第二話:いくら姉妹とはいえ、似ているとは限らない
莉乃のきっちりと制服を着こなしている様に驚く生徒が多く、チラチラと向けられる視線が絶えない。
「すっごい注目されてんね」
「まぁ、そうでしょぉ~」
逢籃学院は中高の一貫校というのもあって、中等部からの付き合いで顔ぶれもあまり変わらない。
中には高等部からの編入組も数人いるが、大抵が特進コースで頭が良い。
普通科コースに籍を置く莉乃とはあまり関りが薄くも、目をひく程には印象的だ。
だから莉乃の変化には、誰もが気づく。
「べっつに、たまにだったら良くない?」
「そのたまにが今日だからな」
今年も同じクラスになった莉乃の席周辺に集まる杏莉と未華。既に指導された制服を着崩しているも、莉乃だけは頑なに校則を守っている。
……いや、それが普通なのだが。
ただ、莉乃の変化は教室どころか、二学年全体の空気をピリつかせていた。
誰もが近づこうとせずに距離を測り合い、新学期が始まったというのに浮足立った様子もない。教師ですらも教壇に立った時に驚きの色を露わに、それでも教鞭をとるのが仕事だ。
一人の生徒に影響され、授業の進行が滞っていられない。
そんな授業の四コマを過ごし、莉乃達はお昼休みを過ごしていた。
(しー姉さん、お昼どうしてるかな。私のせいで食べれてないよね……)
寝坊したこともあって莉乃もお昼にありつけていないが、一番に気になるのは紫乃の事ばかり。
「ほれ、食べないと午後が辛いぞ」
「ダイエット中」
「ならぁ~未華が食べるよぉ~」
「未華にはさっきあげただろ」
むしろ足りないのならお弁当のサイズを大きくすればいいのではと、杏莉は未華の食い意地に呆れを隠さない。
莉乃にあげるはずだった杏莉のミートボールは未華の口へ。
「ん~手作り?」
「さぁ? あたしが作ったわけじゃないから」
それを本当に美味しそうに食べる未華の姿に、莉乃は目もとを細めた。
「やっぱ、私も食べる」
「はぁ!? それってあたしの分が減るじゃん!」
行儀悪くも莉乃は杏莉のお弁当、ご丁寧にプラスチックの串が刺さっているミートボールをいただく。
(……たぶん、市販のヤツかな?)
普段から料理をする身として、何となくミートボールを覆うタレの味で判断した。
真相は、杏莉の母親しか知らない。
「この時間に購買行っても何もないよね」
周囲からの物珍しい視線に晒され、気が滅入って食欲が失せていた。
ただ、杏莉のミートボールが引き金にお腹が空腹を訴えてくる。
「あ~たぶん?」
教室の時計を見ると、お昼休みが始まって十五分程経っている。
首だけを回して時計を確認する杏莉も、呻くような声を発した。
普段からお弁当組の莉乃達。だから莉乃の席周辺の机をくっつけて、仲良くお弁当を囲んでいた。
他にも逢籃学院には学食組、購買組と分かれている。
大抵の生徒は学食を利用するために広く、メニューも豊富だ。特に食べ盛りの男子生徒からすればご飯のおかわりが自由というが魅力であり、なによりも安い。それだけに留まらず、女生徒からはスイーツも好評で力を入れている。
今頃学食に行ったとて、空いている席を探すのも一苦労。
だから購買と考えた莉乃だったが、学食並みに需要が高い。
購買でメインとなるは総菜パンで、学食に負けず劣らず種類も豊富。一見、どこかのパン屋さんかと勘違いする程だ。
それもそのはずで、逢籃学院の近隣に建つ一軒のパン屋さん。十数年前に逢籃学院を卒業したOBとOG夫婦が個人で経営し、そこから一日分を仕入れている。毎日のようにお昼の時間に合わせて焼きたてが届くので、値は多少張るが一つの人気となっていた。
他にもノートやペンといった雑貨もあり、学食と違って常に開いている。
出来ることなら節約したい莉乃だが、背に腹は代えられないか。
「だったら近くのコンビニ行ってみる?」
「それはパス」
重い腰をあげる莉乃に、第三の選択肢を与えてくる未華。
だがそれを、躊躇うことなく却下する。
昼食を手にする最終手段でとしては、なしではない。
そこにはリスクが伴い、お昼休みに学院からの無断外出は禁止されている。担任教師から許可を得ればいいのだが、手続きとして明確な理由を記入しないといけない。ただお昼を買いに行くだけであれば、購買でも済む。そうしない正当な理由を考えるのは一苦労どころか、まさに学院側としては正論であるから誰もそうしようとしない。
強硬手段として、教師にバレないように学院を出れればいいのだが、最悪の場合として内申点に響いてしまう。
中には度胸試し、怖いもの知らずの生徒もいる。
その辺莉乃は、しっかりと弁えていた。
元より何か莉乃が問題を起こせば、全て紫乃に伝わってしまう。生徒会長という立場にいて、成績も優秀で、生徒達から慕われている。
そんな紫乃の顔に泥を塗るようなことはしたくない。
「え~春の新作スイーツ出てたよぉ~」
「いやそれ、未華が食べたいだけだろ……」
「確かにそうだけどぉ~一人じゃねぇ~」
「……それ、下校途中でもよくない?」
単純に未華が食後のデザートとして食べたいだけなのではと思いつつ、莉乃は鞄からお財布を取りだして教室を後にした。
蛇足にはなるが、下校時にコンビニなどに立ち寄るのも禁止されている。一度家に帰り、制服から着替える必要だ。学院の最寄り駅中心とした商業施設は、放課後になれば教師達が見回っているため、バレたらもちろん内申点に影響を及ぼしてしまう。
今は紫乃に制服を正されてしっかりと着ている莉乃だが、髪色だけは校則に引っかかっている。
莉乃としてのプライドもあるため、今さら身なりを改善するつもりはない。
(しー姉さん、今頃どこにいるのかな)
お昼休みで賑わう校舎内、至る所から様々な会話が聞こえてくる。
今朝紫乃に結んでもらったリボンに触れ、窓辺から中庭を見下ろす。
紫乃の交友関係はある程度が生徒会メンバーで構築され、腰巾着のように風紀委員長の女がいると認識している。
それは良い。
でないと、学院の学生代表として運営が出来なくなってしまうから。
ただ、適切な距離感を保っていただきたい。
仲良く話すのは円滑なコミュニケーションのために必要で、どんな相手かと知る手段でもある。たとえ逢籃学院が中高一貫校のエスカレーター式で顔見知りであっても、人間とは多面体だ。それは関係が親しくなるにつれて意外な一面だったり、新しい印象を与えることもある。
それを目の当たりにしていいのは、莉乃だけでいい。
他の誰かに、莉乃の知らない紫乃の一面をみせたくない欲望がある。
こうして普段から距離をとってはいるが、莉乃なりに紫乃へと抱く感情があった。
「……はぁ」
気づけば一階の購買部に到着するも、既に閑古鳥が鳴いていた。
目につくのは、人気がないのかプレーンのコッペパンくらいだった。一番安いというのもあるが、それ単体では味気がない。
それでも需要があるから仕入れているのか。
「……仕方ないよね」
既に後片付けを始めている購買部に声をかけ、コッペパンを一つ購入した。それだけだと喉を詰まらせるので、紙パックの果汁百パーセントのリンゴジュースを手に取ってお代を手渡す。
それを持って教室へと戻り、杏莉と未華の二人といつも通りのお昼休みを過ごした。
「じゃ、二人とも」
「おう、明日は寝坊するなよ」
「バイバァ~イ」
それから午後の授業を終え、莉乃は真っすぐと帰路に就く。
杏莉は新学期早々から部活動があるらしく、中等部から上がってきた新入生を勧誘しに行くらしい。
未華は帰宅部なのだが、まだ教室に残る様子だった。
だからといって残る理由が莉乃にはない。
(今日の夕飯もだけど、明日からの食材を買っておかないと……)
五百瀬家の台所を預かる身、今朝の時点で冷蔵庫の中が空っぽであることを知っていた。それは莉乃が明日から春休みが明けること、買い出しに行くのを忘れていたわけではない。
狙ってのこと。
(こういう時に限って校則って不便よね)
時刻は夕暮れ、辺りから反響する市内放送。
それが莉乃の気持ちを逸らせる。
学院から最寄り駅までを早足に、タイミングよく帰りの電車がホームに到着していたので駆け込んだ。※危ないので止めましょう。乱れた呼吸を整えながら座れないかと周囲を見渡すもなさそうで、同じように帰宅する生徒達が車内に目立った。各々が好きな時間を過ごし、友人達と喋ったり、スマホを片手に操作している。
それに倣うように、莉乃もスマホを取りだしていた。
(特売が十八時から。……帰ってから着替えて、家を出ればギリギリってところかな)
頭の中で今後の流れをシミュレーションしつつ、今日買う食材リストも作っていく。
「ん?」
すると、画面上部に一つの通知が届いた。
元より何か予定があればカレンダーに打ち込み、日時が近づけばリマインドが届く設定している。
だがこの時間、莉乃は何も打ち込んでいなかった。
事前に買い出しする予定ではあったし、忘れるほど習慣化していないわけではない。もし忘れでもしたら、五百瀬家は食事にありつけなくなる。
それは本当に一大事だ。
何かと気になって通知をタップすると、莉乃が普段から個人で利用するカレンダーではなかった。
五百瀬家の共有カレンダー。
母親が医療関係者というのもあって、業務上夜勤の日もある。他にも急な人手不足で駆り出されることもあり、家を空けていることが多い。
それを逐一、娘である莉乃や紫乃に知らせないと心配をかけてしまう。
だけど平日は授業中というのもあって、トークアプリの通知に気づきにくい。特に紫乃はスマホの電源を切り、学院の敷地外にでるまで使わない徹底ぶり。
それに、母親自身も忙しさと忘れっぽさがある。
お陰で一度や二度とまではいわず、何度も連絡の行き違いがあった。
そうならない為の、家族間で共有するカレンダー。
そこに紫乃が、莉乃の予定を書き込んだのだ。
(美容院にもいかないとだ……)
今朝の件がある。
無下にどころか、無視できない。
どちらも優先順位が高く、莉乃の天秤が左右に揺れ動く。
そんなことをしていると電車は減速し、家からの最寄り駅に着いていた。
空気の抜ける音に続いて、駅員さんのアナウンス。車内から吐きだされるようにホームへと降り立った莉乃は、スマホのカレンダーを凝視する。
「とりあえず、遅れるって連絡しておこう」
普段から五百瀬家がお世話になって美容院は、母親の親友が個人で営んでいる。それは物心つく前から通わされ、今となってもお店を変えようという気にはならない。
幼い頃は母親に代わって面倒をみてもらったりと、感謝の尽きない存在だ。
だからお店のよりも、個人の連絡先を知っている。
手早くトークアプリを起動させながら、駅の階段を下りて改札を抜けていく。
「……よしっと」
タイミングが良かったのか、それとも莉乃が来ることを知っていたからなのか、すぐに既読が付き、都合がついてこれそうな時間に連絡してという返信があった。
生憎と買い出しを今すぐ済ませれば、予約を入れられた時間には間に合うのだ。
改札を抜けた目と鼻差の先、莉乃が普段から利用するスーパーがあった。
お目当てである特売まで時間はある。それまでに必要な食材や調味料の買い足しを済ませられれば、上手に時間を使うことができるのだ。
ただ、今の莉乃は制服姿。
周囲に対する学生であるということを視覚的に理解してもらいやすい反面、スーパーを利用する主婦(夫)達からすれば浮いた存在となる。
何気なく立ち寄ったとて目につき、否が応でも認識されてしまう。
それは莉乃の通う学院の校則を堂々と破っていることを周囲に堂々と宣言し、いつ連絡がいってもおかしくない状況に身を置くことになる。
そうなると、紫乃に迷惑をかけることへと繋がってしまう。
その辺をしっかりと弁えている莉乃からすれば、スーパーへと吸い込まれていく主婦(夫)と、連れ添われる幼い子供の流れが羨ましくもあった。
「ダッシュで帰って、ダッシュで戻ってくる!」
そんなことを自分へと言い聞かせ、汗をかくことを良しとしない莉乃は足早に家へと急ぐのだった。
全ては姉である紫乃が、健康的でいてほしいがため。
そこには家族や姉妹という枠を超えた感情があり、誰にも打ち明けていない秘かな想いがあった。
一度帰宅して、着替えを済ませてスーパーへと戻る。
今日に限っては時間との勝負で、買い出しを済ませたら美容院にもいかないといけない。その後に夕飯を含めた、翌朝の朝食やお弁当作りが待っている。
忙しいことこの上なかった。
「よし、時間に余裕がある」
そして今、莉乃はようやくスーパーに到着した。
夕飯時というのもあって利用者は多く、平日にもかかわらず賑わっている。
どこからか叫ぶ子供の声や、負けずとおススメの商品を知らせる音声、紛れるようにバーコードをスキャンする連続音も絶えない。
逢籃学院の制服から私服へ。
ホットパンツに黒タイツ、長袖のTシャツの上から薄手のスポーツブランドが胸もとにロゴされたパーカー姿の莉乃。
いかにも気合十分といった井出立ちで、スーパーの出入り口に置かれたカゴを手にしていた。
もう少し余裕があればカートでも押しながら優雅に行きたいところだが、予定された特売の時間が迫っている。店内を端から端に移動するには人も多く、カートでは足止めを喰らってしまう可能性もあった。
だから今だけ、特売の品を手に入れるまでの我慢。
最初の品は鮮魚、鮭の切身だ。
シンプルに焼いて良し、焼いた後に身をほぐしてご飯に混ぜるも良し、最終的には冷凍して汁物にだって利用できる。
別に鮭の切身だけに留まらず、様々な食材には多様的な可能性があるのだ。
五百瀬家にとっては鮭の切身というだけで、各家庭に欠かせない食材はあるだろう。
とりあえずそれを、どれだけ安く大量に確保できるが今日の肝であった。
「こちら新商品です、ご試食いかがですか」
そんな中、莉乃は脚を止めていた。
(ソーセージ?)
場所をスーパーの出入り口から野菜コーナー、抜けた先の精肉コーナーの一角。一人の女性が何やらホットプレートで焼いただけのソーセージを食べやすいように爪楊枝で刺し、買い物をする主婦(夫)や子供達に声をかけていた。
子供からすれば人気のようで、元気よく駆けていく姿がチラホラと。その後を追う大人の姿。
まるで売り手の策略に引っかかったように商品の説明をされ、興味を惹かれてその品を手に取っていく。
莉乃としても朝食やお弁当の一品として便利かつ、興味がそそられる。
「お姉さんもどうですか?」
「……えっ」
誰のことを指すのかと莉乃は周囲を見渡すも、微笑む女性の様子から自分であることに遅れて気づく。
丁重に断ることもできたが、自然と足先が向いていた。
「これは三種類の内一つなんですけど、食べていただくのがプレーンで――」
「あ、どうも」
バリバリに営業する気満々の女性に、莉乃は差し出されたトレーの一つに手を伸ばす。一口サイズというのもあってか、食べやすい。
(……うん、普通にソーセージだ)
口に含んで噛んだ瞬間、莉乃はそう思った。
「他の二種類はチーズとピリ辛でして、チーズはお子様も好みますし、ピリ辛なんかは大人にとってお酒のおつまみにもなるんです。いかがですか?」
そう尋ねられても、莉乃はお酒のおつまみという観点では語れない。
ただ、二種類とも味が想像できる。
試食したプレーンもありで、毎日お弁当を作る身としてバリエーション豊富というのは食べる側に飽きを感じさせない。気分によって変えられて、好みだってわかれるだろう。
(しー姉さんはどれが好きかな……)
紫乃の食べ物で、莉乃は好き嫌いをあまり知らない。辛いや酸っぱい、苦みや甘みなんかも全て莉乃の好みだ。
それでも作った物は全部食べてもらえているから気にしてこなかった。
第一に、莉乃が味見できない物を紫乃に食べさせるようなことをすることがないのだ。
だからなのかもしれない。
莉乃は真剣な目つきで、三種類のソーセージをみつめていた。
その姿に、試食を勧めた女性も息を呑む。
「もしお困りでしたら、三つセットの方も――」
「それ下さい」
女性からの助け舟ではないが、元よりそういった販売方法のようだった。一種類ずつ買うよりは十数円安くてお得、莉乃からすれば願ったり叶ったり。
(さっそくしー姉さんの好みが知れるチャンスだ!)
内心でガッツポーズをしてからその場を離れ、少しだけ出遅れた形で鮮魚コーナーに辿り着いた。
「……おぅ」
そこはすでに戦場と化していた。
一角に集まる主婦(夫)達。莉乃のような学生は見受けられず、一回りも二回りも年が違うことから風格もあった。
脇にロールされた半透明のビニールに、積まれた鮭の切身をトングで入れていく。お一人様という縛りもなく、大家族には嬉しい悲鳴だろう。
「負けてられないな」
だがここで、残り物を待っている莉乃ではない。
手にしていたカゴを商品棚の脇に寄せ、これでもかと押し寄せる波の隙間に身体を滑り込ませていく。
授業の体育は苦手としながらも発揮される、莉乃の軽い身のこなし。
いち女生徒、はたまた一般女性としても平均的な身長。過度な食事制限、ダイエットは一度もしたことがない。親友の杏莉なんかは部活で鍛えているが、未華は体重を気にしながらもよく甘い物を食べている。
気にしたことがないと言えばウソで、未華の意見には莉乃も同意だ。
(ハイハイ、失礼しますよぉ~っと)
ご丁寧にも半透明のビニールは両脇にあり、トングの数も多い。何よりも売り場の角というのもあって、右側一方向からの進行と限られる。そのせいで自然とできる列だったが、莉乃はそれを無視していく。
左側の壁際、身体半分くらいであれば滑り込ませられる隙間ができている。右側で回収した半透明のビニールとトングを手に、人だかりを避けて左側へと移動したのだ。
そのことで、莉乃を責める主婦(夫)はいない。
片腕を突っ込むように鮭の切身をトングで掴み、手早く半透明のビニールに入れる。
そんな一連の流れに無駄はなく、莉乃はそそくさとその場を離れた。
「六枚か……」
ほぼトングで掴んだ感覚任せ、成果としては上々と納得させる。
ここで欲を出して粘ってしまうと、次の目的である特売に出遅れてしまう。
「夕飯はちゃんちゃん焼きで、朝はシンプルに焼くだけでいいかな」
商品棚の隅に寄せていたカゴを手に、今週の大まかな献立を考えながら買い出しを続けていく。
次の特売は牛乳でお一人様という制限もあったため、簡単に入手することができた。
気づけば一時間と過ぎていて、莉乃は満足気にスーパーを後に帰路へと就いていく。
帰宅してからの莉乃は、台所に立っていた。
「お母さんは……夜勤じゃないと」
そうなると、三人分の夕飯を作る必要がある。
買ってきた食材を冷蔵庫にしまいつつ、並行して夕飯の準備も進めていく。他にも作り置き食材もと考えたが、美容院にいかないといけない。
そのため、夕飯作りだけに留めて莉乃は調理を始めた。
ご飯は研ぐ手間を考えて無洗米を使っているため浸水のみ。炊飯器のタイマーをセットしておくだけで炊けるので放置。
今日のメインであるちゃんちゃん焼きを作るだけ。
最終的に蒸すので、野菜をザクザクと大きめに切っても小さくなる。両面を焼いた鮭の切身を隠すように、大量に切った野菜をフライパンに入れていく。
ここまでくれば合わせて置いた調味料を入れて火にかけるだけ。
そこでふと、莉乃は手を止めた。
(……しー姉さんからすればしょっぱい? それとも薄いかな?)
莉乃が味見した時点で、蒸した野菜から出る水分も兼ねると少しだけ濃いめ。
ただ、白米と合わせるのであればちょうどいいと感じられた。
それはあくまで、莉乃の味覚でのこと。
たとえ同じ姉妹とはいえ、紫乃は違うのかもしれないという疑念が脳裏を過った。
今さらになって、何気なく作ってきた料理に恐怖してしまう。
もしかしたら口に合わないけど仕方なく食べてるだけで、自分だけ料理が上手いと思っている可能性もある。
最悪の場合、莉乃が作った料理には一切手を付けず、コンビニ弁当や即席麵を買っているかもしれない。
そんな莉乃の葛藤と、秒針を刻む音だけが台所を支配する。
(ええい! ままよぉ!!)
それでも美容院への時間が迫っているため、莉乃は腹を括る覚悟で調味料を投入して勢いよく蓋を閉じる。
後は帰ってきたら火にかけて蒸すだけにして、足早に美容院へと向かったのだった。