影の評議会《シャドウ・カウンシル》
魔界の空に太陽はない。あるのは「あざ」だけだ。 渦巻く紫色の星雲が頭上に永遠に居座り、ギザギザとした黒曜石の山々を病的な光で照らしている。
ここには風がない。鳥のさえずりもない。 聞こえるのは、地の底深くで打ち鳴らされる戦太鼓のリズムだけ。
黒の城塞の中央に、死んだ海竜の背骨から削り出された玉座があった。 そしてその玉座には、一つの「影」が座っていた。
阿修羅王は動かなかった。息もしなかった。 彼はただそこに「存在」していた。鋼鉄さえも押し潰すほどの重厚な悪意の特異点として。
彼の手には、小さく揺らめく紫色の炎があった。 それは、セント・ザビエル高校での任務に失敗した死霊術師の魂の残滓だ。
「期待外れだ」王は囁いた。 その声は、地殻プレートが擦れ合うような重低音だった。
彼が拳を握る。フッ。紫色の炎が消えた。 死霊術師の存在が、この世から抹消された。
玉座の足元では、十数人の高位阿修羅将軍たちが跪き、冷たい石の床に額を擦り付けていた。 誰も顔を上げようとはしない。彼らは悪夢の産物――巨大な羅刹、多腕の蛇神、武装した夜叉――だが、今の彼らは怯える子供のように震えていた。
「器が覚醒した」王の声が轟いた。「炎神と風神が人間に奪還された。魔界の封印は閉じたままだ」
虎の頭を持つ将軍が、わずかに視線を上げた。 「我が王よ……私を送り込んでください! あの街を引き裂き、少年の首を持ち帰ってみせます!」
王は彼を見もしなかった。「お前では失敗する、将軍。人間には『狩人』がいる。科学技術がある。そして今や……彼らは化身を持っている」
王は身を乗り出した。その瞳が、死に行く星のように輝く。 「力押しは失敗した。恐怖による支配も失敗した。この堅い殻を割るのにハンマーはいらん。必要なのは『針』だ」
彼は指を上げ、玉座の間の最も暗い隅を指差した。 「前へ出よ、マヤ」
隅の影が波打った。影は霧散することなく、液状のインクのように床に流れ出した。 インクは立ち上がり、ねじれ、泡立ち、一人の女性の形をとった。
彼女は美しかった。恐ろしいほどに。 彼女は流動するガラスでできた鎧を身に纏っていた。 その顔は白紙のキャンバスだ――ある時は少女に、次は老婆に、その次はのっぺらぼうへと変化する。
マヤ。変幻自在。幻影の阿修羅。
彼女は音もなく玉座へと歩み寄った。流れる水のように滑らかな動作で一礼する。
「お呼びでしょうか、我が王よ」 彼女の声は、千人の囁き声を重ねたような響きだった。
「人間どもがトーナメントを開催するそうだ」王は言った。「若き戦士たちの品評会だ。そこにあの少年も現れるだろう」
「殺せと?」マヤは退屈そうな表情を作って尋ねた。
「いいや」王は言った。「殺せば彼は殉教者になる。私が望むのは、彼を壊すことだ。彼らの組織に入り込め。彼らの顔を被れ。秘密を探れ。彼らが互いに殺し合うように疑心暗鬼を植え付けろ」
王は笑った。その口には、あまりにも鋭く、あまりにも多い牙が並んでいた。 「少年が孤立し……誰も信じられなくなった時……その心臓をえぐり出し、神器を持ち帰れ」
マヤも微笑み返した。彼女の顔が歪む。 一瞬、彼女はアリアン・シャルマと瓜二つの顔になった。 次の瞬間、彼女はリア・センの顔になっていた。
「承知しました」マヤは喉を鳴らした。「私は彼らの友となりましょう。彼らの影となりましょう。彼らが鏡を覗き込んだ時……そこに映るのは私です」
彼女は深くお辞儀をした。「ゲームの始まりです、我が王よ」
マヤは後ずさりし、霧となって玉座の間から消え失せた。
阿修羅王は背もたれに体を預け、目を閉じた。 遥か上空の人間界では、太陽が輝いていることだろう。 だがここでは、長い夜が始まろうとしていた。




