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姉妹のてぇてぇしか勝たん!  作者: 眠れない子羊
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第二話:いくら姉妹とはいえ、似ているとは限らない2


 お昼休みを知らせるチャイムに、教室内の張り詰めていた空気が緩んでいく。


(……もうお昼なのね)


 いくら特進クラスに籍を置くとはいえ、一学生でしかない。休み時は休み、集中する時は集中するメリハリも必要だ。そうした方が勉強の効率も上がるし、気持ちにも多少の余裕ができる。


 教師の号令で席を立ち、紫乃は静かに腰を下ろした。


 周囲の生徒達が教材をしまう光景を眺めつつ、遅れて動きだす。


「お~い、紫乃。お昼にしようぜ」


「申し訳ないのだけれど、少し寄るところがあるの」


 後ろから声をかけてくる生徒、紫乃は振り返らなくても誰かとわかる。


 紫乃にとっては中等部からの付き合いで、生徒会長と風紀委員長の立場で関りが濃い女生徒――班目咲玖。


 風紀委員長という肩書でありながら制服を少しだけ着崩し、紫乃が今朝指導した帯を緩く、ブレザーの前は開放的にさせている。


 教壇に立った教師の表情を渋くさせる変化には、紫乃も気づいていた。


 だからといって、指摘したとて直さないだろう。


 おもむろに席を立つ紫乃を、咲玖は不思議そうに首を傾げる。


「生徒会室?」


「違うわ」


 手にしたお弁当の包みを携える咲玖を、紫乃と一緒に食べる様子。


 それはいつものことで気にしない紫乃だが、生憎と何も持ち合わせがなかった。


 原因としては五百瀬家の台所を預かる妹、莉乃が寝坊したというのもあるが、そんな責任転嫁をするようなことはしない。普段から食事の用意だけに留まらず、家事全般としてくれているのだ。


 紫乃としても何か手伝えないかと探したりもするも、大抵が莉乃の手が行き届いている。


 だから学業に注力することができていて、日ごろの感謝という意味で学年首席を維持し続けていた。並行した生徒会業務は、あくまで紫乃にとってはついででしかない。


 莉乃に恥じない姉であるため、常に紫乃は努力を惜しまないでいる。


「少し購買の方にね、お弁当を忘れたの」


「へぇ~珍しいこともあるもんだ」


「……別に、そんなに驚くようなことでもないでしょ」


 まるで一切のミス、できないことがないと思われがちの紫乃。


 そう物語る咲玖の表情に、内心で息を吐く。


(料理どころか、まともに莉乃との距離感を掴めないっていったら、どう思うのかしらね)


 実際、莉乃から明確な距離をとられている。


 そのことで悩み、仕事で忙しい母親に相談しようかとも考えたことがあった。


 ただ仕事の関係で時間の都合がつかずにいると、一人の女性教師が気づいてくれたのだ。お陰で悩みを打ち明ける窓口ができたが、未だに改善の糸口が見つからずにいる。


「ついてこっか?」


 いつもだったら紫乃の机に二人分のお弁当を広げているが、先に食べているのも忍びなかったのか、咲玖は席に着こうとしない。


 そんな親友の気遣いに、紫乃は首を横に振って嘆息する。


「場所だって買い方もわかるわ。子ども扱いしないでちょうだい」


「そんなことはないけど、一人で待ってるのって寂しいじゃん」


 拗ねたように唇を尖らせる咲玖を気にせず、紫乃は鞄の中から財布を取りだす。


「……好きにすれば」


「そっ」


 微かに口角をあげた咲玖は、踵を返すように教室をでていこうとする。その後を紫乃もついていく。


 教室から廊下にでると、お昼休みの賑わう空気が漂っていた。


 クラスは別でも仲の良い生徒同士が集い、学食にでも行くのだろうか。もしくは紫乃のように購買でお昼ご飯を身繕って、天気がいいから中庭にでも行くのかもしれない。


「なんだったら、このまま生徒会室で食べるのもありだな」


「……確かにそうね」


 時期によって生徒会は忙しく、そういったこともある。その際には他の生徒会役員にも声をかけるのだが、今日はもとより放課後に集まる予定があった。


 今朝の制服点検で声をかけた生徒を一覧化にして、明日にまで改善されたかの確認する必要がある。各学年、クラスといった訪問の分担するためにあって損はしない。


 むしろ、効率よくしておかないと回り切れない可能性もある。


 他にも別件で、新学期が始まったというのもあった。


 逢籃学院の中等部から上がってきた三年生、四月からは高等部へ一年生と加わる。中には外部からの生徒も数人いると、紫乃は生徒会長として把握していた。


 いくらエスカレーター式とはいえ、中等部と高等部では違いがある。


 その一つである、部活動。


 中等部からのを継続することは可能だが、変えようという生徒も少なからずいる。そういったための窓口を生徒会が設けていた。


 一種の交流会という、新入生歓迎オリエンテーション。


 それが明日の放課後に控え、主催である生徒会が準備をしないといけない。


 各部や委員会の紹介を含めた時間の割り振り、その後には募った希望者を引き連れて高等部の敷地案内がある。いくら口頭での部活動説明をされたとて、その風景を目の当たりにすれば想像がしやすいというもの。


 出来ることなら全てを回って見せたく、ルートと時間配分が必要となる。


 もし参加者が多かった場合も想定し、色々な対策を考えないといけない。


(そうなると、購買よりも先に職員室ね)


 咲玖からの提案も一理あり、紫乃は購買部から職員室へと方向転換する。


「あれ、そっちじゃないよ」


「生徒会室で食べましょう。鍵を借りないと」


「……そんなことしてたら人気商品売れちゃうぞ」


「問題ないわ」


 紫乃からすれば些末なことで、目的の品はいつも売れ残っている。


 好みは人それぞれだから仕方のないことだが、一番の目玉は焼きたてという点だろう。多少の値は張りながらも、お昼休みの時間に合わせて焼きたてを届けてくれる。それも逢籃学院の近くに住み、パン屋を営むOB、OG夫婦のお陰だ。紫乃が生徒会長を務めた代からというわけではなく、学院側との話し合いがあったのかもしれない。

 

 普段から莉乃にはお弁当を用意してもらっているが、時々食べたくなる。


「何より、私と貴女がそろって顔をだしたら皆が委縮するでしょ」


「それはそれで、特権だと思うんだけどなぁ~」


「貴女って人は……」


 過去の経験則、一年の頃に一度だけあった。


 中等部のお昼は給食。高等部の学食で大量に作られた物が用意され、それを在籍するクラスで食べる。


 そこに不満があったわけではないが、高等部からの噂を耳にしていた。


 それは、焼きたてのパンを購買部で買えるということ。


 同じ敷地内、いくら繋がっていようとも足を踏み入れることに躊躇いがある。周りは全員高等部生、そこに中等部生が混じるのは目をひく。


 何より、勇気が必要だ。


 暗黙の了解として、安易に高等部への立ち入りができないことから気になっていた。


 そして高等部へと上がり、紫乃はさっそく購買部へと行ってみたのだ。


 あまり接点のない上級生達ではあったが、逢籃学院の環境が良くなかった。中等部から生徒会長として名前や顔、どういった活動方針を立てているかを知られている。


 高等部に入学する前から生徒会へと勧誘もされており、勉強に運動もできる、上に立つ存在として一目を置かれていた。


 そんなことを露知らず、紫乃が購買部に姿を現すと譲るように人垣ができたのだ。


 下級生だからと嫌な顔どころか、上級生としておススメの品も教えてくれた。むしろ品薄で入手困難の限定パン、その月はチョコチップメロンパンを譲ってもらっている。


 それがあまりにも申し訳なく、次回からは少し遅れていこうと誓ったのだった。


「紫乃がそれでいいなら、別にいいけどさ」


「むしろ、あの戦場に足を踏み入れる勇気はないわ」


「はは、違いない」


 少しだけ遠回りするように職員室へと向かって鍵を借りる、それから購買部を目指した。


「お~これでもかってくらい好評だ」


「実際に美味しいからね」


 既に後片付けを始めている購買部員達だったが、紫乃の姿に驚きの表情を浮かべる。


「会長、来るなら事前に言ってもらえれば……」


「気にしないでちょうだい。私はいつものを買えればいいから」


「確かにいつものは残ってはいますけど、気遣わなくて大丈夫ですよ」


「むしろ逆よ、私に気を遣う必要ないでしょ」


 声をかけてきた購買部員の一人が申し訳なさそうにする姿に、紫乃は微笑むだけで売り場の隅で残ったコッペパンを手に取る。


「紫乃も好きだね」


「ええ、焼きたてというのもあって甘みがあるもの」


 別売りで季節のジャムもあるのだが、紫乃は紙パックの果汁百パーセントのリンゴジュースを手に取って会計を済ませる。


「ふふ」


「……どうかしたかしら」


「ああ、いえ。妹さんとは違うんだなって」


「莉乃と?」


 莉乃のことだから、あの後お弁当だって作る余裕はあったはずだ。


 けどそうはせず、購買部に足を運んでいる。


 普段から莉乃がどんなお昼休みを過ごしているか知らなかったが、いつもの二人が傍にいる印象。仲の良さからお弁当だったら分けてもらえて、そうじゃなくても学食を利用すると思っていた。


 わざわざ購買部に来たということは、何かしら問題に巻き込まれたのかもしれない。


 そんな危惧する紫乃だったが、莉乃のこととなれば気になる。


「会長は好んで買ってくれますけど、妹さんは難しい顔してましたね。飲み物は一緒ですけど」


「……そう」


 栄養バランスという観点から考えると、家事をする莉乃には納得がいかなかったのかもしれない。


 純粋な炭水化物。原材料は主に小麦粉と牛乳だ。真ん中に切り込みを入れて間に具材を挟む品もあるが、人気で売れ残ることはない。


 そっちの方が野菜やタンパク質が摂れたりと、莉乃からすれば良かったのだろう。


(まぁ確かに、莉乃が作った物の方が美味しいから、少し物足りない気持ちはあるわね。……頼めば作れたりもするのかしら?)


 ちょっとした興味はあったが、これ以上家事という点で負担をかけたくない。


 お昼休みという時間はあまり短いため、紫乃達はその場を後に生徒会室へと向かったのだった。



「では、明日の段取りはこの通りで行きます」


 紫乃の会議を締めくくる言葉に、誰一人として異論を示さない。反応は各々でただ頷くだけ、視線を紫乃に向けるなどと様々。


(さすが、付き合いが長いだけのことはあるわね)


 その光景に、紫乃はただただ感心してしまう。


 放課後、授業が終わって生徒会室を訪れていた。お昼休みも利用したことから変わり映えどころか、いることが当たり前になりつつある場所。授業が終わってすぐに向かったわけではなく、どこかに寄り道したということもない。


 ただ、紫乃より先に集まっていた生徒会メンバー。


 中等部からの顔ぶれもいれば、多少の入れ替わりもあった。


 それでも紫乃からすれば優秀で、先回りするような行動が阿吽のように行われる関係。


 今朝の制服点検リストは授業の合間にでも纏めてくれていたのか、各自が担当する学年とクラスが分け振られている。


 そして明日の放課後に行われる、新入生歓迎オリエンテーション。


 各部活動に割り振られた時間は短く、そこで練習風景や方針を紹介しないといけない。部によっては練習風景を紹介するのに道具が必要だったり、人の入れ替わりで多少なりと時間を要する。


 それもあって生徒会は、スケジュール管理と調整がその場で必要となっていく。


 その後の、参加者限定の高等部案内。


 事前に一学年教師陣に情報を流してもらい、参加を希望する生徒数を教えて貰っていた。たとえ同じ逢籃学院の敷地内とはいえ、中等部とは異なる点も多々ある。季節気的な行事で高等部を解放することもあって知っている生徒もいるだろうが、あくまでその日が特例だったというだけ。日常的に立ち入れない特別教室も存在している。


 そういった説明も兼ねた高等部案内だったが、予想通り参加者が多い。


 中には気が変わって参加したいと言いだす生徒もいるだろう。その辺も想定、加味しておかないといけない。


 そんな指示を紫乃がだすまでもなく纏まっている。


 一度目を通して何点か修正をしたが、微々たる変更のみ。


 毎年行われるというもあってスムーズに話し合いが終わり、会議は早々に終わりを迎えようとしていた。


「一か所、質問いい?」


「……むしろ、貴女がいる時点で疑問なのよ」


 通常のクラス、三十人前後が在籍する教室の半分ほどしかない生徒会室。両脇の壁には年季の入ったスチール製の本棚があり、びっしりと過去の生徒会資料、逢籃学院の高等部が歩んできた歴史が詰まっている。


 ただでさえ狭い一室は、そのせいもあってさらに窮屈さを拭いきれない。


 紫乃を含めた役員五人の席+α、折り畳みの椅子を広げただけの窓際。会議の光景を静観していた咲玖へと、紫乃は冷ややかな視線を向ける。


「まぁまぁ、そんなお堅いこと無しってことでさ」


 ヘラヘラとした笑みを浮かべる咲玖に、紫乃は短く息を吐く。他の生徒会メンバーも気にするどころか、いて当たり前といった空気感で咲玖へと視線を向ける。


 学院の運営を生徒会が、秩序を風紀委員が担う。


 切っても切れない関係であり、紫乃と咲玖の付き合いが続く限り終わらない。


「資料には目を通させてもらったし、話し合いにも終始疑問を感じなかったんだ」


「ええ、そうね」


 あれば明日の新入生歓迎オリエンテーションに問題が生じ、生徒会長である紫乃が対応を迫られる。


 ただ紫乃は、去年も同じ経験をしていた。


 中高一貫校というのもあって見知った顔ぶれ、些細な噂一つですらすぐに広まっていく。一年生の時点で生徒会長というわけではない紫乃だったが、準生徒会メンバーとして声をかけられた。


 元より紫乃は、高等部でも生徒会には所属するつもりではいたのだ。


 入学式の後から会議に参加し、先輩達が話し合う光景を目の当たりに。当日の流れまでも資料として残っていて、参考にさせてもらっている。


 懸念している事項は一つあるが、紫乃は対応可能と判断にしていた。


「事前に募った参加者リストなんだけど、明らかに去年より増えてると思うんだ」


「それだけ新入生に興味を持ってもらえているか、楽しみだと感じているのでしょうね」


「それは良いことだけどさ。……仲の良いグループで回りたいと思わないかな?」


 少し間を置いた咲玖の言葉に、紫乃は一切の動揺を表さない。


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわ」


 それは当日にならないとわからないことで、たらればを語り始めたらキリがない。


「生徒会としては柔軟な対応、対策をするために集まった会議よ。そういった場合も想定しているし、貴女の協力も感謝しているわ」


「こっちとしてはいち学年が一斉に動くからね、見て見ぬふりはできないよ」


「要するに、私達生徒会が事前に組んだメンバーで学院内を回るのか。仲の良さそうなグループをその場で見定め、和気あいあいと回っていくのか」


「どちらにしても問題は生じるだろうけど、会長殿はどのようなお考えで?」


 目もとを細めた咲玖の視線に、紫乃は臆せずに向き合う。他メンバーもそのことを想定、察していたかのように息を呑む。


 何より咲玖の指摘は的確だ。


 それを紫乃が、解決策を考えていないわけじゃない。


 僅かな沈黙が訪れ、生徒会室の空気が少しだけ張り詰める。


「どっちもよ」


 紫乃の言葉に、生徒会室を支配していた空気がさらに重くなっていく。


「さっすが会長殿! そんなこと実現可能だと思ってるの!?」


 そんな中、咲玖は盛大に笑ってみせた。


 その姿に紫乃は、問い詰めるようにジト目を向ける。


「可能か否かは私の……私達生徒会の腕次第よ。……あと、風紀委員のアナタ達が協力してくれるんでしょ? 怖いことなんて一つもないわ」


「あ~あ~そんなこと言われたら、こっちとしても引き下がれないじゃん」


「下がるどころか、アナタ達は手を貸してくれるでしょ」


 ちょっとした口論染みた二人の空気感に、他の生徒会メンバーは胸を撫で下ろしたように安堵の笑み、呆れて肩を竦めたりと反応が様々。


(まったく咲玖ってば、何が目的なのよ)


 心の中、紫乃は困惑を隠せない。


 いつものことながら、咲玖が紫乃に難癖つけて絡んでくる。


 ただそれも、紫乃が持ち合わせない視点からの助言。咲玖なりに学院での生活を充実させるためのものだったり、突拍子もなかったりがある。


 今回は、前者の方だった。


「そういうことだから、明日は苦労かけるかもしれないわ」


 視線をチラリと生徒会メンバーに向けると、異論どころか肯定的。果てには教師側から提出された参加者リストに目を通し、各々が持ち合わせる情報網から生徒達の交友関係をあげていく。


 広くもなく、狭く隔たれた逢籃学院の人間関係。


 いくら生徒会長だからといって、紫乃一人ではない。運動部に文化部、他にも委員会と顔も広い生徒会メンバー。各々が築き上げてきた関係を駆使して、再び明日の議論が始まっていく。


 終わる頃には下校時刻を知らせるチャイムが鳴り、陽も暮れていた。



「それで、貴女の目的はなんだったの?」


「目的って大袈裟な。私はただ、明日の進行が順調に――」


「進めるための話し合いだったと思うのだけれど、他にも目的がある口ぶりに感じたのよ」


 会議が終わり、生徒会メンバーから一緒に駅までと誘われた紫乃。度々あることなのだが今日だけは断りを入れ、咲玖を残して生徒会室に留まっていた。


 見回りの教師が来るまで時間があり、理由をつければ残る事だって了承してくれる。


 だからといって、立場に甘える紫乃ではない。


 不可解でしかない今日の咲玖がとった言動に、明確な答えを知っておきたかった。


 いくら付き合いの長い咲玖であろうと、まだ知らない部分は紫乃にもある。


 それが逆に、咲玖にもあるのだ。


 だからこうして、お互いの意見や主張をぶつけ合う。


 今日だけに限ったことではなく、そうして二人は関係を築いてきた。


「悪いとは思ったんだけどさ、これじゃあダメだなって」


「……ダメ?」


 いつにもなくお道化た態度の咲玖だったが、背筋をピシッと伸ばして向かい合う。


 怪訝そうに眉を顰めた紫乃に、咲玖は短く息を吐く。


「私らは来年には受験で忙しいよ。だから今期まではギリギリ生徒会をやれるだろうけど、その後はどうなの? これから一年の子達が引き継いでくれるだろうけど、今は会長殿の考えに言いなりじゃない」


「言いなり……」


 紫乃としてはそういったつもりはないのだが、咲玖からすればそう映っていたようだ。


 できたいち生徒に頼り切った方針、傍からすれば独断政権。それを迷うことなく信じて、従うだけで独りに負担だけをかける楽な道筋。


 それは不公平だから、咲玖は指摘したいのだろう。


「ただでさえ特進コースで勉強のレベルだって違う。今日だって新学期だからって構わず課題、課題の山ばっかり。生徒会長と両立できてる紫乃はしょーじき凄いと思うけど、もう少し周りに頼るべきじゃない」


 何もそれは、紫乃だけに限ったことじゃない。


 構成される生徒会メンバーの半分は特進コースで、残りは普通科コースから抜擢している。


 そうした方が偏った見方や意見にならず、様々な視点で議論できるからだ。


 そう変えたのが紫乃であり、今後も続いていくのかもしれない。


「今日の貴女……いえ、咲玖は変よ」


「だから何なのさ」


 咲玖なりの、紫乃を想う気持ち。


 伝わりにくいというか、こうして二人っきりの時以外に明かさない腹の内。


「……笑うところ?」


「いえ、ごめんなさい。ただね……」


 無意識だったのか、紫乃は口もとに手を当てる。


「いい親友を持てたなって」


「……そう」


 目じりを下げて微笑む紫乃に、咲玖はバツが悪そうにそっぽを向く。


 いつもは自由気ままで、校則なんて破ってなんぼ。勉強もできるから教師も強くでれず、後押しするように生徒との関係も強く結びついている。


 生徒会長とは異なる発言権を持ち、咲玖なりに築いた逢籃学院での立ち位置。


 ただそれは、あくまで周囲が与えたモノ。


「咲玖の心配は嬉しいわ。……ただね、どうしていくかは私達が決めることじゃない」


「……じゃあ、後のことはどうでもいいってこと?」


「そこまで無責任なことはしないつもりだけれど、今日の忠告は胸に刻んでおくわ。……ありがとう」


 すると、タイミングよく見回りの教師が生徒会室に顔を覗かせた。


 それに紫乃は対応し、すぐに生徒会室を後にする。


 下駄箱までの道のりはどこか気まずそうな沈黙がありつつも、着かず離れず肩を並べて歩く。


(咲玖には申し訳ないけど、私としてはどうなってもいいのよね)


 紫乃の思惑を咲玖には全てを語り明かしていないが、ほんの一部分は知られている。


 だからこの一年で、紫乃自身も変わらないといけないことを頭では理解していた。ただどうしても、その方法がみつからないでいる。


(莉乃は今頃、美容院に行っているのかしら)


 そろそろ予約を入れておいた時間になる。


 最低限髪色が変わるだろうが、さらに短くするようなことはないだろう。それでも莉乃のことだから似合うんだろうなと、咲玖は頬を緩めた。




 帰宅すると、リビングの方から漂う米の炊ける匂い。ただ、物音ひとつどころか、莉乃の靴がなかった。


「なかなかに時間が合わないわね」

 

 そのことを紫乃は残念そうに、それでも嘆くようなことをしない。



 たとえ姉妹とはいえ、莉乃と紫乃にとってはこれが日常なのだった。

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