第1章:|昼寝《ひるね》をしたかった|少年《しょうねん》
「アリアン! 起きろ!」
狙撃手のような正確さで、白墨の一片が俺の額に直撃した。 俺は跳ね起き、顎についたよだれを慌てて拭った。クラス中がクスクスと笑っている。 教室の教壇に立っていたのは、歴史教師のヴェルマ先生だった。彼は今にも俺を召喚して食ってやろうかというような顔で睨みつけていた。
「授業に参加してくれて嬉しいよ、アリアン」 ヴェルマ先生は眼鏡の位置を直しながら言った。 「私の『大融合後の経済学』の講義は君には退屈だったようだね。なら、クラスのみんなに教えてくれるかな? D級喰種の主な弱点は何かね?」
俺は瞬きをした。脳みそはまだバッファリング中だ。 「えーと……」 俺は助けを求めて辺りを見回した。隣の席の親友、ロハンが必死に口パクで『塩』と伝えてきている。
「胡椒?」俺は推測で答えた。
クラス中が爆笑に包まれた。ロハンはあまりの情けなさに手で顔を覆った。
「居残りだ」ヴェルマ先生はため息をついた。「放課後、残るように」
俺の名前はアリアン。16歳。もし人生がテレビゲームだとしたら、俺は間違いなく村人Aだろう。勇者が世界を救っている間に、背景で壁にぶつかって歩いているような奴だ。
大融合から10年が経った。怪物は実在する。魔法も――まあ、ある程度は実在する。 軍隊はエーテル技術の兵器を使って都市を守っている。そして、インスタグラムでセレブ扱いされているエリート兵士たち――狩人が存在する。
そして、俺がいる。俺の最大の問題は、三つ首のドラゴンではない。数学の赤点と、なぜ制服のシャツにチョークのシミがついているのかを母さんに説明することだ。
終業のベルが鳴り、自由の時間を告げた。ヴェルマ先生が居残りのことを思い出す前に、俺は鞄を掴んで教室を飛び出した。
「おい、『胡椒』ってマジかよ?」 廊下でロハンが追いついてきて、息を切らして言った。ロハンは俺たちの中で頭が良い方だ。彼は趣味で『狩人サバイバルガイド』を読んでいるような奴だ。 「お前、いつかマジで怪物に食われるぞ」
「眠かったんだよ! 昨日の夜、ヴァロラントのランク上げで遅くまで起きてたんだ」 俺は言い訳をした。「とにかく、俺はもう行くよ。近道して帰るから」
ロハンは足を止めた。「近道? まさか第4区画を通る気か? あそこは黄色地帯だぞ、アリアン! 民間人は立ち入り禁止だ。フェンスだって壊れてるし」
第4区画は、10年前の最初の襲撃で半壊した古い住宅地区だ。植物に侵食され、放棄され、厳重に立ち入りが禁止されている場所だ。
「あそこを通れば、家に帰る時間が20分短縮できるんだよ」 俺はリュックのストラップを直しながら肩をすくめた。 「それに、軍が毎週あそこを掃討してるだろ? 野良猫とゴミ以外には何もないさ。大丈夫だって」
「もしお前が死んだら、プレステ貰っていいか?」
「失せろ」俺はニヤリと笑って手を振った。
10分後、俺は自分の人生の選択を後悔することになった。
第4区画は不気味だった。建物はコンクリートの残骸となり、空虚な骨組みだけが残っている。俺の腕ほどもある太いツタが壁を這い上がっていた。ここの静寂は重い――都市の静けさではない。墓場の静けさだ。
俺は崩れた壁を乗り越えた。スニーカーが割れたガラスを踏んで音を立てる。 「ただの散歩だ」俺は自分に言い聞かせた。「入って、出るだけ。大したことない」
道端の空き缶を蹴りながら歩いていると、ふと視界の端に何かが映った。 爆撃跡のような古いクレーターの近く、瓦礫の山の中で何かが光っていた。
俺は足を止めた。普段、ホラー映画で奇妙な音を調べて死ぬような好奇心旺盛なタイプではない。だが、これには何か……奇妙な感覚があった。まるで血液中の鉄分が磁石に引かれるような感覚だ。
俺は近づいてみた。 コンクリートの塊に埋まっていたのは、ブレスレットだった。
それは古代の遺物のように見えた。分厚く、錆びた鉄のような鈍い灰色の金属でできていたが、その中には金の溝が走っていた。装飾品には見えない。まるで手錠のようだった。
「誰が金を捨てるんだ?」俺は囁いた。
俺は手を伸ばした。指先が冷たい金属に触れた瞬間、冬場にドアノブに触れた時のような静電気が――いや、その10倍の強さの衝撃が腕を駆け上がった。
「いっ!」俺は手を引っ込めた。
ブレスレットの錆がひび割れた。
ブォォン……
低い振動が始まった。鈍い灰色の金属が変形し、内部の機構が唸りを上げる。錆が剥がれ落ち、古代の彫刻と混じり合った滑らかな未来的デバイスが姿を現した。ブレスレットの表面は時計ではなく、ダイヤルになっていた。 カッコいい。まるでSFアニメのアイテムだ。
「よし」俺は無人の廃墟に向かって言った。「警察に電話すべきだな。これはたぶん危険な軍事技術だ」
俺の脳は「置いていけ」と言った。だが、俺の手は「掴め」と言った。
俺はそれを拾い上げた。ずっしりと重く、触れると温かかった。 「ちょっとだけ……サイズが合うか試してみよう」俺は自分に言い訳をした。「一瞬だけな」
俺は左手を金属の輪に通した。
ガシャン!
デバイスは瞬時に俺の手首にロックされた。それは収縮し、俺の腕のサイズに完璧にフィットした。
「うわっ!」俺はパニックになり、右手でそれをこじ開けようとした。「オーケー、悪いアイデアだった! 外れろ! 外れろって!」
びくともしない。まるで皮膚に溶接されたかのようだ。 突然、ダイヤルの表面が点灯した。ホログラム映像が飛び出し、手首の上に浮かび上がった。そこには見たこともない奇妙な記号――サンスクリット語とバイナリコードが混ざったような文字が表示された。
ロボットのような声が、俺の頭蓋骨の中に直接響いた。
『生体スキャン完了』 『適合率:12%』 『ようこそ、ユーザー。星の神器、オンライン』
「適合率12%だと?」俺は自分の手首に向かって叫んだ。「どういう意味だよ? 赤点かよ? 時計にまでバカにされるのか!」
俺がさらにパニックになる前に、背後の静寂を切り裂く音が響いた。
グルルルル……
野良猫の音じゃない。
俺は凍りついた。首筋の毛が逆立つ。俺はゆっくりと振り返った。
俺がさっき乗り越えた壁の上に、犬が立っていた。 いや、皮膚がなく、目が赤く輝き、軽自動車ほどの大きさがある怪物を「犬」と呼べるなら、だが。
魔犬。下級の阿修羅ビーストだ。
顎からは唾液が滴り落ち、コンクリートに触れるとジュッと音を立てて蒸発した。そいつは俺を直視していた。いや、正確には俺の手首で輝くビーコンを見ていた。
「い、いい子だね……」俺は裏返った声で言い、後ずさりした。
獣は脚の筋肉を収縮させた。
『脅威を検知しました』頭の中の声が冷静に言った。『戦闘モードを起動します。アバターを選択してください』
「選択って何をだよ! お前が何なのかも知らないんだぞ!」俺は叫んだ。
魔犬が飛び掛かってきた。




