鏡の迷宮《ミラー・パズル》
神殿の内部は、長くは暗闇ではなかった。 俺たちが敷居を跨いだ瞬間、壁に埋め込まれた燐光が燃え上がり、巨大な円形の前室を照らし出した 。
天井はドーム状で、海蛇たちが波でできた顔のない王に平伏しているモザイク画が描かれていた 。 部屋の中央には、深く、完璧に静止した円形の水たまりがあった。 そして、その中央の間から、5つの廊下が放射状に伸びていた 。
「扉がないな」ヴィクラムがライフルを構えたまま言った。「ただの廊下だ。どれが聖域に繋がっている?」
リアが壁をスキャンした。「建築様式が……おかしいわ。ユークリッド幾何学に従っていない。まるで、ここの空間は折り畳まれているみたい」
俺は中央のプールに向かって漂った。魅惑的だった。 水は透明すぎて見えないほどだが、底が見えない 。
「たぶん、このプールが下への道じゃないか?」俺は縁から身を乗り出して提案した 。
「アリアン、やめ――」イシャが言いかけた 。
手遅れだった。俺の「影」が水面に落ちた瞬間。
カチリ。
銃声のような音が水中に響いた。 足元の滑らかな石の床が消失した 。
「罠だ!」ヴィクラムが叫んだ 。
俺たちは落ちた。空気の中へではない。激しく渦巻く水流の中へと吸い込まれたのだ。 巨大なトイレに流されたような気分だった 。
「俺の手を掴め!」俺はイシャに向かって叫び、手を伸ばした 。
金属の指先が触れ合ったが、水流が俺たちを引き裂いた。「アリアン!」彼女が叫び、横のチューブへと吸い込まれて消えた 。 ヴィクラムとリアも、それぞれ別の方向へと流されていった 。
「通信チェック!」俺はヘルメットの中で叫んだ。「ヴィクラム? イシャ?」 ザザッ…… ノイズだけだ 。
俺は一人、暗闇の中、石のウォータースライダーを転がり落ちていった 。
【鏡の間】
水流が俺を吐き出し、小さな正方形の部屋に出た。俺は手をついて着地し、泥を巻き上げた 。 立ち上がり、息を整える 。
「よし」俺は呟いた。「パニックになるな。ダンジョンの標準手順だ。パーティーを分断して、個別にトラウマを与えるってやつだな」 。
部屋は何もない空っぽだった――壁の一面を除いて。 その壁は石ではなかった 。 魔法で固定された、垂直に波打つ銀色の水。「鏡」だった 。
俺はそこへ歩いた。重いダイブスーツが石の床で微かな音を立てる。 1メートル手前で立ち止まった 。
俺の鏡像が見つめ返してきた。銀色のスーツ。ヘルメット。手首で微かに光る星の神器 。
その時、鏡像が瞬きをした。俺はしていないのに 。
鏡像は手を伸ばし、ゆっくりとヘルメットを外した。 それは俺だった 。 だが、本の表紙に載っているような「英雄アリアン」ではない。本当の俺だ 。 ボサボサの髪、疲れた目、歴史の授業でついたチョークの粉が鼻についている 。
鏡像が笑った。嫌な笑みだった 。
「自分を見てみろよ」 鏡像が言った。その声は通信機越しではなく、頭の中に直接響いてきた 。 「兵士の格好なんかして。ごっこ遊びか?」 。
「誰だ?」俺は後ずさりして尋ねた 。
「俺は『真実』だよ、相棒。お前がその派手なスーツと、盗んだ時計の下に必死に隠そうとしているものさ」 。
鏡像が水の壁から歩み出てきた。水圧など気にもせず、学校の制服姿で俺に近づいてくる 。
「正直になろうぜ」『鏡像のアリアン』は俺の周りを回りながら言った。「お前は場違いなんだよ。ヴィクラムは天才だ。イシャは戦士だ。リアは頭脳だ。お前は?」 。 奴は俺の胸板を強く突いた 。
「お前はただの配達員だ。電池だ。そのブレスレットがなきゃ、お前はまだ数学の赤点を取って、教室の後ろに隠れてるだけの子供だ。お前は詐欺師だよ、アリアン・シャルマ。遅かれ早かれ、みんなそれに気づく。イシャだって気づくさ」 。
痛いところを突かれた。一番痛いところを 。
「黙れ」俺は唸った 。
俺はダイヤルを叩いた。 『化身:炎神』
スーツが熱くなる。マグマパンチをチャージする。「黙れと言ったんだ!」 俺は鏡像の顔面を正面から殴った 。
バシャッ。
俺の拳は奴の頭をすり抜けた。鏡像は水となって溶け、瞬時に俺の背後で再形成された 。
「短気だなあ」奴は舌打ちした。「真実は燃やせないぜ。大地神の岩でも潰せない。それがお前のやり方か? 怖くなると、ただ物を壊すだけか?」 。
奴は俺のヘルメットのバイザーに顔を近づけた。 「いいぜ、やってみろよ。俺を壊せ。そして証明しろ。お前はただの、核兵器を手首に巻きつけただけの怯えた子供だってな」 。
俺は再び拳を上げた。だが、止まった 。 『証明しろ』。
俺はヴィクラムとの重力トレーニングを思い出した。圧力と戦うな。受け入れろ。 病院でのイシャの言葉を思い出した 。 『栄光のために戦ってたんじゃない。盾になるために戦ってた』 。
鏡像の言う通りだ。俺は怖い。俺はただ運が良かっただけの普通の子供だ 。 だが、8万人の人々を救うために空飛ぶスタジアムから飛び降りたのも、その子供だ 。 時計が力をくれたかもしれないが、飛んだのは「俺」だ 。
俺は拳を下ろした。炎神を解除する 。
「お前の言う通りだ」俺は静かに言った 。
鏡像は止まり、混乱した。「は?」 。
俺は鏡像の目を見つめた。 「俺は死ぬほど怖い。半分くらいの時間は、自分が何をしてるのかさえ分かってない。ああ、この時計がなきゃ、たぶんここにはいないだろうな」 。
俺は一歩踏み出し、距離を詰めた 。
「だけど、俺はここにいる。そして選んでいるのは俺だ。俺は詐欺師じゃない。ただ……学んでいる途中なんだ」 。
俺は手を伸ばした。拳ではない。開いた手で。 俺は鏡像の胸に触れた 。
「お前を受け入れるよ」俺は囁いた。「だから、道を空けろ」 。
鏡像は俺を見つめた。残酷な笑みは消え、驚きの表情に変わった。 奴はゆっくりと頷いた 。
シュウゥゥ……
鏡像は霧となって消えた。 背後の水の壁が波打ち、中央から割れて、その奥にある暗い廊下をさらけ出した 。
道は開かれた 。
通信機がノイズ混じりに復活した。「……リアン? アリアン、聞こえる?」リアの声だ 。
「ここにいる」俺は言った。止めていた息を吐き出す 。 「俺の試練は終わった。みんな無事か?」 。
「『無事』の定義によるな」ヴィクラムの声は疲弊していた。「俺は今、父親の期待を具現化した水の化け物と20分間口論してきたところだ。消耗したぞ」 。
「私の鏡像はタイムシェア(別荘の共同所有権)を売りつけようとしてきたわ」イシャが何食わぬ顔で付け加えた。「凍らせてやったけど。行きましょ」 。
「中央で合流だ」俺は水のゲートをくぐりながら言った。「神様を起こさなきゃな」 。




