表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生貴族は異世界を豊かにします。  作者: Nami


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/15

第1話 終わりと始まりの冬

元々カクヨムで連載しておりました。現在はアルファポリスとなろうで頑張っております。引き続きよろしくお願いいたします。


第一話

西の地平に残る茜色が、急速に群青の夜へと塗り替えられていく。

肌を刺すような十二月の冷気が、火照った身体から熱を奪おうとまとわりついてきた。

吐き出す息は白く濁り、街灯の光に照らされては消えていく。肩に掛けた防具袋と竹刀袋のずっしりとした重みが、今日の稽古の激しさを無言で物語っていた。

今日もまた、限界まで己を追い込んできた。

足の裏にはマメが潰れた鈍い痛みが走り、上腕の筋肉は微かな痙攣を続けている。だが、その疲労感さえも心地よい。今日という一日を無駄にせず、全力で生き抜いたという証左だからだ。

七草翔太。それが俺の名前だ。

県立高校に通う二年生。一七歳の冬。

世間一般の高校生が青春を謳歌する時間を、俺はすべて剣道と学業に捧げてきた。

昨年のインターハイでは、一年生ながらベストエイトという結果を残した。周囲は俺を「天才」と呼ぶかもしれないが、それは誤解だ。俺にあるのは、ただ愚直なまでの継続力だけだ。

学業においても同じである。定期考査では入学以来、学年一位の座を譲ったことはない。国立大学への進学を見据え、帰宅後の時間は限界まで参考書と向き合う。

身長一八〇センチという恵まれた体躯も、剣道におけるリーチの長さという武器にはなっているが、それ以外に誇れるような要素はない。鏡に映る自分の顔は、十人並みか、あるいはそれ以下だと思っている。

それでも俺が、求道者のように文武両道を貫くのには理由があった。

俺には帰りを待つ家族がいない。

物心つく前に、両親は交通事故で帰らぬ人となった。

記憶の中にさえない両親の代わりに、俺に愛情を注いでくれたのは祖父母だった。だが、その温もりも永遠ではなかった。祖父は三年前に病で逝き、気丈だった祖母もまた、俺が高校の制服に袖を通してわずか三ヶ月後に、祖父の後を追うようにして亡くなった。

広い一軒家に、たった一人。

祖母の葬儀を終えた夜、俺は高校を辞め、働くことを決意していた。頼れる親族はおらず、学費も生活費も自分で稼ぐしかないと考えたからだ。剣道も、大学進学の夢も、すべて諦めるつもりだった。

だが、救いの手は予期せぬ方向から差し伸べられた。

祖父母は、俺の将来のためにと、驚くべき額の遺産を残してくれていたのだ。弁護士からその事実を聞かされた時、涙が止まらなかった。

二人は自分たちの生活を切り詰めてでも、俺が路頭に迷わぬよう、そして夢を諦めぬよう、未来への切符を用意してくれていたのだ。

その深い愛情と恩義に報いる道は一つしかない。

誰よりも努力し、立派な人間になって、天国の二人に胸を張れる生き方をすることだ。

だから俺は止まらない。止まるわけにはいかないのだ。

いつもの通学路。住宅街へと続く角を曲がろうとした、その時だった。

「きゃああああああっ!」

空気を切り裂くような女性の悲鳴が、冬の静寂を打ち破った。

鳥肌が立つような、切迫した響き。ただ事ではない。

反射的に顔を上げると、通りの向こうから数人の男女が、なりふり構わずこちらへ駆けてくるのが見えた。

彼らの表情に張り付いているのは、明らかな恐怖だ。

「にっ、逃げろーッ! 殺されるぞ!」

男性の怒号が響く。

前方で何かが起きている。理性よりも先に、体が動いていた。

逃げてくる人々とは逆方向、悲鳴が聞こえた発生源へと足を速める。防具袋の重さが足枷になるが、構ってはいられない。

正義感などという高尚な言葉で飾れるものではないかもしれない。だが、もし誰かが傷ついているのなら、見て見ぬふりなどできるはずがなかった。

現場は修羅場だった。

街灯の下、血走った目をぎらつかせた男が、刃渡りの長いサバイバルナイフを振り回している。

アスファルトの上には、すでに数人が倒れ伏していた。鮮血が黒い染みとなって広がっているが、かすかに胸が上下しているのが見て取れる。まだ生きている。

だが、あの男を止めなければ、被害はさらに拡大する。

「おらぁっ! 誰でもいいんだよぉ!」

男が新たな獲物を求めて、よろめきながら歩き出した。

考える時間はない。

俺は防具袋をその場に投げ捨てると、身軽になった体で男へと疾走した。

剣道の間合い。

相手が刃物を持っている以上、素手で挑むのは自殺行為に近い。だが、相手は素人だ。刃物の振り方は大きく、隙だらけだった。

「離れろ、邪魔だ!」

「いい加減にしろ! そのナイフを離すんだ!」

男が滅茶苦茶に振り回したナイフを、半身になって紙一重でかわす。

風切り音が耳元を掠めた。

懐に飛び込み、男の右手首を掴んで捻り上げる。合気道や柔道の心得はないが、剣道で培った体幹と握力なら負けない。

男は獣のように暴れ、俺を振りほどこうともがく。

「くそっ、離せぇ!」

「大人しくしろ!」

揉み合いになりながらも、なんとか男の自由を奪い続ける。

永遠にも思える数秒間。

遠くから、救いの音が近づいてきた。パトカーのサイレンだ。赤色灯の光が建物の壁に反射して近づいてくる。

「よかった、警察だ……」

その光を見た瞬間、張り詰めていた緊張の糸が、ほんのわずかに緩んでしまった。

剣道において最も戒められるべき「残心」の欠如。

勝負が決したと思った瞬間の、致命的な隙。

男はその一瞬を見逃さなかった。

俺の拘束が緩んだ刹那、男は狂ったような力で腕を引き抜き、逆手に持ったナイフを突き出した。

「死ねぇぇっ!」

熱かった。

痛みの前に、焼けるような熱さが腹部を貫いた。

ドスッ、という鈍く嫌な音が体内で響く。

「うっ……」

男を取り押さえた警察官たちの怒号が遠くで聞こえる。

俺はその場に崩れ落ちた。

腹部を見ると、厚手のコートがどす黒く濡れている。視界が急速に狭まっていく。

寒い。さっきまであれほど熱かった体が、芯から凍えていくようだ。

手足の感覚がなくなり、重力に逆らうことができない。

(ああ、だめか……)

瞼が鉛のように重い。

じいちゃん、ばあちゃん。ごめん。

せっかく命を繋いでくれたのに。恩返しも、まだ何一つできていないのに。

こんなところで、俺の人生は終わってしまうのか。

意識がプツリと途切れかけた、その時。

視界いっぱいに、ありえないほどの純白の光が溢れ出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ