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奴隷になった僕

読者の皆さんに楽しんでいただければ嬉しいです



「さぁっ、さっさとこっちへ来るんだ! 貴様のように税を払えない孤児は王の情けで軍学校に入りその一生を王の剣として捧げるか、さもなくば野たれ死ぬことしか許されてはおらんのだ」


そう言って、何処かのファンタジーから抜け出してきたようにキラキラと輝く全身鎧を身につけた男は僕の腹部を蹴りとばす。ここ数日碌に食べ物を口にしてない僕にその攻撃がかわしきれるはずもなく、まともに吹っ飛び建設予定の為に置かれていたレンガの山を崩した。


痛みで朦朧としながらも、僕はどこぞの王に一生仕えるよりは後者を選ぶだろうなと思う


そもそも返事すらしてないのに何故僕は蹴られるのだろうか?


その鎧姿の男が、騒ぎを聞きつけて集まってきたギャラリーを煩わしそうに追い払う。ギャラリーも可哀そうにと哀れみの視線をこちらへ向けるが誰一人助ける者はいない


この王国、ザルナ王国では僕のような孤児がたくさんいる


近年、東のほうで戦争がありその戦争孤児がこちらへ流れてきた。以前でさえ少ない分け前を奪い合っていた僕達はその屈強な侵略者にあっさりとやられ僕も食糧を求める為に、いつもの路地裏からこうして本通りに漁りに来て今に繋がる。



僕は弱者だ。なんとかこのどうしようもない怒りが僕の中の流れている黄金竜の血を目覚めさせないかと期待してみたけど、目覚める気配は全く無い


こんなファンタジーの世界だからそんな厨二設定も通じると思ったのにな



鎧姿の男がそんな僕の意志を介すはずもなく手首に鉄の手錠をかけて、動けない僕の体をズルズルと引っ張って行く。


鉄の手錠が手首に食い込んで思わず呻き声を上げたら、剣の鞘で頭をポカリと殴られる。

鞘のままでよかったと感謝すべきだろうか


周りから嘲笑を浴びながら引きずられていると鎧姿の男が急に止まった。勢いのついていた僕は鎧姿の男のグリーブに再び頭をぶつけて悶えてしまう


悶えるってちょっとエロいな。こんな時に何を考えているんだろう僕は?


その原因を探ろうと男の股の間から様子を見ると、どうやら僕達の前を塞いでいる人物がいるようだ。僕はコロコロと芋虫のように横へ転がってその人物を確かめる


寝転がっているのでまず見えるのは下半身だけだ。腰からいくつもの色鮮やかな布がパレオのように足下まで伸びている。続いて、視線を上に向けるとその人物が背の丈170~180ぐらいで、淡い赤の着流しを身に纏った男だということが分かった。


僕の今まで見てきたアイドルなんか目じゃない程の美青年だ


灰色の髪に編みこんだ飾りがまたよく似合っている。


異国情緒溢れるその服装だが

彼と比べたらこの街に住んでいる上流階級の人間の服装でも芋臭く感じること請け合いだ



「すまない。それを引き取りたいんだが……」


思ったよりずっと高く耳に心地よいその声にうっとりして、彼の言葉の意味が理解できるまで数秒近くかかった。鎧姿の男(鎧男でいいか)も彼の放つ不思議な空気に呑まれ、僕と鎧男は揃って間抜けな顔をしていたに違いない


少し遅れて鎧男が、


「し、しかし浮浪児は軍学校に送るのが慣わしなので」


「奴隷なら別だろう?」


奴隷、それはこの世界において地位ワーストNo.1を三年連続どころか、建国の時代から連続で受賞している。同時に親が子供にさせたくない職業でもNo.1だ

所有者にその人生を捧げるところは軍学校でも一緒だが、奴隷の証である焼印のせいで所有者の命令に逆らえないし、所有者に生殺与奪権を委ねられている。

その上住居を持つ権利や、ほとんどの職業に就く権利、結婚する権利さえ失う。


ほとんど人として扱われていないのだ。全部乞食の友達から聞いた話だけど……


そしてこの御仁は僕を奴隷にするのが目的らしい。さすがに僕は一生誰かに喜んで縛られるほどMじゃないので、向こうが話をしている間に音をたてないように手錠外しに取り掛かる。手錠を繋いでいる鎖の真ん中から出たロープを鎧男が握っているので、脱出する為には両手の手錠を外すしかない。

最近痩せているせいで手首もすっかり細くなり、少々苦労したがまずは右腕の脱出に成功!


よ~し、あせるな。ここで焦ったら台無しだ、主に僕の人生が!


自由な右腕を使って左腕に嵌っている手錠を外そうとした所でジャラッと嫌な音がなる。

急いだ結果、繋いでいる鎖が擦れあったらしい。


「あっ!? お前何してるんだ!」


さすがにそれに気づいた鎧男が延ばしてくる手を振り払ったとこで、手首と手錠の間にいい具合に隙間が開いてスルリと抜け出せた。


神よ、あなたの存在を今認識致しました

私の日ごろの行いを見ておられたのですね!


特に心当たりはないが、きっとそうに違いない


僕は走る。まるで韋駄天のごとく、ボルトのごとく

僕にとって自慢できるのはすばやさだけぐらいだ。このままどこぞのRPGの3に行けば武道家や盗賊を超える新たな職業アランの誕生間違いない。攻撃順だけでなく守備力も上がるというおかしな仕様の世界じゃ僕は最強なのだ


ところが僕の目の前にゲマが現れた。何を言おう僕を奴隷にするというまさに誰得? な行動をとろうとする変わったお方だ。このままだと光の教団のもと大神殿の建設に半生を費やすことになってしまう

それだけは回避せねばならない


ギャラリーの一人であったおばさんをゲマに向かってタックルして怯ませた後、逆方向へ逃げ出す…………が数歩もいかない内に鎧男に掴まって彼の元へ連れ出された


「こいつ、もう我慢できん! 本当なら軍学校に連れて行ってやるところだが、それだとあんたの気持ちも治まらんだろう。奴隷でも何でも好きなようにして構わんぞ」


憤慨を顕にした鎧男の鼻息が頭にかかって髪が乱れる。


彼は鎧男の手から僕を縛ったロープを受け取ると、鉄の焼ごてに何やら呟きそれを僕の手の甲に当てた。瞬間、焼肉屋でよく聞く音と共に激痛が走る。見苦しくもがいてみせたが彼はヒョロッとした体型の割に予想以上に力が強く、しばらく腕を完全に固定すると焼きごてをパッと離した


あまりの熱さでジンジンとするその感覚こそが

これが現実であるという証


ああ、僕は奴隷になってしまった

まるで僕のこれからの行く末を暗示するようにポツリポツリ雨が降り出した







改めて紹介しよう。僕はアラン

この剣と魔法と銃の世界に堕ちた漆黒の堕天使、もとい元日本人の大学生である


至って普通の家庭に生まれ、普通の容姿を授かり、普通の人間関係を築いて普通に心臓発作で死んだ。そんな普通の僕がどういうわけか二度目の生を受けたのが、異常だらけの世界アマタノホシである



十数年前に発明された魔導機関により一部の分野、鉄鋼業や農業、軍事業などが飛躍的に上昇したが文化レベルはほとんど中世と変わらない。一部の魔導銃や携帯音楽媒体などのオーバーテクノロジーがあることを除けば、ほとんど携帯小説で見るような異世界のイメージだと思ってくれればいい


そんな世界に前世の記憶を持って生まれた僕はどうやら農民の母を見初めて無理やり行為に至った貴族の間に生まれた子らしい

父親と呼ぶのもおぞましいそいつは産まれたばかりの子供を一人養う母に碌な援助もせず、僕を捨てた。そして満足な生活の出来なくなった母も僕を捨てる。風の噂によると母は僕を捨てた良心の呵責や心労やらで亡くなったらしいが、それは僕にとってどうでもいいことだ。勿論乳離れが出来るまで育ててくれたことを僕は感謝している


一応は元大学生だし、自分はいらない子だったんだと嘆くこともない。この世界で肉体においては彼女の息子なのかもしれないが、最も重要な精神は何処まで行っても日本人であることに変わりないのだから


そんな訳でつい最近までいわゆるストリートチルドレンだった僕は今奴隷をやっている






あれから雇い主のノノールファさんの家に住むことになった僕の最初の仕事は掃除だった。


彼に案内するまま街の外れに移動すると、こじんまりした二階建ての家屋が僕らを迎えた。壁一面に蔦がビッシリ茂り、荒れ屋同然の見た目のそれは家主のイメージとあまりにもかけ離れていた。もっと優美で豪華な邸宅に住んでいるという勝手なイメージを持っていただけに落胆は大きい


そしてノノールファさんが僕に着いて来いと言うと、僕の体は持ち主の意図に反して彼の後を追い始める。


これが奴隷の焼印の効果なのだろう。隷属の証であるヤドリギを模した焼き痕が鈍く青色に光り、効力が発動していることを示している


それにしても自分の体が思い通りに動かないというのは気持ち悪い。手が痺れて、抓っても全く痛みを感じない時の気持ち悪さを何十倍にもしたような感じが一番近いだろう


これで通じないのなら奴隷になってみれば分かる



ノノールファさんの後に続いて中に入ると中は外よりも、もっと酷かった

あらゆるところにたくさんの本が高く積み上げられ、まるで都会のビル街のようにあちこちで高層ビルの建築ラッシュが行われている最中のようだ。そして幾何学模様が描かれた書類が床を埋め尽くし、唯一その全体が見える黒い革張りのソファーは所々破れている


この様子だとスプリングも伸びきってしまっているだろう



「ここを適当に片付けておいてくれ。私はしばらく二階に籠もる」


彼は書類の上を踏み歩きながら更なる混沌が予想される二階への階段を上って行った

「適当」にという言葉があったせいか先ほどのように体が直ぐに動き出すことはない。とは言え、いつ体が勝手に動き出すとも限らないので僕は大人しく従うことにした。



友人に聞いてたよりも彼は奴隷の扱いが良さそうだが、それでも僕の命を握っていることに変わりなく、出来るだけ彼の機嫌をとっておいたほうがいいだろう。


魔導機関で紙の生産も伸びたとはいえまだまだ高い紙を贅沢に使ったその書類を拾い集めることから始まり、分厚そうな本の下に置いて出来る限り皺を伸ばす。


書類を全て片付けるとその下に埋もれて長年光を浴びなかったモノたちが露わになる



虹色の羽ペン、黒インク、ナイフを持つ不気味な人形、チョーク、巨大な魔法陣、蝋燭、ガラス製の珠


まさに魔術師の象徴といわんばかりのそれらに目を奪われて手が止まりかけたが、近くの木製の箱にそれらを全て入れて誘惑を遠ざけた。


本の高層ビルは字が読めない僕には内容やシリーズ順に並べることは出来なかったので、なるべく同じ色の背表紙ごとに横に並べることで良しとする。それらが一通り片付くと柄の途中が折れたモップを片手に天井から床まで擦りまくる

元々床はかなり汚れていたこともあり、モップで汚れを水ごと追い払うと見る間に元の美しさを取り戻していく。


今の僕ならどこぞの魔女のようにモップ一つで空を飛びそうだ

怖いものなどありはしない





「それで床に書いた魔法陣まで消してしまったわけか」


しばらくして二階から降りてきたノノールファさんはほとんど侮蔑の表情で僕を見つめる。


「も、申し訳ございませんでした」


もしタイムマシンがあるならテンションが上がりまくってあらゆる所を擦っていたあの時の僕を殴ってやりたい。これは決して言い訳ではないが、その大切な魔法陣を書類の海で埋め、床に浮き出た汚れとそっくりな見た目にしたノノールファさんにも一端の責任はあるだろう。勿論口には出さないけど


「それにこの魔導書の並びといったらない。召喚術と薬学の本を一緒くたにするなんてバカげているとは思わないか?」


語尾を荒くすることもなく、淡々とこちらの非を述べていくノノールファさんのような怒り方をする人は総じて怖い

正論でガッチガッチに固められた武装以上に強固な物はないだろう


しかし、僕も魔導書の件については申し開きがある



「すみません。でも僕は文字の読み書きが出来ないんです」


そこでようやくノノールファさんに表情らしい表情が出てくる。まるで想定してなかったと自らの頭を小突く様子は容姿がいいせいか、少しお茶目で可愛い


……ぼ、僕はノーマルだ!!


「それは想定外だったな。これから研究の助手にしようとしていたんだが文字が読めなければ意味がない。今日の仕事はもういいからさっさと休め。その代わり明日から文字を死ぬ気で覚えてもらうからな」


「はい!!」


奴隷が何かミスをした場合ムチで仕置きするのが一般的だというのに軽い叱責で済ますなんて、ノノールファさんはなんと優しい人なんだろう



聖人君子もかくや。これがイケメンでなければ僕は真の意味で彼を尊敬していただろう


ホッとすると単純な僕の体は空腹を主張し始める。そういえば朝から何も食べてない

彼はそんな僕に爽やかな笑顔を向けて、


「もう休んでいいぞ」


とおっしゃった。


「あのぅ、何か食べる物は……」


奴隷という立場と遠慮がちな日本人という気性上、語尾が情けなくなってしまう

さすがにこんな空腹では眠れない


「聞こえなかったのか? 聞こえていてその発言をしたというなら君は多少理解力が欠けているのだろう。そんな君に噛み砕いて説明してやる。魔導書の並びの件に関してはこちらの把握不足だったが、私は魔法陣を消したことを許した覚えはない」


「……お休みなさい」


「よろしい」


こうして僕の奴隷一日目は終わった




翌朝、空腹でほとんど眠れなかった僕にノノールファさんは残酷にも朝食の為に近所のパン屋にお遣いに行かせた。この状態の僕にパンを買わせるというのは、飢えたライオンの前に生肉を置いて食べるなと言っているようなものだ


なんとか鉄の自制心でおばさんから手渡された黒パンから漂う香ばしい香りの誘惑に対抗するがもう僕のHPはとっくにゼロだ。それでも家に帰るまで我慢できたのは、パンが入った紙袋を抱きかかえる僕の手の甲に刻まれた焼印が時折服の裾からチラチラと見えたからだ。


同時に胸に鉛が入っているような気にもなって帰路へ急いだ



「遅い!」


「…すみません。少し道に迷いまして」


ノノールファさんはちょうど大きなチーズの塊を切っているところだった。その横に邪魔にならないようにパンを置いて、魔導式のコンロの上にフライパンを乗せて目玉焼きを作り始める


横からノノールファさんにその様子を覗かれると悪い事をしてないはずだがそんな気持ちになる。また何か失敗でもやらかしてしまったのだろうか?


「率先して料理をつくるその心がけは素晴らしいが、私は目玉焼きよりスクランブルエッグのほうが好きだな」


計画変更。フォークで黄身を潰して全体をかき混ぜる




テーブルの上に主食の黒パン、豆のスープ、チーズ、スクランブルエッグが出揃ったところで待ちに待った朝食の始まりだ。本当なら皿に顔を突っ込んで犬のように食べてしまいたいほど空腹だったが、さすがに元日本人の誇りからそんなことは出来ない。


大人しく黒パンを千切ってスープに浸して食べていると再び視線を感じた


「あの、何ですか?」


「いや、浮浪児の割りには綺麗に食べるものだと思ってね。元貴族か何かかい?」


「そんなんじゃありませんよ」


「ふ~ん、まぁいいか。そこそこ礼儀も出来るみたいだし、助手にはいい。問題は字の読み書きが出来ないことだな」


うんうんと頷いてこれからの教育プランを考えるノノールファさんには悪いが、僕はきっと良い生徒ではなれないだろう。この地に生まれて十年、中国語の母音を増やして日本語の文法と合体させたようなこの世界の大陸言語は違和感なく喋れるようになったが、未だ頭の中では日本語で考える癖が残っている。なまじ日本語の知識がある部分、この世界の蛇がウニャウニャとうねっているような文字を覚えるのは難しいだろう




お腹がいっぱいになってからはノノールファさんとマンツーマンで大陸文字の授業だ

文字は全部合わせて300文字と外国に比べれば多かったが、日本では常用漢字ですら1945文字。現存する漢字に至っては約5万文字と桁が二つ違う(まぁ日本人もほとんど使わないからこの例はあまり正しいとは言えないかもしれない)

それにノノールファさんが子供向け用の絵本と共に一文字ずつ発音と書き方を教えてくれたので、後は見本に倣って書いて覚えるだけだ。

意外だったのが大陸文字も漢字と同様に元々絵から派生して字になったものが多く、中には絵のまま書くような字もあり書いていて飽きないし、それに何より分かりやすい


上手く字が書けた時なんかはこのまま額縁に入れて飾りたい衝動に駆られる。でも大抵そういうのは後々見た時なんかに黒歴史になってしまうのがこの世の理だから、羽根ペンの羽根の部分でサラッと書いた字をなぞり消す。


ちなみにこの羽根ペンは掃除の時に見つけた虹色の羽根ペンで、そのペンで書いた字なら羽根で字をなぞれば消せる優れ物である


奴隷の身分であまり字の練習用に紙を消費するのは良くないからこの羽根ペンに助けられているのだが……


「もう無理だ! これ以上書いたら腱鞘炎になる」


「腱鞘炎? その程度でか?」


ゲッ、字を書くことに夢中でノノールファさんの存在をすっかり忘れていた。


「き、聞き間違いですよ。僕は狼のように犬歯妖艶になりたいな~と言ったんです!」


自分でも滅茶苦茶なことを言っているのは分かっているけどここは突き通すしかない

彼も必死な僕を見て軽く笑うと、


「ちょうど休憩したいと思ったところだ。お茶を入れてくれるか?」


今にもにやけてしまいそうな顔を隠す為に僕はキッチンへ急いだ。缶に入っている茶葉は紅茶のそれによく似ていたので熱湯を注いだ後、蒸してみた

すると茶葉の何ともいえない香りがそこらに流れ出す。どうやらこのやり方で合っていたらしい


『ピコーン。アランは英知の神ベイリーブから1ptの祝福を受けた』


「うわっ!? 何だ今の音は?」


やけに近くからそんな電子音が聞こえた。いや、脳内から聞こえたのか!?

兎に角空耳にしてはハッキリしていたし、ひょっとするとノノールファさんが僕に悪戯で何か魔導具を使ったのかもしれない。彼の性格からそういう性質の悪い悪戯はしそうだし納得だ


でもやはりあまりいい気分ではないので出来たお茶をノノールファさんの前に置いて開口一番に告げた


「ノノールファさん。お茶を作っている際にああいう悪戯をされたら困ります」


あれ? 何故ノノールファさんは訳のわからない表情をしているんだ? 

とぼけている可能性もあるが、僕の目からは本当に意表を突かれて呆気にとられているようにしか見えない


「何のことだ?」


「じゃあ、さっき頭の中から変な声が聞こえてきたのは…?」


「何だ。神の祝福があったのか」


神の祝福? 元々信仰心に薄い僕としては実在すらしない神が寿命を延ばすなり、死んだ後に天国に行くよう計らってくれるとは到底思えない。祝福なんて結局、信者を増やすためのエサに過ぎないのだ。まぁこれはあくまで僕個人の考えだから人に押し付けようとも思わないんだけど、雇い主が信仰しているのなら話は別だ。

これから先教義に従って行動しなければいけない時に僕一人だけ知らなかったら雇い主であるノノールファさんに恥をかかすことになりかねないからだ


「すみません。神の祝福って何ですか?」


「うん? お前の故郷では言い方が違うのか? 英知の神ベイリーブや、戦の神クレマティス、魔の神アネモネなどの神々から恩寵を賜ることだ。ptはその貢献度によって変化するけどな」


「1ptって大きいんですか?」


「飴玉一個分を大きいという人はあまり聞かないな」


何だかノノールファさんの言い方だとこの世界だと神は当たり前の存在で、その祝福とやらで貰ったptは物に変換できるらしい


そういえば僕以外の浮浪児はしばしば街の神殿に行っていたような気がする。そこでptと物を交換していたとするなら、僕のように生活に困って奴隷になるような子が少ない理由にも納得出来る。


「そ、そのptってどうやったら確かめられるんですか?」


「まさか全く知らないのか? ……ホメオ・パサラスと唱えてみろ」


言われた通りに唱えると目の前に茶色の革表紙の本が現れた。それが地面に落ちる前に掴んで恐る恐る中身を覗いてみる


『所有者:アラン

年齢:10  職業:奴隷

種族:人間  魔法:なし

スキル:スピード++


祝福

英知の神:ベイリーブ→1pt NEW

戦の神:クレマティス→0pt

魔の神:アネモネ→0pt

・・・・・・・・・・・・・・』


魔の神アネモネの下にもたくさんの神の名前が書かれていたがどれも0ptなので意味がない。


この本を見て、どういう原理で出てくるんだとか、神はどうやって採点をしているのか、そもそも本当に神はいるのか、などいろいろ言いたいことがあるがまず最初に……何で僕はこんなにもptがないんだ!!


今まで十年も生きてきて、さっきの1pt以外ゼロってどういうことだよ!!


あれか? 僕が異世界人という乱入者だから、この世界の神全員を上げて僕を苛めてるって訳か!!

厨二の時に必死で覚えたギリシャ神話の神々だって人間にこんなに陰湿ないじめはしなかったぞ!




しばらく勝手に騒いだ僕が落ち着きを取り戻し、ノノールファさんが説明してくれたことをまとめると


1、この世界に神は実在する

2、その神が司る事や物において、努力や発想、貢献が認められると神がptを授けてくれる。僕が英知の神ベイリーブからptを賜ったのはお茶を蒸すという方法がこの世界にはなかったらしく、それを評価したらしい。ノノールファさんもここまで香り立つ紅茶は飲んだことがないと大絶賛だ


3、神殿でそのptと引き換えに食べ物から、武器、魔法、スキルまであらゆるものを得ることが出来る。尚、そのptはptを賜った神の分しか使えない。例えば英知の神ベイリーブから貰ったptで戦の神クレマティスがptと引き換えに交換しているバトルアックスを得ることが出来ない。逆もまた然り


4、スキルには僕の『スピード++』のように生まれつき持ったネイティブ・スキルと神から賜るアクティブ・スキルがある


そして最も重要なことだが、僕のように奴隷になってしまった人は今まで溜めたptを全て失うらしい。これが奴隷が最も嫌われる理由だ

神々の祝福(pt)を全て失うのだから、世界に必要とされてないのと同じ意味を持つ。

他人事のようになるほどなと納得してしまう



「まさか、神の祝福を知らない人間がいるとは思わなかったぞ」


事情を説明した時は本当に人間かどうかを命令して僕の口から言わせるほど疑っていたが、かなり東方の出身であることと、両親のことを話すとなんとか納得したノノールファさん。今では僕を研究対象として見始める節があるのでこれから先は不用意な発言はしないよう気をつけなければ。


「大変だな。僕の人生は」




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