第20話「……あたしに才能があるだなんて無責任なこと、あたしの作品を読んでもないくせに言わないで」
「世界は、主人公だけのものじゃないんだよ」
「常盤……?」
ガタンと音を立てて立ち上がり川越をじっと睨む常盤を見れば、川越がなんらかの地雷を踏んだことは明らかだった。
しかし、川越にまったくひるむ様子はない。
「別に世界が主人公だけのものとか言ってない。モブみたいな人生でいいのかって話をしてるだけだし、そもそもあたしは『主人公』だなんて単語を使ってないわ」
「何が違うの? モブを否定するなら、同じことじゃん」
「あなた、モブになりたいわけ……? だとしたらあなたの行動は間違ってるわ。まるでヒロインの立ち居振る舞いじゃない」
「私がモブになりたいとかそんなんじゃなくて……! ただ……モブを選んで主人公の座から降りた人もいるってだけ」
「はあ……?」
川越は顔を顰める。そりゃそうだろう。なんの話をしてるのか、俺にもわからない。
「それに、主人公の座から降りることなんて出来ないわ」
「どういう意味……?」
これもたしかによく分からない話ではある。今さっき人をモブ扱いした舌の根も乾かぬうちに……というやつだ。
川越もそんなことは承知しているらしく、
「誰しも、自分の人生の主人公は自分自身のはずよ。それは変えられない。ただ、『モブみたいな人生』の主人公になる可能性はあるでしょう」
ため息まじりに説明を続ける。
「例えば、何かを努力しようとしている人間を冷笑してヤジを飛ばす人間。それはモブみたいな行動でしょ? 彼だか彼女だかが主人公の物語をあなたは読みたいと思うかしら?」
「思わない、けど……」
「そう。読みたくないってことは、つまらないのよ。読む価値がなくて、追体験する意味のない物語。……つまり、体験する価値のない人生ってことになる。モブみたいな行動はあなた自身の物語を——人生を、どんどんつまらなくしていくの。それがモブみたいな人生」
「じゃあ……主人公は、ありふれた日常に感謝しながら生きていっちゃだめなの?」
「だから……ダメとかじゃないってば。話聞いてた? 荒廃した世界を救った後なら、それもいいかもね。もしくは、誰もいなくなってしまったパラレルワールドから戻ってきたとしたら。でも、現実はそうじゃない。最初から徹頭徹尾、ただただ、無目的に生きているだけ。そんなやつの物語に興味を持てるかしら? もっと、夢を叶えるために足掻いたりもがいたり、そういう姿をみたいんじゃないの?」
「それは、物語の主人公は、どんな波乱万丈があっても、きっと夢を叶えるからでしょ? 絶対に叶わない夢にあがいてもがいて、結末まで叶わないなんてこと、ないから楽しめるんじゃん……!」
常盤はキッと川越をにらむ。
「いいよね、川越さんみたいに才能のある人間は」
「……あたしに才能があるだなんて無責任なこと、あたしの作品を読んでもないくせに言わないで」
その小さく震える声に、ビリ……!と空気にしびれる振動が走る。
「読んでないよ? でも、少なくとも、夢を叶える可能性がある。夢を叶える可能性を持っている。選ばれた存在なんだよ」
「自分が選ばれなかったとでも?」
「私じゃないよ」
常盤は言い切る。
「……選ばれていたのに、その場所を他人にゆずった人がいるんだ。自分の意思で」
「はあ……?」
「だから、その決意を踏みにじるような言葉を、私は許さない」
「それって……」
川越が俺を見て、少し遅れて常盤が俺を見る。
俺はそっとため息をついて、口を開いた。




