空が血を流した日
世界の終わりは、爆発音と共に始まったわけではない 。 核のサイレンでも、宣戦布告でもなかった 。 それは、ひとつの「裂け目」から始まった 。
10年前。スモッグに覆われた都市の上空で、現実が唐突に引き裂かれた 。 普段は鈍い灰色をしている空が、あざのような、暴力的な紫色へと染まる 。
人々は凍りつき、車は交差点で止まる。オフィスワーカーたちは高層ビルの窓に張り付いた 。 何千ものスマートフォンが空に向けられる。それが人類の陥落の瞬間だとも知らずに 。
そして、その音はやってきた 。
バリバリバリッ!
まるで地球の背骨がへし折れるような轟音 。 天の紫色の傷口から、「それ」は落ちてきた。エイリアンじゃない。宇宙船でもない 。 古代の聖典から這い出てきた悪夢だ 。 干上がった血のような色の肌。マチェテよりも長い牙。 **《羅刹》(ラクシャサ)**が、アスファルトの上に激突した 。
奴らはバスを空き缶のように踏み潰し、ビルを紙細工のように引き裂いていく 。
警察の防衛線から銃撃が始まった。だが、あまりに無力だった 。 弾丸は戦車に小石を投げるかのように、怪物の皮膚に弾かれるだけだ 。
「退却! 総員退却だ!」 指揮官が無線で叫ぶ。その声は恐怖で裏返っていた 。
2階建てのビルほどもある巨大な《羅刹》(ラクシャサ)が、パトカーを片手で持ち上げ、燃料タンカーに投げつけた 。 爆発が通りを炎で染め上げる。怪物は天を仰いで咆哮した――その振動は、半径10キロメートル以内の人間を骨の髄まで震わせた 。
希望は蒸発した。 まさに、受肉した暗黒時代だった 。
だが、怪物が逃げ惑う市民を踏み潰そうとしたその時、煙を切り裂く黄金の閃光が走った 。
ドォォォン!
市民と獣の間に、ある男が着地する。衝撃で足元のコンクリートが陥没した 。 ボロボロの現代服を着ているが、その右腕は黄金の光に包まれている 。 手首には、重厚で複雑なガントレット。それが機械的かつ神秘的なエネルギーを帯びて回転していた 。
《羅刹》(ラクシャサ)は唸り声を上げた。自分の道を塞ぐ小さな虫けらに混乱しているようだ 。
男は怯まなかった。輝く拳を上げる。周囲の空気が揺らめき、一瞬にして気温が急上昇した 。
「システム……」 男は疲労困憊の声で囁いた 。 「アバター接続:《炎神》(アグニ)。最大出力」
『アクセス承認』
彼にしか聞こえない、エーテルの声が響く 。
『警告:魂の完全性が危機的レベルです』
「構わん」男は歯を食いしばった。「すべて燃やし尽くせ」
純粋な、白熱した炎が体から噴出した。普通の火ではない。まるで太陽の欠片だ 。 炎はねじれ、彼の背後に6本の腕を持つ戦士の形をとった 。
《羅刹》(ラクシャサ)が過ちに気づくのは遅すぎた。逃げようとしたが、男は指を鳴らしただけだった 。
パチン。
火柱が天を貫く。怪物は悲鳴を上げる暇もなかった 。 一瞬にして蒸発し、風に乗る灰だけが残った 。
男は灼熱地獄の中に一人立っていた。肩で息をしている 。 腕の黄金の光が明滅し、消え始めた。ガントレットはシュウと音を立てて冷却され、錆びついた重い鉄のブレスレットに戻った 。
彼は、さらに何百もの怪物が降りてきている空の裂け目を見上げた 。
「俺たちは時間を稼いだだけだ……」 彼は誰に言うともなく囁き、手首からブレスレットを外した 。 それは地面にカランと落ち、ただのガラクタのように見えた 。
「次の奴を見つけろ。俺よりも優れた奴を」
男は煙の中へと倒れ込んだ 。
ブレスレットは瓦礫の中で、静かに、冷たく、待ち続けていた 。
現在6歳で、教室で退屈している少年――運命が自分の人生を台無しにしようとしていることなど知る由もない少年を、待ち続けていた 。




