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4人の傭兵~大陸をお散歩中に戦争を終わらせた件~  作者: SOUCHAN


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4人の傭兵~後編~

 初めまして、SOUCHANです。後編で完結になります。


※注意:この作品はフィクションです。 作品に登場する【国や地名】【兵器】【人物名】は事実とは一切関係ありません。

 西エルカ最大の都市「ワッサン」が陥落してから、約1ヶ月が過ぎた2000年9月上旬。


 東エルカ軍の首都「デーニッシュ」にある最高本部の一室では、この異常事態を前に、最高幹部たちによる緊急軍議が開かれていた。


 クロノス

「まさか、あの堅牢なワッサンが……わずか半日で奪われるとはな。西エルカの連中も、少々骨のある奴を雇い入れたと見える。」


 司令室中央の、豪奢な椅子に深く腰掛けているのは、東エルカ陸軍元帥クロノス(55)。

 長年にわたり、東エルカ連邦国を軍事面から支え続けてきた絶対的な重鎮であり、東エルカの市民や部下からは絶大な信頼を寄せられている。

 今回の西エルカ侵攻命令を下した張本人でもある彼は、一見すると氷のように冷徹だが、身内や部下を極めて大切にする一方で、敵対する者には一切の容赦をしない苛烈なカリスマの持ち主だった。


ロイド

「閣下、ご安心ください。このロイドが率いる水上艦隊があれば、ピッツァ湖に浮いている西エルカ水軍など、瞬く間に海の藻屑に変えてみせます!」


 自信満々に胸を叩くのは、東エルカ水軍大将ロイド(36)。

 36歳という若さで大将の地位に上り詰めた猛将であり、その性格は文武両道。

 彼が考案した独自の水上戦術は、これまでに幾度も西エルカ水軍を圧倒し、恐怖に陥れてきた。


アカネ

「あらあら、ロイド大将。そんなにいきり立っては、せっかくの男振りが台無しですよ? 油断は禁物、とあれほど申し上げましたのに〜。」


 艶やかな黒い長髪を揺らし、大人の包容力を感じさせる柔らかな口調でたしなめるのは、東エルカ陸軍中将であり、諜報機関部の司令官を務めるアカネ(30)。

 その卓越した美貌と手腕から、東エルカ軍内では【戦場の女神】と崇められている。ミズキの故郷でもある東エルカの和の街カレイの出身で、現在はカレイ市内の統治管理も任されていた。

 怖いもの知らずな気質で、時には護衛もつけずに単身で敵地へ出歩くこともある、底の知れない女性だ。


ロイド

「フン。アカネ、分かっている。奴ら西エルカの狼どもを、絶対に我が東エルカの聖域へ行かせはしないさ。」


コタロウ

「ロイド殿、ご安心を。もしもの時は、僕がこの命に代えてもアカネ様を護衛いたします。」


 その影から滑り込むように進み出たのは、古風な忍装束を身にまとい、礼儀正しく頭を下げる東エルカ陸軍大佐、コタロウ(18)。

 アカネの側近であり、人間離れした機動力と鋭い洞察力を誇る少年兵。自慢の和弓を用いた精密な射撃は、いかなる距離の標的も逃さない。

 また、彼自らが組織した精鋭隠密部隊【月影隊】のリーダーでもある。彼もまたカレイの出身であり、実は西エルカへ亡命したミズキとは、かつて深く知り合う間柄だった。


ロイド

「頼もしいな、コタロウ。感謝する。アカネの背後は、お前の『月影隊』に任せたぞ?」


コタロウ

「――承知。」


 若き天才たちの頼もしいやり取りを見届け、総大将クロノスは豪快に笑い声を上げた。


クロノス

「ハハハッ! 若者が元気なのは、何より良いことだ。……よし、これより正式な命令を伝える!」

 

 クロノスの眼光が鋭く光ると同時に、3人の若き指揮官たちの表情が、一瞬で一介の武人のそれへと引き締まる。


クロノス

「ロイド。ただちに水上艦隊を出撃させ、ピッツァ湖にて西エルカ水軍を迎え撃ち、これを完全に殲滅せよ!」


ロイド

「はっ!」


クロノス

「アカネはコタロウと共に、引き続きカレイの街で治安維持に努めてくれ。あそこは我が軍の重要な後方拠点だ。万が一にもカレイの街を失うようなことがあれば、我が東エルカの敗北が確定すると思え。」


アカネ

「はい、元帥閣下。お任せください。」


コタロウ

「御意に。」


クロノス

「フフフ……ハハハハッ! 面白くなってきたな。本当の戦いは、これからだ!」


 総帥の不敵な笑い声が司令室に響き渡る中、コタロウは静かに目を瞑り、心の中でまだ見ぬ戦友の姿を思い浮かべていた。


コタロウ

「(……ミズキ。お前が西エルカの軍にいることは分かっている。再び相見える日を、楽しみにしているぞ。それまで……無駄死にするなよ)」


 東エルカ軍の誇る最強の布陣が、ついに動き出す。西エルカの若き狼たちと、東エルカの若き獅子たちの激突は、避けては通れない運命の濁流へと変わろうとしていた。






 クロノス元帥が東エルカ軍の総力を挙げた大反撃作戦を動かしているとは、まだ知る由もないヘンリーたち。

 彼らは奪還したばかりのワッサン市内にあるホテルの客室に集まり、今後の国家の命運を決める重要な軍議を行っていた。

 室内には、シャーリーが淹れた温かいコーヒーの香りが静かに漂っている。


ヘンリー

「ピッツァ湖の制圧、和の街カレイの解放、そして敵の本拠地である首都デーニッシュ。……この3つを攻略せねば、この戦争を真に終わらせることはできない。」


 ヘンリーが地図を指し示しながら言うと、ヴィンセントが淹れたてのコーヒーを一口すすり、鋭い眼差しを一同に向けた。


ヴィンセント

「そこでだ、ヘンリー。俺から2つの提案がある。まず1つ目は、今まで通り4人全員で西エルカ水軍と合流し、ピッツァ湖の東エルカ水軍を真っ向から叩き潰す策だ。」


 ヴィンセントは一呼吸置き、さらに地図の別の場所を指す。


ヴィンセント

「そして2つ目。俺たち4人がそれぞれ別れ、ピッツァ湖の東エルカ水軍基地、和の街カレイ、そして首都デーニッシュへ同時に派遣され、各地で工作活動を行う。敵の拠点を内側から同時に麻痺させ、短期決戦で一気に全土を攻略する策だ。」


シャーリー

「ちょっと待って、ヴィンセント。目的地は3つなのに、私たちは4人よ? 残りのもう1人はどうするの?」


 シャーリーの疑問に、ヴィンセントは不敵に笑った。


ヴィンセント

「残るもう1人は、ピッツァ湖に展開している西エルカ水軍の本隊へ入り、現地で艦隊の補佐にあたる。幸い、あそこの総指揮官は、水陸両方の戦術に長けたネルソン中将だ。」


ヘンリー

「ネルソン中将? 陸軍でも噂を聞いたことがあるが、一体どんな人物なんだ?」


ヴィンセント

「西エルカ水軍・陸軍中将、ネルソン(45)。年齢こそ俺より若いが、数々の修羅場をくぐり抜けてきた超ベテランの軍人だ。実は私とは昔からの古い付き合いでな。今回、西エルカの主力部隊をここまで見事に指揮しきったのも、他ならぬ彼だ。」


ヘンリー

「なるほど、あの水軍の電撃的な進軍の裏には、そんな傑物がいたのか。」


ヴィンセント

「……さあ、話はここまでだ。どうする、リーダー? 4人全員で塊となって動くか、それとも散らばって一気に勝負を決めるか。」


 ヴィンセントから選択を委ねられ、一瞬の沈黙が部屋を支配する。

 その静寂を破ったのは、最年少のミズキだった。その瞳には、並々ならぬ決意が宿っている。


ミズキ

「ヘンリー、僕は分かれて行動する2つ目の提案が良いと思う。……特に、故郷の『カレイ』の街は僕に任せて。軍の拠点の配置も、あそこの細かい地形も、全部僕の頭の中に入っているから。」


シャーリー

「ミズキがそこまで言うなら、私も2つ目の提案に賛成よ。一箇所ずつ落としていたら敵に警戒されるわ。同時に仕掛ける方が、傭兵である私たちの強みを発揮できるはずよ。」


 仲間たちの顔を見つめ、静かに思考を巡らせていたヘンリーは、ついに覚悟の決断を下した!


ヘンリー

「よし! 決めた。ヴィンセントの2つ目の提案を採用する。敵に立て直す隙を与えない、超短期決戦で一気に決めるぞ!」


 ヘンリーの言葉に、3人は深く、力強く頷いた。ヘンリーは立ち上がり、リーダーらしくそれぞれの役割を的確に指示していく。


ヘンリー

「ヴィンセントは西エルカ水軍の本隊へ合流し、ネルソン中将と連携して前線を維持。シャーリーは東エルカ水軍の心臓部である水軍基地へ潜入。ミズキは予定通り、和の街カレイの解放へ向かってくれ。そして俺は――単身、首都デーニッシュへ潜入し、最高本部の喉元で工作活動を行う。」


一同の視線が交錯し、熱い火花が散る。


3人

「はっ!」


 こうして、結成以来初めて4人の狼たちは別々の道を歩むことになる。

 各々が背負う重大な役目を果たすため、エルカ連邦国全土を巻き込む、最大にして最後の決戦へのカウントダウンが始まった。






 翌日の昼過ぎ。ヘンリー、シャーリー、ミズキの3人がそれぞれの目的地に向けて極秘裏に移動を開始する中、ヴィンセントは一足先に、ピッツァ湖の西側に位置する西エルカ水軍基地へと足を踏み入れていた。

 どこか磯の香りが混ざる広大な軍港には、重厚な鉄鋼の装甲に包まれた駆逐艦や巡洋艦からなる大艦隊が、静かに、しかし威容を放ちながら停泊している。

 その最前線。司令甲板の上には、双眼鏡を構えて自軍の水上艦隊を鋭い眼差しで見つめる一人の紳士――ヴィンセントの戦友であるネルソン中将の姿があった。


ヴィンセント

「ネルソン将軍。今日も今日とて、やる気満々ですな。」


 ヴィンセントが親しみを込めた笑みを浮かべて声をかけると、ネルソンは双眼鏡をゆっくりと降ろした。

 そして、端正な顔立ちの目線を旧友へと向け、軍人らしく紳士的に右手を差し出した。


ネルソン

「これはこれはヴィンセント。君が自ら私の軍港に足を運んでくれるとは、一体何事ですか?」


ヴィンセント

「少しばかり作戦の風向きが変わり、今回は私一人でここに赴いた。突然の申し出で悪いがネルソン……今日からこの俺が、西エルカ水軍の救援および副官として、君の艦隊を補佐させてもらう。」


 ネルソンの硬い表情が、歓喜のそれへと僅かに和らいだ。


ネルソン

「ヴィンセント、それは何より心強い。君ほどの男が盤面に加わってくれるのなら、これ以上の喜びはありません。心から感謝します。」


 ヴィンセントは早速、これから激突することになる東エルカ水軍の情報をネルソンに求めた。

 そこでヴィンセントは初めて、敵の指揮官である【ロイド】の名、そしてその恐るべき手腕を知ることになる。


ネルソン

「敵の総指揮を執るのは、ロイドという38歳の若僧です。しかし、年齢で侮ってはいけません。彼は水上戦において非常に優れた才能を持っています。独自の『網状水上戦術』を用い、過去の戦いでは我が軍の水上艦隊を幾度も包囲し、海の藻屑に変えてみせた恐ろしい男です。」


ヴィンセント

「なるほどな……。独自の戦術を持つ若大将か、それは確かに厄介な相手だ。だが、ネルソン、そう悲観したもんでもないぞ。……ロイドが陣頭指揮を執る東エルカ水軍基地には、現在、俺の仲間の1人が極秘裏に潜入している。」


ネルソン

「……何だって?」


ヴィンセント

「あいつが内側から上手く基地の機能を妨害してくれれば、ロイドの艦隊といえど足元が狂う。正面から戦う君たちにも、勝機は十分に転がり込んでくるはずだ。」


 ヴィンセントが不敵に笑うと、ネルソンは驚きに目を見張った後、ふっと感服したように息を吐いた。


ネルソン

「……なるほど。さすがはバリーの跡を継いだ傭兵団だ。我々の船が錨を上げるよりも早く、すでに敵の喉元に刃を突き立てているというわけですか。」


 ネルソンは再び双眼鏡を握り締め、遥か湖の向こう、東エルカ水軍が待つ水平線を見据えた。


ネルソン

「よし、全艦、出撃準備! 錆びついた老兵の意地を、東エルカの若僧に見せてやりましょう!」


ヴィンセント

「ハハハッ、言ってくれる。大火力でお相手してやろうじゃねえか。」


 西エルカが誇る軍事のプロフェッショナル、ヴィンセント&ネルソンの「不敵なベテランコンビ」。対するは、無敗を誇る天才肌の東エルカ水軍大将、ロイド。

 広大なピッツァ湖を真っ赤に染め上げる、水上大決戦の火蓋が今、切って落とされようとしていた。





 その日の夕方頃。西エルカ水軍が出撃の準備を整えていたのと同じ頃、ピッツァ湖の東側に位置する【東エルカ水軍基地】では、若大将ロイドが鋭い指揮を飛ばしていた。

 西エルカ水軍を完全に殲滅するため、自軍の水上艦隊の最終編成を急がせているのだ。

 夕日に染まる基地内は、出撃直前の独特な殺気と慌ただしさに包まれていた。


 そんな中、行き交う兵士たちに紛れ、一人の女性兵士が静かに歩を進めていた。東エルカ水兵の軍服を隙なく着こなしたその人物は――ヘンリーたちと別れ、単身でここに潜入したシャーリーだった。

 シャーリーは周囲に怪しまれないよう、あくまで真面目な巡回兵を装いながら、基地内の構造を素早く目視で偵察していく。


シャーリー

「(……あれが基地の食糧庫と弾薬庫ね。流石に出撃直前だけあって見張りの数が多すぎるわ。無理に近づけば、工作活動をする前に見つかってしまう)」


 前回のワッサンでの大爆破のようにはいかない。しかし、シャーリーの瞳に焦りはなかった。懐からヴィンセントの渋い声を思い出す。


シャーリー

「(でも、今回はそれでいいのよね。ヴィンセントも『今回は物資を燃やすより、直接艦隊をどうにかしてほしい』って言っていたし……)」


 シャーリーの本当の狙いは、倉庫ではなく、軍港に揺れる東エルカの軍艦そのものだった。

 彼女は帽子のひさしを深く直し、自然な足取りで港のクレーンやコンテナの影へと移動すると、眼前に広がる大艦隊を冷徹に見据えた。


シャーリー

「(ロイド大将はかなりのキレ者だって聞いていたけれど……確かに、見事な布陣だわ)」


 港には、夕闇が迫る湖面に長い影を落とす、圧倒的な質量を持った大型巡洋艦が1隻。そしてそれを囲むように、無数の巡洋艦と駆逐艦が整然と並んでいる。無駄のない艦隊の配置から、ロイドという男の優秀さが嫌というほど伝わってきた。


シャーリー

「(あの規模の艦隊を独自の手法で操るんだもの。ロイド大将はきっと、あの中心にいる『大型巡洋艦』に乗船して、直接陣頭指揮を執るつもりね。……ふふ、ターゲットは決まったわ)」


 敵の旗艦を特定したシャーリーの口元に、フッと不敵な笑みが浮かぶ。

 どれほど優れた水上戦術を持っていようとも、それを指揮する城そのものが内側から崩れれば、戦う前に勝負は決する。

 シャーリーは愛用のサブマシンガンを忍ばせた防弾チョッキの感触を確かめながら、ロイドの足元をすくうための特製ディナー(工作の計画)を脳内で組み立て始めていた。


 それから2時間後。時刻は午後7時頃。

シャーリーが姿を現したのは、先ほど目をつけていた大型巡洋艦の甲板……ではなく、東エルカ水軍基地の巨大な「厨房室」であった。

 室内には、出撃前の水兵たちの腹を満たすため、エプロンと衛生キャップを着用した大勢の厨房人が忙しなく立ち働いている。

 そこに完全に同化し、自身も手際よく包丁を握るシャーリーの姿があった。


 彼女の作戦――それは、自身の最大の武器である「プロ顔負けの料理の腕前」を使い、ロイド大将率いる水軍全員の足を物理的に止めるという、前代未聞の奇策だった。


厨房責任者

「おい、そっちの大きな寸胴鍋、一体何を作ってるんだ? すごく良い匂いがしてきたぞ。」


 尋ねてきた厨房の責任者に、シャーリーは兵士らしい生真面目な顔のまま、もっともらしい理由を並べ立てた。


シャーリー

「特製の『野菜たっぷりポトフ』ですよ。これから冷える夜の湖へ出る船乗りたちには、体を芯から温めるスープが必要です。……おまけに、この根菜類にはビタミンなどの栄養が豊富に含まれています。長時間の過酷な水上戦に挑む水兵たちにとって、最高の活力になるはずです!」


厨房責任者

「なるほど、それは素晴らしい着眼点だ! よし、そっちの調理は任せたぞ!」


シャーリー

「はい、お任せください!」


 上司の信頼を完全に勝ち取ったシャーリーは、そこから迷うことなく、天才的な手際でテキパキと料理を作り始めた。

 じっくりと旨味を凝縮させた大鍋のポトフ、香ばしく焼き上げたふっくらとしたパン、そしてピッツァ湖で獲れた新鮮な魚を使った極上のムニエルが、またたく間に完成していく。


厨房責任者

「す、すげぇ……! これだけの量を、わずか1時間足らずで一人で作っちまうなんて……。お前、本当にただの水兵か!?」


 厨房の男たちが目を丸くして驚嘆する中、シャーリーは「ウフフ」と心の中で密かに笑った。

 その後、完成したシャーリー特製の最高級ディナーが、出撃を控えて腹を空かせていた水兵たち、そして総指揮官であるロイド大将の元へと次々に運び出された。

 一口食べた瞬間、水兵たちの間に衝撃が走る。極限の緊張感の中で出された、五臓六腑に染み渡るようなあまりの美味しさに、基地内は一瞬で狂喜乱舞の大宴会状態へと変貌した。


「美味すぎる!」

「こんな美味い飯、生まれて初めて食ったぞ!」

「おい、おかわりだ! あるだけ持ってこい!」


 食堂には皿のぶつかる音とおかわりの怒号が響き渡り、兵士たちは我先にとシャーリーの料理を胃袋へ詰め込んでいく。


シャーリー

「(ウフフ……そうよ、遠慮しないでいっぱい食べなさい。美味しくてスプーンが止まらないでしょう? でもね、いっぱい食べれば食べるほど、血糖値が上がって人間は猛烈な眠気に襲われて動けなくなるのよ……)」


 騒然とする食堂の片隅で、シャーリーは配膳を手伝いながら、不敵な笑顔を窓の外に佇む巨大な大型巡洋艦へと向けた。


シャーリー

「(……つまり、食べ過ぎた兵士たちのせいで基地の守りはガタガタに手薄になり、本命の大型巡洋艦へ容易に潜入できるようになる。ロイド大将、今夜は出撃の前に、私の手料理でとっても良い夢を見させてあげるわ)」


【美味しい料理で味方を鼓舞し、敵を翻弄する。】

 紅一点の傭兵シャーリーが仕掛けた、お腹も心も満たされる恐るべき「満腹の罠」。

 これによって、無敗を誇るロイド艦隊の鉄の規律は、出撃を前にして内側から静かに、そして美味しく崩壊しようとしていた。



 シャーリーの手料理によって基地全体の規律が緩み、静まり返ったその日の深夜。

水兵の軍服に身を包んだシャーリーは、闇に紛れて本命である大型巡洋艦への潜入を試みようとしていた。甲板へと繋がる階段に足をかけた――その時だった。


――ピーーーッ! ピーーーッ!


 静寂を切り裂くように、けたたましい警告のホイッスルが基地内に鳴り響いた。

 同時に、サーチライトの容赦ない激しい光束が、階段の上のシャーリーをピンポイントで白日の下に晒し出す。


シャーリー

「えっ!? 何……っ、バレたの!?」


 シャーリーは即座に反転し、脱出を図るべくその場から全力で駆け出した。

 しかし、まるで最初から動きを読まれていたかのように、基地の頑強な鉄門が重々しい音を立てて次々と固く閉ざされていく。

 逃げ道を完全に塞がれたシャーリーは、ついに軍港の冷たいコンクリートの防波堤まで追い詰められてしまった。

 背後には暗く深いピッツァ湖。そして正面からは、銃を構えた大勢の東エルカ水兵を引き連れた総指揮官、ロイド大将が悠然と歩み寄ってきた。


ロイド

「ふん……。貴様があの、兵たちの胃袋を掴んだ見事な料理を作った犯人だな?」


シャーリー

「……何のことかしら? 私はただ、夜風に当たりに散歩していただけよ。」


 シャーリーは強気に言い返すが、ロイドは不敵な笑みを浮かべて一歩前に出た。


ロイド

「惚けるな。厨房責任者から『新入りの水兵に、異常に腕の立つ奴がいる』と聞いてな。あまりの美味さに俺も驚いたが、出撃直前にわざわざ兵たちを満腹にさせる意図を考えれば、答えは一つだ。貴様の狙いは、兵たちの足を鈍らせて守りを手薄にし、この大型巡洋艦を内側から爆破工作すること……違うか?」


シャーリー

「……っ」


ロイド

「ふっ、図星のようだな。……だが、降参せよ。我が東エルカ軍には、貴様のような優れた料理人が必要なのだ。おまけに、これほどの美女を海の藻屑にするのは少々惜しいからな。」


 ロイドが余裕の笑みで降伏を勧める。

しかし、シャーリーは捕まって泥水をすするようなタマではなかった。

 彼女は背後の様子を素早く一瞥し、極寒の湖が広がっているのを確認すると、ロイドを真っ直ぐに見据えてニヤリと不敵に微笑んだ。


シャーリー

「――私の特製ディナー、お口に合って光栄だったわ!」


 言い放つと同時に、シャーリーは防波堤を蹴り、迷うことなく暗黒の湖へとその身を投げ出した。


――バッシャーーーン!!


 激しい水音とともに、夜の湖面にしぶきが上がる。

 ロイドの部下たちが慌てて防波堤から湖面を見下ろし、サーチライトを浴びせるが、漆黒の水底へと消えたシャーリーの姿はどこにも見当たらなかった。


ロイド

「チッ、度胸のある女だ……。だが、あの冷たさだ。放っておいても長くは持つまい。奴は無視しろ。」


 ロイドが忌々しげに髪をかき上げた、その瞬間。

 基地の最も高い場所にある監視塔から、見張り兵の悲鳴のような絶叫が無線を通じて響き渡った。


東エルカ水兵1

「ほ、報告! 監視塔より緊急報告! 前方の霧の向こうに『敵艦隊』を確認! 西エルカ水軍、こちらに向けて全速力で進軍中!!」


ロイド

「何だと……!?」


 ロイドは驚きに目を見張ったが、すぐにその顔に猛々しい狂気の笑みを浮かべ、腰の指揮刀を派手に引き抜いた。


ロイド

「ハッハッハッ! 面白い! シャーリーとか言ったかあの女……工作には失敗したが、敵の本体をここまで引きずり出す『呼び水』としては満点の手際じゃないか! 向こうからわざわざ死にに来てくれて嬉しいぜ! 各員、ただちに配置に付け! 迎撃開始だ!!」


 「おう!!」という水兵たちの怒号が響き渡り、基地内の大型巡洋艦をはじめとする東エルカ艦隊が一斉に主砲の照準を合わせ始める。

 シャーリーの決死の隠密作戦は破られた。しかし、それによってピッツァ湖の覇権をかけた、西エルカの老兵(ネルソン&ヴィンセント)と東エルカの若大将ロイドによる、怒涛の大艦隊決戦の火蓋が、ついに切って落とされた。





 翌朝。カーテンの隙間から差し込む朝日の眩しさに、シャーリーはゆっくりと目を覚ました。

 視界に飛び込んできたのは、見慣れぬ白い天井。そこには、パイプ椅子に深く腰掛け、心配そうに自分を見つめるヴィンセントの渋い顔があった。


ヴィンセント

「……気がついたか、シャーリー。」


シャーリー

「ヴィンセント……? 私、一体……ここはどこ?」


 体を起こそうとするが、鉛のように重い。ヴィンセントは彼女の肩を優しく手で制した。


ヴィンセント

「ここは西エルカ水軍基地の医療室だ。今朝早く、西エルカ陸軍の沿岸偵察隊が君を発見した。どうやらあの極寒の湖を泳ぎきり、運良くこちらの領内の砂浜に打ち上げられていたらしい。無事で何よりだ。」


 そこへ、軍靴の足音を響かせてネルソン中将が医療室に入ってきた。

 その端正な顔はいつになく険しく、彼はシャーリーに短く無事を祝う挨拶をすると、すぐさまヴィンセントとシャーリーに向けて昨夜の戦況を報告した。


ネルソン

「シャーリーさん、生還を歓迎します。……ですが、状況は芳しくありません。昨夜の激突、ロイドの乗る大型巡洋艦の凄まじい主砲射撃により、我が軍の駆逐艦からなる前線艦隊が数隻、一瞬で沈没させられました。幸い、敵艦隊も深追いはせず撤退していきましたが、手痛い一撃を喰らったのは事実です。」


 ネルソンの言葉を聞いた瞬間、シャーリーの身体が小刻みに震え出した。


シャーリー

「私の……私のせいだわ……。私が欲張って料理なんか作らず、最初から大型巡洋艦に潜入して爆破工作をしていれば、そんな犠牲は出なかったのに……。うぅ、うぅ……っ」


 シャーリーは冷たくなった両手で顔を覆い、ぽろぽろと涙を流した。これまでの戦いでは見せたことのない彼女の涙。

 それは、プロの傭兵としての強い責任感と、自分の過失でネルソンの味方を失わせてしまったという激しい悔恨の証だった。


ヴィンセント

「シャーリー、顔を上げろ。……泣いたところで、沈んだ船も死んだ兵士も戻ってこない。状況は何も変わらんぞ。」


 ヴィンセントのあえて突き放すような厳しい声に、シャーリーは涙に濡れた目を上げた。ヴィンセントの瞳は、決して彼女を責めてはいなかった。


ヴィンセント

「お前の奇策自体は間違っていなかった。ロイドという男の嗅覚が、一枚上手だっただけだ。犯したミスを帳消しにする方法は一つしかない。これからは俺と共にネルソンを支え、あのロイドの水軍を完膚なきまでに壊滅させるぞ!」


ネルソン

「その通りです、シャーリーさん。落ち込んでいる暇はありません。あなたは東エルカ水軍基地の内部をその目で見てきたはずだ。どうか、我々に勝利のための情報を教えてください。」


 二人のプロフェッショナルな信頼の眼差しに、シャーリーは涙を拭い、小さく息を吸い込んだ。

 そして記憶を振り絞り、偵察した敵基地の構造、兵力配置、そしてロイドの旗艦の動向を詳細に伝えた。


ネルソン

「……なるほど。詳細な情報を感謝します。ヴィンセント、やはりここからは無謀な突撃は避け、慎重に立ち回った方が良さそうですね。」


ヴィンセント

「おっしゃる通りだ。相手の出方を伺い、包囲網を狭める。そして時が来たら……その時は一撃で息の根を止める総攻撃に打って出る!」


 反撃の作戦が組み立てられていく中、シャーリーは小さく手を挙げた。


シャーリー

「あの……私は、私は次、どうすればいい?」


 ヴィンセントはフッと口元を緩め、シャーリーの頭を乱暴に、しかし愛おしそうに撫でた。


ヴィンセント

「決まっているだろう。シャーリー、お前は西エルカ水軍の厨房に入り、自慢の特製料理を作って味方の士気を限界まで上げてくれ。昨夜の敵兵と同じだ。お前の美味い飯を食えば、恐怖に震える水兵たちも、戦意が上がる。」


シャーリー

「ヴィンセント……。うん、わかったわ! 東エルカの連中が腰を抜かすような、最高の戦闘食フルコースを振る舞ってあげる!」


 シャーリーの顔に、いつもの不敵でチャーミングな笑顔が戻ってきた。

 一敗地にまみれたシャーリーは、今度こそ味方の勝利の女神となるべく再び立ち上がる。

 ヴィンセント、シャーリー、そしてネルソン中将。ベテランの知略と折れない闘志が一つになり、いよいよ無敗の若大将ロイドを討ち取るための、本当の反撃が始まろうとしていた。





 一方その頃、懐かしき故郷である「カレイ」の街へと無事に潜入を果たしていたミズキは、幼い頃の記憶に胸を締め付けられながらも、プロの傭兵として東エルカ軍の軍本部や陸軍基地を鋭く偵察していた。

 しかし、ミズキの予想に反して、カレイの街は戦時下とは思えないほど活気に溢れ、不思議なほど穏やかで平和な空気が流れていた。


ミズキ

「(カレイ……。亡命して以来、久しぶりに戻ってきたけれど……。どうしてこんなに平和すぎるんだ? 軍の警戒も不自然なほど緩い……)」


 一通りの偵察を終えたミズキは、思考を整理するために市内のおしゃれな喫茶店に入った。カウンター席に腰掛け、運ばれてきたコーヒーを口に含んで一息つく。


――その時だった。


 カラン、とドアの鈴が鳴り、二人の男女が示し合わせたようにミズキの左右の席へと近付き、ミズキを完全に挟む形で座ったその人物たちの姿を見て、ミズキの身体が微かに硬直する。

 左側には艶やかな軍服姿のアカネ、そして右側には鋭い眼光を宿した忍装束のコタロウが座っていた。


コタロウ

「……久しぶりだな、ミズキ。」


ミズキ

「コタロウ……っ!? それに、……先生?」


アカネ

「ウフフ、私の顔をちゃんと覚えていてくれて嬉しいわ。あれからずいぶんと大きくなったね、ミズキくん。」


 実はアカネは、ミズキが亡命する前に通っていた小学校の元担任教師だったのだ。

 かつての親友と恩師という、最も予期せぬ二人との再会に、ミズキは驚きを隠せなかった。


コタロウ

「単刀直入に聞くぞ、ミズキ。西エルカに亡命したはずのお前が、なぜ今になってこのカレイの街に現れた?」


ミズキ

「……ただの観光だよ。懐かしくなって、少し立ち寄っただけさ。」


 ミズキは努めて冷静に少年の笑みを浮かべたが、アカネはふ〜ん、と悪戯っぽく目を細めた。


アカネ

「観光、ねぇ……。じゃあどうして、観光客の男の子が、東エルカ軍の軍本部と陸軍基地をあんなに熱心に偵察していたのかしら?」


ミズキ

「――っ!?」


コタロウ

「お前が街の死角から基地を監視する姿、俺の『月影隊』がすべて補足していた。明らかに観光客の動きじゃないな、ミズキ。」


ミズキ

「……さすがはコタロウだね。幼い頃、ずっと僕と一緒にいただけあって勘が鋭いや。……でも、一つだけ教えてほしい。どうしてこのカレイの街は、こんなに平和なんだ? 東エルカ軍の占領地は、どこも泥沼のはずなのに。」


 ミズキの問いに、アカネは母親のような優しい眼差しを向けた。


アカネ

「ミズキくん。私はね、これ以上の無意味な争いで、私たちの愛するカレイの地を血で染めたくなかったの。だからクロノス元帥に直接直訴したわ。そうしたら、閣下は私の願いを聞き入れて、ここを『防衛治安都市』として市民の生活を守ると約束してくれたのよ。」


ミズキ

「元帥が……そんなことを……。」


コタロウ

「ミズキ。俺だって、お前と無駄な争いなんてしたくない。ミズキだって本当はそうだろ? ……だから、もう西エルカの傭兵なんて辞めて、この街に戻ってこいよ。お前のこれからの生活は、俺とアカネ様が全力で支えてやるからさ。」


アカネ

「コタロウくんの言う通りよ、ミズキくん。君は本来、誰かを傷つけるような戦いを好む子じゃない。私たちが今、君をここで即座に始末しなかったのはね、昔からの大切な縁があるから。……ミズキくんだって、本当は私やコタロウくんを撃ちたくなんてないでしょう?」


 アカネの柔らかくも確信に満ちた言葉が、ミズキの胸に深く突き刺さる。

 ヘンリーたちとの絆、そして目の前にいる大切な人たちの温もり。

 二つの間で揺れ動くミズキは、数秒間、何も言えずにただ黙り込んだ。アカネとコタロウは、我が子を案じるように心配そうな顔でミズキの返度を待っている。


――そして、ミズキは静かに拳を下ろした。


ミズキ

「……この後、僕はどうなるの?」


アカネ

「まずは、一緒に美味しいものでも食べに行きましょう? 私のお気に入りの、とても素敵な料亭があるのよ。」


ミズキ

「うん、わかった。……でも、僕、お金は少ししか持っていなくて……」


アカネ

「大丈夫よ♪ 先生が全部奢ってあげる。さあ、行きましょう?」


コタロウ

「決まりだな! ミズキ、積もる昔話をたくさんしようぜ。正直……俺、お前が生きていてくれて、またこうして話せて、本当に嬉しいんだ。」


 コタロウはミズキの肩を嬉しそうに抱き、アカネは二人の背中を優しく見守るように歩き出した。

 こうして3人は、夕暮れのカレイの街へと消えていく。アカネとコタロウの、血を流さない完璧な「情による説得」。

 それは結果として、西エルカ軍最大の武器である「天才暗号解読兵・ミズキ」の牙を、戦わずして完全に封印することに成功したのだった。





 その日の夕方。夕紅ゆうくれないに染まるカレイの街の一角で、ミズキはアカネとコタロウに連れられ、彼女が行きつけだという格式高い料亭の個室にいた。

 磨き上げられた漆塗りの机の上には、ピッツァ湖で獲れたばかりの新鮮な魚の塩焼き、湯気を立てる炊きたてのご飯と味噌汁、そして贅沢に肉を使ったすき焼きといった、目を見張るほどの豪勢な和食料理が所狭しと並べられていた。


ミズキ

「……美味しい! こんなに温かくて美味しいご飯を食べるの、本当に久しぶりだな。なんだか……まるで実家に帰ってきたみたいな気分だよ。」


 久しぶりに戦場の緊張感から解き放たれ、無邪気に箸を進めるミズキを見て、コタロウは我が事のように顔をほころばせた。


コタロウ

「それは良かったな、ミズキ! ほら、遠慮しないでどんどん食べろよ。今夜はお前が主役なんだからな!」


アカネ

「フフ、本当に相変わらず仲が良いのね、あなたたちは。二人を見ていると、楽しかった小学校時代を思い出してしまうわ。」


 微笑む恩師の姿に、ミズキはふと、ずっと気になっていた疑問を口にした。


ミズキ

「ところで……先生。どうして先生は、あの優しかった教師を辞めて、東エルカの軍人になったのですか?」


 その問いに、アカネは一瞬だけ寂しげに目を伏せたが、すぐに穏やかな笑みを戻して語り始めた。


アカネ

「……『大切な人たちを守りたい』、そう強く思ったからよ。ミズキくんが亡命してしばらくした頃、私の夫が不慮の交通事故で亡くなってね。その時に気づいたの。ただ待っているだけじゃ、世界は簡単に大切なものを奪っていくって。だから決意したのよ。『今度は私が、この手で皆を守らないといけない』ってね。」


ミズキ

「そうだったんだ……。ごめんなさい、先生。辛いことを聞いちゃって。」


アカネ

「ううん、気にしなくて良いのよ、昔の話だもの。さあ、冷めないうちに食べて食べて♪」


 哀愁を帯びた、けれど揺るぎない覚悟を持つアカネの横顔に、ミズキはそれ以上何も言えなくなった。3人は夜が更けるまで、ただ純粋に料理と昔話を楽しんだ。


――そして食後。


 ミズキはカレイの軍本部内にある、特別な一室へと案内された。

 扉を開けると、そこには心地よい「い草」の香りが漂う広々とした畳敷きの和室が広がり、奥の障子の向こうには、美しく手入れされた豪華な庭園が広がっていた。

 軍の施設とは思えないほど静かで風情のある部屋だった。


アカネ

「ミズキくん。今日からここを君のお部屋にして良いわよ。食事も毎日、特別にこのお部屋まで運ばせてあげるからね。」


コタロウ

「安心しろ、ミズキ。外には俺や『月影隊』が二十四時間体制で控えている。誰もこの部屋にお前を害しには来させない。……今度こそ、俺がお前を守ってやるからな。」


 コタロウが胸を叩いて少年の笑顔を見せる。裏切られたはずの自分に向けられる、濁りのない本物の友情。


ミズキ

「うん……。ありがとう、コタロウ。ありがとう、先生。」


 二人は満足そうに頷くと、ミズキの休息を邪魔しないよう静かに部屋から出て行った。

 パタン、と静かに閉まった障子の向こうから、遠ざかる足音が聞こえる。一人きりになった贅沢な和室で、ミズキはゆっくりと庭園へと歩み寄り、縁側に座り込んだ。

 夜空には、雲一つない美しい「満月」が輝き、冷たい光で世界を照らしている。

 その光に打たれながら、ミズキは静かに膝を抱え、胸の奥で消え入りそうな声で呟いた。


ミズキ

「(ヘンリー、シャーリー、ヴィンセント……。ごめんなさい。敵の優しさに流されて、戦うことを諦めてしまった……臆病な僕を、許して……)」


 かつて戦場でプロの冷徹さを見せた少年の姿は、そこにはなかった。

 差し伸べられた温かい「情」という名の鎖に繋がれ、暗号解読の牙を抜かれたミズキは、静かに昇る満月を見上げながら、己の無力さと罪悪感の海に溺れていくのだった。





 一方、同じ時間帯。

東エルカ軍の厳重な警戒網を単身で掻い潜り、無事に首都【デーニッシュ】へと潜入を果たしていたヘンリーは、身を隠している最高級ホテルの最上階の一室にいた。

 薄暗い部屋の窓からカーテンを僅かに引き、彼は初めて、眼下にそびえ立つ東エルカ軍の最高本部をその目に焼き付けていた。


ヘンリー

「さすがは最高本部、腐っても巨大国家の心臓部だな。……大した威容だ。きっとあの要塞のどこかに、すべての糸を引くクロノス元帥がいるはず。」


 ヘンリーは手元の作戦地図を広げ、街の構造と本部の位置を見比べながら小さく息を吐いた。


ヘンリー

「ピッツァ湖の方は、今頃激しい攻防戦の真っ只中だろう。だが、ヴィンセントの戦闘経験と、シャーリーのあの裏をかく謀略があれば、何とか戦線を維持してくれているはずだ。……ただ、問題は……」


 ヘンリーの視線が、机の上に置かれた持ち運び用の小型暗号通信機へと落とされる。


ヘンリー

「……あれから、ミズキからの定時連絡が一切ない。優秀なあいつが連絡を忘れるはずがないんだ。少し、心配になってきたな。」


 ヘンリーは再び窓の外へ目を向け、夜空に浮かぶ冷たい満月を見つめた。

 だが、その美しいはずの満月の光は、まるで遠く離れたカレイの街で、ミズキが暗い和室の檻に閉じ込められていることを暗示するかのように、不気味にヘンリーの瞳を照らしていた。


――それから、数日の時が流れ、季節は9月下旬を迎えていた。


 あれからミズキからの連絡は完全に途絶え、ヘンリーが何度ミズキの周波数へ安否確認の電文を送っても、返ってくるのは冷たいノイズだけだった。


「あいつの身に、何かが起きた」


 確信したヘンリーは、首都でのクロノス暗殺作戦を一時中断し、急遽、和の街カレイへと向かった。

 だが、現地に到着した彼が目にしたのは、想像を絶する思わぬ光景だった。


 雲一つない快晴の昼下がり。

ヘンリーは軍本部を見下ろせる雑居ビルの屋上に身を潜め、姿勢を低く保ったまま、愛用の双眼鏡で東エルカ軍の基地を偵察していた。

 レンズの焦点を絞り、基地の奥にある立派な和室へと視線を向けた、その瞬間――ヘンリーの身体が凍りついた。


ヘンリー

「……ミズキ!? あいつ、一体……何をしているんだ?」


 双眼鏡の向こうでは、行方不明だったはずのミズキが、東エルカ軍の女性将校アカネと、あの忍者姿の少年コタロウの3人で、和やかに笑い合いながら会食を楽しんでいたのだ。

 その周囲には、隙のない陣形で周囲を警戒する隠密部隊【月影隊】の姿もある。

 拉致されて拷問を受けているわけでも、拘束されているわけでもない。まるで、最初からそこに属している民間人のように温かく迎え入れられているミズキの姿。


ヘンリー

「クソッ、どういうことだ……!」


 ヘンリーは動揺を抑え込みながら、望遠レンズ付きのカメラを取り出すと、3人の会食姿を証拠として次々にフィルムに収めていった。

 ミズキのまさかの状況を前に、もはやクロノス元帥の首を狙うどころではなくなった。ヘンリーは即座に思考を巡らせ、冷徹な判断を下す。


ヘンリー

「ダメだ、一度ヴィンセントたちと合流して状況を説明しよう。これだけの警備網、それにあの妙に温かい空気の中じゃ、俺一人での強引な救出は不可能だ。……チッ、特にあの忍者、さっきから俺のいる方向をチラチラと見据えてやがる。気づかれてるな……!」


 屋上の遮蔽物の影に身を隠しながら、ヘンリーは双眼鏡の向こうの親友、コタロウの底知れない洞察力に舌を巻いた。

 これ以上ここに留まれば、ミズキの立場すら危うくなる。ヘンリーはカメラをバッグに押し込むと、静かに屋上から退避した。


ヘンリー

「待っていろ、ミズキ。どんな事情があるかは知らないが……俺たちは傭兵団だ。仲間を見捨てる選択肢なんて、最初からねえんだよ。必ず助け出してやる!」


 ヘンリーは再びカレイの街を後にし、ヴィンセントとシャーリーが待つ、ピッツァ湖の西エルカ水軍基地へと全速力で向かった。






 次の日の朝。西エルカ水軍基地の一角では、ネルソン中将、ヴィンセント、そしてすっかり体調の戻ったシャーリーの3人が、彼女の淹れた温かいコーヒーをすすりながら、膠着した戦局を打破するための軍議を行っていた。


 重苦しい沈黙が流れる室内に、突如として激しい足音が響き、一人の若者が息を切らせて飛び込んできた。

――首都へ向かったはずの傭兵リーダー、ヘンリーだった。


ヘンリー

「ヴィンセント! シャーリー! それに、ネルソン将軍……っ!」


ヴィンセント

「ヘンリー!? どうした、一体何があった! 首都デーニッシュにいるはずのお前が、なぜここにいる?」


シャーリー

「そんなに慌てて……。もしかして、もうクロノス元帥を倒しちゃったの?」


ヘンリー

「いや、クロノスどころじゃないんだ。……ミズキが、カレイの東エルカ軍本部にいた。ただ、奴らに捕まっている形跡がない。様子が、どう考えてもおかしいんだ!」


ネルソン

「落ち着いてください、ヘンリーさん。まずは一息ついて、事の顛末を最初からお話しいただけますか?」


ヘンリー

「……わかりました。実は、デーニッシュでミズキの定時連絡が途絶えて……」


 ヘンリーはこれまでの経緯を3人に一気に説明した。そして、カレイの雑居ビル屋上から捉えたミズキの様子を語ると同時に、現像したばかりの写真を机の上に勢いよく広げた。

 そこに写っていたミズキの笑顔、そして敵将校たちの姿を見た3人の表情が、一瞬で困惑と驚愕に染まる。


シャーリー

「そ、そんな……嘘よ、ミズキ……。どうして東エルカの軍人と、あんなに楽しそうに笑っているの……?」


 絶句するシャーリーの横で、ネルソン中将が写真の一人を指差し、その忌々しい名を口にした。


ネルソン

「この女性は……確か『アカネ』です。東エルカ陸軍中将の肩書を持っていますが、実態は同国の諜報機関を束ねる最高司令官。非常に優秀で底の知れない人物だと聞いています。おそらく、何らかの手口でミズキくんの心理を誘導し、戦意を削いで籠絡ろうらくしたと考えられますね。」


ヴィンセント

「なんて女だ。正面から戦わずに、内側から牙を抜きやがったか。……ところでヘンリー、この隣に写っている忍者姿のガキは誰だ? 見たところ、ミズキと同い年くらいに見えるが……?」


ネルソン

「すまない、その少年については我が軍にもデータがありません。ただ一つ確かなのは、これほど親密に食事をしている以上、ミズキくんの亡命前の過去に深く関わっている人物だということです。」


シャーリー

「そんな……じゃあ、ミズキは裏切っちゃったの? 私たち、これからどうすればいいの……?」


 不安に押しつぶされそうなシャーリーの肩を、ヘンリーは強い眼差しでガシリと掴んだ。


ヘンリー

「馬鹿を言うな、シャーリー。ミズキが俺たちを裏切るはずがない。あいつは優しい奴だ、かつての恩師や友人に『情』で縛られて、動けなくなっているだけさ。俺たちは傭兵団だ。ミズキを見捨てる選択肢なんて最初からない。……まずはこのピッツァ湖の敵艦隊を撃沈して完全制圧する。その後、全員でカレイに乗り込んでミズキを力ずくで奪還する。奴らの防衛は固いが、居場所さえ分かればやりようはある!」


シャーリー

「でも、もし私たちがロイドの大艦隊を落としたって知らせがカレイに届いたら、あのアカネって女、ミズキを人質にしたり、用済みとして始末しちゃったりしない……?」


ヘンリー

「いや、それはない。もし本気であいつを始末する気なら、捕らえた時点でとっくに殺しているはずだ。生かして、あんな高級な部屋でもてなしているということは、敵側にとってもミズキは『失いたくない大切な存在』なんだよ。だからこそ、交渉の余地も、奪還の隙もある。」


 ヘンリーは不敵な笑みを浮かべ、地図の上に拳を叩きつけた。


ヘンリー

「安心しろ。ここへ戻るまでの道中、あの無敗のロイド艦隊を完膚なきまでに叩き潰す策を考えてきた。偵察データによると、東エルカ水軍は前回の小競り合いの後、全ての艦が錨を下ろして港に停泊している。つまり、即座に行軍を切り替えられない状態だ。」


ヴィンセント

「ほう、その隙を突くのか。具体的にどうする?」


ヘンリー

「木製の小さな舟を、今から陸軍の工兵たちにも協力してもらって大量生産する。その小舟に藁や枯れ草、それから油をこれでもかと積み込んで火を点けるんだ。それを、身動きの取れない敵の巨大艦隊に向けて一斉に突撃させる(火船作戦)。」


ネルソン

「なるほど……! いくら近代的な超大型巡洋艦といえど、全方位から炎の塊が突っ込んでくれば防ぎようがない。前方の主砲は至近距離の小舟には仰角が合わず撃てないし、何より、弾薬庫への引火を恐れて、敵の水兵たちは戦うどころではなくなり退却せざるを得なくなる!」


ヘンリー

「その通りです、将軍。ただ、この作戦を成功させるには、火船を敵陣へ送り出すための『追い風』が必要になりますが……」


 ネルソンは即座に壁の通信機へ向かい、気象データの最新書類を引っ掴んだ。その顔には、ベテラン軍人としての獰猛な笑みが宿っている。


ネルソン

「風なら問題ありません! 観測隊の最新情報によると、明日の朝、ピッツァ湖一帯には強い『西風』が吹く。これなら、我が軍に火が逆流する心配はありません。完璧な天の助けです!」


ヴィンセント

「ハハハッ! 決まりだな。最新鋭の鉄の船が、古典的な火だるまの木っ端船に焼き尽くされるわけだ。ロイドの驚く顔が目に浮かぶぜ!」


ヘンリー

「よし、作戦開始だ! 明日の朝、ロイド艦隊を地獄の炎で包み込んでやる!」


「おう!」と男たちが雄叫びを上げる中、シャーリーは静かに窓の外、遥か東に位置するカレイの街を見つめ、愛用のサブマシンガンを強く握りしめた。


シャーリー

「ミズキ、寂しい思いをさせてごめんね。でも、もうすぐだから、そこで待っててね。……後でとびきり格好良く、お迎えに行ってあげるわ!」


 悲しみは完全に消え去り、シャーリーの瞳には熱い闘志が再燃していた。

 ミズキを縛る「情の檻」を打ち破るため、傭兵団の命運をかけた、ピッツァ湖燃える大逆転劇がいよいよ幕を開ける。 






 決戦の朝。ピッツァ湖の天候は一点の曇りもない快晴。そしてネルソン中将の予測通り、西から東へ向けて、湖面を激しく波立たせるほどの強い風が吹き荒れていた。

 西エルカ水軍基地の軍港には、ヘンリーの指示で一晩のうちに大量生産された木造船の群れが、隙間なく敷き詰められた藁や枯れ草、そして大量の油を積み込んで出撃の時を待っていた。

 出撃を前に、ネルソン中将はヘンリー、ヴィンセント、シャーリーの3人に最後の作戦説明と命令を下した。


ネルソン

「作戦開始と同時に、すべての木造船の枯れ草に着火します。無人の火船となったそれらは、この強い西風に乗って敵陣へと突撃する。突撃を見届けた後、我が軍の歩兵部隊は上陸艇に乗り込み、東エルカ水軍基地付近の砂浜へと強襲上陸、そのまま基地を制圧します。傭兵の3人には、先陣を切る1隻の上陸艇に乗り込み、この上陸戦を先導していただきたい。」


ヘンリー

「了解だ。港の露払いはこちらの火船がやってくれる。派手に暴れてやろうぜ!」


 3人は力強く頷くと、即座に武装して専用の上陸艇へと乗り込んだ。

 ネルソンもまた、自らの旗艦である高速巡洋艦の司令甲板に立ち、全軍に向けて厳かに右手を掲げた。


ネルソン

「――全艦、出撃! 西エルカ水軍の意地を見せてやれ!」


 凄まじいエンジン音とともに、無数の火船、そしてその後方を守る駆逐艦や巡洋艦の大艦隊が一斉に錨を上げ、東へと進軍を開始した。


――一方その頃、東エルカ水軍基地。

 港には、数日前の勝利に慢心した東エルカの軍艦たちが、すべて錨を下ろして静かに停泊していた。出撃の準備すら整っていないその平穏は、突如として破られた。


『敵艦隊接近! 繰り返す、西エルカ軍の大艦隊がこちらへ向けて急速接近中! 各員、ただちに第一種戦闘配置に付け!!』


 緊急サイレンとアナウンスが基地内に鳴り響く。

 ロイド大将は、忌々(いまいま)しげに顔を歪め、直ちに迎撃を命令した。急ぎ大型巡洋艦のブリッジへと赴いたロイドは、取り出した双眼鏡のレンズを忌々しい西の水平線へと向ける。

 だが、そこに映し出されたのは、想像していた大艦隊の姿ではなかった。驚くべき高速で迫りくるのは、無数の不気味な「木造船」の群れだった。


ロイド

「……木造船だと? 奴ら、大砲も積んでいないあんな木っ端船の群れで、一体何をする気だ……?」


 ロイドが戦慄混じりの疑問を口にした、その時だった。水平線の向こうで、木造船が一斉に爆発的な炎を巻き上げた。


東エルカ水兵1

「ほ、報告! 前方の木造船群より一斉に火災発生! いえ、意図的に炎上しています! 炎の塊となった数百の小船が、この西風に乗ってこちらに突っ込んできます!!」


ロイド

「……しまっ、まさか……火攻めだと!? まずい、今すぐ全艦に錨を上げて散開しろと伝えろ! 前方の艦はあれを迎撃せよ!!」


 ロイドが絶叫した。しかし、錨を下ろして完全に静止している巨艦たちが、そう簡単に動けるはずもなかった。


――ズガアァァン!!


 激しい衝撃音とともに、炎上した最初の火船が、最前列にいた東エルカ軍の駆逐艦の横腹に直撃した。

 たちまち激しい炎と黒煙が巻き上がり、駆逐艦の全方位の砲塔を包み込む。

 そこへ容赦のない強い西風が吹き付けることで、煙は東エルカ側の視界を完全に遮断し、兵士たちは目を開けることすらできなくなった。


「うわあああ! 前が見えん!」「火を消せ! 引火するぞ!」


 パニックに陥る敵陣へ、炎上した火船はもう1隻、さらにもう1隻と、風に押されて次々と駆逐艦や巡洋艦に吸い込まれるように命中していく。

 中には、甲板に露天積みされていた予備の弾薬に火が燃え移り、轟音とともに大爆発を起こして一瞬で湖底へと沈没していく軍艦もあった。

 そして、激しい炎を上げる巨大な火船の1隻が、ついにロイドの乗る大型巡洋艦の艦首へと激突した。

 バリバリと音を立てて燃え盛る火の手は、狂ったような西風に煽られ、またたく間に甲板へと迫りつつある。

 黒煙が充満するブリッジの中で、ロイド大将はただ、眼前で燃え盛る地獄絵図を前に、呆然と立ち尽くすしかなかった。


ロイド

「これが……これが、ネルソンの、いや、西エルカの海上戦術だというのか……!?」


 だが、傭兵たちの仕掛けた地獄はこれだけでは終わらなかった。

 炎と煙に巻かれ、反撃の能力を完全に失ったロイド艦隊の後方から、満を持してネルソン中将率いる西エルカの主力艦隊が姿を現した。


ネルソン

「全艦、主砲斉射! 哀れな標的マトをすべて海の藻屑に変えなさい。ただし、ヘンリーたちの乗る上陸艇の進路の邪魔にならぬよう、外周から的確に仕留めるのです!」


――ドガガガガガァァン!!!


 西エルカ艦隊の一斉砲撃が、身動きの取れない東エルカの軍艦たちを容赦なく撃ち抜いていく。

 シャーリーの特製料理で士気を限界まで高めた西エルカの水兵たちの照準は、恐ろしいほど正確だった。

 一発、また一発と、東エルカの誇る無敗の艦隊が、なす術もなくピッツァ湖の底へと葬られていく。


ネルソン

「ロイド大将。これこそが、情報と奇策、そして天候のすべてを味方につけた、本物の海上戦術です。……これにてピッツァ湖は、我が西エルカ水軍が完全に攻略した。」


 ヘンリーの誰も思いつかない大胆な奇策、ネルソン中将の冷静沈着な指揮と圧倒的な砲撃。二つの才能が完璧に融合した結果、無敗を誇ったロイドの水上艦隊は、戦う前にその誇りとともに一気に壊滅へと追い込まれたのだった。






 水上艦隊の壊滅と同時に、東エルカ水軍基地付近の砂浜では、西エルカ陸軍による激しい強襲上陸作戦が敢行されていた。

 大混乱に陥る敵の防衛線を突き破り、ヘンリー、ヴィンセント、シャーリーの3人も無事に砂浜への上陸を果たす。


 ヘンリーは右手の鉄パイプで肉薄する敵兵を叩き伏せ、左手の拳銃で確実に狙撃して応戦。

 シャーリーは愛用のサブマシンガンを構え、容赦なく弾丸の雨を降らせる。

 そして後方からは、ヴィンセントがどっしりと腰を据え、重厚なグレネードランチャーの引き金を引いた。放たれた数発の榴弾が、防衛陣地に配備されていた東エルカ軍の装甲車両を次々と爆破・大破させ、西エルカ制圧部隊の進路を豪快に切り開いていく。


 ヘンリーたちが圧倒的な火力で交戦を続ける中。

 旗艦である大型巡洋艦から間一髪で脱出したロイド大将は、数人の忠実な部下を引き連れ、基地の裏手に広がる深い森林地帯へと身を隠していた。

 このまま首都へ退却する、――その行く手を遮るように、深い木々の影から3人の傭兵が静かに姿を現した。


ロイド

「……そこまで読まれていたか。ふん、完全に俺の負けだ。捕虜になるつもりはない、さあ、早く撃て!」


 ロイドは潔く両手を広げ、死を受け入れる覚貌の眼差しを向けた。

 しかし、ヘンリーたち3人はゆっくりと武器の銃口を地面へと降ろした。その静寂の中、シャーリーが1歩、ロイドの元へと歩み寄る。


シャーリー

「ロイド将軍。私たちは、あなたを撃ちません。どうか武器を捨てて、投降してください。」


ロイド

「投降だと? フフ、笑わせるな、俺は東エルカの軍人だ! 生き恥を晒すくらいなら、ここで華々しく散って名誉の戦死を遂げた方が男としてどれほどマシか!」


シャーリー

「そのお気持ちはよく分かります。でも、もしあなたが今ここで頑なに命を捨てて、本当にそれが『名誉』になりますか? 違います。あなたの後ろにいる兵士たちも、この街の多くの市民たちも、若くして国を背負うあなたを心から尊敬し、慕っているのよ。彼らを遺して死ぬことが、本当にあなたの望む誇りなの?」


 シャーリーの真っ直ぐな言葉が、ロイドの頑なな心を激しく揺さぶる。そこへ、ヘンリーも静かに言葉を重ねた。


ヘンリー

「シャーリーの言う通りです。ロイド将軍、あんたは紛れもなく優れた指揮官だ。ここで無駄に死なせるにはあまりにも惜しい。どうか、お願いします。」


 ロイドは天を仰ぎ、しばらく沈黙した。やがて、観念したようにふっと優しく微笑むと、ヘンリーを見据えた。


ロイド

「……お前がヘンリーか。あの見事な火船の計略……本当に敵ながらあっぱれだった。これほどの強敵と戦えたこと、武人として嬉しく思うぜ。それと、シャーリー……だったな。お前が厨房で作ったあの料理、本当に美味しかったよ。正直なところ、あんなに心が温まるまともな食事をしたのは、本当に久しぶりだったんだ……」


 ロイドは腰の指揮刀を静かに地面へと置いた。


ロイド

「分かった。……お前たちの器量に免じて、大人しく投降しよう。」


 若き猛将ロイドが正式に投降を表明し、周囲の部下たちも安堵したように武器を収めた。

 武装解除を見届けたヘンリーは、胸ポケットからカレイで撮影した「あの1枚の写真」を取り出し、ロイドの前に差し出した。


ヘンリー

「将軍、カレイの街について、何か知っていることがあれば教えてほしい。この部屋に写っている二人は一体何者なんだ?」


 写真に目を落としたロイドは、ふむ、と頷いてすぐに答えを口にした。


ロイド

「ああ、この女性は陸軍中将のアカネ、そしてこの忍者姿の少年は隠密部隊のコタロウ大佐だ。……実は、最高本部の噂で聞いたことがある。この二人は、西エルカへ亡命した元東エルカの天才児……『ミズキ』という少年と、昔から深い繋がりがあるらしいとな。」


 ロイドの口から語られた事実は、ヘンリーたちの推測を確信へと変えた。

 ミズキは裏切ったのではない。大切な過去の絆に囚われ、身動きが取れなくなっているだけなのだ。


ロイド

「事実が分かったのなら、お前たちは今すぐカレイに向かうがいい。俺はこのまま、我が軍の残党がこれ以上無駄死にしないよう、ネルソン将軍との戦後会談に臨むとしよう。」


 ロイドはそう言うと、武装解除を済ませた部下たちを引き連れ、ネルソン中将が待つ東エルカ水軍基地の方向へと堂々たる足取りで歩き去っていった。


ヘンリー

「――恩に着る、ロイド将軍。」


 ヘンリーは遠ざかるその背中に短く感謝を告げると、すぐさまヴィンセントとシャーリーに向き直った。

 その瞳には、仲間を奪還するための激しい炎が宿っている。


ヘンリー

「行くぞ、二人とも! 舞台は『和の街カレイ』だ。ミズキを連れ戻すぞ!」


ヴィンセント

「おう、若いお二人さんに、世間の厳しさを教えてやろうじゃねえか。」


シャーリー

「待っててね、ミズキ。今度は私が、最高のディナーでお腹いっぱいにしてあげるから!」


 ピッツァ湖の覇権を完全掌握した3人の狼たちは、迷うことなく次なる戦場、カレイの街を目指して激走を開始した。

 最愛の仲間を救い出し、この戦争に決着をつけるための最終作戦が、ついに始まろうとしていた。






 一方その頃。

心地よい「い草」の香りが漂うカレイ軍本部の和風部屋では、静寂を引き裂くように、アカネとコタロウの二人がミズキの元へと姿を現した。

 その表情には、これまでの穏やかさとは一線を画す、軍人としての冷徹な緊迫感が宿っていた。


アカネ

「ミズキくん、少し耳の痛い報告があるの。……先ほど、ピッツァ湖のロイド艦隊が壊滅し、湖一帯は西エルカ水軍に完全に攻略されたわ。」


ミズキ

「……っ! ロイド将軍の大艦隊が……?(ヘンリー……。やっぱり、あの人たちはピッツァ湖を突破したんだ。……ということは、次は……)」


 ミズキは胸を高鳴らせながら、すがるような、どこか恐れるような複雑な瞳を恩師へと向けた。


ミズキ

「ヘンリーたちは……この故郷カレイに、来るのかな?」


コタロウ

「ああ、間違いない。西エルカの傭兵どもは、お前を連れ戻しに必ずここへ向かってくるはずだ。……アカネ様、カレイへ続く唯一のルートである、道中の深い森林地帯に我が『月影隊』の精鋭を配備させます。あいつらがこの街の一歩手前に足を踏み入れた瞬間、確実に仕留めてみせます。」


アカネ

「ええ、お願いねコタロウくん。……街の防衛線も、今から最高レベルで厳重警戒に移行させるわ。ミズキくん、何も心配しなくていいのよ。どんな奴らが攻めてこようと、私たちが、君を絶対に守ってあげるからね。」


 アカネは実の母親のようにミズキの頭を優しく撫でた。

 その手の温もりは本物だったが、今のミズキには、それが冷たい鉄の鎖のようにも感じられた。


ミズキ

「……うん。わかった。ありがとう、先生。コタロウ……」


 ミズキが消え入りそうな声で頷くと、二人は迎撃作戦の指揮を執るため、足早にその場から去っていった。

 パタン、と障子が閉まり、再び一人きりになった贅沢な和室。その中央で、ミズキの心には激しい「迷い」と「葛藤」の嵐が吹き荒れていた。


ミズキ

「ピッツァ湖を西エルカ軍が制圧した……。ヘンリー、シャーリー、ヴィンセント……。お願いだから、僕のことなんて放っておいて、このまま一気に首都デーニッシュのクロノス元帥を叩きに行ってくれればいいのに……! もし、あの人たちが僕を助けるためにこの故郷に攻めてきたら……先生やコタロウと戦うことになってしまう。そんなの……僕は、一体どうすれば良いんだ……!?」


 頭を抱え、畳の上に崩れ落ちるミズキ。

戦う理由を失い、誰が傷つくのも見たくないと願う少年の祈りとは裏腹に、運命の歯車は無情にも回り続ける。


 カレイの街の外へと広がる広大な森林地帯――。


 木漏れ日が差し込む薄暗い木々の中に、全身を漆黒の装束で包み、最新の隠密兵器で武装したコタロウと『月影隊』の忍びたちが、音もなく潜んでいく。

 ヘンリーたちを確実に、生きては帰さぬために。

 こうして、かつての仲間と、現在の絆が激突する【カレイ森林地帯の戦い】の幕が、静かに上がろうとしていた。





 その日の夜。静まり返った月明かりの下、ヘンリー、ヴィンセント、シャーリーの3人は、深い木々が立ち並ぶ森林地帯を静かに突き進んでいた。目指すはカレイの東エルカ軍本部。

 一刻も早くミズキの元へ駆けつけようと先を急ぐ一同だったが、突如、最前線を歩いていたヴィンセントがピタリと足を止めた。その五感が、夜の森の不自然な静寂を捉えていた。


ヘンリー

「ヴィンセント、どうした? 何か見つけたか?」


 ヘンリーが声をかけるより早く、ヴィンセントは無言で愛用のグレネードランチャーを構え、暗闇が広がる木々に向かって容赦なく榴弾を1発放った。


――ズドォォン!!


 爆発の炎が夜の森を赤く染め上げると同時に、闇の奥から悲鳴が響き渡る。


「ぐわぁぁぁッ!?」


 その爆風に炙り出されるようにして、周囲の木々や影から、漆黒の装束に身を包んだ「月影隊」の忍びたちが次々と姿を現した。


ヴィンセント

「フン、やはりな。……先代のバリーがよく言っていたのさ。『夜の森林地帯ってのはな、ネズミと伏兵の格好の住処だ』ってなぁ!」


 「曲者だ、出あえ!」


という月影隊の合図とともに、激しい乱戦が始まった。

 忍びたちの人間離れした素早い身のこなしと、闇からの奇襲に翻弄される3人。しかし、シャーリーの短機関銃の牽制射撃に支えられ、ヘンリーは凄まじい重さの鉄パイプを容赦なく振り回して応戦する。

 肉薄する刃を鉄パイプの硬質な金属音とともに弾き飛ばし、その圧倒的なパワーで忍びたちを次々と昏倒させていった。

 何とか第一波の伏兵を撃退した3人だったが、休む間もなくカレイの本拠地へと突き進む。


その瞬間――ヒュッ!!


  と、闇を引き裂く鋭い風切り音が響き、1本の強烈な弓矢がヘンリーの眉間を目がけて飛来した。

 だが、ヘンリーの動体視力はそれを逃さなかった。彼は腰を深く落とすと、手に持った鉄パイプをまるで野球のバットのように豪快にフルスイングした。


――ギィィンッ!!!


 火花を散らしながら、矢はヘンリーの鉄パイプによって完璧に斜め後方へと弾き返された。

 放たれた矢の凄まじい風圧にヘンリーが前方の闇を見据えると、上方の太い枝の上から、音もなく1人の忍びが舞い降りてきた。

 夕方の料亭にいた、あの少年――【月影隊】のリーダー、コタロウだった。


コタロウ

「……俺の月影隊の奇襲を破り、我が自慢の強弓まで弾き返すとはな。ここまで辿り着いたその実力、敵ながら褒めてやる。だが、お前たち西エルカの傭兵どもを、これ以上ミズキの元へ行かせはしない!」


コタロウは背中から新たな矢を引き抜き、今度は至近距離からヘンリーへと狙いを定めた。


――一方その頃。カレイ軍本部の和風部屋。

 外から微かに聞こえる爆音と怒号を耳にしたミズキは、縁側に立ち尽くしていた。

 その瞳からは、先ほどまでの迷いや涙は完全に消え去っていた。

 ヘンリーたちが自分を信じて戦ってくれていること、そしてコタロウたちが自分を守るために血を流そうとしていること。そのすべてが、ミズキの心を「覚醒」させた。


ミズキ

「……今まで、ずっと逃げていた。思い出の温かさに甘えて、戦うことから目を背けていたんだ。……でも、僕はもう逃げない! 誰かが傷つく前に、僕自身の言葉で、この無意味な戦いを止めてみせる!」


 ミズキは部屋の隅に置かれていた予備の「月影隊」の黒い装束を手に取ると、素早くそれを身にまとった。

 それは、ヘンリーたち西エルカ軍のためでも、アカネたち東エルカ軍のためでもない。一人の人間として、大切な仲間たちを武力ではなく「自分の強さと想い」で制止するための決意の証明だった。

 ミズキは和室の障子を勢いよく開け放つと、満月の光が照らす夜の森林地帯――親友コタロウと、最愛のリーダー・ヘンリーが激突しようとしているその戦場へと、風のように駆け出していった。






 夜の森林地帯。木漏れ日が揺れる静寂の中で、ヘンリーの重厚な鉄パイプと、コタロウの神速の忍術が激しく火花を散らし、一進一退の一騎打ちを繰り広げていた。

 これ以上の消耗は全滅を意味する、――その限界の戦況に、数人の精鋭護衛兵を引き連れたアカネ中将が悠然と姿を現した。


アカネ

「あらあら、西エルカの傭兵さんたち。ピッツァ湖を落とした勢いのままここへ乗り込んできたようですが……まだ無駄な抵抗を続けるのですか?」


 アカネの姿を見た瞬間、シャーリーは血相を変えて愛用のサブマシンガンを彼女の胸元へと突きつけた。


シャーリー

「あなたが……あなたが優しい言葉でミズキを惑わせて、私たちの元から奪ったのね!? この卑怯者!」


アカネ

「卑怯? 心外ね。私はミズキくんを戦場という地獄から救い出し、これ以上の争いを止めるために彼を保護したのよ。銃を向けるあなたたちこそ、彼を再び血の海に引きずり戻そうとしているのではないかしら?」


 シャーリーの指が悔しさで震え、引き金に力がこもる。

 まさにその一触即発の瞬間、アカネの背後に控えていた一人の護衛兵が、その仮面を脱ぎ捨てながら叫んだ。

 ――その声は、誰もが聞き馴染んだ、あの少年のものだった。


ミズキ

「もう止めて!! これ以上お互いに傷つけ合っても、何も、何一つ解決なんてしないよ!!」


 夜の森に響き渡った悲痛な叫びに、その場にいた全員が驚愕し、動きを止めた。


コタロウ

「ミズキ……っ!? お前、軍本部のあの部屋に閉じ込められていたはずじゃ……!?」


アカネ

「えっ? 君が……君がどうしてそこにいるの、ミズキくん!?」


 月影隊の装束に身を包んだミズキは、ヘンリーたちの前に立ちはだかるようにして、まずはシャーリーを真っ直ぐに見つめた。


ミズキ

「シャーリー、お願いだから武器を降ろして。僕のために怒ってくれた気持ちは、本当に嬉しい。……でも、この二人は僕を苦しめる敵なんかじゃないんだ。亡命して居場所がなかった僕の『過去』を知っていて、僕を守ろうとしてくれた、大切な人たちなんだよ。」


 ミズキはそう言うと、今度はゆっくりと振り返り、アカネとコタロウの前に両膝を突いた。


ミズキ

「コタロウ、アカネ先生。これは僕のわがままだ。……ううん、僕の本当の、たった一つの想いだ。もう国同士の争いに巻き込まれるのは止めよう? 誰も死ななくていい、誰も傷つかなくていいんだ。……もう一度、あの頃みたいにカレイの街で一緒に美味しいご飯を食べて、たくさん笑い合って、幸せに暮らそうよ……!」


 膝を突き、涙を溜めながらも、一歩も引かずに自分の想いをぶつけるミズキ。

 その少年のあまりにも純粋な叫びに、森林地帯は水を打ったような静寂に包まれた。

 ヘンリーは静かに鉄パイプを収め、すべてをミズキの覚悟に委ねるように見守った。

 やがて、コタロウとアカネはお互いの顔を見合わせると、固く張り詰めていた表情をふっと和らげ、深く頷き合った。

 二人はゆっくりとミズキの元へと歩み寄り、その小さな身体を優しく抱き起こした。


コタロウ

「……ミズキ。悪かったな、お前を縛り付けるような真似をして。……分かったよ。お前のその真っ直ぐな気持ち、俺が一番に受け取ってやる。」


アカネ

「ミズキくん。君は先生が思っていたよりも、ずっと、ずっと強く優しい男の子に成長していたのね。……降参だわ。分かったわ、ミズキくん。私ももう、誰とも争わないと誓う。これからは軍人としてではなく、一人の人間として、亡き夫の分までこの街を愛して生きていくわ。」


ミズキ

「……っ、ありがとう……二人とも、本当にありがとう……!」


 ミズキの顔に、心からの安堵の笑みが広がる。

 その時、コタロウがふと顔を上げ、木々の隙間から差し込む光を指差した。


コタロウ

「おい、ミズキ、みんな見ろよ! 最高の朝日がお出ましだぜ!」


 全員の視線が、東の空へと向けられる。

夜のとばりが下りた森林地帯を、黄金色の眩しい朝光が優しく照らし出していく。


ミズキ

「……綺麗だね。新しい1日が……本当の平和が、始まるんだ。」


 ヘンリー、ヴィンセント、シャーリーの3人もまた、その美しい朝日に包まれながら、最年少の仲間が成し遂げた偉大な奇跡を、静かな笑顔で祝福していた。

 こうして、少年ミズキの命をかけた説得により、東エルカ軍の重鎮であるアカネ中将と、精鋭隠密部隊を率いるコタロウ大佐は西エルカへの敵対行動を完全に停止。カレイの街に敷かれていた厳重な警戒網はすべて解除され、『和の街カレイ』は、一滴の血も流されることのない、完璧な無血降伏という形で達成されたのだった。






 それから数日の時が流れ、季節は10月上旬を迎えていた。

 ピッツァ湖方面からはネルソン中将率いる西エルカ水陸連合軍が、そしてカレイ方面からは無血開城を成し遂げたヘンリーたち4人の傭兵団が、東エルカ連邦国の首都【デーニッシュ】へと怒涛の進軍を果たし、その包囲網を完全に完成させていた。


 首都市内には、いまだ多くの東エルカ陸軍の迎撃部隊が配置されていた。

 ――しかし、西エルカ軍が徐々に市内に迫るにつれ、前線の部隊は次々と戦闘を放棄して後退するか、あるいは武器を捨てて無条件降伏を申し出ていく。すでに勝敗の行方は誰の目にも明らかだった。

 一方その頃、厳重な警備が破られ、静まり返った首都デーニッシュの最高本部最上階。

その総帥室の豪華な椅子に、東エルカの最高権力者であるクロノス元帥がただ一人、静かに腰掛けていた。


クロノス

「(……もはや、これまでか。我が野望も、エルカの命運も、ここで潰えるというわけだな……)」


 その時、総帥室の重厚な鉄の扉が、ギィィと重々しい音を立てて左右に開け放たれた。

現れたのは、誇り高き4人の傭兵――ヘンリー、ヴィンセント、シャーリー、ミズキ。そしてその先頭には、かつて無敗を誇った元東エルカ水軍大将、ロイドの姿があった。


ロイド

「クロノス元帥。……お変わりはないですか?」


クロノス

「ロイドか……。それに、かつて『伝説』と呼ばれたバリーの息子ヘンリー、そしてヴィンセントまでいるとはな。……特にヴィンセント、随分と久しぶりだな、お互いに。」


ロイド

「えっ……? ヴィンセントさん、元帥と知り合いなのですか!?」


 思いがけない言葉にロイドが目を見張ると、ヴィンセントは愛用の煙草に火をつけ、紫煙を燻らせながら渋い声で過去を語り始めた。


ヴィンセント

「ああ、まだヘンリーがほんのガキだった頃の話さ。俺と先代のバリーは、この辺りの治安維持や調査活動を請け負っていたんだがね。……特に、あのピッツァ湖付近の広大な『資源採掘調査』を俺たちに直接依頼してきた人物こそが、目の前にいるこのクロノス元帥なんだよ。」


シャーリー&ミズキ

「えっ、本当なの!?」


 シャーリーとミズキが驚きに声を上げる中、ヘンリーが腕を組み、鋭い眼差しでクロノスを見据えた。


ヘンリー

「……なるほど、そういうことか。オヤジたちに資源採掘調査をさせたのは、あらかじめ豊富な資源が眠る場所を正確に把握するためだったんだな。だが、西エルカ側から送られる資源の配分が減ったことで交渉が決裂し、お前は資源を完全に独占しようと、ピッツァ湖への出撃命令を下した……これが、この戦争の全貌だな?」


 すべてを見抜かれたクロノスは、深く息を吐いて背もたれに身を預けた。

 その顔には、一国の指導者としての深い疲弊が刻まれている。


ロイド

「元帥、もうこれ以上の無駄な血を流すのは止めましょう。私も彼らと命をかけて戦いましたが、彼らの知略と絆には到底かないませんでした。どうか、降伏を受け入れてください。」


クロノス

「……ふん。仮に私がここで降伏したとしても、これほどの戦火を広げた私に、もはや生きる資格など万に一つもない。ならば、このまま総帥室とともに爆散して散った方が、戦火に怯えた市民たちも安心するのではないかね?」


 自嘲気味に微笑み、自決を選ぼうとするクロノス。


――その時だった。


アカネ

「それは違います、クロノス元帥!」


 凛とした声とともに、部屋の入り口にアカネ中将とコタロウの二人が息を切らせて駆け込んできた。


ミズキ

「コタロウ! それに、アカネ先生!? どうしてここに……っ?」


コタロウ

「俺たちの……いや、この国に生きるすべての市民たちの本当の気持ちを、元帥に伝えるためにここまで走ってきたんだ。……元帥、外を見てくれ。今、最高本部の周りを取り囲んでいる何万人という市民たちの声は、元帥に対する怒りや、処刑を求める呪いなんかじゃない。誰もが声を枯らして『今すぐ争いを停止してくれ』と、平和を願って叫んでいるんだ!」


アカネ

「ええ。ここに住む市民たちは、これまでの元帥の統治と、防衛治安都市として私たちを守ってくれた恩義を忘れていません。だからこそ……死んで逃げるのではなく、生きて平和の結末を見届けてほしいのです。」


 二人の必死の訴え、そして窓の外から微かに響いてくる市民たちの地鳴りのような歓声を聞き、クロノスの瞳から、次第に鋭い殺気が消えていった。


クロノス

「……そうか。外の民は、そこまで……。フッ、私の完敗だな。皆の想い、確かに受け取った。」


 クロノスはゆっくりと立ち上がると、全軍に向けた通信機のスイッチを入れ、確固たる口調で決意を告げた。


クロノス

「これより、東エルカ連邦国はすべての戦闘行動を停止し、西エルカとの停戦を受託する! また、これからの未来、東エルカと西エルカを再び一つに統合し、新たな『エルカ統一連邦国』を樹立する。これからは、この大地を二度と東と西に分割せぬと誓おう。……そして、ロイド。お主に最後の頼みがある。」


ロイド

「何でしょうか、元帥?」


クロノス

「お主が……いや、これからの未来を担う輝かしい『若者たち』が、新しく生まれ変わるエルカ連邦国を引き継いでほしい。私は、過去の過ちを清算するため、戦犯として厳粛に裁判の裁きを待つとしよう。」


 ロイドは一瞬、その重大な責任の重さに戸惑い、隣に立つヘンリーへと視線を向けた。


ロイド

「ヘンリー……。俺のような敗将が、この国のトップに立っても……本当に、良いのだろうか?」


 ヘンリーは不敵にニヤリと笑うと、ロイドの肩をガシリと力強く叩いた。


ヘンリー

「ああ、大賛成だ。ロイド、お前は自軍の兵士たちだけでなく、敵だったシャーリーや市民たちからさえも、その誠実さで大きな信頼を得ている。お前以上の適任なんて、この国のどこを探してもいねえよ。胸を張って引き受けてくれ。」


 ロイドはヘンリーの真っ直ぐな瞳、そしてヴィンセントやシャーリー、ミズキの温かい頷きを見て、静かに熱い涙を堪えた。


ロイド

「……お前たち西エルカの傭兵は、戦場でありながら、俺やアカネ、コタロウの命を救い、この国に本当の未来をもたらしてくれた。……分かった、クロノス元帥。このロイド、新しいエルカの未来の舵取り、謹んで引き受けさせていただきます!」


 ロイドの力強い宣言が総帥室に響き渡る。

窓からは、数日前カレイの森で見たのと同じ、世界を祝福するような眩しい黄金の朝光が差し込み、集まった者たちの顔を明るく照らし出していた。


 長い混迷と痛みの歴史の終焉……

4人の傭兵団が繋いだ「絆」の力によって、東と西に引き裂かれていたエルカの地には今、かつてないほどに穏やかで、希望に満ち溢れた本物の夜明けが訪れようとしていた。





 激動の戦争が幕を閉じてから、しばらくの時が流れた。


 東エルカの最高指導者であったクロノスは、その後の国際裁判によって戦犯者としての判決を受けたが、これまでの功績や市民たちの強い減刑嘆願もあり、極刑は免れた。

 彼は厳重な監視兵に見守られながらも、かつて自身が静かに暮らしていた古い邸宅で、穏やかな余生(安住)を送ることとなった。


 そして、新しく生まれ変わった【エルカ統一連邦国】の主となった若きロイドは、旧東・西の垣根を取り払った新たな陸軍と水軍を組織し、国全体の治安維持のために東奔西走の日々を送っていた。

 そんな彼の執務室で、疲れたロイドに「お疲れ様」と温かいコーヒーを差し出し、公私ともに彼を力強く補佐しているのは――あの満腹の奇策で国を揺るがした、傭兵のシャーリーであった。


 かつてミズキが囚われていた和の街【カレイ】では、アカネとコタロウの二人が、今日も変わらず市民に寄り添いながら街の平和を守り続けていた。

 そして、そんな二人を時に天才的な暗号解読で、時に素晴らしい情報処理能力で裏から健気に支えているのは――過去の鎖を乗り越え、本当の強さを手に入れた傭兵のミズキであった。


 神聖なる【ピッツァ湖】の雄大な水面には、ネルソン中将が率いる新たな沿岸警備艦隊が、威風堂々と活動を続けていた。

 国境のなくなった湖の安全を守るネルソンの隣で、相変わらず不敵に笑いながら、最高の戦友・最高のベテランコンビとして艦隊の練度を支えているのは――豪腕の傭兵、ヴィンセントであった。


 そして、全ての始まりの地である最大都市【ワッサン】、そして彼らの心の故郷である傭兵のアジトがある【ブレッド】。

 この最も重要な拠点を、影から、そして誰よりも力強く支え続けているのは――4人の傭兵をまとめ上げた絶対的なリーダー、ヘンリーであった。


――さらに、2カ月後の12月25日。聖なるクリスマスの夜。


 かつて数々の作戦を組み立てた、ワッサンの街にある「傭兵団のアジト」には、久しぶりにあの4人の姿が集まっていた。

 部屋の中央にある古びた木製のテーブルの上には、チキンやグラタン、そしてケーキなど、シャーリーが今日のために腕によりをかけて作った特製の『クリスマス豪華料理』が、これでもかと並べられている。


ヘンリー

「ふぅ、美味いな……。シャーリーの飯、久しぶりに食った気がするが、やっぱりこれが一番落ち着く、懐かしい味だ。」


ミズキ

「本当に美味しいや! なんだか、みんなでガムシャラに戦っていたあの頃を思い出すね。えへへ♪ シャーリー、美味しい料理をたくさん作ってくれてありがとう!」


シャーリー

「ウフフ、二人とも良い食べっぷりね! 遠慮しないでどんどん食べなさい? キッチンには、まだまだたっぷりおかわりがあるんだから♪」


ヴィンセント

「ハハハ、お前ら相変わらずだな。……しかし、思い返せば全てはここ(アジト)から始まったんだ。そう思うと、なんだかしみじみと懐かしいもんだな……」


 ヴィンセントはそう呟くと、懐から一枚の写真が入った、小さな木製の写真立てをそっとテーブルの特等席に置いた。そこに写っているのは、豪快に笑う先代リーダー・バリーの姿。

 ヴィンセントは、相棒の写真の前に高級なお酒が注がれたグラスを優しく、コトッ、と置いた。


ヴィンセント

「――おい相棒、乾杯だ。俺から、いや、俺たち全員からお前への、最高のクリスマスプレゼント(平和な世界)だ。……見ての通り、ガキどもは立派にやり遂げたぜ。」


 ヘンリー、シャーリー、ミズキもまた、バリーの写真に向けて、愛おしそうに自身のグラスを掲げた。

 聖夜の夜空に、カラン、と4人のグラスが触れ合う澄んだ音が響き渡り、アジトは温かい笑い声と幸福な光で満たされていく。

 こうして、激動のエルカの大地を駆け抜けた「4人の傭兵」の戦いは、最高の形で終わりを迎えた。


 しかし、4人の物語がこれで完全に終わったわけではない。彼らはこれからも、自分たちが命をかけて取り戻したこの平和な世界を各地で守り、愛する人たちと共に、それぞれの生活を精一杯に生きていく。

 不滅の絆で結ばれた傭兵たちの未来に、満天の星々と聖夜の鐘の音が、どこまでも優しく祝福を告げていた。


4人の傭兵~後編~(完)


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