変幻自在《シェイプシフター》の強襲
「岩の袋を丸飲みした気分だ」 俺は腕を伸ばしながら呻いた 。
「あんたが『岩の袋』になったのよ」 リアが訂正した。彼女は待機エリアで俺のスーツを再調整していた。 「魔力レベルが危険域まで低下してるわ。もし今日また変身したら、一週間気絶することになるかもね。だから決勝戦では……なるべく大地神は使わないで」
「心配するな」俺は手首をさすった。「今の俺じゃ、小石ひとつ持ち上げられないよ」
グランドファイナルの時間だ。 セント・ライオンハートを倒した俺たちの相手は、西地区からのダークホース「鉄血チーム」。 だが正直なところ、誰も彼らを気にしていなかった。観客の話題は、氷の壁を通り抜けた「ゴーレム・キッド」で持ちきりだった 。
ヴィクラムがうろうろと歩き回っていた。苛立っているようだ。 「親父が電話に出ない」彼は呟いた。「優勝トロフィーの授与を行うはずだったんだ。彼はPRの機会を逃すような人間じゃない」
「渋滞にでもハマってるんじゃないか?」俺は言った 。
「ヘリ移動だぞ、アリアン。空に渋滞はない」 ヴィクラムはイヤーピースをタップした。 「警護班アルファ、応答しろ。なぜVIP席が暗い?」
ザザッ……ピー…… ノイズだけが返ってきた 。
「おかしいわ」リアが鋭く言った。彼女はホログラム・スキャナーを展開した。「ヴィクラム、スタジアム内の魔力密度を見て。選手だけじゃない。至る所にあるわ」
彼女は観客席を指差した。 「客席の中に、高密度の魔力ポケットがある。セクションA、セクションB、セクションC……完璧に等間隔で配置されてる。まるで爆破解体用の爆薬みたいに」
ヴィクラムが答える前に、防爆扉が開いた。 重厚な戦術装備に身を包んだ警備員が入ってきた。バイザーを下ろしており、顔は見えない 。
「チーム・アストラ」警備員が唸った。「出番だ。移動しろ」
ヴィクラムが目を細めた。彼は警備員のブーツを凝視した。 泥だらけだった。 ここは最新鋭のハイテク・スタジアムだ。泥なんてどこにもない 。
「待て」 ヴィクラムは言い、手がサイドアーム(拳銃)へと伸びた。「認証コードは?」
警備員が止まった。ゆっくりと首を傾げる。 喉から音が漏れた――声ではない。湿った、クリック音のようなノイズだ。
「コード?」警備員は含み笑いをした。その声は歪み、ピッチが急激に変化した。「コード……混沌」
グチャッ。
警備員の体が内側から破裂した。 戦術装備が引き裂かれ、灰色の肉体が膨張する。骨が砕け、再構築される音。 2秒後、人間の警備員は消えていた。 廊下に立っていたのは、緑色の肌と湾曲したシミターを持つ、身長2メートルを超える夜叉――阿修羅の戦士だった 。
「伏兵だ!」ヴィクラムが叫んだ 。
彼は武器を抜き、発砲した。青いエネルギー弾が夜叉の胸に叩き込まれる。怪物は咆哮し、突進してきた 。
「アリアン、下がって!」リアが叫び、閃光手榴弾を投げた 。
カッ!
視界が真っ白になり、耳鳴りが響く。視力が戻った時、ヴィクラムはエネルギーを纏ったブーツを夜叉の首に突き立て、壁に縫い止めていた 。
「どうやって夜叉が防衛線を突破したんだ?」ヴィクラムが息を巻いた 。
「突破してない」リアはシーツのように顔面蒼白だった。「正面玄関から歩いて入ってきたのよ」
ズドォォォォン!!
巨大な爆発がスタジアムを揺さぶった。足元の床が激しく傾く。俺は倒れないように壁を掴んだ 。
「アリーナだ!」
俺たちは廊下を駆け抜け、開けたスタジアムへと飛び出した。 そこは地獄絵図だった 。
決勝戦は屠殺場へと変わっていた。 スタンドでは、何百人もの「観客」が変身していた。 男も、女も、子供も――皮膚が濡れた紙のように剥がれ落ち、その下の阿修羅の姿を露わにしていく。 羅刹たちが警備員を空中に放り投げていた 。
そしてアリーナの中央。黒い影の足場に浮いている一人の女性がいた。 ビジネススーツを着ている。トーナメントのアナウンサーと瓜二つだ 。
彼女はマイクをタップした。 キィィィィィン! ハウリング音がスタジアムのガラスを震わせる 。
「テス、テス」女性は言った。声が変形していく。深くなり、無数の囁き声が重なる。顔が水面のように波打つ。 アナウンサーの顔が溶け落ち、目鼻立ちのないのっぺらぼうへと変わった 。
マヤ。
「レディース・アンド・ジェントルメン!」マヤの声が轟いた。「番組の変更をお詫び申し上げます。新人戦は中止となりました」
彼女が手を上げた。開閉式屋根の上の空が紫色に変わる。 巨大な結界――学校のものより遥かに強力な――が、スタジアム全体を封鎖した 。
「生贄の儀式へようこそ」マヤは笑った 。
「閉じ込められた」ヴィクラムは見上げて囁いた。「8万人だぞ。全員殺す気か」
「支柱を見て!」リアが指差した 。
このスタジアムは「浮遊コロシアム」――現代魔法の驚異であり、地上150メートル(500フィート)の上空にホバリングしている。 それを支えているのは、基部にある4基の巨大な重力発生装置だ 。
マヤが指を鳴らした。 ドォン! ドォン! ドォン! ドォン! 4回の爆発が同時に発生し、重力発生装置が破壊された 。
スタジアム全体が悲鳴を上げた。床が30度の角度で傾く 。 通路を滑り落ちていく人々から悲鳴が上がる 。
「落ちてる」窓の外のスカイラインが斜めに傾いていくのを見ながら、俺は囁いた。「俺たち、本当に落ちてるぞ」
マヤは俺たち――トンネルの入り口に立っているチーム・アストラを見下ろした。彼女の視線は俺に固定された 。
「アリアン・シャルマ!」彼女は楽しげに呼びかけた。「ヒーローになりたかったんでしょう? 『壁』になりたかったんでしょう?」
彼女は遥か下、150メートル下の地面を指差した。 「落ちてくる山を受け止められるか、見せてもらおうかしら」
スタジアムが再び大きく揺れた。重力が支配を取り戻す。 数百万トンのコンクリート、鋼鉄、そして8万人の絶叫する人々が、都市の中心部に向かって落下を始めた 。
衝突まで、およそ2分。
「ヴィクラム!」混乱の中で俺は叫んだ。「プランは? プランはあるのか?」
ヴィクラムは落ちていく都市を見た。スタンドの怪物たちを見た。マヤを見た。 初めて、あのアースが恐怖しているのを見た。「これに対するプランなんてない」彼は囁いた。「物理的に……質量が……デカすぎる」
俺はブレスレットを見た。光っていた。茶色でも、オレンジでもない。警告灯が点滅している。 『オーバーロード警告』
俺はスタンドの怯えた家族たちを見た。リアとヴィクラムを見た 。
「俺にプランがある」俺は言った 。
ヴィクラムが俺を見た。「なんだ?」
「お前たちは怪物を頼む」俺は傾いたアリーナの縁へと歩き出した。「俺に近づけさせるな」
「近づけさせるな?」リアが俺の腕を掴んだ。「アリアン、何をする気?」
俺は迫り来る地面を見た。「受け止めるんだよ」
「無理よ!」リアが悲鳴を上げた。「大地神にそんな射程範囲はないわ! 押し潰される! ミンチになるわよ!」
俺は腕を振りほどいた。「なら、もっと硬くなるまでだ」
俺は跳んだ。マヤに向かってではない。 スタジアムから飛び降りた。下の自由落下の中へと。
「アリアン!!」
俺は空を落ちていった。スタジアムの巨大な影が、落ちてくる月のように俺の上に覆いかぶさる 。 俺は目を閉じた。大地に手を伸ばすのではない。大地の「概念」に手を伸ばす。 山は動かない。大陸は壊れない。 もっと大きく。もっと巨大に。俺はアトラスになる必要がある 。
「システム!!」 俺は吹き荒れる風の中で咆哮した。 「大地神:巨神形態! オーバードライブ!!」




