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転生貴族は異世界を豊かにします。  作者: Nami


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第2話 異世界の神々と『検索スキル』

第2話

意識が消滅したはずの俺を包み込んでいたのは、視界を焼き尽くすほどの白光だった。

だが、不思議と眩しくはない。瞼の裏で暴れていた光の粒子は次第に落ち着きを取り戻し、代わって形容しがたい浮遊感が全身を支配した。

痛みはない。腹部を貫いたはずの灼熱も、手足から熱を奪っていた冬の凍気も、すべてが嘘のように消え去っている。

(俺は、死んだはずだ)

思考だけが、水面に浮かぶ木の葉のように漂っている。

記憶を反芻する。通り魔。ナイフ。血だらけのアスファルト。そして、俺の腹から溢れ出た生命の赤。

あれは夢などではない。確実な死の感触が、魂に刻み込まれている。

ならば、ここは死後の世界なのだろうか。

「……ほんとうに、僕、死んじゃったんだっけ?」

独り言のように漏れた言葉は、音波としてではなく、直接意識に響くような奇妙な感覚を伴っていた。

「そうじゃよ。お主の命は、現世においては尽きた」

深淵から響く鐘の音のような、重厚で威厳に満ちた声が空間を震わせた。

驚きに思考が張り詰めるのと同時に、周囲の白いもやが急速に晴れていく。

俺は反射的に目を閉じたが、次に目を開けたとき、目の前に広がる光景に息を呑んだ。

そこは、物理法則を超越した空間だった。

床も天井もない、無限に広がる乳白色の世界。その中心に、巨大な円卓が鎮座している。

卓を囲むように並ぶのは、九つの巨座。そしてそこには、人の形をしていながら明らかに人ならざる威圧感を放つ九つの影が座していた。

彼らが纏う空気は、大気そのものが意思を持っているかのように重く、そして神々しい。直感だけで理解できる。彼らは「管理者」であり「神」と呼ばれる存在なのだと。

俺が圧倒されている間に、中央の座に就く老人と、その右隣に座る女性以外の七柱が、光の粒子となって霧散した。退席したのだと理解するまでに数秒を要した。

残されたのは二柱。

中央の老人は、純白の髭を長く蓄え、彫像のように深く刻まれた皺の一つ一つに叡智を宿している。その双眸は宇宙の深淵を覗き込むような深い群青色をしていた。

右隣の女性は、対照的に春の日差しのような柔らかな微笑みを浮かべている。彼女の周囲だけ、不可視の花が咲き乱れているような芳香と温かさが満ちていた。

「ほっほっほっ、そう身構えるでない。残念じゃったの。これほど早く、その生涯を閉じることになるとは。七草翔太くん」

「……やはり、貴方様たちが神様なのですね」

自分の名前を呼ばれたことで、俺は状況を肯定せざるを得なかった。

俺の声は震えていなかっただろうか。努めて冷静を装い、姿勢を正す。

「うむ。それより、わしの正面の席に座るとよい。立ち話もなんじゃ」

促された視線の先には、いつの間にか豪奢な背もたれを持つ椅子が出現していた。

俺は一礼してから、その席に腰を下ろした。背筋を伸ばし、両手を膝の上に置く。剣道の黙想と同じ姿勢だ。心が少しだけ落ち着く。

「礼儀正しい子じゃのう。では、自己紹介といこうか。わしはこの世界を統べる創造神ザイン。隣におるのが生命神レーネじゃ。以後、見知りおきを」

「よっ、よろしくお願いします……あの、一つ確認させていただきたいのですが」

俺はザインと名乗った創造神の言葉尻を捉えた。

「『この世界』と仰いましたが、ここは僕がいた地球の延長線上にある場所ではないのですか?」

「鋭いのう。あぁ、ここは地球の輪廻の枠組みではない。お主のいた場所とはことわりを異にする、全く別の異世界を管轄する神域じゃ」

「異世界……ですか」

小説や漫画の中でしか触れたことのない単語が、神の口から語られる違和感。

だが、目前に座る存在が放つ圧倒的な「実在感」が、それが戯言ではないことを物語っていた。俺は地球で死に、あろうことか別の世界の神の前に呼び出されている。

混乱しそうになる思考を必死に繋ぎ止めていると、生命神レーネが助け舟を出すように口を開いた。

「ザイン様、翔太くんが混乱するのも無理はありません。まずは、彼がなぜここにいるのか、その経緯いきさつを詳しく説明せねば」

鈴を転がすような美しい声だった。彼女の言葉に、ザインは「ふむ」と頷く。

「確かにそうじゃな。因果の糸が絡まっておる。レーネよ、生命を司るそなたから説明してやってくれぬか」

「かしこまりました」

レーネはその慈愛に満ちた瞳を俺に向けた。その眼差しを受けるだけで、魂の奥底にあった死の恐怖が薄らいでいくようだ。

「単刀直入に申し上げますね。翔太くん……あなたは本来、あの事故で死ぬ運命にはありませんでした」

「……え?」

「あの通り魔事件ですが、本来の歴史の流れでは、負傷者は出ても死者は出ないはずだったのです。ですが、正義感の強いあなたが現場に飛び込み、犯人を抑え込もうとした。その結果、運命の歯車が狂い……あなただけが命を落とすことになってしまいました」

言葉の意味を咀嚼するのに時間がかかった。

俺は、死ぬ必要がなかった?

本来なら、誰も死なずに済んだ事件に、俺が首を突っ込んだせいで、俺だけが死んだ?

「つまり……僕の死は、想定外の『無駄死に』だったということですか」

口に出した瞬間、心臓を鷲掴みにされたような苦しさを覚えた。

無駄死に。

あれほどの決意も、痛みも、無念も、すべてが神の視点から見ればエラーに過ぎなかったというのか。俺の人生の結末は、単なる計算違いのバグだったのか。

肩が重く沈み込む。

「……では、あそこで襲われていた人たちは? 怪我をしていた人たちはどうなったんですか?」

俺は縋るように問いかけた。自分の死が無駄だったとしても、守ろうとしたものが守られていたなら、まだ救いはある。

「はい、安心してください。翔太くんも現場で見たと思いますが、被害者の方々は皆、息がありましたね。あなたが犯人を取り押さえたことで時間が稼げ、警察と救急隊がすぐに到着しました。あなたの世界の高度な医療技術もあり、あなた以外の全員が一命を取り留めています」

「……そうですか。よかった」

心の底から、安堵の吐息が漏れた。

全員助かった。

なら、いい。俺の行動は、結果的に誰かの未来を繋いだのだ。それが本来の運命と違っていたとしても、俺が体を張った時間は無意味じゃなかった。

それだけで十分だ。

ふと視線を感じて顔を上げると、ザインが興味深そうに髭を撫でていた。

「ほう……。自分が死んだというのに、ひどく落ち着いておるのう。それに、無駄死にと聞かされて最初に気にするのが他人の安否とは」

「無駄死にだったとしても、結果として人が助かったなら、それでいいんです。僕が何もしなくても助かった運命だったとしても、あの瞬間、僕は動かずにはいられなかった。自分の選択に後悔はありません」

「そうか。翔太くんは、強くて優しい心を持っておるのじゃな」

ザインの瞳が柔らかく細められた。それはまるで、出来の良い孫を見るような目だった。

「さて、本題に戻ろうかの。なぜ異世界の神であるわしらが、地球で死んだお主をここに招いたのか。疑問に思っておるじゃろう?」

「はい。本来なら、地球の輪廻に戻るのが筋かと思いますが」

「うむ。実はお主、地球で新たな生を受けることができなくなってしまったのじゃよ」

「……どういうことでしょうか?」

再び突きつけられた衝撃的な事実に、俺は眉をひそめた。

レーネが困ったように眉を下げ、補足を加える。

「翔太くんの死は、先ほども申した通り『想定外のイレギュラー』でした。地球を管理する神々は、何よりも『定まった運命の流れ』を重視します。自らの意思で運命をねじ曲げ、想定外の死を迎えた魂は、彼らにとって管理を乱すバグのような存在……。彼らは、輪廻の輪に戻すのではなく、あなたの魂そのものを『消去』しようとしたのです」

「しょ、消去!?」

さすがに声が裏返った。

死ぬだけでなく、魂ごと消される? そんな理不尽が許されるのか。

「はい。地球の神々は非常に合理的で、悪く言えば……少々事務的かつ面倒くさがりなのです。流れを乱す異物は排除する。それが彼らのやり方でした。ですが、ちょうどその時、私たちの世界と地球の神々の間で、ある『交渉』が行われていたのです」

「交渉、ですか……」

「ええ。地球の環境問題、特に温暖化対策のために、私たちの世界から清浄なマナエネルギーを地球へ供給するという協定です。本来なら無償での提供で合意するはずでしたが……そこであなたが亡くなった。消去されそうになっているあなたの魂を見て、私たちは提案したのです。『エネルギーを提供する見返りに、この少年の魂を譲ってほしい』と」

「……僕は、取引材料にされたわけですか」

自分という存在が、エネルギー資源との交換条件にされた。その事実に、わずかながら憤りを感じる。俺の人生は、魂は、物品ではない。

だが、レーネは俺の憤りを見透かしたように、真摯な瞳で俺を見つめ返した。

「勝手に交渉の材料にしてしまったことは謝ります。ですが、私たちはどうしてもあなたを救いたかった。そして同時に……あなたのような高潔な魂にこそ、私たちの世界に来てほしかったのです」

「来てほしかった?」

「はい。地球の神々は厄介払いできて喜んでいましたが、私たちにとっては願ってもない逸材でした。実はこちらの世界は、あなたのいた世界とは文明の在り方が全く異なります。科学技術ではなく、魔法とスキルによって成立している世界なのです」

「魔法、そしてスキル……」

ファンタジーRPGのような単語が飛び出した。

「そうです。電気やガスの代わりに魔力を使い、個人の才能が『スキル』として可視化される世界。ですが、文明の発展度合いで言えば、地球に比べて遥かに遅れています。資源はあれど、それを活かす知識も技術も不足している……。そこで翔太くん、あなたにお願いしたいのです」

ザインが身を乗り出し、その巨躯から放たれる圧倒的な熱量が俺を包み込んだ。

「七草翔太よ。地球で培ったその知識と精神で、わしらの世界を導いてはくれんか。停滞した世界を、豊かにしてほしいのじゃ」

それが、神からの依頼だった。

俺を欲しがった理由。それは単なる同情ではなく、俺の持つ「地球の知識」への期待。

「……お言葉ですが、僕はただの高校生です。専門的な技術者でもなければ、科学者でもありません。知識があると言っても、受験勉強で得たもの程度です。そんな僕に、世界を発展させるような大役が務まるでしょうか」

自信がないわけではない。だが、責任の重さが違う。一世界の運命を背負うなど、あまりに非現実的だ。

「安心するがよい。素手でやれとは言わん。そなたには、転生に際してわしからの『加護』を与える」

「加護、ですか?」

「うむ。加護とは神が与える祝福。通常は十五歳の成人の儀の際に発現するものじゃが、お主には特別にこの場で与えよう。わしの加護は『創造』。この世界に存在しない、新たなスキルをたった一つだけ生み出すことができる権能じゃ」

「スキルを、生み出す……」

「そうじゃ。お主がこの世界を豊かにするために必要だと思う力を、今ここで願うがよい。それがお主の新たな武器となる」

俺は目を閉じ、思考を巡らせた。

剣道の腕? いや、武力だけで世界は豊かにならない。

強大な魔法? それも違う。

俺に求められているのは、地球の知識を異世界に適用し、人々の生活を向上させることだ。だが、俺の脳内にある知識は不完全だ。うろ覚えの知識で技術を再現しようとして、失敗すれば事故に繋がる。

必要なのは、確実で膨大な知識のデータベース。そしてそれをいつでも引き出せる検索機能。

「……決まりました」

俺は目を開き、ザインを真っ直ぐに見据えた。

「地球のあらゆる知識や情報を、自在に閲覧し検索できるスキル。それを創造したいです」

俺の答えに、ザインは満足げに頷いた。

「『検索スキル』か。よい着眼点じゃ。武力ではなく知恵を望むか。実にお主らしい。……よかろう、その願い聞き届けた! ただし、情報量に応じて相応の魔力を消費することになるゆえ、使い道には気をつけるのじゃぞ。また、そのスキルはあまりに規格外ゆえ、お主以外には視認できぬよう設定しておく」

ザインが指先を振ると、黄金の光が俺の胸に吸い込まれていった。

温かい。身体の奥底に、新しい「何か」が根付く感覚があった。

「さて、準備は整った。これから翔太くんには、わしらの世界へ転生してもらう。肉体の器を一から形成するため、赤子からのやり直しとなるぞ」

「赤ん坊から、ですか」

「うむ。ただし、生まれた直後から前世の記憶があると、精神的な負担も大きく、周囲にも無用な混乱を招く。十歳の誕生日を迎えるまでは、前世の記憶を封印し、その世界の住人として普通に成長してもらうこととする。十歳になった時、全てを思い出す仕掛けじゃ」

「なるほど。その方が僕も馴染めそうです」

「それと、言葉の壁がないよう、日本語を共通言語として設定してある。これはわしからのささやかなプレゼントじゃ」

世界規模の言語統一を「ささやかなプレゼント」と言ってのける神のスケールに、俺は苦笑するしかなかった。

「では、行くがよい。七草翔太よ。次なる生が、幸多きものにならんことを」

「はい。本当に、ありがとうございました。必ず、貴方たちの期待に応えてみせます」

「期待しておるぞ。またいつか、会おう」

ザインとレーネに見送られ、俺の視界は再び白光に包まれた。

今度は浮遊感ではなく、強い引力が俺を下へ下へと引いていく。

意識が遠のく中で、俺は誓った。

二度目の人生、今度こそ、天寿を全うするまで生き抜いてみせると。

そして、この温かい神々が愛する世界を、俺の手で豊かにしてみせると。

光の彼方へ、俺の魂は吸い込まれていった。


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