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互いの主人

何だか、最近主人公を痛めつけていない。これからもっと厳しくしていこう!




「靴の泥はこの布で拭ってね」


「……うん」



同じ奴隷ということですっかり意気投合した僕達だが、まさかクィンの主人の家に行くことになるとは思わなかった。クィンの話によると少し怒りっぽいけどいい主人らしい


クィンのボロボロの服装からあまり裕福な家ではないと予想していたが中々家も大きい



「この服は外に出るときに着ているの。その方が良いってケインミストさんも言っていたから」



ケインミストというのはクィンの主人なんだろう。不思議と何処かで聞いた覚えのある響きだ


クィンにわざわざボロ服を着せている理由はあまり頭の良くない僕でさえ分かる。僕の前を得意気に先導しているクィンの容姿は控え目に言っても整っている。彼女が良からぬ奴に目を付けられないようにボロ服で興味を削ごうという考えなのだろう。



……あれ? もしかして僕ってその良からぬ奴なのか?



脳内に浮かんだ考えを払い捨ててそのまま家にお邪魔するとケインミストという主人に紹介されることになった。クィンにとって僕は初めての友人らしく、主人に自慢したいらしいが会って数時間の人間が友人と言えるかどうか果てしなく微妙だ。お互い知っていることと言えば互いが奴隷で猫好きってところぐらいだし――いや、猫好きってだけで僕達は同士だから友人と言っても差し支えないかも



そうこう考えている間にそのケインミストって人物の部屋の前に着いたらしくクィンが止まる。



「ケインミストさん、私親友が出来たの♪」



いつの間にか友人から親友へ格上げされている!?

クィンのお尻にブンブン振り回している猫の尻尾らしきものを幻視した



クィンが勢いよく開けたドアの向こうには円形の部屋の壁沿いに天井まで届く本棚がいくつも置かれていた。距離が少しあるので本のタイトルは分からないが見覚えのある古代文字だ。古代文字で書かれている本なんて魔導関係にしかないからケインミストは魔導師なのだろう。当の本人らしき人物は部屋の端の書斎机で魔導書に没頭していたが、クィンの声で椅子をクルリと回転させこちらと向かい合う




「ふむ。そこに立っているのがクィンネミアの親友なのか」



しゃがれた声と皺からして年齢はおそらく七十代。しかしまったく衰えることのないその双眼の鋭さと、獅子を連想させる風貌の白髪が歳を感じさせない。これはあくまで僕の予想だから実際思っているよりももっと若いのかもしれないけど


とにかく僕は彼のその威厳に少し怯んでしまった


「は、初めまして。アランと言いまひゅ」


クッソーーーー! 噛んじまった!!!

核シェルターがあったら入りたいとはこのことだ



ケインミストは噛んだ僕を思案の表情で眺めると鼻で一笑する



「ふっ、クィンネミアの騎士にするのには頼りないな」


「ちょっとケインミストさん!! 私の親友をバカにするならケインミストさんでも許しませんよ」


「ジョークだ。ジョーク。それよりクィンはまだ日課の洗濯が終わってないんじゃないか?」


「あ!? …………アラン君は少し待っててね。直ぐ終わらすから!」



そういい残すとクィンはドアを蹴り飛ばす勢いで出て行った。あんなに急いで行かなくても僕は逃げやしないというのに


…………クィンが居なくなった後部屋の中には僕とケインミストだけが取り残された。お互い何か言い出すこともなく気まずい空気が部屋を包む

ここは若い僕から話題を提供するべきか。ご趣味は?――お見合いじゃあるまいしボツだ



「……まぁ、そこへ座れ」



沈黙を破ったケインミストが勧めた先の木製椅子に僕はおっかなびっくり腰を下ろす。向かい合ってみると更にケインミストの威圧プレッシャーがビンビン感じられて、まるで目の前にモンスターがいるみたいだ



「私にとってあの子は実の娘のようなものだ。それを理解した上でこれから私の出す質問に答えろ」


真剣に語りかけるケインミストの表情に思わずゴクッと喉が鳴る。



「ここまで来たということはあの子から聞いているとは思うが、あの子は奴隷だ。……子供のお前には分からないかもしれんが、奴隷というのはお前が思っているよりずっとつらい生涯を生きる事になる。


もしお前があの子をその場の同情や憐れみでここまで着いて来たと言うのなら悪いことは言わないから帰れ。


今までもクィンネミアは何人もここに人を連れて来たが奴隷だと知ってからの態度は酷いものだった。そうでなくとも奴隷と仲の良いことを知られたら周りからも非難を浴びる。どちらにしても人はいずれ離れていくのだ。今なら離れてもまだあの子の傷は浅いだろう」



「ケインミスト…さん」


ケインミストは何だ? というふうに首を傾げる



「クィンネミ……クィンはそんなに弱い子じゃありませんよ」



「!? 貴様は、貴様は今まで傷ついたあの子の姿を見たことがないからそんな事が言えるのだ! 私は何度も見てきた!」



「だったらクィンは一生友達が出来ませんよ。同情でも憐れみでも、きっかけは何でも良いんです。クィンもそれを分かっているから会ったばかりの僕と話したんだ。心が傷ついているだけの弱い人間ならそんなことしないと思いません?」


ケインミストは神経質そうに頭をボリボリと掻いて苛立ちを隠しきれないでいるようだ

よく見ると白髪が何本も抜け落ちている



「口ばかり達者な小僧め! ……だったらお前は周りからどんなに非難を浴びようと、露骨な嫌がらせを受けようとあの子の親友であることを誓えるか?」



「ずっと親友であることは分からないけど、少なくとも僕はあの子を見捨てたりはしませんよ」



「ほう、大した自信だな。何か――なっ!?」


途中まで言いかけたケインミストさんは僕の包帯を解いた右腕の甲を見ると、今までの怒声が嘘だったかのように押し黙った



「僕も…奴隷ですから」









「本当にもう帰っちゃうの?」


見るからにしょんぼりしたクィンの表情に僕も少し悲しくなってしまう。

とは言え、ケインミストさんのご好意に甘えてしまって既に日も暮れかけているし、あまり遅く帰るとノノールファさんが心配……するかもしれない



「また明日来るよ。邪魔じゃなければだけど」


「そう。じゃまた明日ね♪」



宿へ帰るとちょうど夕食時らしく賑やかで、僕は店の隅のテーブルでパンを食べているノノールファさんの姿を見つけると隣の席に座る。内心遅くなったことを怒られやしないかとヒヤヒヤだったが僕の方を見て再び食べ始めたのでおkだと勝手に判断する。



「ノ、ノノールファさんは何時ごろお帰りに?」


塩味の薄いスープを水のように飲み干しながら訊ねる


「半刻ほど前だな」


続いてTボーンステーキのような今夜のメインディッュに被りつく。肉汁が垂れてきて服が汚れそうになったがすかさず肉を口の上まで持ってきて回避。服は汚れないし、肉汁の旨味が味わえるやらで二度お得だ


少々テーブルマナーが悪いかもしれないが、そんなのはこの美味なる肉汁の前ではたいした問題ではない


「どうやら魔導を少しは勉強したらしいな」


ギクッ! な、何でそれを!?

口の中に物が入っていて喋れなかったが、ノノールファさんは僕の表情で言いたいことの察しがだいたいついたらしく、説明をし始めた



「魔導書の腐食を防ぐ防腐剤の香りがお前の服からしたからな。それにしてもお前の体から香る防腐剤の臭いが強い。今回の旅で持ってきた魔導書はそこまでなかったはずだから、魔導書屋に行ったのか、何処かの魔導師の家に行ったかだな。まぁ後者は来て直ぐのお前に魔導師の知り合いがいるわけではないから有り得ないだろうが」



実のところ、あの後ケインミストさんに魔導師見習いということを明かすと酷く興味を持たれて直接魔導を教わったのだ。基本的に魔導師は師匠以外の教授を受けると、師匠に対して大変失礼にあたるのでこの事は勿論ノノールファさんには内緒である


それにしても核心のすぐ近くまで突くとは、全くノノールファさんは大した推理力をお持ちだ。魔導師より探偵のほうが向いているんじゃなかろうか?



「まぁ、例えどうであれ魔導の勉強を自ら進んでやるのは良いことだ」


「で、ですよね~」


「いつまで続くか見物だな」



失敬な! 







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