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 若い頃ははっとするような美人であっただろう。今はその輝きは若干薄れているが、代わりに理知的な艶を身にまとい始めていた。滑らかな茶色の髪を丁寧に結い上げており、控えめな真珠の髪飾りをしていた。

 質は良さそうだが派手ではないドレスを着た彼女はギャビーと子供達が並んだ姿を見て一瞬困惑した表情を浮かべた。


 たぶん彼女はローレンスの後添えのイライザだろう。


 その美しさと着ている物の豪華さからそれはすぐに推察できた。

 シナバーに拒否的なローレンスの妻なのだから、どんな言葉を投げつけられるだろうと思ったが、彼女はわかりやすい否定的な表情を見せない。その代わりにすっと仮面の様に内心が見えない無表情となった。


 公爵と比べればはるかに若いが、その美貌と聡明さには目立つものがあるようだ。軽率に誰かと敵対することが最終的には己の不利益を呼ぶとよく知っている女だった。ローレンスがわがままなのは彼が王家に次ぐ権力を持つ公爵であるからであり、たとえその妻であっても彼の権力は己の物ではないと良く知っている人間だ。

 とても賢いが、逆に注意しなければと思った。


「こんにちはギャビー」

 イライザはドレスの表地を軽くつまんで微かに腰をかがめた。だがそれ以上の会話をするつもりは内容で、すぐに子供たちを向く。


「ロバート、リンダ。おやつの時間ですよ」

「ええやだ、もうちょっとギャビーに本を読んでもらう」

 リンダが駄々をこねる。彼女は気分を害した様子もないが毅然として言った。

「だめですよ。お父様もそうおっしゃっています」

 この屋敷の二人の子供の面倒は実質彼女が見ているのかと驚いた。


 オスカーもランディももう大人だ。だがあの男性二人が子供のこまごまとしたことに気が付くとは思えない。面倒を見ているのは女中かと思ったが、義理の祖母になる彼女だったのか。


「二人とも、日課を変えると夜眠れなくなったりするでしょう」

 イライザはまるで独り言のようで、意図的にギャビーとの会話を避けているようだった。面倒なことに関わりたくないという湾曲な処世術を感じる。

「お父様の言いつけは聞かないと。わたしは明日もいるから、続きは明日にしましょう」

 だからギャビーもイライザに直接話かけはしなかった。居ないものとして扱われているのに話かけてもイライザが困るだけだろうと純粋に考えたからだ。


 二人の子供は相談するようにしばらくお互いを見つめ合っていたが、しばらくして素直に頷いた。歩み寄って捕まえたイライザの手を取り、ギャビーには手を振る。

「またね」

 リンダが屈託なくいった。ロバートはこの奇妙な沈黙の意味を分かっていたのかもしれない。

 二人がイライザに誘われて部屋を出て行くとギャビーはため息をついて椅子に座る。そして天井を見上げた。


 天井一面にはおそらく高名な作家の手によるものであろう神話画が描かれていた。そこから煌めくのは巨大なシャンデリアだ。細かいカットガラスが無数に連なり、彫刻がなされた金属の支柱で支えられている。ぼんやりとみていただけだがその豪華さはギャビーの自宅も含めて他の家では見ることができないものだ。またその費用も。


 しばらく意味もなく見上げていたギャビーだったが首が痛くなって来たのでやめた。

 やれやれ、と首を戻し三人が消え去った図書室の入り口を眺めてそしてぎょっとした。


 物音もなくそこに佇んでいたのはモル・キンケイドだった。


 細かい花模様が散らされた淡い黄色のドレスであった。水色のレースが飾られていて可憐である。モルの強い黒の髪には似合わないように思えたが、淡さが上手く彼女の色調を引き立てていた。彼女は自分が着るべきものをよくわかっているとぼんやり考える。

 目が合ったモルはそらすことなくギャビーを見ていた。


 モルもまた、ギャビーがランディの元婚約者の姉であることは知っているだろう。それをどう考えているかはわからないが、少なくとも面倒な相手だとくらいは思うはず。

 だからモルが会釈した時、彼女はそれで立ち去るだろう考えていたので、彼女がこちらに向かってくるのを見てギャビーは正直言ってうろたえた。

 足音一つ立てず、仙女のような静けさで彼女は近づいてきた。


「ごきげんよう、ギャビー・ヴェスパー」

「こんにちは、モル・キンケイド」

「時間があったので。隣に座っても?」

 モルは美しい布地が張られた長椅子を示した。断りたい気はしたがそれも不自然でギャビーは頷くしかなかった。

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