七夕イベント
俺、七野和道は私立恋始高校の一年生だ。
この恋始高校は、イベント好きの高校だった。
4月は新入生歓迎会の後、新入生超歓迎会をやった。超とついたが、実態はクラスメイト全員で肩を組んで、百メートル走のタイムをクラス別に競うという奇抜なイベントだった。
5月は鯉のぼりフェスティバル。小さなほぼ白色の鯉のぼりに色を塗ったりして、自分だけの鯉のぼりを作るという小学生向けのイベントだった。
6月は梅雨上等室内フェスティバル。ウノ的なカードゲームをやって一位だったやつが本戦へ進む勝ち抜き戦をやった。一位以下はただのウノをやり続けるはめになる。一位には図書カードが与えられるとのことだったので、結構燃えた。一回戦だけ。
そして7月は七夕。各教室に笹が配置され、生徒全員がそこに願いを書いた短冊を飾るという催し。
やはり小学生かよ。かと思った。でも願い事はちゃんと書く。
俺の願い事は、サッカー部のレギュラーになりたい。
俺はサッカー部だった。サッカーは好きだ。ゆくゆくはプロになりたい。
でも実力はそれなりだ。2年、3年の先輩にはまだ勝てない。ちょっと悔しいが、いずれ追い抜きたい。俺はプロのサッカー選手になりたいのだ。身長もそれなりにある。足もまあまあ速い方だ。
本当は、早くサッカー部のレギュラーになりたい。と書きたかったが、心の奥の俺が。
「はっ? お前その内レギュラーになれると思ってんの? 調子乗ってると永遠にベンチで終わるよ?」
と囁いたのでこう書いた。臆病風には勝てない。俺は臆病なのだ。
願い事はすぐに書き終わったので、笹に飾る。すると、すぐに同じサッカー部の佐々部が見に来た。
「お、和道はもう書いたのか。どれどれ」
「書いたけど、普通だぞ」
「ああ本当だ。なんの面白みもねえな」
「人の願いをつまらないとか言うなよ。殴るぞ」
「そう怒るなよ。ハゲるぞ」
「禿げない。でも怒る」
「へえー。和道が怒ったらどうなるのかなあー。いて、痛い痛い。こら、スネを蹴るな。やめろやめろ、ごめんなさい!」
「わかればいい」
「ったく、すぐ足が出るやつはこれだから。でも、意外と皆考えてるな。こういうのはもう書き慣れてるはずだろうに」
「そうだな」
俺は教室を見渡す。すると自然と、1人の女子生徒に目がいった。
ちょっと小柄な可愛らしい子。神奈川愛夢。
密かに好きだったりする。声もグッド。できれば一緒にいたい。守りたい。
でも、俺には告白する勇気がない。だってサッカー部だぞ。毎日朝早くから遅くまで練習漬け。楽しい会話なんてこれっぽっちもできない。ていうか何話せば良いんだ。アイデンティティーであるサッカーも、まだ未レギュラー。誇るべきところがない。
いや、一応これでも背は高い方だし、かっこいい方だとは思う。けどそれはうぬぼれだ。そして愛夢に告ったらオーケーされる保証にはならない。本当に何もないちっぽけな男なのである。俺は。
はあー。どうやったらモテるんだろう。というかどうやったら愛夢から告白してくれるかなあ?
努力の仕方がわかれば、ちょっとくらいは奮起するんだが。
「あー。可愛いよな。川白美七」
その時、佐々部がそう言った。
「あ? ああ」
川白美七。今愛夢と喋ってる女子かあ。
まあ背は高いしおっぱいおっきいし、美人には見えるよなあ。
「佐々部は美七を狙ってるのか?」
「狙ってるって、うちのクラスの男子皆狙ってるっしょ。もうアイドルだよなあ。いや、モデル? 別のクラスにもファンいるかも」
「そうかあ」
クールビューティーっていうの? 俺にはよくわからん。
それより、愛夢の方が小さくて、小動物みたいで、でも女性の魅力がしっかりあって、守りたくなる。
まあ、佐々部には勘違いさせておけばいい。
「でも美七の好きな男のタイプって、どんなやつかな」
「さあ。けどきっと、金持ちでかっこよくて頭良くないと彼氏にしないだろうなあ」
「お前の美七に対する評価ちょっととがりすぎてね?」
お前本当に美七のこと好きなの?
「そうか?」
佐々部はあっけらかんとしている。こいつのクラスメイトに対する偏見は大きすぎるな。
まあいい。短冊はもう飾り終えた。さっさと自分の席に戻ろう。
俺は短冊を飾りに来たクラスメイトに場所を譲るようにして、歩き出した。
それは、翌日のことだった。
「おー。愛夢。これが願い事ー? ちょっと欲望強すぎなんじゃないのー?」
「もー、美七。妙なこと言わないで。それは、ほんのちょっとくらいの気持ちなんだから!」
「どーだかー。愛夢は可愛い顔してしたたかだからなあ。本当はていのいいパシリが欲しいとかじゃないのお?」
「こらあっ、変なこと言うな。怒るよ!」
「怒った顔も可愛いよ、愛夢」
「そのセリフ美七に言われたくない!」
愛夢が笹の前で美七と言い争いをしていた。
どうやら愛夢は今願い事を飾ったらしい。
ここで俺、天啓を得る。
今、愛夢は美七と言い争いをしている。
ここで俺が愛夢の味方をしたら、ひょっとしたら一気に仲良くなれるんじゃないか?
「俺は愛夢の味方だ!」
「きゃー、ありがとう和道君、好き!」
脳内イメージ終了。これはいける。そうと決まればこのチャンス、ものにしなければ。
俺は急ぎ足で愛夢の元へ向かった。
「あれ、和道?」
愛夢が俺の接近に気づく。やった、名前呼ばれた。ラッキー。ちょっとドキッとする。だが今気にすべきは短冊だ短冊。このままつっこむ!
「愛夢は願い事なんて書いたんだ?」
そう言って愛夢の短冊を探す。
「あ、ダメ、和道!」
愛夢がそう言った直後、俺は目当ての短冊を見つけた。
彼氏ができますように。愛夢。
こ、これはあああああ!
超弩級の大イベントだあああああー!
俺の脳裏に落雷落ちる。
いや、落ちるんだから落雷か。まあそんなことはどうでもいい。
俺はとんでもない超重要案件を知ってしまった。
愛夢は彼氏を募集している。
愛夢は彼氏を募集している!
この目前のにんじんに、釣られずして何が恋か。
だが、ここで考えてほしい。
「愛夢。俺がお前の彼氏になってやってもいいぞ」
と言ったとする。
冷静になって考えた時、直後の相手の反応は。
「え、何こいつきもい」
だろう。十中八九。回避不可避で。
俺はそんなふうにふられたくない。
では、この目の前のにんじんをスルーする?
そんなことをしてしまえば、高確率でこうだ。
「え、愛夢彼氏探してるの? じゃあ俺がなってあげよっか」
「え、いいの、ありがとー!」
というNTRが高確率で待っている。(別にNTRではない)
NTRを知らない人は、知らないままでいい。あれは呪われた言葉だ。知るとSAN値減る。SAN値のことも知らない方が良い。世の中悪いものを探すときりがない。
とにかく俺はそんなバッドエンド御免被る。
となると、俺に残された道はあと1つ。
愛夢にキモいって言われない程度の告白を、ここでする! 俺が一番最初に!
ここまでの思考で0、1秒。
さあ、後は愛夢をオーケー率百%にする告白文句を考えるだけだ。
ああ、こんなことならベストキュンキュンをちゃんと読んでおけばよかった。だが運命の時は今。さあ、口からひねりだせ、俺、最強の愛の告白を!
「愛夢」
「っ」
「付き合うなら、俺とにしろよ」
出たー! なんのひねりもない童貞じみたセリフ!
素人童貞感丸出し! やばい、恥ずかしい!
顔が真っ赤になったと思う。どうしよう、これ。時を戻したい。愛夢から目を離せない。
「ヒュー」
すぐそこで美七が口笛吹いた気がした。うざい。
「あ、あの、その」
愛夢の顔が徐々に赤くなっていく。
ああ、これは、あれか。
俺が恥ずいやつすぎて、一緒に恥ずかしくなってるのか。
そうだよな。俺なんて、股間と頭脳が直結してるような男。美人な彼女の1人も作れるはずが。
「じゃ、じゃあ。良いよ」
?
???
「愛夢、良いって」
何が、的な?
「じゃあ、和道、彼氏で、いい」
??
?
っ。
よ。
よっしゃあああああ!
思わず心の中でガッツポーズした。
けどそんな奇行見せたら一瞬でふられる!
だから、できるだけかっこよく笑った。内心の歓喜の嵐はおくびにも出さない。
「じゃあ、よろしくな。愛夢」
「う、うん。よろしく。和道」
父さん、母さん。産んでくれてありがとう。
俺今、最高に幸せです。