り気の様子である)、ほとんど宮廷内で軟禁状態にしているのだ
普段はモンスターの対応に精一杯な点もあり他所との戦争にかまけている暇はないが、イシュという余分戦力が出来た為、戦争がそう遠くない未来に起こることも十分有りえる
それを分かっているからこそ、イシュも父であるオイデン公の名前を出されると強く出れないのだ。なにせ自分が帝国のプロパガンダになることを防いでくれているのだから父には何度感謝しても足りないほどである
「ちなみに父上は今どうしておられる?」
「王国からいらした和平の使者と話しこんでおられるようで、残念ながら今日も会えないだろうとのお言葉を預かっております」
「そうか」
父の顔をもう数ヶ月は見ていない。イシュの脳内には心労でゲッソリと痩せている父の顔がそれは容易に想像できた
† † † † †
酷い雷鳴が窓の外で鳴り響いている。時折ピカッと光る度に外套に包まっていた人影がビクリと神経質に反応して、次にくる雷の轟音に耐えようとしている様子は見ているこちらが哀れになってくるほどだ。
「ノノールファさんェ……」
思わずそんな言葉が出てくるのも仕方ないだろう。だってそこには普段見ているノノールファさんの冷静さとかカッコよさとかがスッパリ抜け落ちたヘタレの姿があったのだから
「うるさい。奴隷は奴隷らしく黙って座ってろ」
ノノさんの言う奴隷らしい座り方が分からなかったのでとりあえず無難にベッドの上に座る。昨日の夜から外の天気は荒れ気味だったが、今朝から本格的に荒れに荒れて今は雷鳴と共に雨が降り注いでいる。そんな中でもノノールファさんの仕事はあるようで送迎の人が大仰な馬車に乗ってやって来たが、どういう訳かノノールファさんはベッドの中から出てくる様子がない。具合が悪いのかもしれないと思ってやってきた人にその旨を伝えると渋々と帰っていった
朝食の時間になっても一向にやってくる気配を見せないノノールファさんが心配になって、女将さんに病人でも食べれるような物を作ってもらい彼の元に届けたが断られてしまった。
さすがにおかしいと感じ始めていた所、このように雷に分かりやすい反応を示していたので鈍い僕にも分かるというものだ
普段は冷静だが雷に弱いなんて何処のヒロインだよ!
萌えるぞ、コンニャロー
……いや、今のはジョークだ
とにかく今日のヘターレファさんを放っておくわけにもいかないし、この雨ではクィンとの約束も守れそうに無いな。
「本当に残念だね。今日は星降りの日だってのにさ」
「本当ですね~」
女将さんとの昼食では当然そんな話が出てくる。
星降りの日とはこの世界にとっての年明けのようなものだと考えてくれるといい。空にある星がまるで全て落ちてしまったかのように流れ落ちて行く光景は何度経験しても感動する。
この星が数多の星と呼ばれるのもここから来ているそうだ
だからこの天気だと曇ってて上手く見えないだろうという話題はこの宿の中だけでなくおそらくルクブラティオ中で話されているだろう。それほど国民全員、いやモンスターを除く世界中の全ての生き物がこの日を待ち望んでいるのだ
そんな祈りが通じたのか、はたまた神が哀れな人間に施しを与えたのか、雲は西の方に去ってしまい日が差してきた。先ほどの雨が大気の汚れをすっかり洗い流してしまったようで植木の露にもたしかな命の息吹を感じ取ることさえ出来るほどだ
ノノールファさんも頭を抱えながら二階から降りてきてようやく食事をとりだす。
ずっと外套に包まっていたせいか灰色の髪はあっちこっちへ跳ねているがそれがまた遊び心を加えた上級者のお洒落っぽくて憎い。僕が朝起きてどれだけ大変な目に会っているか! クセ毛は直すの大変なんだぞ
「……今夜は晴れそうだな」
「ええ、きっと綺麗な星降りが見られますよ」
案の定夜は満天の星空。
本当は首都の外にある小高い丘に行けばもっとよく見えるのだろうけど、そういう訳にもいかないので宿屋の屋根に上って夜空を眺める。周りを見渡すと同じように屋根に上っている人がチラホラいるので特別浮くということもなく安心して見れる
ノノールファさんがすわり心地の良さそうなクッションを一人お尻に敷いて星降りが始まるのをただジッと空を見上げて待っている間、僕はクィンも来ればもっと楽しかっただろうなとボンヤリ考えていた
そのまま待ち続けて二時間
斜め上の星が流れるのを切欠にして次々と星が流れ始める。首都中で感嘆の声が上がり五月蝿いほどだ
「何時見てもいいものだ」
「そうですね」
もはや空は尾を引く流星群で埋め尽くされた。空にある星が全部流れていくのだから天文学的に見たらさぞ恐ろしいことなんだろうが被害はないし、この日が終わるとまた次の星降りの日まで徐々に夜空に星が戻ってくるので心配ない
「あっ!? アラン君いた!」
その元気な声は……
屋根から声の方を見下ろすとやはりというか、クィンの姿が
その後ろからはケインミストさんの姿もある。なんとかこちらを上ろうと無謀な挑戦を繰り返すクィンに中から来る様に言うとまぶしい笑顔を見せて宿屋へ駆け込んだ。
ケインミストさんと会ったノノールファさんが「何故!? こんな所に師匠が……」「久しぶりだな。顔も見たくなかったが」との不毛な話し合いをするのはまた別の話だ