第3話
夜にしか咲かない花がある。真っ暗闇にだけ咲く魅惑の花。暗ければ暗いほど美しく扇情的にそして華やかに色香漂う。それは人を喰らう花。時に牡丹のように、時に水仙のように、それは見目形を変え人を魅了する。そんな華に魅せられて今宵もまたひとりの哀れな雄が光を求めやって来る。
「なんて美しい……」
男が呟く。色が白く背が高い。鼻筋がすーっと通っていて目は三白眼。薄い唇が男を魅力的にみせる。きりりとした眉が美しい。男はその三白眼を薄く開き、唇を弓なりに上げ囁いた。
「ああ、美しい。あなたは美しい……」
「あきちなんて、…まだまだなんし、」
遊女はいかにも照れているかのような表情を作り顔を背けた。頬を薔薇色に染め、短く書いた眉を八の字に下げる。唇は嬉しさを隠せない、困ったかのような複雑な形をつくる。そして最後に長く持った袖を顔に当て、
「、恥ずかしい……、」
と囁く。戸惑いと嬉しさを交えたほのかに甘い蜜のような声色。そうすれば男は更に笑みを深めて、いい気になる。
「ふふ、愛らしいですね。ええ、とても、愛らしい」
すべては遊女の手の内。言わせたい言葉を言わせる、金子を使わす、それができての遊女。男が刻む胸焼けするような甘い言葉も全ては遊女の手引きの元。
「ああ、なんと美しいのでしょう」
うっとりとした光悦の表情を貼り付け、同じことを繰り返す男に遊女はすっかりと興ざめした。町娘に人気のあるというその唇は同じことしか口に出来ないのだろうか。美しいと言えば女が喜ぶとでも思っているのだろうか。そう思っているならばいますぐその考えを取り払うべきであろう。生憎遊女は美しいと言う言葉に靡くほど甘いものではない。
なぜなら遊女が美しいなど当たり前のこと。当たり前のことを当たり前に口にして堕ちるなど、
……有り得ない。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。遊女は顔を歪ませるも、すぐに頬を染め幸せそうに微笑んだ。
「嬉しい……、」
「ああ、美しいあなたは、私のもの」
男のその台詞に遊女は一変してその美しい顔を能面のように冷たい表情にした。ひんやりとした体が更に冷える。気乗りでなくとも少しはこのやり取りを愉しんでいた。なのに……、男のこの一言ですっかりと冷え切ってしまった。
誰がお前のものだって?あちきはあちきのもの。誰のものにもなりんせん。いくら金子を積もうと、甘言葉を囁こうと、あちきは誰のものにもならぬ。遊女は夢を与えし者。躰はやっても心はやらぬ。お前にやるものなど何一つ、ありんせん。
「ほら、愛らしい顔を見せておくれ」
男は顔を隠す遊女の手を掴んだ。遊女の首筋から薫る薫き物の匂いに男はその端正な顔を緩ませる。
(男という生き物は、どこまでも愚かで目出度いものよ)
遊女はふん、と鼻で笑うと、深紅の唇を薄く開いた。
『わっちはわっちのもの、おまえには、やらぬ、』
「え、」
聞き取れるか聞き取れないかほどの小さなささやきに男は体を固くして遊女の手首を掴む力を緩めた。隠すもののなくなった遊女の顔は先ほどとは違って無に近かった。男にやる射差すかのような冷たい視線に男はたじろぐ。視線だけで殺せそうな、そんな恐ろしさを纏った瞳。
この男は何も満たしてはくれない。同じことを繰り返し己だけが満足して帰っていく。同じ台詞、同じ愛撫、同じ息遣い。
あぁ、息がつまる。いくら見目が良くとも脳が足りなければ詰まらぬ男。
だが、今この瞬間に見せる男の間抜けな面はわっちを愉しませてくれる。
ふふ、
「おや、どうなさったでありんすか、」
目を開いたまま固まる男に遊女は遠慮なくクスクスと笑い声をたてて口元を袖で隠した。その様子は先ほどとは打って変わって、男の知る『愛らしい遊女』の姿。先の恐ろしい女は一体誰であったのか。夢でも見ていたのだろうか…。
「い、いえなんでもありません」
慌てたように体面を取り繕う男に遊女は冷笑を底に秘めながらも、優しく愛らしい、庇護したくなるような笑みを浮かべ、男の白く綺麗な細長い指を手に取った。
さぁ、その足りない脳で、
『あちきを愉しませて…?』
遊女の一人称が『わっち』と『あちき』ところころ変わっていますが、理由あってのことなのでご理解下さい。




