|巨神《アトラス》、|屹立《きつりつ》す
地面が、終端速度で俺に向かって迫ってくる。 眼下には、ニューデリーの中心街がパッチワークのように広がっていた。建物が、秒単位で巨大になっていく 。
地上の人々が逃げ惑い、空から落ちてくる「人工の月」を見上げて絶叫しているのが見えた。 頭上には、国立スタジアムの巨大な影が太陽を覆い隠していた。 数百万トンのコンクリートと鉄塊の自由落下 。
あと5秒。
風が耳元で咆哮し、服を引き裂かんばかりだ。 地表近くの高密度の大気に突入し、皮膚が摩擦熱で焼け付き始めていた 。
あと4秒。
星の神器が悲鳴を上げている。手首の骨をノコギリで切断するような激しい振動。 ホログラム・インターフェースは赤色の警告灯で埋め尽くされていた 。
『警告:生体リンク不安定』 『オーバードライブ・プロトコル起動中』 『肉体の恒久的損傷リスク:98%』
「黙れ!」俺は風の中で怒鳴った。「俺に質量を寄越せ!」
あと3秒。
土台が必要だ。俺は眼下に巨大な交差点を見つけた。鉄筋コンクリートの高架道路だ。そこを狙う 。
あと2秒。
俺は高架道路に激突した。 ドォォン! 衝撃でアスファルトがクレーター状に陥没し、車がおもちゃのように吹き飛んだ。 生身ならミンチになっていたが、大地神はすでに起動している。皮膚はダイヤモンドのように硬い 。 俺は砕けたコンクリートに踵をめり込ませ、踏ん張った。 見上げる。スタジアムは目の前にあった。空全体を埋め尽くしている。落下の轟音で耳が聞こえない 。
あと1秒。
「来いッ!!」 落ちてくる山を迎え撃つために、俺は両手を天に突き上げ、絶叫した 。
俺の体が内側から引き裂かれる。骨が伸び、気味の悪い音を立てる。 筋肉が膨張し、ヴィクラムが買った高価なスーツを寸断した。 皮膚を突き破って、以前よりも分厚く、重厚な黒曜石のプレートが噴出する 。 胸に走る溶けた黄金の鉱脈が、炎神の炎よりも眩しく、激しく輝き出した。
俺は巨大化する。 3メートル。6メートル。12メートル。 俺は岩盤とマグマでできたゴーレムとなった。街路に立つ巨神となった 。
そして、空が落ちてきた。
ズゴオオオオオオオオオオッ!!
それは爆発音ではなかった。「世界の終わり」の音だった 。
スタジアムの基底部が、俺の突き出した岩の両掌に激突した。 衝撃波が、半径10ブロック以内のすべての窓ガラスを粉砕した。 足元の高架道路が塵となって消滅する。俺の両足は地中深くへと沈み込み、水道管と地下鉄トンネルを叩き割った 。
腕がひしゃげる。岩の肩が、バキバキと音を立てて砕けそうになる 。
(重すぎる。不可能だ)
8万人の人間。鉄骨。魔法ジェネレーター。 その重量は理解の範疇を超えていた。まるで惑星そのものが、俺を核に向かって押し潰そうとしているようだ 。
視界が痛みで真っ白になる。 重力に押し返すために、俺は火山が噴火するような声を上げた。
(耐えろ。ただ耐えろ) もし今落とせば、中にいる全員が死ぬ。 もし今落とせば、下の都市が潰れる 。
俺は膝をロックした。肘をロックした。 俺は一本の「不動の石柱」となった。 スタジアムの落下が止まった。 それは上空150メートルで静止した。 怪物に変身した一人の少年の肩の上で 。
【スタジアム内部】
スタジアムが唐突に、暴力的に停止した瞬間、ヴィクラムは壁に叩きつけられた。 通路で転がり落ちていた人々が悲鳴を上げたが、壊滅的な激突は起きなかった。彼らは生きていた 。
「止まった……」リアが傾いた床から這い上がり、息を呑んだ。「どうやって止まったの?」
ヴィクラムは、最初の爆発で壁が剥がれ落ちたスタジアムの縁まで這っていった。 彼は下を覗き込んだ。
彼の目が限界まで見開かれた。 遥か下、塵と瓦礫の舞う街路の中に、巨大に輝く黒曜石の巨神が立っていた。 その岩の両腕は空へと伸び、アリーナの底を支えていた 。
「アリアン……」ヴィクラムは囁いた。「受け止めたのか。本当に受け止めやがった」
リアも下を覗き込んだ。「彼の生体反応……計測不能よ。あの質量を支えるために、生命力を急速に消費してる。もしあと5分以上支え続けたら、心臓が止まるわ」
彼らの遥か頭上。スタジアムの屋根の最高地点で、マヤが見下ろしていた。 変幻自在ののっぺらぼうの顔が、不快そうに歪む 。
「鬱陶しいゴキブリめ」 マヤの声が響いた。彼女は下の巨神を指差した。 「我が忠実なるペットたちよ!」 彼女は、観客を襲っていた何百もの阿修羅――羅刹、夜叉、食屍鬼――に呼びかけた 。
「家畜どものことは忘れろ! 下を見ろ! 空を支えている『柱』が弱っているぞ!」 彼女は残忍な笑みを浮かべた。 「飛び降りろ。そして奴の足をへし折ってこい」
阿修羅たちは従順に金切り声を上げた。彼らはスタジアムの縁に群がり、次々と飛び降り始めた。 悪魔のイナゴの大群のように、動けない巨神へと降り注いでいく 。
ヴィクラムはそれを見た。「アリアンを狙っている。奴は支えている間、身動きが取れない。ただの的だ」
ヴィクラムは武器を確認した。エネルギーライフルは弾切れ。スーツは破損。リアのガジェットも尽きている 。
「下に降りるぞ」ヴィクラムは決然と言った。「彼の足を守るんだ」
「どうやって?」リアが尋ねた。「エレベーターはないわ。飛び降りるわけにはいかないのよ」
カツッ。カツッ。
傾いた床を歩いてくる音がした。彼らは振り返った。
イシャだった。 純白のユニフォームは破れ、泥と血で汚れていた。 彼女の左腕は力なく脇に垂れ下がっていた――最初の落下の衝撃で脱臼したのだ 。 だが、その瞳――凍てついた湖の瞳――は、激しく燃えていた。
彼女は縁から下を見た。世界を支える巨大な岩の巨神を見た。彼に降り注ぐ阿修羅の雨を見た 。
「あの観光客」彼女は信じられないというように首を振って呟いた。「本当に根性があるじゃない」
彼女はヴィクラムを見た。「下に降りたい?」
ヴィクラムは背筋を伸ばした。「片腕でそんな巨大な氷の滑り台が作れるのか?」
イシャは無事な右手を上げた。周囲の空気が一瞬で凍りつき、鋭い氷の結晶を形成する。
「8万人を支えてる男のためよ?」 イシャは弱々しく、しかし不敵に笑った。 「街ごと凍らせてやるわ」




