第11話 一五歳の誓いと、神々との再会
第11話 一五歳の誓いと、神々との再会
あの大規模な水路工事から、早いもので五年の月日が流れた。
かつて乾ききっていたカマの大地は、今や王国内でも有数の豊かな穀倉地帯へと生まれ変わり、サーナス領全体が黄金色の麦穂のように輝いている。
その繁栄を見届けるように、僕――アルス・フォン・サーナスもまた、十五歳の誕生日を迎えていた。
この世界において、十五歳とは特別な意味を持つ。
「成人」としての節目であり、教会で「洗礼」を受けることによって、神々からステータスボード(能力板)を授かる日だからだ。
僕は自室の姿見の前で、身だしなみを整えていた。
鏡に映るのは、幼さの消えた青年の姿だ。
身長は百七十五センチを超え、まだ伸び続けている。父譲りの漆黒の髪は短く整えられ、母譲りのアメジストの瞳は理知的な光を宿していた。
そして何より変わったのは、服の下にある肉体だ。
この五年間、僕はただ漫然と過ごしていたわけではない。
座学に関しては、前世の知識と幼少期の詰め込み学習で事足りていた。だからこそ、僕は空いた時間のすべてを「武」の鍛錬に費やしたのだ。
サーナス侯爵家専属の騎士団に混ざり、泥にまみれて剣を振り続けた。
貴族の軟弱な手ではない。剣ダコで固くなった掌を握りしめる。
知識だけでは守れないものがある。それを知っているからこそ、僕は器となる身体も極限まで鍛え上げてきた。
「よし」
新調した上質なシルクの礼服に袖を通し、僕は部屋を出た。
エントランスホールへ降りると、そこには両親とセシルが待っていた。
「おや……アルス。見違えたな」
父サノスが、眩しいものを見るように目を細めた。
三十代後半に入り、渋みを増した父だが、その背中は相変わらず大きい。
「えぇ、本当によく似合っているわ! なんて凛々しいの……さすが私たちの子ね!」
母ルナは感動のあまり、ハンカチを目元に当てている。
親バカなのは相変わらずだが、二人の愛情を一心に受けて育ったことに感謝しかない。
「父様、母様。ありがとうございます。行って参ります」
「うむ。今日は大切な日だ。胸を張って行くがいい」
「皆様、馬車の準備が整っております。さあ、参りましょう」
正装したセシルが扉を開ける。
僕たちは初夏の日差しの中、教会へと向かう馬車に乗り込んだ。
†
領都スパムの目抜き通りを、馬車は滑らかに進んでいく。
窓から見える街並みは、五年前よりも明らかに活気づいていた。水路のおかげで農業生産が安定し、物流が増えたからだ。
道ゆく人々が、サーナス家の紋章が入った馬車に気づき、笑顔で手を振ってくれる。
その光景に胸を温めながら、馬車は約十分ほどで目的地へと到着した。
「到着いたしました」
領都の西側に位置する、スパム大教会。
高さ約十六メートルの石造建築で、華美な装飾は少ないが、長い歴史を感じさせる重厚な佇まいだ。
父曰く、王都の大聖堂はこの三倍の規模があるというが、僕にはこの質実剛健な教会の方が好ましく思えた。
この世界の宗教は「統一教」と呼ばれ、国境を越えて広く信仰されている。
創造神ザインを頂点とし、八柱の眷属神を崇める多神教だ。
* 創造神ザイン(世界の王)
* 生命神レーネ(魂の循環)
* 魔法神メヌ(魔力の源)
* 剣神サルタ(武人の守護)
* 武神ナリム(肉体の躍動)
* 農業神マリル(豊穣の恵み)
* 商業神ボルテ(富の流動)
* 大地神キルタ(大地の守り)
* 技術神ケルト(叡智と技巧)
計九柱の神々。
僕は転生の際、創造神ザインと生命神レーネには会っているが、他の神々とは面識がない。
今日の洗礼で、彼らの存在をより近くに感じることができるのだろうか。
そして何より――約束の「あのスキル」が、正式にステータスに刻まれるはずだ。
馬車を降りると、法衣に身を包んだ初老の司祭が出迎えてくれた。
「お待ちしておりました、侯爵様」
「出迎え感謝する、司祭殿。今日は息子のアルスの洗礼だ。よろしく頼む」
「アルスです。本日はよろしくお願いいたします」
僕が一礼すると、司祭は穏やかな笑みを浮かべた。
「おお、ご丁寧な挨拶、恐れ入ります。こちらが噂のアルス様ですか。五年前の水路の偉業、そして『剣を持つ神童』としての武勇伝……お噂はかねがね伺っております。さあ、早速儀式を始めましょう」
(武勇伝まで広まっているのか……)
少し気恥ずかしさを感じながら、僕は両親に見送られ、司祭の案内で教会の奥へと進んだ。
†
洗礼の儀式は、神との対話を重んじるため、親の同伴は許されず子供一人で行うのが習わしだ。
案内された礼拝堂は、ステンドグラスから差し込む光だけが頼りの、静謐な空間だった。
正面には九柱の神々を象ったレリーフが祀られている。
「ではアルス様、こちらの椅子へ。心を静め、神へ祈りを捧げてください」
司祭の言葉に従い、僕は祭壇の前にある木製の椅子に腰を下ろした。
カビと蝋燭の混ざった匂い。静寂が耳に痛いほどだ。
「これより洗礼を執り行います。目を閉じ、これまでの生への感謝と、これからの生への誓いを神に伝えてください……」
司祭の祈りの言葉が朗々と響く。
僕はゆっくりと目を閉じ、両手を組んだ。
(神様……ザイン様、レーネ様。
この世界に僕を招いてくれて、ありがとうございます。
おかげで僕は、最高の家族と、やりがいのある人生に出会えました。
水路を作り、少しだけこの世界を豊かにできたと思います。
これからも、もっと多くの人を笑顔にできるよう、全力を尽くします。
だからどうか、これからも見守っていてください――)
心の中で深く念じた、その時だった。
閉じていたはずの瞼の裏が、強烈な白光に染め上げられた。
「えっ……!?」
物理的な明るさではない。意識そのものが光に包まれる感覚。
既視感があった。
十五年前、僕が死んで、この世界に来る直前に見たあの光景だ。
「目を閉じているのに、どうして……!」
焦って目を開けると、そこに教会の天井はなかった。
あるのは、果てしなく広がる乳白色の空間。
そして、あの時と同じように豪奢な円卓と、そこに座る「人ならざる者たち」の姿。
「ホッホッホ。久しいのう、翔太くん。いや、今はアルスと呼ぶべきかの」
懐かしく、そして魂を震わせる威厳のある声。
光の晴れた先にいたのは、長い白髭を蓄えた老人――創造神ザインだった。
そしてその隣には、以前会った女神レーネではなく、別の男性の神が座っていた。
「やはり、神様……!」
僕は導かれるように、用意されていた席へと歩み寄った。
十五年ぶりの再会。
約束の時が来たのだ。




