第8章:|愚者たちの祭典《フェスティバル・オブ・フールズ》
もし世界を救うのが俺の運命だとしたら、なぜ現在のミッションは演劇部のために50キロの段ボール製小道具を運ぶことなんだ?
「急いで、アリアン! 『夢の森』のセットは正午までに準備しなきゃいけないのよ!」
俺は呻き声を上げながら、人混みでごった返す廊下で、合板でできた偽物の木を引きずっていた。
「俺は魔犬を蒸発させられるんだぞ」俺は自分に言い聞かせるように呟いた。「マッハのドッジボールだってキャッチできる。なのに、結局は生徒会の奴隷かよ」
今日はセント・ザビエル高校の年次文化祭だ。一年で唯一、学校が屋台、お化け屋敷、そして下手くそなカラオケのカオスな祭典へと変貌する日である。空気はポップコーンと、十代の若者の必死な情熱の匂いがした。
「ブツブツ言わない」
隣にリアが現れた。 彼女は、メイド服を着ていた。
俺は持っていた合板の木を取り落とした。「うおっ。なんだその格好?」
「2年A組は『メイド喫茶』をやってるのよ」彼女は無表情で言った。フリルのついたヘッドドレスに眼鏡という組み合わせは、とてつもなくシュールだった。「一言でも喋ったら殺す。一言でもよ」
「いや、俺は別に――」
「周囲をスキャンしてるの」彼女は服の話題を無視して囁いた。「朝からセンサーの挙動がおかしいのよ。低周波のハム音。静電気のようなノイズがずっと鳴ってる」
「音響システムのせいじゃないか?」俺は提案した。「DJが酷いEDMを流してるし」
「だといいけど」リアは眉をひそめた。「とにかくガードを下げないで。それと、人が死にそうな状況になるまで神器は使うな。ラトールが校内の監視カメラを見てるはずよ」
彼女は生徒の群衆の中へと消えていった。
俺はため息をつき、偽物の木を持ち上げた。「ガードを上げろ、か。了解。とりあえず脳波でポップコーンでも迎撃するか」
【講堂 - 午後1:00】
俺は肉体労働から逃げ出し、講堂の後ろに忍び込んだ。
メインイベントが始まっていた。タレントショーだ。 ステージにはヴィクラム・マルホトラがいた。当然だ。彼はピアノを弾いていた。
そして当然ながら、彼の演奏は完璧だった。最前列の女子たちは失神寸前だ。 彼が曲を弾き終える。割れんばかりの拍手喝采が響く。彼は立ち上がり、お辞儀をして、部屋の最後列を真っ直ぐに見た。
俺の方だ。彼はニヤリと笑った。
(見栄っ張りめ)俺は思った。
突然、マイクから鼓膜を裂くような音が響いた。
キィィィィィィン!
観客が耳を塞ぐ。ヴィクラムは不快そうに眉を寄せ、マイクスタンドを叩いた。 講堂の照明が明滅した。そして、完全に消えた。
真っ暗闇。「おい! 誰が電源を切ったんだ?」誰かが叫んだ。
次に、紫色の光が差した。電球からではない。窓の外からだ。 俺は外を見た。
午後の日差しが消えていた。渦巻くような濃い紫色のドームが、学校の敷地全体を覆っていた。
「結界?」俺は囁いた。「まさか。こんな巨大な結界なんて……」
メリッ。バキッ。
ステージから音がした。木の床板が砕ける音だ。
ヴィクラムが後ずさりした。床を突き破って現れた「手」――灰色に腐敗した手を見て。
次にもう一本。そして一ダース。 影が床に溜まり、タールのように沸騰し始めた。影の中から人影が立ち上がる。 ボロボロの軍服を着た骸骨。虚ろな目をした食屍鬼。
生徒たちが悲鳴を上げた。即座にパニックが広がる。「ドッキリだろ!」「ショーの演出だよな!?」
食屍鬼の一体が、最前列の生徒に飛び掛かった。
ヒュンッ。
ヴィクラムが動いた。武器は使わない。自分の脚だ。 音速の壁を突破するほどの蹴り。
ドォォォン!
食屍鬼の頭が吹き飛び、背後の壁に激突して砕けた。
「ドッキリなんかじゃない!」ヴィクラムが咆哮した。その声は悲鳴を切り裂いて響いた。「全員脱出しろ! 体育館へ走れ! 今すぐだ!」
影がさらに沸き立った。ステージだけじゃない。至る所で。通路で。ドアの近くで。
「紫の霧の男」――死霊術師が、天井の梁から舞い降りてきた。黒いスーツに、演劇用の仮面をつけている。
「ようこそ、生徒諸君!」 魔法で増幅された声が響く。 「中断して申し訳ない。私はある物を探しているのだ。盗まれた家宝をね」
彼は手袋をした指で、群衆を指差した。 「『黄金の手首を持つ少年』を差し出せ。そうすれば、残りの者たちは生かしてやろう」
誰も俺の方を見なかった。誰も知らないからだ。だが、俺にはわかっていた。
俺は後ろのカーテンの陰に隠れていた。心臓が早鐘を打っている。 (俺を目当てに来たのか。俺の知ってる全員を、ゾンビと一緒に箱詰めにして)
リアの声が、耳元のイヤホンから聞こえた。
『アリアン! 交戦しないで! 私がそっちに行く! 今変身したら、全校生徒の前で正体を晒すことになるわよ!』
「リア、ステージを見ろ!」俺は小声で叫んだ。「ヴィクラムが一人で十体以上相手にしてる。でも、倒しても倒しても蘇るんだ!」
ステージ上のヴィクラムは暴力の旋風と化していた。骸骨を殴って粉砕し、蹴散らしている。だが、紫の霧がすぐにそれらを再構築してしまう。彼は強いが、すでに死んでいるものを殺すことはできない。
巨大な怪物――5体の骸骨が合体したような骸骨の巨人――が、ヴィクラムの背後に立ち上がった。 大腿骨で作られた巨大な棍棒を振り上げる。ヴィクラムは目の前の食屍鬼に気を取られている。気づいていない。
「ヴィクラム!」俺は叫んだ。
脳より先に体が動いた。 (秘密なんてクソ食らえだ)俺は思った。(ラトール捜査官もクソ食らえ)
俺は座席を飛び越え、通路を全力疾走した。 死霊術師が俺を見た。「ああ。そこにいたか」
彼が指を弾いた。骸骨の巨人が棍棒を振り下ろす。 そして、床から黒い棘が俺に向かって発射された。
俺は手首のブレスレットを叩いた。
『オーバーライド』 『状況:危機的』 『アドレナリンレベル:高』 『化身:炎神』
ドォォォン!
炎の爆発が座席を吹き飛ばした。俺は自らを砲弾のように発射し、オレンジ色の炎の彗星となって宙を舞った。生徒たちの頭上を飛び越える。
「ヴィクラム! 伏せろ!」
ヴィクラムが見上げた。自分に向かって飛んでくる燃える悪魔を見た。彼は質問しなかった。即座に床に伏せた。
俺は骸骨の巨人に激突した。 「爆炎拳!」
ズガァァァン!
衝撃がゴーレムを一瞬で焼き尽くし、灰へと変えた。衝撃波がステージ上の食屍鬼たちを一掃する。 俺は片膝をついて着地した。燃える足の下で、ステージの床板が炭化していく。
俺は立ち上がった。全身に炎を纏い、死霊術師と対峙する。
講堂が静まり返った。何百人もの生徒が、呆然と俺を見つめている。 ヴィクラムが立ち上がり、スーツの埃を払った。彼は俺の燃え盛る姿を見た。
「遅かったな、松明頭」ヴィクラムはニヤリと笑った。
俺は死霊術師を睨みつけた。
「祭りを台無しにしやがって」 俺は唸った。その声は歪み、深く響いた。 「それに、リアにメイド服を着ることを強要させた罪は重いぞ。高くつくと思え」




